第5話「最弱不死と最強の弟(5)」
次の日。
特異ダンジョンワームが生成したと思われるダンジョンは、俺達が反英雄ドクトールと戦った草原の近くに生成されていた。
俺達全員が同時に入ってもまだ余裕があるその入り口を見て、これを作ったダンジョンワームの大きさを想像して足が竦みそうになる。
だが嫌でも稼ぐ為には進まなければ仕方がない。
いつの時代も、どの世界でも、お仕事とはそういうものだ。
暗く薄っすらと肌寒いダンジョン内を、ヴェルヴィアが持つランタンで照らしながら歩を進める。
本来なら魔物の巣窟ともいえるダンジョンを攻略する際は、どこかに潜む魔物を警戒しながらゆっくりと進むべきなのだが、今回に限ってはその必要はない。
何故なら――。
「四精の王よ。我が声に応え、その力を示せ! 【精霊王の契約者】!!」
エルマの祝詞に応え、その手に持った剣が四色に煌くと共に、暗闇から現れたゴブリン達が一閃で倒される。
現れては速攻で倒され続ける魔物の姿に、だんだん憐れみを感じてきた。
うん。まあその、なんだ……。
ぶっちゃけ、エルマがチート系主人公かと思うくらい強い。
その強さはダンジョンに入った当初、警戒しながら進んでいた俺の行動が馬鹿らしいと思ってしまうほどだ。
もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
「さすがは聖剣の守護貴族であるシュバリエ家でもう一振りの神器とまで賞賛されるエルマっちっすね。『精剣のエルマ』の技の冴え。見事の一言っす」
「ありがとうございます。ですが、ボクはまだまだ経験不足。姉様や剣聖とまで呼ばれた師である父上。そして、兄様には遠く及びません」
フレステの賞賛の声に照れくさそうにそう答えると、何かを期待するような目でチラチラとエルマが俺の方を向いてくる。
とりあえず手をヒラヒラと振ってみると、エルマは花が咲いたような満面の笑顔で俺に手をブンブンと振って返してきた。
強くて可愛くて貴族とか最強かよこいつ。
「【精霊王の契約者】か。本来であれば火・水・土・風の内、いずれかの精霊王と契約を交わして絶大な恩恵を受けられるという女神の寵愛じゃな」
つまりメルティナと同じ分類ってことか。
そりゃ強い訳だ。
「それに加えて、どうやら小僧は四属性全ての精霊王と契約しておるみたいじゃのう。相当精霊王達に気に入られでもせん限りそんな事は不可能なんじゃが、おかげでその加護を受けた剣が神器級の威力にまで跳ね上がっておる」
エルマの戦いを眺めていたヴェルヴィアがそう零す。
エルマが特務クエストについて来ると言い出した時はどうなるかと思ったが、余計な心配だったようだ。
と言うか、マジもんの主人公補正に草も生えない。
もしかして四属性の精霊王って全員ショタコンだったのだろうか?
だとしたらなんか嫌だなあ、そんな精霊王……。
まあ、今はそれよりも――。
「リューンさん、リューンさん! 今何か聞えたんだけど!? あの暗がりに何かいるって絶対!」
「落ち着け、メルティナ。あれは風が通り抜ける音だ。あの暗がりにあるのも、ただの岩……」
「〝イ〝ェ〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ア〝ッ!?」
「喉に腐ったキノ〇オとか飼ってる?」
この洞窟に入ってから俺の左腕を痛いくらいがっちりとホールドして、すっかり役立たずと化してしまっているメルティナの方が問題だ。
これで相手がフレステなら女の子の柔らかさにドギマギしてしまう素敵イベントだったのだが、相手がメルティナじゃ不幸としか言いようがない。
こいつが腕に抱き着いてくるとか、異性に対するドキドキより腕が折られないかというドキドキの方が勝る。
そう言えば、メルティナは聖職者にも関わらず、ナナシを死体と勘違いしてビビったりとホラー系が大の苦手なんだっけ。
これで邪神崇拝者だというのだから、世の中よく分からない。
「お前なあ、怖いの苦手なんだったら店で留守番してろよ。なんなら今からでも入り口まで戻るか? 一緒に行ってやるから」
「そんなの嫌に決まってるでしょ!? もしもアンタがお宝を見過ごしてたらどうするのよ! それにアンタの事だから、私に内緒でお宝をネコババしないとも限らないし……」
「お前じゃないんだから、そんな事するわけねーだろ」
と、俺達が先導している後ろでフレステとエルマが、
「む~ん……。ちょっち引っ付き過ぎじゃないっすかね~……」
「あの、フレステさん? どこか不機嫌そうに見えますけど、大丈夫ですか?」
「へっ!? そっ、そんなことないっすよ。にしてもエルマっち。アガレリアの守護貴族になるのを、よくあのソレーナが許可したっすね。超反対しそうっすけど」
「お察しの通り、姉様には猛反対されました。それこそ、一時はボクを王城の一室に監禁するレベルで……。ですが、アガレリアでの一件もあってさすがに父上の堪忍袋の緒が切れたらしく、本気で怒った父上に叩きのめされていました」
「……聞きしに勝るブラコン女っすね。ま、同情の余地はないっすけど」
全くだ。
なんてことを俺が考えていたその時だった。
「……完了。ナナシはこのダンジョンの解析を終了しました」
それまで無言でこのダンジョンの解析をしていたナナシが、そう言って足を止めた。
本来ならこういったダンジョンを攻略する際には、透視系のギフトスキルである【千里眼】を持つ冒険者やマッピングができる専用の魔道具が必須らしいのだが、こういう時にナナシの解析能力は本当に助かる。
「お疲れさん。それで、どうだった?」
「……報告。このダンジョンは全長約10キロを超えることが判明。現在ナナシ達は最奥地を目指していますが、到着にはかなりの時間を要すると予想されます」
「「「じゅっ……!?」」」
「ふむ。普通のダンジョンワームの生成するダンジョンの倍近い長さじゃな。とはいえ、特異種ともなれば道理が通じぬのも事実。そう不思議でもないのう」
ナナシの報告にヴェルヴィアが冷静に返すが、冗談じゃない。
ナナシのナビゲートで迷う事がないとは言っても、そんな距離を歩けば全員クタクタになるのは目に見えている。
そんな状態で特異ダンジョンワームと遭遇でもしたら、さすがに旗色が悪い。
こりゃ最奥地を目指すのは一旦中止して、その辺で特異ダンジョンワームと遭遇するのを待つか、もしくは日を改めた方が良いかもしれない。
俺がその提案を口にしようとすると、ナナシは少しだけ、ほんの少しだけ言い出し難そうに、
「……追報。また、このダンジョンは特異ダンジョンワームが生成したものと人工的ダンジョンが繋がっていることが判明しました」
と報告してきた。
人工的なダンジョン?
「ダンジョンって、ダンジョンワームが作ったものだけじゃないのか?」
「この世界には、ダンジョンワームが作ったダンジョンの他にもう一つ。三千年前の英雄の一人である、アルケミーが作ったとされる高難易度のダンジョンが各地にあるんっす。そこには数多くのトラップが張り巡らされるって聞いたことがあるっすね」
「その奥の部屋には魔導機兵を始めとしたアルケミーの叡智が残されていると言われていて、攻略しようとする冒険者が後を絶たないの。私も何回か失敗した冒険者の治療をしたことあるわ」
アルケミーと言えば、確か魔導機兵製の作者の名前だ。
つまりこの先には魔導機兵に関する記述。
ナナシの記憶に関する情報があるかもしれないと言う事か。
……状況的には仕切り直し一択だし、アルケミーの部屋が特異ダンジョンワームに壊される可能性もある。
だが食べ物のことになるとポンコツになるとは言え、ナナシは俺達にとって、今では大切な仲間の一員だ。
俺達のせいで記憶を失ってしまった責任もあるし、ここは行くしかないだろう。
とはいえトラップだけでも厄介だというのに、魔物や特異ダンジョンワームまでいるこのダンジョンをこのまま進むのはあまりにも危険すぎる。
…………。
「……よし、エルマ。ヴェルヴィア達を連れて一旦地上で待機しててくれ。お前なら魔物が出たとしても大丈夫だろ。ナナシは出口までエルマ達をナビしてくれ。俺は奥まで一人で行ってみる」
「む、無茶です兄様! アルケミストダンジョンは、高レベルの冒険者でも命の危険があると言われているダンジョンなんですよ!? いくら兄様でも無謀です!」
「心配すんなって、俺もヤバそうになったらすぐに引き返す。ほらメルティナ、お前もいつまでも引っ付いてないでフレステにでも捕まっとけ。んじゃ、行ってくるわ」
俺はメルティナを引き剥がし、ヴェルヴィアからランタンを奪って更に奥に足を進めた。
これでいい。
特異ダンジョンワームと遭遇する危険を冒しながらアルケミストダンジョンを探索するなんてハイリスク過ぎるが、死んでも死なない俺だけなら何とかなる。
……なんか俺、いま主人公っぽいな。
と、俺がフラグっぽい事を考えてしまったその時。
足元からカチッという音が鳴ると同時に俺の体を浮遊感が包み込み、そのまま急上昇した俺の体は頭からダンジョンの天井に突き刺さった。
「うむ。途中まではカッコよかったぞ主よ。ちょっと運が悪かったみたいじゃけど……」
「……同意。まさかナナシもあの場面で、ああも的確にトラップを踏み抜くとは予測できませんでした」
「『んじゃ、行ってくるわ(キリッ)』の後に秒だったものね。私達が居なかったら、リューンさんは今頃ダンジョンの天井に生えた奇怪なオブジェとして生きる事になってたのよ? 何か言うことは?」
「助けて頂いて本っっっ当にありがとうございます!!」
天井に突き刺さった俺を救出してくれた仲間達に、俺はその場で誠心誠意頭を下げた。
ちくしょう! ちょっと主人公っぽい事したと思ったらコレだよ!
あまりの恥ずかしさに穴があったら入りたい。
いや、もうダンジョンという穴の中に入ってるんだけど。
「恥じることはありませんよ、兄様。アルケミストダンジョンのトラップは、どんなに卓越した技量を持つ者でも引っ掛かると言われていますし。むしろそのトラップを受けて無傷だなんて、さすが兄様です!」
意気消沈している俺に、エルマが優しく声をかけてくれる。
ごめんな、エルマ。俺さっきのでがっつり死んだんだよ。
俺の場合は死んだら元に戻るってだけで、別に無傷だった訳じゃないんだよ……。
「あ、あははは……。まあ、パイセンはあーし達がトラップに引っかかるのを心配してくれたみたいっすけど、そんなに心配しなくても大丈夫そうっすよ? ね、ナナっち」
「……同意」
フレステの言葉に、ナナシが頷く。
「……? どういうことだ?」
「……続報。先程はリューン様に遮られてしまいましたが、このダンジョンがアルケミーダンジョンと呼ばれるトラップが設置されているダンジョンに繋がっているのは事実です。しかしナナシの解析では、これらのトラップは約98%が特異ダンジョンワームにより破壊され、現在は機能していません」
98%ってもうほとんど機能してないってことじゃねーか。
そして残りの2%引き当てるとか、どんだけ運が悪いんだよ俺……。
「というわけで、運の悪い主だけでは心許ない故、わっちらもついて行くでな!」
どこか嬉しそうにヴェルヴィアはそう言うと、俺からランタンをひったくってダンジョンを進む。
「……同行。そもそもナナシのマッピングもなくして、リューン様がダンジョンを脱出できるとは思えません」
「私としては早く帰りたいんだけど、ナナシちゃんの記憶が戻るかもしれないなら仕方ないわよね。お宝があるかもしれないし!」
「当然、あーしも引き返すつもりはないっすからね。あーし達、パーティーなんで」
俺の意見は聞かないとばかりに、他の三人もヴェルヴィアの後に続く。
取り残された俺に、隣に立つエルマが俺にだけ聞こえるように小さな声で、
「兄様のお仲間って、癖が強い方々ですけれど……優しくて心強い人ばかりですね」
俺はその笑顔に答える代わりに小さく溜息と共に肩を落とすと、エルマと共に三人の後を追った。