第4話「最弱不死と最強の弟(4)」
翌日の朝。
「ちょっとアンタ、本気なの? エルマ様に自分を英雄だと勘違いさせたままにするって。無理に決まってるじゃない。神はこう仰いました。『嘘とかついたらアカンやろ』と」
「そうっすよ。秒でバレるのがオチっす」
エルマと待ち合わせている冒険者ギルド前へと向かう道すがら。
俺の思惑を聞いたメルティナとフレステは、呆れたような顔でそう言ってきた。
そりゃまあ、確かに騙しているみたいで気が引けるが……。
「そうは言っても、俺が反英雄を倒したってのは事実だし。なによりあのエルマの笑顔見ただろ? あれを失うとか、そっちの方が罪悪感凄いぞ?」
「それは、そうだけど……。でも、エルマ様みたいな子供を騙すだなんて……」
どうやらメルティナにも砂粒レベルで良心が残っているのか、エルマを騙す事に対してあまり乗り気ではないようだ。
とは言え、協力してもらわないと困るし……。
「……それにメルティナ。もしこのままエルマが俺の憧れの存在になったら、お前にだってメリットがあるかもしれないぞ?」
「はぁ? どういうことよ」
「『憧れの兄様の仲間であるメルティナさんの教会が壊れている? 分かりました。さっそくボクの権力を使って再建させましょう』的な話が出るかも……」
「リューン様、足元に小石が落ちていますよ。そのお体に傷でもつけば、それはもはや人類の損失。この可愛くて清楚で聖女で貴方の下僕である私がどこかに蹴り飛ばしておきましょう。ああ、それにしても今日も惚れ惚れするくらい美男子ですねリューン様!」
「この小娘の変わり身の早さは、時にどんなギフトスキルよりも恐ろしく感じるのう」
その意見には同意するしかない。
「あっ、皆さん。兄様、おはようございます! 本日はよろしくお願いします!」
約束していた時刻に冒険者ギルドへ到着すると、既に待っていたのであろうエルマが俺達を見つけるなり元気よく挨拶してきた。
「おはようさん。とりあえず、昨日はバタバタしてて紹介する暇も無かったし、改めて俺のパーティーメンバーの紹介をしておこう。今俺に肩車されてるのがヴェルヴィア。問題行動が多いちんちくりんな奴だが、魔物に対する知識と魔法の威力だけはその辺の魔法使いとは比べ物にならないレベルだ」
「ちんちくりんは余計なんじゃが……。これの相棒を務めておるヴェルヴィアじゃ。よろしくするがよい」
肩車しているからその姿は見えないが、きっとヴェルヴィアは腕組みしながら偉そうにそう答えたに違いない。
どうでもいいけど、なんでコイツは移動する度に毎回肩車をねだってくるんだろう。
「ヴェルヴィアさん、ですか……。かの破壊の魔神と同じ名前とは珍しいですね。こちらこそ、よろしくお願いします」
ヴェルヴィアの不遜な態度を気にもせず、エルマが笑顔で頭を下げる。
いい子だ。
めっちゃいい子だよこの子……。
「んで、さっきから無表情で大量のイカ焼きを食べてるのがナナシ。たまに頭が落っこちることがあるんだが、コイツは魔導機兵だから気にしないでくれ」
「……挨拶。魔導機兵№774。ナナシです。美味しいご飯が頂けるのであれば、どんなミッションも遂行します」
ナナシがイカ焼きを食べるの手を止めることなく答える。
「魔導機兵!? 王都の文献でその存在は知っていましたが、現存しているとは……。そんな方が仲間だなんて、さすが兄様です! ナナシさんも、よろしくお願いします!」
エルマがナナシに挨拶しながら、目を輝かせて俺を見てくる。
というか、王都には魔導機兵に関する記述が残っているのか……。
もしかしたらナナシの記憶に関する事が分かるかもしれないし、いずれ行く必要がありそうだな。
「あとは、フレステについては知ってるよな? 一応ここでは、アガレリアに住む冒険者で世話にならなかった奴は存在しないとまで言われている、スーパーバイト戦士だ」
「ちゃーっす! エルマっち、今日はよろしくっす!」
「ちゃ、ちゃーっすです……? に、兄様? この方は本当にフレスティアさんなんですか? 昨日とあまりにも雰囲気が違うんですけど」
昨日の聖盾の騎士モードのフレステしか知らないエルマが戸惑いの声を出すが、いずれ慣れるだろ。
「さて、最後に俺の隣に立っているのが……」
「超英雄リューン様の下僕、メルティナです。見習いでは御座いますが、こう見えてシュフニグラス教のシスターを務めております。本日はリューン様とエルマ様の為に、粉骨砕身の精神で案内を務めさせて頂きます。とりあえず、まずは友好の証として靴でも御舐めしましょうか?」
どういう発想で友好の証が靴舐めになったんだろう。
「い、いえいえいえ! そんなことなさらなくて結構です! に、兄様! 助けて下さい!」
ジワジワと近づいて来るメルティナに、エルマが涙目で助けを求めてくる。
まさか本気になったメルティナがここまで手段を択ばないとは。
「メルティナ、ステイ。エルマを怖がらせてどうするんだよ。……大丈夫か? エルマ」
「は、はい……。ですが改めて、兄様の凄さを実感しました。こんなにも個性的な方々を取り纏めるだなんて、並大抵の人には出来ません」
そう言うと、エルマが若干涙目になりながらも俺に尊敬の眼差しを向けてきた。
最後のメルティナのせいで一時はどうなる事かと思ったが、結果的に俺の株は上がったらしい。
とりあえず、一旦仕切り直し。
「さて、それじゃあまずは冒険者ギルドから案内するか。っても、ライアーに案内されてただろうから、ここはもう知ってるよな?」
「はい。さすがは冒険者の都と呼ばれるアガレリアの冒険者ギルド。初めて見た時はその広さと併設された施設の多さに驚かされました」
エルマが興奮した様子で語るのも分かる。
この世界で初めて訪れた冒険者ギルドが他の店に比べて少し大きい建物程度の大きさだったのに対し、アガレリアの冒険者ギルドはちょっとした大型デパート並みの施設だ。
ギルドの中には複数の受付が設けられ、パーティーメンバー募集やクエストに関する情報が張り出されている大型掲示板に武具ショップやアイテムショップはもちろん、酒場や療養所、簡易宿泊部屋や銭湯なんかまで併設されているのだから驚きだ。
少し前までは冒険者を引退する人が続出していたせいで閑散としていたけど、ここ最近は復帰した冒険者達や他の街から来た冒険者でギルド内は賑わいを見せている。
この街が再び冒険者の都と呼ばれるのも、そう遠くないだろう。
と、俺達が他の冒険者達とすれ違いながらエルマにギルド内を案内していたその時。
ある店の前でエルマの足がピタッと止まった。
その視線の先には、扉に『次回開催は二週間後のお昼』と下手くそな字で書かれた張り紙が張られた店舗。
「あの、ここは何のお店なんですか? 見たところ、武具ショップでもアイテムショップでもないように見えるのですけれど」
「ふっふっふ……なかなか目ざといではないか小僧。ならば教えてやろう。ここはわっちと主の第二の愛の巣。その名も『とらぷぐ屋』じゃ!」
「「「とら、ぷぐ……?」」」
ヴェルヴィアのよく分からない紹介のせいで、エルマを含めた全員が首を傾げた。
「とあぷぐって言ってるだろ。ここはTRPGって言う、俺の住んでたところの遊びを楽しむ……まあ言ってみれば、冒険者の遊び場みたいな場所だな。入ってみるか?」
俺の言葉に全員が頷くのを確認して、持っていた店の扉の鍵を使って店内に入る。
少し手狭な店内には、いくつものテーブルと椅子。
そして何冊かの手書きの本と無数のサイコロが散らばっていた。
「ここって、ホントにお店なんっすか? 見た感じ喫茶店っぽいっすけど……」
「いや、飲食物は提供してない。こっちで提供するのは、基本的なルール説明とジャッジ要員。あとは場所くらいだな。これでも人手が足りなくて、ナナシにたまに手伝ってもらってるくらいには人気なんだぞ?」
「……同意。依頼がない日はナナシもお手伝いしています。進行を記録するだけの簡単なお仕事です」
「最近帰って来るのが遅いと思ったら、こんな事してたんっすね……。これって、あーし達でも出来るもんなんっすか?」
俺が異世界人であることを唯一の知っているフレステから見て、異世界の遊戯が珍しく映ったのだろう。
フレステはいつもより若干テンションが上がっている様子でそう聞いてきた。
「ああ。最初にこのサイコロを使って、自分のキャラクターの能力を作らなきゃならないけど、それが終われば後は簡単に遊べるぞ」
「へ~……」
俺の説明に、エルマがポカンとしたまま声を出す。
どうやらまだピンときてないみたいだ。
まあ異世界の遊びだし、貴族であるエルマにはそういう遊びは馴染みが薄いのだろう。
「どれ、手本を見せてやるとしようかのう。例えばわっちが今から作るキャラクターの美を表す数値を決めるとするじゃろ? その数値が高ければ高いほど美人。低ければそうでもないと言った具合になる。んんん……セイッ!」
ヴェルヴィアが得意げに近くに転がっていたサイコロを手に取り、気合の入った声と共に勢いよく投げる。
すると、テーブルに叩きつけられたサイコロはバラバラに砕け散り……。
「ふむ……。全ての数を合計すると“21 ”という数字になるのう。さすがわっち! 18が上限と聞いておったが、まさかその上限すらも破壊してしまうとはな!」
「サ…サイコロが割れて……“21 ”だとおおお~~~!! じゃねえよ! なに闇のゲームもびっくりな数値出してんのお前!? 店の備品を壊すなっていつもいつも言ってんだろうが! 罰として掃除しとけ!」
「む~ん……。ちょっと気合入れすぎただけで悪気は無かったんじゃけど~……」
と、ヴェルヴィアがブツブツ言いながらサイコロの欠片を掃除する横で。
「ねえねえリューンさん。このお店って、結構人気なのよね? ってことは、ここの収入も合わせると、私達って結構なお金持ち?」
「んなわけあるか」
メルティナの言葉に俺は即答した。
そもそもここを経営するに至ったのは、シルディアナ家がアガレリアから撤退し、冒険者が復帰したせいで俺達の営む便利屋への依頼が激減してしまったのが原因だ。
一応依頼がない訳ではないのだが、どれも身体能力的に俺とヴェルヴィアが出来る依頼は少なく、ナナシと言うエンゲル係数跳ね上げマシンを抱える俺達の貯蓄は、減少の一途を辿っていた。
さすがにこれはマズいと思った俺は、反英雄を倒したのに貢献した見返りということで、ギルド内で空き店舗だったこの場所をライアーに融通してもらい、この『とらぷぐ屋(命名ヴェルヴィア)』を冒険者ギルドに開店することにしたのである。
TRPGなら俺の知識とヴェルヴィアの魔物に関する情報を最大限に活かせるのではないかと俺が睨んだ通り、『初心に戻れる』『冒険者としての知識を得るのに最適』と冒険者達には思いのほか好評だったのが、それでも日々の出費を考えれば、焼け石に水なのは変わりない。
と。
「……お? なんだよルーキー。今日は『とらぷぐ』の開催日だっけか?」
俺達が店内にいることで勘違いした冒険者の一人が、意気揚々(いきようよう)と店内に入って来た。
「いや、今日は俺の弟が来てるから案内してるだけだ。ってか、ジャスパー。ちゃんと扉の張り紙見ろよ」
「なんだそうだったのか……。メルティナさん達も始めるなら、是非俺が居る時に来て下さい。この『大魔法使いチャスパー』が、きっと力になれるでしょう。おっと、でも惚れちゃいけませんぜ? 俺には既に、プリンちゃんと言う婚約者がいますので」
ジャスパーがそう言ってガハハハと笑う。
ちなみにプリンちゃんとは、三軒隣の店舗でアイテムショップを経営しているガーランドさん(68歳。妻子持ち)が操る白魔法を得意とする美少女キャラである。
姫プレイの達人であり、遠隔参加で声色を変える魔道具を使っているからか、この店でも一、二を争う人気キャラだったりするのだが……。
「なあ、ナナシ。俺の記憶が確かなら、プリンちゃんって先月他の卓の竜騎士と結婚してなかったっけ?」
「……肯定。現在プリンちゃん様は、竜騎士ブリザレッド様。貴族にゅめにゅめ様。女義賊バッカス様。そしてジャスパー様のキャラクターである大魔法使いチャスパー様の四人と交際関係にあります」
……うん。このことは黙っていてあげよう。
「そういや聞いたぜルーキー。お前、この前ソロでビッグイエティを討伐したそうじゃねーか。さすがだな!」
「ん? ああ。まあな」
「えっ、えええ!? あの雪山にしか生息しない、王都から超大型危険魔物認定されている魔物をお一人でですか!?」
冒険者の言葉にエルマが信じられないとばかりに目を見開く。
「なんじゃ、情報が古いのう。主はもうそれどころか、あのワンデイワニすらも討伐しておるぞ?」
「寿命が短すぎるせいで遭遇例が少ない、伝説とまで言われているあのワニを!?」
「……報告。ナナシの記録では、リバウンドベアの討伐にも成功したと記録しています」
「あの毎年冬眠から明けてダイエットをするもリバウンドしてしまい、その度に気性が荒くなる。神器を持った守護貴族も手を焼くあの魔物を!? ……さ、さすがにそれは冗談、ですよね?」
さすがに信じられなくなってきたのか、エルマが恐る恐るといった様子で聞いてくる。
………………。
「いや、全部本当だ」
「ああ、リバウンドベアの時は俺もいたから間違いないぜ。あの熊野郎の一撃を喰らった時には死を覚悟したが、その時ルーキーが身を挺して助けてくれてな。あの時のお前は、間違いなく英雄だったぜ」
「す、凄いです! さすが兄様です!!」
俺の堂々とした態度と冒険者の真に迫る言葉に、エルマの俺を見る目がさらに熱を帯びたのを感じる。
いやまあ……。
全部TRPGでの話だけどな。
その後、俺達は宿屋や公園、闘技場に市場といった場所をエルマに案内し終え、そろそろ昼時ということで近くの広場で一旦休憩をとることにした。
とらぷぐ屋での一件で俺への尊敬の念がカンストしたのか、すっかり俺の事を英雄だと信じ込んだエルマは、今では俺に対して、出会ってそんなに経っていないのに主人公にベタ惚れするラノベヒロインかと思うくらいの信頼を寄せている。
当初の目的としては成功しているハズなのだが……あんなにも純真無垢な少年を騙してしまった事への罪悪感がハンパじゃない。
ちなみに、そのエルマは現在ナナシと一緒に昼食の買い出しへと出かけていた。
「さて、今のうちに特務クエストの依頼書を確認しておくか」
俺は罪悪感を誤魔化すべく、アイテムポーチから依頼書を取り出した。
今回の特異種と思われる魔物の名は『ダンジョンワーム』と呼ばれるミミズに似た大型の魔物、らしい。
「ヴェルヴィア。これはどういう魔物なんだ?」
「ダンジョンワームか。大型ではあるものの、本来なら人に危害を加える事のない無害な魔物じゃ。元々は土壌改善の為に創っただけあって、気に入った土地の地中を掘り進み、その最奥で眠りひっそりとその生を終えるという特徴を持っておる」
「まあ、その掘り進んだ後の道がダンジョンって呼ばれる魔物の巣窟になる事が多いんで、一概に無害とは言い切れないんっすけどね。でも、ダンジョン攻略じゃなくてダンジョンワームの討伐ってのは珍しいっすね」
「……まあ、そりゃ特異種に認定されるくらいだものね」
金額の上に書かれている特異種の特徴を読んだのであろうメルティナが、げんなりした顔で言う。
そうなるのも無理ない。
どうやら依頼書によると、この特異ダンジョンワームは土だけではなく、人も捕食するらしい。
つまり、久々にガチでヤバイ魔物を相手にしなければならないということだ。
「うっはっはっはっは! そう不安がるでない主よ。ダンジョンワームが人食いダンジョンワームになったところで、わっちが全て破壊してみせればよいだけのことよ!」
俺の不安そうな顔を見たヴェルヴィアがそう言いながら無い胸を張るが……。
「いや、お前は留守番に決まってるだろ」
「はぇ……?」
俺の言葉が理解できなかったのか、ヴェルヴィアが宇宙猫のような顔で固まってから数秒後。
「いやじゃああああああああああああああああああ!! 嫌じゃ嫌じゃ、絶対嫌じゃ! 噛みついてでもわっちは絶対について行くからな!」
ようやく俺の言葉を理解したのか、突然ヴェルヴィアが俺の体にタックルをかまし、そのままガクガクと俺の体を揺らしてきた。
そうは言われても、今回特異ダンジョンワームの相手をするということは、必然的に俺達は地下に潜る必要がある。
ヴェルヴィアのドラゴンブレスは確かに類を見ないほどに強力だが、地下でそんなものをぶっ放されれば、俺達が生き埋めになるのは火を見るよりも明らかだ。
ここはヴェルヴィアの主として心を鬼にしなければ。
「あのなあヴェルヴィア……」
「うぅう~……。きっと主の事じゃから、地下で変な封印された生物とかおったら絶対に助けようとかするんじゃ」
「んな怪しさしかない物助けるわけねーだろ」
「そんでそれと仲良くなり、いつしか『ヴェルヴィアよりもはやーい』とか言い出すんじゃ。そんなんNTRじゃ! ……頼む。わっちをもう、一人にせんでくれ……」
………………負けた。
「はぁ~……。なんでNTRなんて単語知ってんだよ。それに、お前より早いってどんな化物だ。んなもん頼まれても助けるかっての。分かった分かった。その代わり、ダンジョン内でドラゴンブレスは絶対に禁止だからな?」
俺の言葉に、ナナシなら首を落としていただろうというくらいの勢いでブンブンとヴェルヴィアが首を縦に振った。
まあ、ランタンとかの光源を持つ係でもしてもらうか。
そんな俺達のやり取りを、まるでこうなることが分かっていたかのような生暖かい目で眺めていたフレステが。
「でも、ヴェルっちのいつもの魔法が使えないとなると、大型の魔物の相手は結構大変そうっすね。消し飛ばしちゃうのは難点っすけど、ヴェルっちの魔法は切り札みたいなもんですし。あーしが相手できればいいんっすけど、レベルもまだ低いままっすからね……」
「まあ、その辺は俺とメルティナとナナシでカバーするさ。俺達はパーティーなんだからな」
「あっ、いい案思いついた! リューンさんが捕食されている間に私達で集中攻撃すれば簡単に倒せるんじゃない? 相手も捕食中なら動きが鈍るはずいたたたたたたた!? だからそのぐりぐり止めてってば!!」
と、アホな提案をしてきたメルティナに俺が制裁を加えていた時だった。
「……帰還。ナナシは皆様にお食事を買ってきました」
「ただいま戻りました。……あの、皆さんは何をしていらっしゃるんですか?」
両手一杯の食料を抱えながらナナシとエルマが戻ってきたのは。
一体何人分買って来たんだろうか。
「ん? ああ、悪い悪い。ちょっと次の特務クエストの作戦で揉めててな」
俺の言葉に、一瞬だがエルマの視線が俺の持つ特異クエストの依頼書に移った気がした。
そして――。
「……兄様。本日はこの街を案内していただき、本当にありがとうございました。ただ、もう一つだけ。どうしても行きたいところがあるのですが、お願いしてもいいでしょうか?」
「行きたいところ?」
エルマの言葉に、俺達は顔を見合わせた。
もうほとんどアガレリアは案内し終えたようなものなのだが、どこに行きたいと言うのだろうか。
まあいいか。
「おう。どこでも連れてってやるよ。なんせ今日一日、俺はお前の兄様だからな」
俺の言葉に、では……とエルマが言うと、
「ボクも一緒に、特務クエストに連れて行ってはもらえないでしょうか! 決して足手まといにはなりません! 兄様の英雄が如き戦いを、後学の為に一目見せて下さい! お願いします!!」
そう言って、頭を下げてきた。