第3話「最弱不死と最強の弟(3)」
「ありがとう、フレステ君。急にお邪魔したのに紅茶まで頂いちゃって。ちなみにだけど、もちろんこの紅茶に使った水はリューン君が入った後のお風呂の水だよね?」
「ええっと、すんません。普通の井戸水っす」
「そうか……」
紅茶を出しながら苦笑いするフレステの言葉に、心底がっかりした様子でライアーが肩を落とす。
一体どんな思考回路をしていたらそんな物を出すなんて結論に至れるんだろうか。
「……まあ、それなら仕方がない。それは今度来た時にでも堪能させてもらうとしよう。今日ここに来たのは、別の用事だからね。エルマ君。彼らに自己紹介をしてもらってもいいかな?」
「は、ハイ! ……初めまして。ボクの名はエルマ。シュバリエ・エルマと申します」
少年――エルマは天使のような笑顔でそう言って頭を下げた。
歳はヴェルヴィアの見た目と同じ十代初め頃と言ったところだろうか。
illustration:おむ烈
服装は俺と同じ駆け出しの冒険者御用達の服と似ているが、貧乏生活の長い俺には、その服が俺のと違って高級な生地が使われていると一目で分かる。
その幼い顔つきはパッと見ただけでは女の子と言われても頷いてしまいそうなほど可愛らしく、その手の人からすればスタンディングオベーションが鳴りやまないレベルのショタっ子だ。
だが先程の流れるような挨拶の動作を見るに、エルマはただのショタっ子ではなく、教養の行き届いた高貴な身分の人間なのだろうと窺える。
それにしても、エルマの名前にどこか聞き覚えがある気が……。
「しゅばりえ? つい最近そんな名前を耳にしたことがあったような気がするのう」
「シュバリエって……き、貴殿はまさか、あの聖剣の守護貴族。シュバリエ・ソレーナの弟君か!?」
エルマにお茶を差し出していたフレステの目が、かつてないほどの驚愕に見開かれた。
シュバリエ・ソレーナ。
それは王都の守護貴族であり、かつてドクトール襲来戦においてフレステに重傷を負わせて聖盾を奪った、俺が出会った瞬間一発ぶちこまないと気が済まない奴の一人の名前だ。
なるほど。だからエルマの名前に既視感を感じたのか。
言われてみれば、その容姿はどことなくあの女に似ている気がする。
「その通りですけれど、失礼ですが貴女は……?」
「ご挨拶が遅れました。我が名はシルディアナ・フレスティア。シルディアナ家の一人娘にして、聖盾の騎士でございます。もっとも、今はフレステと名乗る一人の冒険者ですが」
そう言いながらフレステは恭しくその場に跪き、それを見たメルティナも慌てて頭を下げた。
何事かと思って俺とヴェルヴィアは驚いていたが、そう言えば聖剣の守護貴族であるシュバリエ家は、同じ守護貴族でもフレステ達と違って、王族みたいな地位だと聞いたことがあるな。
すると、フレステの言葉を聞いたエルマがさっきのフレステと同じくらい目を見開き、
「貴女が聖盾の騎士様でしたか。……この度は、ボクの姉様がとんでもないことをしてしまい本当にすみませんでした! 姉様は昔から、ボクの事になると暴走しがちになることが多々(たた)ありまして。きっと今回の独断行動も……。本当に、本当にすみません!!」
泣きそうな声でそう言うと、深々と頭を下げた。
なんだろう。
こんなに幼い少年に頭を下げられると、こっちが悪い事をしたような気分になってくる。
それはフレステも同じなようで、困ったような顔で俺の顔をチラッと見てきた。
……正直に言えば、謝って済む問題じゃないだろうという気持ちはある。
俺達やアガレリアの人達を危険に晒したことにしてもそうだが、なによりフレステに大怪我をさせたことを、俺は絶対に許せない。
だがその怒りはソレーナとシルディアナ家の当主に対してであって、エルマに対してではない。
ここでエルマを責めるのは、なんか違う気がした。
そんな俺の意図を酌んでくれたのか、フレステが小さく頷くと。
「……エルマ様、どうぞお顔をお上げになって下さい。貴方に罪はありません。それは私も、そして仲間達も同じ気持ちです。それよりも、父上……。シルディアナ家当主と聖盾は、その後どうなったのですか?」
フレステの言葉にエルマが申し訳なさそうに顔を上げる。
「どうぞ、ボクのことはエルマとお呼びください。……シルディアナ家についてですが、彼らはそのまま王都の戦力として加わることになりました。無論、ボクや父である王はアガレリアの守護に戻るよう意見したのですが、王都に住む大多数の貴族達から猛反発を受けまして……」
エルマが申し訳なさそうに俯きながら言葉を紡ぐ。
まあ、そうだろうな。
フレステの聖盾に限らず、エルマの姉であるソレーナの持つ聖剣といった神器は、チート級のギフトスキルを持つ反英雄達に対抗できる唯一の武器と言ってもいい。
他の反英雄はあの戦いから行方知れずらしいが、またいつ反英雄達による攻撃を受けるか分からない。
王都の貴族達からすれば、アガレリアの為に手放すなんて以ての外だろう。
「ただ、父上や今回の件で世論を気にする貴族の方々の意見もあって、現在今回の実行者である姉様。シュバリエ・ソレーナは有事の際まで王城にて軟禁。シルディアナ家は王都周辺でも特に魔物の発生が多発している地域での防衛を担っていると聞いています」
「そ、それはなんて言うか……結構エグイわね……」
「そうっすね。王都周辺の魔物は、強力な魔物の住処でもあるエルメラルドの森に生息する魔物とも引けを取らないほど強力って聞くっすからね。あーしでもゾッとするっす」
「くっはっはっは! まあこれも因果応報と言うものよ。のう、主よ?」
ヴェルヴィアが答えにくい同意を俺に求めてくる。
まあフレステには悪いと思うけど、俺も内心では『ざまあみろ』としか思わない。
「お話して下さり、ありがとうございます。しかし意外でした。王族であるエルマ様ほどのお方が、わざわざこの為にアガレリアまでお越しになるとは」
フレステの言葉に、エルマが静かに首を振る。
「いえ。死亡したと思われていたシルディアナさんに、こうして謝罪と報告が出来たのは幸いなのですけど、ボクがこのアガレリアに来たのは……」
「その先は、僕から説明しよう」
フレステとエルマの会話に、それまで出された紅茶を静かに飲んでいたライアーが割って入ってきた。
「シルディアナ家がアガレリアの守護貴族から外れたことで、今のアガレリアは守護貴族が不在状態なのは知っているね? これでもアガレリアは冒険者の都。多くの冒険者という戦力を有するこの街が守護貴族不在なのはマズいと思ったのか、王都から新しく守護貴族が就任することになってね。それが彼、エルマ君だ。これは本当だよ」
「「「新しい守護貴族!?」」」
ライアーのその言葉に、ナナシを除く俺達の声が見事にハモる。
そりゃどう見たって子供のエルマが新しい守護貴族だなんて聞かされれば、誰だって驚くだろう。
「まあ、その反応も無理ないだろうね。けれど彼は見た目とは裏腹に、僅か12歳でありながら次期国王を期待されているほどの高い知性と力を持つ、いわゆる天才と呼ばれる子だ。そんな彼だからこそ、国王も経験を積ませる為に守護貴族を任せようと判断したんだろうね。まあ当面は僕が手取り足取りしっかりとサポートしながらになるけれど」
俺達の反応を見たライアーがそう説明しながらウィンクしてくる。
不安だ……。
何が不安って、ライアーがエルマに手を出して新たな問題の火種にならないか不安で仕方がない。
と、そんな俺の不安を読み取ったのか、ライアーが俺の耳元に顔を近づけて。
「そんなに嫉妬しないでくれ、リューン君。たしかにエルマ君はソレーナ君が蝶よ花よと愛でるのも分かるくらい可愛いけれど、僕の本命は君一人だよ」
否、読み取っていなかった。
「んな心配するわけねえだろ!?」
「はっはっは! 相変わらず素直じゃないね、リューン君。さて、そこで君達に頼みたいんだけど、明日エルマ君にアガレリアを案内してもらえないかな? 本来ならそれは僕の仕事なんだけど、生憎と反英雄関係の書類作成でその余裕が無くてね」
そう言えば、前にそのおかげで夜遊びの時に怯えなくて済むって他の冒険者達が酒場で話してたのを聞いたことがあるな。
「あと、これは別件だけれど、君達にはそろそろ特務冒険者としての活動を再開してもらおうと思う」
ライアーはそう言いながら、一枚の羊皮紙をアイテムポーチから取り出した。
「今回の対象は、特異ダンジョンワーム。詳細はその依頼書に書かれているから、エルマ君の案内が終わった時にでも読んでおいて欲しい。手強い相手だけれど、反英雄を倒した君達なら大丈夫だろう」
そう冗談っぽく言いながら、ライアーはお得意の嘘っぽいくらいのさわやかな笑みを浮かべた。
反英雄を倒した、ねえ……。
今のところ、アガレリアで俺が反英雄を倒した事を信じてくれているのは、俺のパーティーメンバー以外ではライアーくらいしかいない。
だったら反英雄を倒した報酬をくれと言いたいところではあるが、俺が倒したという明確な証拠がないから難しいのだそうだ。
世知辛い……。
すると、それまでどこか沈んでいた様子だったエルマが驚いたようにライアーを見上げ、
「っ!? らっ、ライアーさん! いい所に連れて行ってくれると言っていましたけど……も、もしかしてこの人が、反英雄を撃退したと仰っていた?」
「そう。彼が反英雄を倒したとされる特務冒険者にして、僕の恋人。リューン君だ」
何か余計な一言が付属したライアーの言葉に、それまでとは一変して瞳に活気を取り戻したエルマが、まるで遊園地とかで開催されるショーで画面越しではなく間近にヒーローの姿を見た子供のような、そんな年相応のキラキラした視線を俺に向けてきた。
「あ、ああああのあの! ボク、エルマって言いましゅ!」
「え? あ、うん。自己紹介してもらったから知ってるよ?」
「そ、そうでした! えとえと、その、握手してください! あとそれとえっと、サ、サインもお願いします! エルマ君へって書いてもらえると嬉しいです!」
「あっ、はい……」
急に落ち着きの無くなったエルマの様子に戸惑いつつも思わず頷き、渡された羊皮紙にサインを書く。
「ええぇ……。なんじゃそのうにゃうにゃした字。下手くそじゃのう」
「仕方ねーだろ!? サインなんて書いたことねーんだから!」
「いやでもパイセン。これはちょいセンスないっすよ」
「そうね……。あ、じゃあ私の教会に書かれたサイン書いてみるのはどう? かっこよくなるわよ?」
「それ絶対に邪神とか召喚するサインだよな!? んなもん書くか!」
「……解析。このサインと思われるモノには約436ペタバイトの情報量が存在。この世界の人間がこれを認識するのは不可能とナナシは思います」
「お前はどこの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス!? というか、ここぞとばかりに全員覗き込んでくるな!」
と、そんな妨害を受けつつも書かれた俺の人生初のサインは、書いた本人である俺から見てもかなり下手なサインだったにも関わらず、それを受け取ったエルマはまるで宝物を貰ったかのように大事そうに仕舞った。
どうなってるんだ?
「あ~……。パイセンには分からない感覚でしょうけど。あーし達、三千年前の英雄の血族である守護貴族からしてみれば、今回のパイセンの働きはガチの英雄そのものなんっす。エルマ様くらいの歳の子から見れば、パイセンは伝承や物語に登場する人物みたいに見えるんっすよ」
困惑している俺にフレステが小声で教えてくれる。
なるほど。
だからエルマがさっきから羨望の眼差しを向けてきているのか。
確かにギフトスキルを持たない俺が三千年前の英雄と同等かそれ以上とされる反英雄を倒したと聞かされれば、俺がヒーローのように思われるのも頷ける。
だが実際は、メルティナやナナシといったアガレリアの冒険者達。
そしてフレステやヴェルヴィアに助けられながら、ボロボロになってようやく手にした勝利だ。
ラノベや漫画に出てくる英雄と呼ばれるような活躍には程遠い。
とは言え、俺に対してこうも純粋に好意を向けてくるこの少年の夢を壊すのは、俺としても忍びない。
……まあ、仕方ないか。
「よし。じゃあ、この反英雄を倒した超英雄であるこの俺が、この街を案内してやろう。エルマはそうだな……。説明すると色々と面倒だし、明日は俺の弟ってことにしとくか」
「はい! よろしくお願いします、兄様!」
「「「はぁ!?」」」
ノータイムで頷いたエルマに、他の三人の声が見事にハモった。