第2話「最弱不死と最強の弟(2)」
「さあ、リューンさん。この中から好きなクエストを選びなさい!」
フレステとナナシと共にメルティナはそう言うと、復活したばかりで若干貧血気味になりながらも接客間の椅子に座っている俺に、何枚もの羊皮紙を見せてきた。
「これは、討伐クエストの受注紙じゃな」
「そうっす! まだ特務クエストは受けられないし、その間のちょっとした足しになるかなと思って、皆で選んできたっす! ……ホントはもうちょっとお金になりそうなクエストを持って来たかったんすけど、あんまり強い魔物は今のあーしじゃ厳しいんで……」
そう言うと、申し訳ないとばかりにフレステは苦笑した。
アガレリアでは美人で陽気なアルバイターとして名を馳せているが、フレステは守護貴族と呼ばれる英雄の末裔。
その一つであるシルディアナ家で『聖盾の騎士』として神器を持ち、アガレリア周辺の魔物の掃討を担っていた貴族令嬢だ。
そのレベルもその辺の冒険者なんかとは比較にならない程の高レベルだったのが、今のフレステのレベルは、ある事件によって駆け出しの冒険者と同じくらいにまで奪われてしまっている。
「それは気にすんなよ。でもフレステ。お前もう討伐クエストしても大丈夫なのか? 結構な傷だったし、もうちょっと回復してからでも……」
「大丈夫っす! メルティー達の治療のおかげで、この通り元気一杯っすからね! あーしも本格的に働きたいっす! それにパイセンだってお金は必要でしょうし、何よりクエストで魔物を倒して経験値を得てレベルアップすれば、パイセンも強くなって便利屋の依頼も達成しやすくなるっすよ! この前みたいにコッココに殺されたくないっしょ?」
「その話は忘れてくれ」
コッココとは、俺の世界で言うニワトリに似た動物の名前だ。
つい先日。俺は便利屋の仕事の一環としてコッココの血抜きを任されることになったのだが、野生の勘で俺が弱いと見抜いたのか、俺はコッココの大群から猛反撃され、紙一重で敗北。
殺された俺が逆に血抜きをされ、貧血で動けなくされるという情けない事件が起こり、俺の最弱エピソード上位に見事ランクインを果たしたのであった。
異世界のニワトリ超怖い。
でも確かにレベルアップさえすれば、スライムはともかくコッココに負けるなんて事はもう起こらなくて済むかも……。
と、俺が考えていたその時。
「ふーむ、主がレベルアップか。確かに主もレベルアップすればステータスもそれに応じて上がるじゃろうが……。レベルアップしたとしても、主は死んだ時に1に戻るからのう。割に合わんと思うぞ?」
ヴェルヴィアの一言に、その場が凍り付いた。
……え? 待って?
そんなクソ仕様聞いてないんだけど!?
「マジで?」
「うむ、超マジじゃ。倒された魔物が経験値と呼ばれる魔力を発するのと原理は同じじゃからな」
この世界、俺に対して鬼畜過ぎない?
「……悪いけど討伐クエストに行くなら三人で行ってくれ。もしも手が足りないなら、ヴェルヴィアを連れて行ってもいいぞ。俺はこれから、自分にでも出来そうな便利屋の依頼を細々と探すから……」
「いや、まあその、気持ちは分かるっすけど……。一応このパーティーのリーダーに登録されてるパイセンが参加してないとクエストを受けられないんっすよ」
一気にやる気を失った俺をフレステが何とか説得しようとしていたその時だった。
「はあ……。もう、しょうがないわね」
困り果てたフレステの横でメルティナが仕方ないとばかりに溜息をつきながら、俺の耳元に近づく。
そして――。
(ねえ、リューンさん。私とフレステの部屋がアンタの部屋の真下なのは知ってるわよね?)
いきなりよく分からないことを言い出した。
(最近ね、夜中にギシギシってアンタの部屋から家鳴りがしてるのをフレステが凄く不思議がってるのよ。これ以上ウダウダ言うなら、今度フレステをアンタの部屋に突撃させるわよ?)
「さあ、それで一体どんな討伐クエストを持って来たんだ? 俺のことは心配するな。確かに剣も魔法もロクに使えないしレベルアップも出来ないけど、俺達の生活の為。そして困っている人の為に働けなきゃ、便利屋なんて名乗れないもんな!」
「パ、パイセン……! メルティーに何を言われたかはちょっと気になるっすけど、今のパイセンは超カッコいいっすよ! そうっすね、どれがいいかな……」
俺の言葉を聞いたフレステは、感極まったように瞳を潤ませながら、嬉々として持って来た討伐依頼書を次々と机に並べ始めた。
……あっぶねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!
なんつーリーサルウェポン発動させようとしてんだこのゴリラ女!
俺のソロクエストの最中に純情なフレステが突撃してくるとか、そんなん自殺もんだわボケェ!!
……まあ、気は進まないが言ってしまったものは仕方がない。
討伐クエストの中から比較的安全そうなものが無いか探すしかないか。
「え~っと、なになに……。『ビッグゲロッゴ討伐』? ビッグゲロッゴって、確かあのカエルっぽい魔物か」
「カエルが何かは知らないけど、多分それよ。ステッペンウルフみたいな獰猛な魔物と違って、比較的討伐しやすい魔物で有名ね。いつもなら討伐依頼は出ないんだけど、今年は大量発生したらしいから討伐依頼が出たみたいなの。どう? 楽して稼げそうでしょ?」
カエルねえ……。
「そういうのはどっかのラノベとかだと大概酷い目に遭うってのがセオリーだから、これはパスだな。こっちは『ゴブリンの巣窟』か」
「人里の近くに巣を作ったらしくて、被害が出てるみたいっす。討伐報酬はあまり高くないっすけど、その代わりに経験値を得るにはいいっすね。どうっすか?」
ゴブリンねえ……。
「ああいうのはゲームとかならスライムに並ぶレベルの雑魚敵として認知されてるけど、実際に戦ったら厄介な敵ってのは有名だし、これもパスだな」
「……パイセン、めっちゃ選り好みするっすね。いや、確かにどれも危険っちゃ危険なんっすけど」
フレステが白い目を向けてくるが、俺はコッココにすら平気で負ける戦闘力なのだから、選り好みするのは当然だ。
ついでにこれは最近知ったのだが、この世界にはスライムやゴブリンを始め、俺の世界のファンタジー作品によく出てくる魔物がちょいちょい生息している。
それについてヴェルヴィアに聞いてみると、どうやらヴェルヴィアは俺の世界のゲームの攻略本を所持していたらしく、そこに書かれたモンスターを練習として作っていたからだそうだ。
と、大量の依頼書に目を通していた俺は、それに混じって妙な羊皮紙がある事に気が付いた。
「ん? 何だコレ。『来たる夏の暑さを迎え討て! アガレリア激辛料理大食いコンテスト』?」
「……挙手。ナナシが持って来ました。この街で開催される激辛料理コンテストの参加用紙です。出展する店の味は、どの店もナナシ的に星三つと記録しています。完食できれば全員に10万ミュールの報酬が支払われると書かれています。……推奨。これは参加すべきです」
それまで一言も喋らなかった我が家の高性能大食いロボッ娘のナナシが、目をキラキラさせながらそう言って手を挙げた。
やっぱり犯人はナナシか。
「いやまあ、確かに戦わないから楽っちゃ楽だけど……」
「……ん? 右端になんか小さく文字が書かれとらんか?」
「ホントね。ええっと……『注意。本コンテストにおきまして、アガレリアで便利屋を営まれているナナシ様の参加は不可とします。』ですって」
メルティナの言葉を聞いた瞬間、ナナシの目から輝きが消えた。
まあ、うん……。
正直だろうなとは思ってた。
何しろアガレリアを襲った反英雄であるドクトールが作り出したサイクロプスと呼ばれるロボットを撃破した報酬の全てをナナシが食に使ったせいで、一時期はアガレリアに食糧難が訪れたなんて囁かれたからな。
店側としても、そんなブラックホールみたいな奴を参加させればどうなるか目に見えてるだろうし、参加させまいとするのも無理もない。
他の参加用紙に目を通してみたが、全ての紙に同じような文字が書かれていた。
普段のナナシなら書かれている事を見落すなんて考えられないが、きっとこれを回収している時はご飯の事で頭の中が一杯だったのだろう。
「……提案。リューン様.一時的にナナシを便利屋から脱退させてもらえないでしょうか? そうすればナナシは野良ナナシとして参加可能に……」
「諦めろ。お前がナナシである以上、野良ナナシになろうが何しようが参加できないって。今日の俺の晩飯のおかず一品分けてやるから、元気出せ」
と、俺達があーでもないこーでもないと議論していたその時。
コンコンッ。
と、静かに玄関の扉を叩く音が接客間に響き渡った。
そして――。
「お取込み中に失礼するよ。実は君達に折り入ってお願いがあって来たんだけれど、いいかな?」
そう言いながら接客間に姿を現したのは、このアガレリアにある冒険者ギルドでギルドマスターを務めているライアー。
その隣には……。
「あの、ライアーさん。ここは一体……?」
その辺を歩いている人に聞けば10人中9人は美少年だと断言しそうなほどに整った顔立ちをした、小柄な銀髪の少年が立っていた。