第1話「最弱不死と最強の弟(1)」
「ったく。人が真剣に研究してるってのに余計な事するからそんな目に遭うんだよ」
「んぬぬ……そうは言うがな、主よ。皆が出掛けたら部屋に来いと言われウキウキで来てみれば、急にパンツを脱がされた挙句、これから性欲の魔物と化した主に滅茶苦茶にされるんじゃろうと思えば、主はわっちを放置して昼になるまでパンツに執心。暇潰しにちょっとお茶目なイタズラがしたくなっても仕方あるまい」
溜息交じりの俺の言葉に、全身にかかった紅茶をタオルで拭きながらヴェルヴィアが不服そうにそう返してくる。
こいつ、全然反省してないな。
「それにしても、一体どういう風の吹き回しじゃ? あの戦いからしばらく経つにも関わらず、主は神器を調べるどころか、使いもせんかったというのに」
ヴェルヴィアの言うあの戦いとは、つい数週間前。
元冒険者の都と呼ばれていたこのアガレリアに、反英雄と呼ばれる異世界から召喚されたとんでもない力を持った奴が襲来してきた事件のことだ。
その圧倒的な力を持つ反英雄は、アガレリアの冒険者達や俺の仲間達。
そして俺とヴェルヴィアによる活躍によって、なんとか撃退することに成功したのだが、最大の功労者である俺は、戦場で幼女のパンツを掲げながら叫ぶ変態として今も後ろ指を……いや、この事は思い出さないでおこう。
その戦いで俺は、元女神であるヴェルヴィアから三千年前の英雄達も使っていた強力な『神器』と呼ばれる武装。
ヴェルヴィアの逆鱗を獲得したのであった。
あの戦いでは剣に変化したが、どうやらそれ以外にも変化できるらしく、色々と使い勝手を調べたいと思っていたのだが……。
「仕方ないだろ? 調べようにも普段はお前のパンツとして使われてんだから。メルティナ達がいる場所で脱げなんて言えるわけねーだろ。今日はメルティナ達が朝から出掛けてて、都合がいいと思っただけだ」
「なんじゃ、そうじゃったんか。人間とは変な所を気にするんじゃのう……。それで? 知りたかった事は分かったかや?」
「まあ、じっくり試して色々とな」
俺は凝り固まった肩を鳴らしながらそう答えた。
結論から言えば、この神器はかなり汎用性の高い代物である事が分かった。
まずこの神器は、ヴェルヴィアが言っていた様に、俺が見たことがあるモノなら大体の物に変化できる。
それは剣や斧などの武具に限らず、試しにイメージしてみたフライパンなどの日用品にまで変化可能と、変化の幅はかなり広い。
しかしどうやら複雑な物に変化させるには詳細なイメージが必要らしく、試しに拳銃に変化させてみると、中身がすっからかんの玩具に変化してしまった。
俺がラノベの主人公とかであれば、マニアだったからの一言で銃器の構造や爆発物の製造方法のような、お前本当は一般人じゃなくてテロリストだろ的な知識で変化の幅は更に広がったかもしれないが、残念ながら優良な一般人である俺にそんな知識は無い。
だが変化できる物が限られるとは言え、アイディアやタイミング次第ではギフトスキルなんて特殊能力も無ければ、剣も魔法もロクに使えない俺にとって、窮地を脱するきっかけになるかもしれない重要なアイテムになる可能性が高い。
その反面。この神器は武器として見るとあまりいい物ではない。
どんなモノに変化しても、一切重さがないのだ。
元がパンツなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、コレを武器として見た場合、それがこの神器にとって最大級のデメリットになってしまっている。
筋力がそんなに無い俺でも軽々と色々な武器を振り回すことが出来るのはメリットだが、重さがないと言う事は自分の体重以上の重さを相手に与えられないと言う事だ。
つまり、重さのある武器を使った時に比べて威力が格段に落ちるのである。
仮にこの神器でその辺の武具屋で売っている格安の盾を斬ったとしても、精々ちょっと傷が付いた程度の威力にしかならないだろう。
これなら俺が普段から使っている駆け出しの冒険者用の剣の方が威力はある。
「ふむ、なるほどのう。じゃが元の攻撃力が高くなかろうとも、わっちと主の合体技。【壊神の一撃】を使えば、どんなモノであろうが破壊できるから問題ないじゃろ?」
「アホか! あんな技もう二度と使わないに決まってんだろ!!」
「なんでじゃ!? せっかくカッコイイ技名まで付けたと言うのに、何が気に食わんのじゃ! アレ考えるのに、わっちは二日かかったんじゃぞ!?」
ベッドから跳ね起きたヴェルヴィアが俺に掴みかかって来るが、どれだけ言われようが、俺はもう絶対にあの技だけは使わない。
確かに普段の攻撃力が低くても、ヴェルヴィアの持つ破壊の魔力を増幅させ、敵を一撃で灰燼に帰す事が出来るあの大技を使えば、どんな魔物や反英雄にも負ける事は無いだろう。
【壊神の一撃】と言うネーミングに関してだけは、俺もちょっと気に入っている。
ただ問題は、あの技を使うにはヴェルヴィアの魔力を俺に付与しなくちゃならず、それが文字通り死ぬほど痛いってところだ。
あんなもん絶体絶命の状況でもない限り二度とやるか!
まあデメリットこそあるものの、色々と便利に使えそうなアイテムと言うのが、この神器に対する俺の総評だ。
「うぐぐぐ……。まあよい。それについては追々(おいおい)話すとしよう。であれば、もうそれは使わんじゃろ。そろそろわっちに返すがよい」
「え?」
「え?」
「「………………」」
俺とヴェルヴィアが不思議そうな顔で無言のまま見つめ合うこと数分。
パンツを強奪しようとするヴェルヴィアと、絶対に渡すまいとする俺のパンツの取り合いが始まった!
「待てヴェルヴィア。これはお前の為なんだぞ? お前だって武器取り出すのに毎回毎回パンツ脱がせてくる主なんて嫌だろ? だからその手を放せ!」
「別に主なら構わん! じゃが主がいつも持っておったら、わっちがエブリデイノーパンではないか! 使いたい時には脱いでやるから、とっとと返すがよい!」
「それが嫌だからこうして持っておくって言ってんだよ! 安心しろ。お前の為に昨日この街の下着屋でありったけのパンツを買ってきたから、代わりに持っていけ!」
「あんなペラペラな布切れがわっちの逆鱗の代わりになるわけがないじゃろ!? ええい、その手を離さんか!!」
「おまっ、俺がどんな思いで下着屋に行って買ってきたと思ってるんだよ! 『こいつ、とうとう……』みたいな目を向けられながら女物のランジェリーを物色したんだぞ!? 大人しくそっちを履いとけこのノーパン壁尻魔神!」
「いーやーじゃああああああああああああああああああああ!!」
と、俺達がしょうもない争いをしていたその時。
「ちょっと、バタバタうるさいわよ? 一体何をやって……」
いつの間に帰って来たのだろうか。
メルティナが呆れた様子でそう言いながら部屋の扉を開け、そして俺達を見て固まった。
きっとメルティナの眼には、卑劣な男が少女からパンツを奪っている現場に見えていることだろう。
「……待て、メルティナ。話せば分かる」
「うぅ……主が、主がわっちから無理やり……っ!!」
今まで全く涙目にもなっていなかったヴェルヴィアが瞳を潤ませながら、そうメルティナに訴える。
こいつ……!
「……安心しなさい。私はリューンさんが理由もなくそんな事をする人だなんて思ってないわよ。理由くらい聞いてあげるわ」
そう言うと、メルティナは俺に聖女の如く柔らかに微笑んだ。
メルティナ……。
今まで脳筋でギャンブル好きで銭ゲバで、外面だけは清楚なのに中身は邪神を信仰してる、人間のダメな要素の詰め合わせセットみたいな奴だったのに、ようやく人の話を聞くことが出来るまでに成長したんだな。
と、仲間の思わぬ成長に思わず俺が涙を堪えていたその時。
「もちろん、来世でねっ!」
完全に油断していた俺の腹にメルティナの拳が炸裂し、その圧倒的ゴリラパワーに吹き飛ばされた俺の体は、屋根裏部屋の壁に穴を開けて高々(たかだか)と空を舞った。
――ああ、もうすぐ夏だな。
いつもより身近に太陽を感じた俺が現実逃避して数秒後。
そのまま落下した体は石煉瓦で舗装された地面に叩きつけられ、俺は絶命した。




