エピローグ
その後の俺達の話をするとしよう。
反英雄を撃退した俺達は、まさに三千年前の英雄達の再来だと言わんばかりに、街の人たちから祀り上げられた。
とりわけ、反英雄の一人であるドクトールを倒した俺の人気は凄まじいものだった。
俺の誕生日は英雄誕生記念日として国民の休日として制定。
俺の銅像も建築され、連日講演会の依頼が殺到。
さらには俺の人気にあやかった様々なグッツも数え切れないほど展開された。
その結果、俺はこの世界で名前を知らない人間は誰もいないとまで言っていいほどの存在となったのであった。
もちろん、そんな人気絶頂の俺を世界中の美女達が放っておくはずもない。
実はドラゴンだったりするのじゃロリや、美少女の皮を被ったゴリラ聖女。
たまに頭が取れる高燃費ロボっ娘みたいなパチモン美人ではなく、真っ当な美女達が毎日のように俺の嫁になりたいと懇願して……。
「……などと妄想しておるみたいじゃな。この阿呆は」
「さすが街中にその名を轟かせる変態ね。あと、誰が美少女の皮を被ったゴリラですって?」
「……愉快。ナナシはとても面白い創作話だと思いました」
「…………勝手に俺のモノローグを読むの止めてくれない?」
まあ、そんなラノベ的素敵イベントが俺に起きるはずもなく。
俺達は相変わらず、特務冒険者と便利屋稼業で金を稼ぐ、貧乏生活を送っていた。
つまり、いつも通りである。
本来であれば反英雄を倒した俺達にそんなイベントが起こってもいいようなものなのが、これには深い事情がある。
「いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――よっしゃあ‼」
自分の死から蘇り、ドクトールのサイクロプスを倒した事を知った俺は、手に持ったヴェルヴィアの神器を高々と掲げ、歓喜の声を上げた。
倒した! 反英雄を、この俺が倒したんだ!
これだよ! 俺が求めていたシュチュエーションは!
きっと他の冒険者達は、今頃俺の事を尊敬と羨望の眼差しで見ているに違いない!
「よくやったぞ、リューン。神器の力があったとはいえ、よくぞ反英雄を倒した」
俺の背中から、魔力を消費してぐったりと力が抜けているヴェルヴィアが言う。
コイツと出会わなかったら、俺は反英雄には勝てなかっただろう。
今日くらいは素直に褒めてやるか。
なんてことを思った次の瞬間、続けてヴェルヴィアが放った一言に、俺の思考は凍りついた。
「……ところで、じゃな。そろそろわっちのパンツを返してくれんかや? さすがにちょっとスースーして落ち着かんのじゃが……」
「……………………は?」
あまりにも予想外の一言に、俺は天に向かって掲げていた神器を恐る恐る見上げた。
その先には、闇夜を切り取ったかの如く黒い、ちょっと大人びたスケスケのパンツが、気持ちよさそうにヒラヒラと風に靡いてる。
見間違うはずもない。このパンツは、ヴェルヴィアがよく履いているパンツだ。
壁尻になった際に丸出しにされていたのを何度も見たことがあるから、間違いない。
……そういえば、前にヴェルヴィアから聞いたことがある。
ヴェルヴィアの着ているあの衣服は、全て自らの竜鱗を魔力で変化させたものだと。
そして俺の神器はヴェルヴィアの逆鱗。つまりは竜燐の内の一枚だ。
となると、まさか神器に使った逆鱗の正体って……。
「お、おい。なんであいつは女物の下着を掴んであんなに喜んでるんだ? 変態か?」
俺の勝利の雄叫びを聞いて駆けつけた冒険者達が、天に向かってパンツを掲げている俺の姿に戸惑いの声を上げる。
「というか、さっきの敵はどうしたんだ? まさか、自爆したの?」
「そうとしか考えられん。あんな変態に私達が倒せなかった敵を倒せるわけがないだろうし……」
「そうだよな。この状況で誰かの下着を盗るような冒険者の風上にも置けないあの変態野郎が倒したわけがねえ! みんなあ! 俺達の粘り勝ちだああああああああ‼」
「「「うおおおおおおおおおお!」」」
勝手に納得した冒険者達が、それぞれ武器を掲げて勝利の雄叫びを上げる中、俺はあまりにもあんまりなオチに、その場に崩れ落ちたのだった。
と、そんなことがあったわけで。
本来ならば英雄として名を轟かせてもおかしくないはずの俺は、戦場でスケスケパンツを掲げるとんでもない変態として、その名をアガレリア中に名を轟かせたのであった。
……後半あれだけシリアスだったのに、なにこのオチ。
しかもメルティナ達が撃破したサイクロプスの報酬金で、しばらくは金に困らない楽な生活を送ることができるだろうと考えていたのだが、俺達は忘れていた。
ナナシという、超高性能かつ超高燃費なパーティーメンバーの存在を。
今回の戦いでナナシはエネルギーのほとんどを使い果たしたらしく、その食べっぷりたるや、アガレリア中の食料全てを食べつくすほどの勢いだった。
一部の住人達からは、ドクトール襲来戦と並べられるほどの危機がアガレリアに訪れたとすら語られているらしい。
つまるところ、俺が今回の戦いで得たものといえば、ヴェルヴィアのパンツという使用すれば社会的に死ぬ俺専用の神器。
そして僅かばかりの懸賞金の残り。それだけである。
決めた。俺はもう二度と主人公ロールなんてしない。
「まあまあ、そう腐らなくてもいいじゃないっすか。たしかに気を失っちゃってパイセンが反英雄に何をしたのかは知らないっすけど、あれを倒したのがパイセンだって、あーし達はちゃんと信じてるっすよ」
客の来ない応接室の机でダラダラしていた俺にそう言いながら、フレステが全員分の紅茶を入れたカップを持ってくる。
その姿はいつもの戦闘服でも、ましてや聖盾の騎士としての重厚な鎧ではない。
初めて会った時に着ていた、すこしきわどい給仕服だ。
あの戦いから数日。
ドクトール襲来戦で冒険者魂に火が付いたのか、引退していた冒険者が復帰したり、そのおかげでアガレリアがかつての賑わいを取り戻しつつあるなど、俺達を取り巻く日常にいくつかの変化が起きたが、その中でもフレステがこの店に居候する事になったのは、俺達にとって特に大きな変化だろう。
きっかけはフレステの実家。
シルディアナ家の屋敷が、逃げ出した貴族を許すなと暴徒と化した住人達によって壊されたのが始まりだった。
実際はフレステこそが聖盾の騎士であり、彼女は立派に戦ったのだと教えようかとも思ったが、それはフレステに止められた。
「シルディアナ家が領地を見捨てた事は事実だ。あれで彼らの怒りが収まるなら、それでいい」
とのことだった。
そうなるとフレステが住む所はどうする? となったので、急遽俺の店で住み込みのバイトとして働いてもらうことになったのである。
ちなみに、服装は俺が強制したわけではない。
いつもの軽鎧を着ていたフレステに、こっちの方を着てくれると嬉しいなー的な事は言った覚えはあるが、俺が強制したわけでは断じてない。
「ねえねえ、この特務クエストなんてどう? 賞金80万ミュール。特異エビカニの調査及び討伐クエストですって!」
「メルティー。それどう見ても高レベル冒険者じゃないと受注できないクエストっすよ? 金額見る前に内容よく読んでくださいっす。あーし達レベルはそんなに高くないんだから、ダンジョン攻略とかで経験値やお金をコツコツ貯めるのが基本っしょ」
「……了承。ナナシの高性能暗視センサーがあれば、ダンジョン攻略は容易と思われます。目に見えるものから見えてはいけない何かまで、くっきりバッチリです」
「うぇ~。わっちはダンジョンとか嫌なんじゃが。なんかもう既に壁尻になる未来が見える」
入れられた紅茶を飲みながら、仲間たちのアホな会話を流す。
この世界に来たばかりの頃。
異世界に来れば、チート無双のハーレム三昧の日常が幕を開けると思っていた。
けれども俺の日常は苦労の連続で、仲間は全員美少女ではあるが全員が全員曲者揃い。
思っていた異世界生活と違うと思った回数は数え切れない。
けれどまあ、こんな異世界生活の日常も、案外悪くはな……。
「ねえ、リューンさん。こっちの特務クエストの方がいいわよね? リューンさんが食べられてる間に、私達が特異エビカニを倒す。ね? 簡単でしょ?」
……悪くは…………。
「いやいや、それだとパイセンが無事じゃないし。パイセン、こっちのダンジョン攻略の方が良いっすよね? こっちなら、最悪5、6回くらいパイセンがトラップで死ぬだけで済むっす!」
……悪く……。
「……提案。そろそろナナシのお腹が空きました」
…………。
「どうするんじゃ? 主よ。わっちはお前と一緒なら、どこでも行くぞ?」
色々な意味で爛爛と目を輝かせる仲間達を見て、俺は残った紅茶を飲み干しながら思った。
前言撤回。
もしまた異世界転移や転生をした時は、今度こそチート無双ハーレム系主人公になりたい、と。