第31話「最弱不死の女神の祝福(7)」
「……ンンン? そこにいるのは先程の冒険者クンではありませんカ。どうしたのデス? もしかして、ワタクシの研究材料になってくれる気になってくれまシタ?」
「ゼェ……ゼェ……。だ、誰がなるか、そんなもん……」
あれだけいたサイクロプス達が次々と撃破され、戦況は不利になってきているというにも関わらず、ドクトールの声に焦りのようなものは見えない。
まさか、何か企んでいるのか? ……いや、今はそんなことどうでもいい。
俺は秘策の準備をすると言って背中で精神統一しているヴェルヴィアに、心の中で語りかけた。
(ヴェル、いけるか?)
(……もう少し待て。わっちもこれをやるのは初めてじゃから、少し手間取っておる)
何をするつもりなのかは知らないが、どうやらヴェルヴィアの秘策とやらにはもう少し時間がかかるらしい。
……となると、どうにかして時間を稼ぐしかないか。
「ドクトール。お前、異世界から来たってのは本当なのか?」
「ンンン? よくご存じですネ。仰る通り、ワタクシはこの世界とは別の世界。異世界からこの世界に転生して来た者デス」
よし。異世界という単語に興味を持ったのか、ドクトールが俺の話に乗ってきた。
ついでにこのまま反英雄についての情報も貰っておこう。
「お前をこの世界に呼んだのは誰なんだ?」
「神、と思わしき人物としかワタクシも知りませんネェ。なにしろ実験の途中に殺されたかと思えば、突然真っ白な空間に召喚されましたからネ。その時、神を自称する者はワタクシにこう言いました。『女神の力を回収する為に、多くの命を天に還せ』と。ワタクシとしましては実験さえ出来ればそれで満足でしたので、その話に乗った次第デス」
お手本のような異世界転生なのに、その内容が世界を救うどころか大量殺戮しろって……。
ドクトールの言葉が本当なら、ヴェルヴィアの読み通り、反英雄の出現には神様的な奴が関係してるって事になる。
しかも相当悪い意味で。
「……さて。量産型サイクロプスの性能データも充分に取れたことデスし。こちらもようやく準備も整いまシタ。そろそろ、メインの実験を始めるとしましょうカ」
そう言ってドクトールがパチンッと指を鳴らす音が戦場に響いたかと思うと、途端に地面が激しく揺れ動き始めた。
あまりの揺れの大きさに俺や他の冒険者達、残ったサイクロプスまでもがよろける中、それは現れた。
「なんだよ……。アレ……」
思わず俺の口から声が漏れる。
そこにはドクトールのサイクロプスよりも遥かに巨大な砲台が、まるで地面から今しがた創造したかのように出現しようとしていた。
その圧倒的なまでの威圧感に、きっと俺を含めた誰もが思っただろう。
あの兵器が、ヤバい物だと。
「ハッハハハハ! 素晴らしいでショウ? ワタクシのカオスギフトスキル【悪魔の叡智】は! 何しろイメージした物をこんなにもあっさりと生み出すことができるのですカラ! まあ、複雑な構造をした物なんかは、その細部に至るまでイメージしなくてはならないので、ワタクシの超天才的頭脳をもってしても時間が必要になるのがネックなんですけれどネ!」
自慢気に語るドクトールの狂った笑い声が戦場に響く。
イメージした物を創造できるって、そんなのチート系能力の筆頭じゃねーか⁉
だがよくよく考えてみれば、ドクトールを含める反英雄を呼んだのは他でもない女神だ。
その反英雄達に、女神が三千年前の英雄達のように何かしらのチート級のギフトスキルを授けていても不思議じゃない。
加えて、ドクトールが今の今まで他の冒険者達に攻撃されているにも関わらず、なぜ一切反撃をしないかったのかという疑問も、今なら分かる。
反撃しないのではなく出来なかったのだ。
思考リソースのほとんどを、あの確実に撃たせたらヤバいであろう巨大な兵器を創造するために割いていたのだろうから。
「お、おい。もしかして、このまま此処にいたら不味いんじゃないのか……?」
長年の冒険者としての経験で察知したのか、冒険者達の誰かが口にする。
だが、もう遅かった。
「さて。本当ならアガレリアにいる守護騎士。聖盾の騎士、でしたっケ? その方の神器である聖盾とワタクシの発明したこの『試作型ドクトールキャノン』。どちらが勝るか検証したかったところなのデスが……。まあいいでショウ。威力を検証するには申し分ないシュチュエーションですし、今使った方が多くの命を奪えそうですシネ」
ドクトールのサイクロプスが砲台に乗ると共に、砲台の発射口に小さな光が灯る。
やがてその光はバチバチと火花を上げてながら、やがて目を焼くような巨大な光に変わった。
「に、逃げろー! なんだか知らんが、アレはシャレにならねーぞ!」
それを見た誰かがパニックになったようにそう叫ぶが、気を抜けば目の前にいるサイクロプス達の餌食になる冒険者達に逃げる余裕なんて無い。
クソッ! こうなったら、ヴェルヴィアの秘策を待ってる余裕はない!
急いでドラゴンブレスの詠唱をさせて相殺を……!
そう考えて俺がヴェルに向かって叫ぶよりも早く、
「さあ、アナタ方に絶望を打ち砕く力があるカ、その実験を始めまショウ!」
ドクトールの狂ったような叫びが戦場に轟くと、発射口の光がより一層強い光を放った。
今からヴェルヴィアがどんなに急いで詠唱を始めたとしても、絶対に間に合わないだろう。
終わった……。
俺が膝をつき諦めた、その時。
「メルティーとナナっちから聞いたっすよ。時間を稼いだらいいんっすよね? そういう役割なら、あーしに任せといて下さい。こう見えてあーし、パイセンのパーティーの盾役っすから!」
朝日のように希望を抱かせる、温かく澄んだ少女の声。
顔を上げると、目の前に立つフレステが、この絶望的な状況にも屈することなく悠然と佇んでいた。
振り返ったフレステが俺を見て安心したかのようにニカッと笑ったかと思うと、すぐにその瞳をドクトールの砲台へと向ける。
その手には当然だが、彼女の神器である聖盾は握られていない。
けれどもフレステは、そんなことは全く問題ないとばかりに。
いつも俺達とのクエストで使っていたあの大盾を掲げ、高らかに叫んだ。
「この心は鋼の盾。あらゆる脅威から命を守る、堅牢なる命の盾である! ギフトスキル解放! 【守護者の魂】ッ‼」
「『ドクトールキャノン』! 発射ァ‼」
ドクトールの砲台からプラズマのような巨大なビームが放たれるのと、フレステがギフトスキルを発動させたのは、ほぼ同時だった。
全てを飲み込むかのような激しい光を、フレステが出現させたのであろう、両手に大盾を持った巨大な鎧騎士の幻影が受け止める。
「ほほゥ……? これがアガレリアの守護騎士。聖盾の騎士の力デスか。その手にあるのが神器ではないにも関わらず、ワタクシのドクトールキャノンを受け止めるとは驚きデス。……ですが、どうやら長くは耐えられそうにありませんネェ?」
「ぐっ、くぅっ……!」
ドクトールの言葉通り、フレステの顔は苦痛に歪み、背中からは流れ出した大量の血が地面を赤く染めていた。
あいつ、まさか完全に回復したわけじゃないのか⁉
「フレステ、お前……!」
「構うなっ‼」
駆け寄ろうとした俺に、口元を血で滲ませたフレステが叫ぶ。
「たとえ神器を奪われ、この身が聖盾の騎士でなくなったとしても。私がアガレリアの人々を守る盾でありたいと願ったことに変わりはない。私は、私の務めを果たすだけだ」
それに、とフレステは続ける。
「一生守るって、あーし約束したっしょ? だったらちゃんと守られて、この絶望的な状況を壊してみせて下さいっすよ。パイセン!」
前を向くフレステの表情は見えない。
けれども何故か、その顔はいつものように笑っているのだろうと確信が持てた。
……ああ。ボロボロのお前が、命を賭けて約束を果たしに来てくれたんだ。
何の才能も力も無い、俺一人じゃここまで来ることすらできない俺ではあるが。
俺も、命を賭けて約束を守ろう。
「ヴェル、もういい加減なんじゃねーのか? まだだって言うなら、あの版権ギリギリロボに壁尻にさせるぞ?」
「……それは遠慮願いたいのう。じゃが安心するがよい。つい今しがた、ようやく完成ところじゃ。受け取るがよい!」
ヴェルヴィアが俺の声に応えると同時に、俺の手に赤い光が集中する。
やがてその光が収まると、俺の手には一振りの剣が握られていた。
見た目や大きさは、俺が普段使っているロングソードと大して差はない。
けれどもその異様なまでに黒く輝く刀身は、ドラゴン状態のヴェルヴィアの鱗を想起させた。
「これこそは三千年前、かつての英雄達にも一切触らせることのなかった、我が逆鱗を変質させて創りし最強の神器。神の手を取りし英雄よ。お前の神器じゃ、リューン!」
これが、神器……。
少し緊張しながらも剣を構えると、剣はまるで長年使い込んだかのようにしっくりと手に納まり、重さが存在しないのかと思ってしまうくらいに軽い。
「今は剣の形をしておるが、お前の意思で如何様にも形を変えることが出来る。そして、一度魔力を通せば、あらゆるものを破壊する最強の武器となるであろう」
「魔力をって。でも、俺には魔力が……」
「然り。そこだけがこの神器の難点じゃった。本来であればそんな心配をする必要はないんじゃが、主は魔力が一切無いからのう。じゃが運よくこの時代には、魔力を渡す手段があることを思い出したんじゃ」
魔力を渡す手段……?
「……エンチャントか」
俺の答えを聞いたヴェルヴィアが、ニヤリと笑う。
それは、俺達の初めての特務クエスト。
スライムを倒す時にメルティナ達が使っていた、対象に魔力を付与させるという魔法だ。
たしかに、ナナシに魔力を与えた時のようにあの魔法を応用すれば、魔力の無い俺がこの神器を使う事が可能かもしれない。
……ん? でもちょっと待てよ?
「なあ、一つ聞いてもいいか? 前にナナシにお前の魔力を渡した時、尋常じゃないくらいの反応した上に記憶がぶっ壊れてたんだけど。その辺は大丈夫なんだよな?」
「……う、うむ。まあ、なんじゃ。ぶっちゃけかなり危険ではある。故に一撃じゃ。主が一撃を放つそのタイミングで、わっちが主に魔力付与をする。それ以上は、いくらエリ草の力を得た主でも、頭がぱっぱらぱーになるか体が弾け飛ぶかするじゃろうからな」
リスク高ッッ‼ ……とはいえ、上等だ。
一撃という制限はあるものの、この状況を打開できるなら、使わない手はない!
俺が覚悟したのを見て取ったヴェルが俺を掴む手に力を籠めるのを確認して、俺達は豪風が彼狂う中、ドクトールに向かって奔った。
「ハッハハハハハハ! さあさあ、まだまだ出力は上がりまスヨ!」
俺達が肉薄しているにも関わらず、ドクトールはそれにまるで関心を示していないかのように高笑いを続けている。
ドクトールが関心を示さないのも無理ない。
レベルも低く、何の才能も力も無い俺がドクトールに近づいたところで、出来る事なんて何もないと思うのが普通だ。
だが、ドクトールは知らない。
俺のギフトスキルが、小さく、喧しく、けれどもこれ以上ないほどに頼りになる。
破壊の魔神だということを。
「破壊の魔神。ヴェルヴィア=ノヴァ=エンドロールが告げる。反英雄ドクトールよ。どこの女神の差し金かは知らぬが、貴様がわっちらの前に立ち塞がるというのであれば。我が英雄の一撃。【壊神の一撃】によって消え去るがよい‼」
ヴェルヴィアの高らかな声と共に、全身が内側から爆ぜるかのような強烈な痛みが俺を襲った。
きっとヴェルヴィアが俺に魔力を渡したのだろう。
繰り返される死と再生に体がもう止めとけと悲鳴を上げるが、俺はそれを気合で無視した。
ラノベの主人公が倒すような強敵を、主人公でもなんでもない俺が倒そうとしてるんだ。
俺の命一つ程度じゃ足りないことくらい、重々承知してる。
だが、足りないのならば足せばいいだけの話だ。
幾度も命を積み重ねたその先に、こいつらと迎える明日があるなら、俺の命程度、いくらでもくれてやる。
それがこの世界最弱の、死んでも死なない俺に出来る、唯一の戦い方だ‼
illustration:おむ烈
「最弱、不死を……舐めんじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ‼」
俺はその痛み意識を持っていかれる前に、ドクトールのサイクロプスとふざけた名前の砲身に向かって全力で剣を振り下ろす。
するとその剣筋と全く同じ大きな亀裂が砲台とドクトールのサイクロプスに深々と刻まれ。
やがて戦場に、一つの小さな太陽が生まれた。