第30話「最弱不死の女神の祝福(6)」
突撃した冒険者達とサイクロプスとの戦いで、戦場は混沌と化していた。
「「「敵の動きを阻害せよ! 《アイスバーン》ッ!」」」
「【頑健】のギフトスキルを持ってる奴は射撃攻撃から後衛を守れ! 久しぶりの戦闘だ、気を抜くなよお前らあああああ‼」
「前衛は足を狙え! こういうデカい奴は、足さえ失っちまえばこっちのもんだ!」
冒険者達の怒声や呪文、そして剣撃音が戦場に飛び交う。
駆け出しの冒険者である俺達とは違って経験豊富な彼らは、その洗練された見事な連携でサイクロプス達と互角以上の戦いを繰り広げていた。
心なしか彼らの顔は、街で見た時よりも生き生きとしているようにすら見える。
そんな戦場の中、俺達はドクトールのサイクロプスを目指して走っていた。
「ねえリューンさん! さっきの話、本当なの⁉ 反英雄を倒せるかもしれないって!」
隣で走るメルティナが不安そうに聞いてくる。
そりゃ疑いたくなるのも無理はない。
『ンッフフフ~。その程度の攻撃では、ワタクシのサイクロプスには傷一つ付きませン』
「畜生っ、どうなってやがる⁉ 剣も魔法も効きやしねえ!」
「一旦体制を整えましょう! 他のサイクロプスを倒して、冒険者達で一斉攻撃をすれば倒せるかもしれない!」
マイクを切り忘れたのかどうかは知らないが、さっきからドクトールの笑い声と苦戦する冒険者達の声が戦場に響いている。
どうやらドクトールの乗っているあのサイクロプスは、情報通り特別製らしい。
冒険者達の攻撃を何度も受けたにも関わらず、その装甲には傷一つ付いていなかった。
あの無敵ぶりを見れば、倒すなんて無理だと思うのが自然だろう。
けれども……。
「ヴェルヴィアが言うには、何か秘策があるらしい! そうなんだよな、ヴェル!」
「うむ! じゃがここからでは届かん。もっと近づかねば意味がない!」
俺の背中にしがみついたヴェルが叫ぶ。
「聞いての通りだ。他の冒険者達のお陰でターゲットが分散している今がチャンスだ!」
と、俺達がそんな事を言いながら走っていたその時だった。
「ルーキー! そっちに何体か行ったぞーっ!」
冒険者の誰かが放ったその声と共に、四体のサイクロプスが俺達の行く手を阻むかのように立ち塞がった。
マズい。こんな所で足止めを喰らったら、冒険者達にも被害が出るかもしれないし、何よりドクトールが何か手を打ってくるかもしれない!
俺が焦り始めたその時だった。
「賞金の方から私達に近づいて来てくれるなんて、これもきっと神の思召しね。レアギフトスキル発動!【信仰の加護】!」
「……承認。ナナシは戦闘モードに移行します。疑似ギフトスキルを起動します」
パッと見た限りどう考えても悪役の女幹部にしか見えない変化をしたメルティナと猫耳モードになったナナシが、目の前のサイクロプスに向かって飛び出した。
先に攻撃を仕掛けたのは、俺のパーティー随一の素早さを誇るナナシだった。
「……発動。【機械仕掛けの操り人形】」
瞬時にナナシが五人に分身し、サイクロプスの一体を補足すると、目にも止まらぬ速度で連続攻撃を繰り出す。
ナナシが装備しているのは、盗賊ジョブクラスの駆け出し冒険者なんかがよく使っている、ダガーと呼ばれる短剣だ。
よく使っているとは言っても、それは他の武器に比べて安く手に入るからであり、駆け出し期間を終えてお金が入った冒険者達は、大抵はより威力の高いショートソードに装備を変更するらしい。
RPGゲームで言うところの、いわゆる装備が整うまでの初期装備のような武器なのだが、ナナシはこれを気に入っていた。
『……進言。この装備が、一番ナナシの性能に適しています』
とのことだったのだが、今ならその言葉に納得できる。
「……捕捉。そこです」
サイクロプスの攻撃を高速で回避しながら、ナナシ達が次々にダガーを投擲する。
その放たれたダガーはまるで吸い込まれるかのように、数分の狂いも無くサイクロプスの強固な装甲の隙間に深々と突き刺さった。
ナナシの強みは、その驚異的なスピードと的確な情報解析能力だ。
恐らくナナシは、戦いながら敵の動きを常に予測・解析し、弱点となる部分にダガーを打ち込むことで着実にダメージを与えているのだろう。
ダガーに比べてかなり重さがあるショートソードでは、ここまでの芸当は出来ない。
やがてナナシ達が同時に最後のダガーを一斉に投げると、サイクロプスは黒煙を吹き出しながらその機能を停止させた。
「……落胆。この程度の機能で魔導機兵を名乗ることに、ナナシはがっかりです」
俺の近くに転がって来たナナシの頭は、どこかドヤ顔っぽくそう言った。
「ナナシ。お前、また頭が落ちてるぞ」
「……迂闊。何故空しか見えないのかナナシは疑問でしたが、解決しました」
カッコイイんだか悪いんだか……。
と、俺がナナシの頭を拾って付けていた時だった。
「オラァッ‼」
と、気合の入った声と共に大型トラックでもぶつかったかのような衝撃音が響き渡った。
その方向に目を向けると、そこにはサイクロプスをボコ殴りにしている聖女の姿があった。
他の冒険者の剣や魔法でもダメージを与えるのに苦労していたサイクロプスの装甲は、メルティナの拳によって原形を留めていない程にぐしゃりと歪みまくっている。
『レベルを上げて物理で殴る』。
という戦法なら聞いたことはあるが、メルティナのそれは『レベルが上がってなくても無理やり物理を上げて殴り続ける』だ。
チンパンプレイどころかゴリラプレイと呼びたくなるようなその脳筋戦法は、けれどもそれ故に純粋に強く、今この場では頼もしさしかない。
間違いなく聖職者ではなく格闘家とかの戦い方ではあるが。
「ちょっと硬かったけど、思ってたほどじゃないわね。これなら教会の再建資金は今日中に溜まっちゃうかも! さあ、どんどん来なさい! まとめてぶっ殺してあげる!」
サイクロプスの頭部を引き千切り、高笑いしながらそう言うメルティナの姿は、どう見ても敵役です本当にありがとうございます。
それにしても、普段ポンコツな俺のパーティーメンバーが、ここまで強いとは正直思いもしなかった。
それだけ特務クエストが難しいという事なんだろうけど、せめて普段からこれくらい有能であってほしいと思ってしまう。
すると唐突に。
『対象の脅威レベルを更新。ターゲットを同型機撃破者に変更します』
そんな機械的な音声が、残った二体のサイクロプスから流れ出した。
どうやらターゲットを、俺とヴェルヴィアからナナシとメルティナに変更したらしい。
その音声を聞いたメルティナ達が俺達に、ここは任せろとばかりに視線を送る。
俺はそれに応えるように頷こうと、
「リューンさん。反英雄に賭けられた討伐報酬は一千万ミュールなんですけど、7対3くらいで山分けなんてどう? もちろん、私が7で!」
「……要望。今回の戦いで、ナナシは激しくエネルギーを消費すると予想します。アガレリアに戻った際には、ナナシにこれでもかというくらいの美味しい物を要求します」
「お前らほんっとブレないな! 帰ったら討伐金の山分けでもグルメ巡りでも何でもしてやる! だから、絶対に死ぬなよ!」
俺の言葉に満足したのか、二人が言う。
「約束だからね! さあ、かかってきなさい。まとめて換金してあげるわ!」
「……約束。では、本物の魔導機兵の力をお見せいたします。もっとも、その程度のセンサーでナナシを追いきれればですが」
頼もしい二人の声を背に、俺達はその場から駆け出す。
ドクトールのサイクロプスの姿は、もうすぐそこにまで迫っていた。