第27話「最弱不死の女神の祝福(3)」
水晶の映像が終わると、途端に部屋は静寂に包まれた。
何も言える訳が無い。こんな、こんな――っ!
「主よ……」
その声にハッとなると、ヴェルヴィアが心配そうな顔で俺の手を握っていた。
見ればいつの間にか固く握られていた俺の手のひらには爪が食い込み、ポタポタと血を流していた。
やがてライアーが、呆れたように頭を押さえながら溜息をつく。
「……概ね予想通りだったとはいえ、さすがに呆れて物が言えなくなるね。まさか神器と自分の娘のレベルを差し出す代わりに王都に取り入るとは。……とはいえ、呆れたままでもいられないね。なんとか反英雄への対抗策を考えたいところなんだけど……」
その時、今の今まで一切喋らなかったナナシが、おもむろに口を開いた。
「……終了。映像から情報を解析した結果、アガレリアへの到達予定時間は明日の昼頃だと予想されます」
「僕は魔導機兵には明るくないんだけれど、その結果に間違いないのかい?」
「……肯定。ナナシの解析に間違いはありません」
ライアーの言葉に、ナナシが無表情のまま、どこか自信ありげに答える。
一人で家を建てたり分身したりと色々と多機能なナナシの事だ、それくらいの事ができても不思議じゃない。
「そうか……。となると、マズい事になったね」
ナナシの解析結果を聞き終えたライアーの表情が曇る。
「マズいって、どうしたんだ?」
「転移魔方陣を構築する時間が足りないんだ。君達も知っているだろうけど、転移魔法は長距離を一瞬で移動できる便利な魔法だ。けれどもその出入口である魔法陣は、かなり繊細かつ複雑な作りでね。反英雄が到着するまでに間に合うかは、正直かなり怪しい。もっとも、反英雄に対抗できる有効な手段が存在しないのだから、やるしかないんだけどね」
そう言うと、ライアーは肩を落とした。
反英雄に対抗できる有効な手段。フレステが持っていた神器の事か。
……待てよ?
俺はさっきから何故か腕組みしたまま一言も発していないヴェルヴィアに目を向けると、
(ヴェルヴィア。聞こえてるか? 女神のお前なら、反英雄ってのを倒せるんじゃないのか? 元を正せば、神器は女神の力の一部だって言ってたし)
と、頭の中で言葉を思い浮かべる。
するとすぐに返答が返ってきた。
(どうじゃろうな。今のわっちは、女神としての全盛期に比べてかなり力が弱っておる。それに、もしそれが可能じゃったとしても、わっちには反英雄と戦えん理由がある)
戦えない理由?
(この件に、他の女神が絡んでおる可能性が高いからじゃ。その反英雄とやらが本当に異世界から召喚されたのかは分からんが、もしそれが本当とすれば、そんなことが出来るのは女神共だけじゃ。仮にわっちが戦い参加すれば、他の女神にわっちが封印を抜け出したことが露見するじゃろうな)
――ああ、そうか。
他の女神からしてみれば、ヴェルヴィアは脱走犯なのだ。
そんなヴェルヴィアが反英雄との戦いに参加するのは、言ってみれば脱走犯が警察の前に飛び出してくるも同然である。
そうなれば、他の女神は当然ヴェルヴィアをまた封印するだろう。
もしかすると、今度はギフトスキル化という抜け道が通用しない可能性もある。
それを恐れているからこそ、ヴェルヴィアは戦えないと言ったのだ。
……打つ手なし、か。
こんな時。俺に漫画や小説の主人公みたいな才能やチート級の力があれば、きっとその力で反英雄を倒し、歴史に名を刻む王道の流れになっただろう。
だがしかし、それはフィクションの話だ。
スライム相手にすらも負ける最弱の俺に出来ることといえば、ライアーが転移魔方陣を反英雄が来るまでに完成させてくれることを祈るくらいだろう。
けれど、もしそれが間に合わなかったら……。
そう考えた俺の脳裏に、この街で過した日々や一緒に笑い合ったメルティナ達の姿が浮かんだ。
――そういえば、あの時フレステと約束したっけ。
『お前が守りたいと思ったものを、命懸けで守ってやるくらいはしてやる』って。
…………。
「ライアー。俺が反英雄の足止めをするって言ったら、何か手はあるか?」