第25話「最弱不死の女神の祝福(1)」
ナナシからの伝言を受けて急いで冒険者ギルドの扉を開けると、出迎えてくれた受付のお姉さんによって、俺達はギルドマスター室へと通された。
ノックも無しにその扉を勢いよく開けると、水晶玉を眺めながら静かに執務机に座っていたライアーが俺達に気がついて顔を上げる。
「よく来てくれたね、リューン君。さて、どこから話すべきか……」
「悠長に話してる場合じゃないだろ! ライアー、フレステが重傷ってどういうことだよ⁉ 助かるんだよな? フレステは……フレステはどうなったんだ⁉」
半ばパニック状態になった俺の問いかけに、ライアーは短く息を吐くと、その細い瞳を開いた。
「リューン君。取り乱す気持ちは分かるけど、君はもう少し落ち着くべきだ。冒険者のパーティーリーダーとして、仲間が危機的状況ならなおさらね」
「その通りじゃ。それにこうして話をする場を設けたということは、最悪の事態という訳ではなかろう。一旦冷静になるがよい」
まるで子供を諭すかのように静かに語るライアーとヴェルヴィアの言葉に、焦っていた俺の思考が次第に冷静さを取り戻す。
……二人の言う通り、今ここで俺が取り乱したところでなんの意味もない。
「……悪い……。ちょっと気が動転してた……」
「気にすることはないよ。おかげで僕も荒々(あらあら)しいリューン君という新しい扉が開けたからね。僕の中でリューン君は受けだったのだけれど、攻めに転じたリューン君も悪くない」
俺の反省の気持ちを返して欲しい。
と、そこでライアーの表情が真剣な面持ちに変わった。
「さて。まずはフレステ君についてだけど、心配はいらないよ。元ではあるけれど、ここは冒険者の都。アガレリアの冒険者ギルドだ。ギルドに常駐している腕利きの白魔導士やメルティナ君の回復魔法のおかげで、命に別状はない。今はメルティナ君に見守られながら、静養室で眠っている頃だろう」
ライアーの言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。
だがそれも束の間、ライアーはこう続けた。
「もっとも、以前と全く同じ状態に戻るかと言われれば、それは難しいと言わざるを得ないのだけれどね」
「……? どういうことだ?」
「それについて話す前に、僕は君達に一つ確認しなくちゃいけないことがある。君達がフレステ君の秘密について知っているかどうかだ」
秘密。
それはきっと、聖盾の騎士の正体がフレステだと知っているかという事だろう。
「盾娘が英雄の末裔ということなら、とうの昔に看破しとる。あの程度の認識阻害魔法でわっちの眼は誤魔化せん。特に興味が無いから放っておいたがの」
「……同意。ナナシの超高感度センサーにかかれば、あの程度は無いも同然です。ご飯を大量に貰ったので今までナナシは黙っていました」
どうやらフレステが聖盾の騎士だと知っていたのは、俺だけじゃなかったようだ。
もちろん、俺もライアーに頷く。
それを見たライアーの目が、心なしか嬉しそうだったのは気のせいじゃないだろう。
「全員知っているなら話は早い。結論から言えば、フレステ君。――フレスティア君の体の傷は、数日もすれば完全に回復する。ただし、彼女のレベルがごっそりと減っていることを除いてね」
「レベルが、減ってる……?」
そんな事があり得るのか?
この世界で言うレベルとは、魔物を倒した際に得られる肉体を強化する特殊な魔力。
俗に言う経験値を一定まで吸収したことによる肉体の成長を分かりやすく数値化したものだ。
肉体に蓄積した経験値が多ければ多いほど。
つまりはレベルが高ければ高いほどステータスは比例して高くなり、その肉体に吸収された経験値は死ぬまで失われることはない。
事実。俺がこの世界に来てからレベルが減ったなんて話は、今まで一度も聞いたことがない。
「僕も驚いたよ。なにしろフレスティア君は、他の守護騎士がサボっていた周辺の魔物討伐のほとんどを一人でしていたこともあって、かなりの高レベルだったからね。普通ならあり得ない事態だけれど、そんなことが起こりえる可能性があるとすれば……」
「『聖剣』の神器しかありえんじゃろうな。アレは他の生き物から経験値を奪い威力を増す剣。盾娘のレベルが減っていたというならば、それに斬られたとしか考えられん」
ライアーの言葉をヴェルヴィアが引き継ぐ。
聖剣とか神器とか呼ばれている割には、まるで悪役が持っていそうな効果だな。
ん? でも確か、神器って……。
「博識だね。ヴェルヴィア君の言う通り、恐らくこれは王都を守護する剣の守護貴族。シュバリエ家の所持している聖剣によるものだろう。けれども、なぜ王都の守護の守護を任されているシュバリエ家が、神器である聖剣を持ち出してまでフレステ君を襲ったのかまでは分からない。……まあ、何となく察しはついているんだけれどね。だからその理由を、今からコレを使って確認しようと思う」
そう言うと、ライアーは机の中央に置かれていた大きな水晶玉を指さした。
「それは?」
「賢者として活動していた頃の知識の一つ。禁忌魔法《過去の瞳》を付与した水晶玉だ。この魔法は、対象者の記憶を映し出すことができる魔法でね。本来なら使う事は禁じられているんだけど、今回は緊急事態だから仕方がないね。調整に時間がかかったけれど、それもさっき終わったところだ。そろそろ、フレステ君の身に一体何が起こったかが映し出される頃じゃないかな?」
するとライアーの言葉通り、次第に水晶玉の中に、豪華に装飾された部屋で聖盾の騎士の鎧に身を包んで立つフレステと、その対面に座る厳格そうな男の姿が映し出された。