第23話「最弱不死と聖盾の騎士(7)」
数時間後――。
「……さて。あれだけ豪語していた主がホワイトグリズリーにあっさりと殺されながら逃げ回っていたのを助けたせいで、わっちはこうしてまた木の幹に突き刺さって壁尻とやらになっておる訳じゃが……。なにかわっちに言う事はないかや? 我が主よ」
「あの時は失礼な事を言って、すんませんっしたヴェルヴィア様!」
特異スライムが出現した森の中。
俺はヴェルヴィアの尻に向かって、深々と頭を下げていた。
「うむ。分かればよい。しかし本来ならばもっと寒い地域に生息するはずのホワイトグリズリーと、まさかこんな所で遭遇するなんぞ予想外じゃ。……まあ、『あんな物』が主の秘密兵器じゃったのは、それよりも遥かに予想外じゃったがな。ぬっはっはっは! とりあえず抜いてくれん?」
「言うな。思い出したら恥ずかしくて死にたくなる」
ヴェルヴィアの言う『あんな物』というのは、俺がこの森でホワイトグリズリーと遭遇した時に取り出した秘密兵器のことである。
魔力が無くても魔法を使える! というキャッチフレーズに惹かれて市場で買ったその指輪は、悪い意味で俺の期待を上回る性能だった。
「よっと。……敢えて教えておくとじゃな、主よ。それは《スクロール》と呼ばれる、三千年前からある魔道具じゃ。指輪に刻まれた魔法を発動する事が出来る物なんじゃが、一般的に売られておるのは初歩中の初歩。大気中の水を集めてぶつけたり、ちょっとしたつむじ風を起こせる程度の、言わば子供用の玩具じゃ。大方、魔力が無くとも魔法が使えるなんて言われて買ったんじゃろう? くっふふふ。ホワイトグリズリーも、あまりの威力の無さにポカンとしておったな」
木の幹から引っこ抜いた瞬間、頼んでもいないのにヴェルヴィアが意地の悪い顔で笑いながら解説を始める。
ムカつくことに、俺の購入理由までドンピシャで当てやがった。
「ってちょっと待て。子供用の玩具⁉ これ10万ミュールくらいしたんだけど!」
「ボッタクリじゃな。そんな玩具、精々一つ500ミュール程度が関の山じゃろう。わっちは黙っておいてやるが、あの守銭奴の小娘にはバレんようにな。バレたら主は何度殴り殺されるか分かったもんではないからのう」
店の金をメルティナやナナシに持たせるのは危険と判断した結果、金は全て俺が管理することになっている。
そんな俺がボッタクリで散財したと知られれば、ヴェルヴィアの言う通り地獄絵図になるのは容易に想像できた。
これは否が応でも依頼にあった宝を見つけ出して、俺の失態を挽回せねば!
「……にしても、ヴェルヴィア。なんかお前、今日はやたらと機嫌が良いな。そんなにアーティファクトが手に入るかもしれないのが嬉しいのか?」
「ふむ? まあ、それもあるやもしれんが。なんだか、改めて今が夢のようじゃなと思うてな」
「夢……?」
「うむ。……三千年の空虚な時間をあの何もない森で過し。このまま朽ちてゆくのであろうと覚悟していたわっちが、こうして外の世界で生き、誰かと共に笑い合う日々を送れるというのがのう。わっちは何かを壊すことにかけては右に出る女神はいないとまで言われた、破壊の魔神。そのわっちが、破壊できないと。したくないと思ってしまうような日常を得られたのは、他でもないリューン。お前があの時わっちに手を差し伸べてくれたからじゃ。改めて言おう。リューン、感謝しておるぞ」
……なんだろう。改めてそんなことを言われるとムズ痒くなる。
まあなんだかんだ言って、俺もヴェルヴィアと出会わなかったらとっくの昔に死んでいただろうし、この騒がしい出会いに感謝もしている。
調子に乗りそうだから絶対に言わないけど。
「あー……。にしてもアレだな。やっぱそう簡単に強くなったりはしないってことだな。せめてラノベみたいにチート武器でもあれば良かったんだけどなぁ」
「……そんなに、欲しいんかや? 主の為の武器」
ヴェルヴィアがそう言って、顔を赤らめてモジモジしながら俺を見上げる。
欲しいには欲しいけど、そのリアクションなに? 怖いんだけど。
と、その時だった。
「それにしてもあいつら、あんな分かりやすい嘘に騙されますかね?」
「騙されるさ。冒険者なんてのは、夢見がちな馬鹿の別称みたいなものだからな。チラッとでも宝の地図を見せりゃ食いつくに決まってる」
突然聞こえてきた二人の男の声に、思わず俺とヴェルヴィアは近くの茂みに身を隠した。
魔物や盗賊から逃げる事が多かった俺達の、悲しき条件反射である。
茂みからこっそりと覗くと、そこには巡回中であろう二人組の守護騎士達。
話の内容からして、どう考えても俺達の事だろう。
「そもそも、俺は前からあの便利屋共が気に食わなかったんだ。どんな手を使ったのかは知らんが、民衆の前で貴族を跪かせるなんぞ、我々貴族に泥を塗りたくるに等しい。本来ならば死刑にしてもいいくらいだ。だが、聖盾の騎士様は我々が手を出すのを許さんだろう。そこで、あの宝の地図というわけだ」
「あの辺には最近、この辺じゃ見ないような高レベルな魔物がうじゃうじゃいますからね。今頃は野垂れ死んでいるでしょうね」
「だろうな。金に目が眩んだ冒険者が野垂れ死ぬなんざ、下賤な冒険者の末路に相応しい。ま、放っておいても結末は変わらんのだがな!」
そう話し終えると、守護騎士達はガハガハと笑い合った。
……あんな奴達のトップだとフレステが思われているのかと思うと、無性に腹が立ってくる。
「……主よ。そろそろあの者共に神罰を下しても良いかや? 女神であるわっちを騙した罪。その命で償ってもらおうではないか」
ふと横を見ると、ブチ切れていらっしゃるヴェルヴィアが守護騎士達を今にも街中でドラゴンブレスを撃ち出しそうな気迫で睨みながらギラギラと目を光らせていた。
「まあ待てヴェルヴィア。面が割れてる俺達が今出ても、フレステに迷惑がかかるだけだ」
「ふ~む……。ならば、わっち達じゃと分からねばいいんじゃろう? 主よ、アイテムポーチを出すがよい」
言われるがままにアイテムポーチを差し出すと、ヴェルヴィアがなにやらゴソゴソと中を漁り始める。
しばらくして――。
「おお、あったあった。たらららったら~! 『認識阻害魔法付きマスクとマント』~!」
「なんで俺が買った覚えのない物が俺のアイテムポーチの中に入ってるのか、そしてなんでそれをお前が知ってるのか、あとなんで異世界の女神のお前が青いタヌキを知ってるのかどれからツッコめばいい?」
「まあまあ、そんな細かい事は置いておくがよい。今やるべきは、そこで下卑た笑いを浮かべておる奴らに一泡吹かせる事じゃ。これならば、わっちらじゃと気づかれる事はなかろう?」
そう言って俺に向けた笑顔は、本当にこいつは三千歳以上なのかと疑いたくなるほどの。
悪戯心に満ちた子供っぽい笑みだった。