第21話「最弱不死と聖盾の騎士(5)」
「初めは、騙すつもりはなかったのだがな……」
草原に腰を下ろし、どこか遠い目をしながらフレステが語り始める。
数年前、父親と喧嘩して屋敷を飛び出し、身分を隠して単身アガレリアまで家出をしたこと。
フレステという偽名は、その時に考えたということ。
当時右も左も分からなかった自分に、アガレリアの冒険者達が優しくしてくれた時の縁がきっかけで、メルティナという友人を得たこと。
そしてそれから数年後。
聖盾の騎士の称号を与えられ、王都からアガレリアの守護を命じられたこと。
「あの時は嬉しかった。アガレリアの住人達に、やっと恩返しができるのだと思った。だが……」
それまで楽しそうに語っていたフレステの表情が曇る。
そんな彼女に与えられた初任務は、守護騎士制度に反対する冒険者達との戦闘だった。
「無論、死傷者は出さなかった。だが結果として、私はこの街から冒険者を引退する者が続出する原因を作ってしまった。恩を仇で返すとは、正にこの事だな。アガレリアが元冒険者の都になったのは、間違いなく私のせいだ」
……実はフレステが聖盾の騎士じゃないかと睨んだ際に調べてみたのだが、彼女のアルバイト先にはある共通点がある。
それは、彼女のアルバイト先のほとんどが、引退した冒険者が始めた店だという事だ。
話を聞いてみると、フレステは冒険一筋でイロハが分からなくて困っていたところにフラッとアルバイトとしてやってきて、経営が軌道に乗った頃になると、報酬も貰わずフラッとまたどこかのバイトに行っていたそうだ。
今にして思うと、これは罪滅ぼしだったんじゃないだろうか。
本当は街の人達と共に生きたかった、彼女なりの。
「そんな大層なものではない。あれは、ただの私の自己満足だ。聖盾の騎士として、フレスティアとして住人の力になれないのであれば、せめて町娘のフレステとして彼らの力になりたいという。貴族の我儘というやつだ」
そう言うと、フレステはどこか自嘲気味に笑った。
「じゃあ、お前が特務クエストを手伝ってくれたのは、特異種の魔物を聖盾の騎士として放っておけなかったからか?」
「そうだ……と言えれば、良かったのだがな。正直に言えば、あの時は純粋にメルティーが羨ましかった」
「羨ましい?」
「ああ。貴殿達と本当の自分のままで誰かと接してるメルティーを見て。……いいなぁって。私も、あーしもあんな風に一緒に笑いたいなぁって、思っちゃったんです」
あーしにそんな資格ないのにねと、照れくさそうにフレステが頬を掻く。
……ああ、俺はなんて馬鹿なんだ。
シルディアナ=フレスティア。
守護貴族にして聖盾の神器使い。
自責という名の盾を背負う少女。
そんな彼女が踏み込ませまいと掲げていた盾を、俺は何も知らず、得意げに、そして無遠慮に破壊してしまったのだと、この時になってようやく気がついた。
「あまり自分を責めるな。これでも、おかげで少しだけ肩の荷が下りた。いつかはバレるだものだと覚悟はしていたからな。むしろ初めて正体を看破されたのが貴殿だったのは、私にとって幸運だったと思っている。これが他の者なら、私は立ち直れなかったかもしれないからな」
俺の表情を見て悟ったフレステがフォローを入れてくれる。
男として情けない事この上ない。
「とは言え、例えどれだけ疎まれ恐れられようと、今はまだ私は聖盾の騎士でいなくてはならない。少なくとも、脅威が去るまでは……」
……?
何の話だと俺が口を開くよりも早く、フレステはその場から立ち上がった。
「さて、自分語りもここまでにしておこう。そろそろ街に戻ろうと思うのだが……その前に。まだそれの使い道について聞いていなかったな」
それ。というのは、俺のポケットに入っていた『あーしに何でも命令できるチケット』の事だろう。
律儀な事に、どうやらフレステは俺が死んでいる間に入れてくれていたらしい。
「さっきも言った通り、それを使えば私に出来る事なら何でも叶えよう。富や名声というのは難しいが、それ以外。例えばそう。貴殿がこの体を欲するというのならば、それも吝かではない。そして……」
そこまで言って一旦言葉を区切り。
「貴殿が私と縁を切りたいというのであれば、それも叶えよう」
そう言うと、フレステは静かに、どこか寂しそうに微笑んだ。
まるでそれこそが本当の使い道だとでも言うように。
illustration:おむ烈
ああ、そうか。彼女は恐れているのだ。
いつか自分の正体が露見してしまった時、俺達が聖盾の騎士と関りが深いと知られれば、何かしらの被害があるかもしれない、と。
そうなる前に、それを使って自分との縁を切れと言いたいのだ。
今にして思えば、聖盾の騎士であることを自ら認めたのは、彼女が潮時だと判断したからのようにすら思えてくる。
けれども諦めたように笑っているその姿は、今頃家でぐーすか幸せそうに寝ているであろう、破壊の魔神と初めて会った時を思い出すものだったわけで。
「……じゃあ命令だ」
「何なりと」
「フレステ。俺を、一生守ってくれ!」
「…………………………………………は?」
俺の言葉が相当予想外だったのか、フレステがポカンと口を開けて固まる。
「お前も知っての通り。俺は死んでも死なないだけで、この世界最弱と言っても過言じゃない。スライムにだって平気で負けるし、下手すればその辺の子供にだって負ける自信がある!」
「いや、そこは自信持っちゃダメっしょ。……まあ、否定はできないっすけど」
泣いてもいいかな?
「そんな最弱不死の俺が、奇跡的に手に入れた盾役のお前を、守護貴族だからだとか街をどうにかした張本人だからって手放すと思うなよ? 絶対に俺は手放さないからな! あと、俺の傍にいる時は、もう自分を二度と自分を偽るな。何か困った事があったら絶対俺に相談しろ。俺みたいな奴に何が出来るかは分からないけど。それでも、お前やお前が守りたいものを命懸けで守ってやるくらいはするつもりだ。それが、俺の命令だ」
「……………………」
俺とフレステの間に、永遠にも感じられるような長い沈黙が流れる。
結局、俺にはこんな情けない言葉しか言えなかった。
これが物語の主人公だったら、もっと気の利いたセリフでも言えたのだろう。
つくづく俺は、主人公に向いてない。
やがて――。
「……ぷっ。あっはははははははは! ど、どんな命令の仕方っすかそれ! しかも命令できるのは一つだって言ってるのに三つ言ってるし! パイセン無茶苦茶過ぎっしょ!」
もう堪えるのが限界とばかりに、フレステは噴き出すと同時に目に涙を浮かべて笑い始めた。
そりゃ下から何だか上から何だかよく分からない命令の仕方になったのは事実だけど、なにもそんなに笑う事ないんじゃないだろうか。
「はぁ……はぁ……。わ、笑い過ぎてお腹痛い……。異世界の人って、みんなパイセンみたいに面白い人なんっすか?」
「いや、俺は別に面白い事なんて言ってな……。待って、今異世界って……」
「あーしのご先祖様を誰だと思ってるんっす? あれだけ社会生活に適応してない姿を見せられたら、そりゃ気づくっすよ」
「マジかよ……」
そういえば、守護貴族であるフレステの先祖って、三千年前に異世界から召喚された英雄なんだっけ。
「それにしても、まさか命令の内容が一生守ってくれとはねえ……。ほんと、ズルいと言うかなんと言うか。そんなこと言われたら、盾の守護貴族として断れるわけないっしょ」
――それまで、フレステに異世界人であることがバレていた事や、勢いに任せて一生とか言ってしまった事が俺の頭をグルグルと廻っていたが。
「その命令、喜んでお受けするっす。だから、ちゃんと手放さないで下さいね、パイセン!」
そう言ってフレステが俺に向けてきた、今まで見た中でもとびっきりの笑顔を見た瞬間。
そんな事は、些細な事だと悟った。