第20話「最弱不死と聖盾の騎士(4)」
そんなこんなで、俺達が便利屋という副業を始めてから数日。
早朝の陽を浴びながら、俺とフレステはアガレリア近郊にある草原で戦闘訓練を行っていた。
「はあああああっ‼」
「気合は十分みたいっすけど、まだまだ踏み込みがなっちゃいないっすよ、っと!」
振り下ろした木製の剣による一撃がフレステの盾捌きによって難なく弾かれ、体勢を崩した俺の体に、カウンターとばかりにフレステのシールドバッシュが炸裂する。
「うぐおっ⁉」
まともに食らった俺の体が吹き飛ばされ、草原を転げる。
威力はかなり手加減してくれているとはいえ、やはり結構痛い。
「ほらほら。これくらいで根を上げてたら、魔物なんて相手に出来ないっすよ? 特訓に付き合ってくれって言い出したのはパイセンの方なんっすから、根性見せるっす!」
既に訓練を始めてから数時間。
息も絶え絶えになっている俺とは対照的に、フレステからは疲労感を全く感じない。
どんだけ化け物級の体力なんだ、こいつは。
とはいえ、普段バイトやらで忙しいフレステに、特訓に付き合って欲しいと言い出したのは俺からなのだから、いつまでもこのまま寝ころんでいるわけにはいかない。
「……うぐぐ。もう一回だ。せめて一太刀くらいは当ててみせる!」
「その意気っすよ。さぁ、訓練再開っす!」
「うおおおお‼」
投げ出された木製の剣を手に取ると、俺は掛け声とともにフレステに向かって突撃した。
――俺がこの戦闘訓練を始めたのは、便利屋稼業を始めてからしばらくの頃からだ。
低級と名高いスライム相手に手も足も出なかったのを鑑みて、さすがに基礎的な戦い方くらいは覚えておいた方がいいだろうと考えたからである。
問題は誰が教えるかだった。
試しにヴェルヴィアに頼んでみたが、『そこはもっとずどーん』やら『シュビッって感じ』などと、本当に頭を使って喋っているのか疑問にすら思ってしまうような頭の悪い教え方。
ナナシは付き合ってはくれるものの、高確率で頭が外れて特訓どころではなくなるので却下。
メルティナに至ってはバカ高い授業料をねだって来る始末。
そこで抜擢されたのが、我がパーティーで唯一の常識人であるフレステだった。
教え方が思っていたよりも体育会系だったことを除けば、フレステの指南は同じ前衛職だからか比較的分かりやすく、指導者として適任だった。
以来、俺とフレステは毎朝日課のようにこの草原で特訓をしている。
おかげさまで、俺もこの世界に来た当初に比べれば、戦闘技能に関してはマシになって来たんじゃないかというレベルにはなったと思う。
もっとも、フレステには未だに一太刀も浴びせられた事がないが。
きっとこれがレベルや経験の差というものなのだろう。
「てかパイセン。特訓を始めた頃からずっと言おうか迷ってたんっすけど、戦ってる最中にあーしのおっぱい見過ぎっす。そんなんだから集中できてないんっすよ」
否、単純に俺がエロいだけだった。
「……バレたてのか?」
「いや、あれだけガン見されてたらそりゃバレるっしょ。相手をよく見て、隙を見つけるのが戦いの基本って言ったのはあーしですけど。だからって一部だけ見ててもしゃーないっすよ。女の子って、パイセンが思っている以上に視線に敏感なんっすからね?」
「すんませんでしたああああああああ‼」
俺はその場で剣を放り投げ、勢いよくスライディング土下座した。
だが言い訳させてもらうと、その辺のモデル顔負けのプロポーションを誇るフレステの躍動感あふれるおっぱいを前にして、それを無視できるような鋼の精神を持つ男がこの世界に存在するだろうか? いや、間違いなく存在しない。
「はぁ……。しゃーないっすね。そんなに気になるなら……」
そう言って、フレステが懐から紙とペンを取り出してサラサラと何かを書く。
「何してんだ?」
「ふっふっふ。これはですね、『あーしに何でも命令できるチケット』っす。パイセンが一撃でもあーしに当てられたら、ご褒美としてこれをプレゼントしてあげちゃいましょう!」
「マジで⁉」
何でも? 今、何でもって言ったよね?
それは、その内容はダメですって小説サイトの運営から通告が来るような内容でもOKってことですかフレステさん⁉
「何でもっすよ。あーしにできることならっすけどね。こう見えて約束は守る方っすよ?」
「……いいだろう。構えろ、フレステ。本気になった俺の力を見せてやる‼」
「おお、引くほど効果抜群っすね。まぁ、今まで一太刀もあーしに当てられてないパイセンが手にするなんて、万が一にもないっすけどね」
余裕そうな笑みを浮かべながらフレステが盾を構え直す。
改めて見ても、その姿からは隙らしいものが全くと言っていいほど見当たらない。
今までと同じ攻撃をしてみても、恐らく全て弾かれるだけだろう。
となると、隙が無いなら作らせるしかないのだが、問題はどうやって隙を作らせるか……。
……待てよ? それなら……。
「そういえば、まだ守護騎士税を免除してくれた礼を言ってなかったな。あの時はありがとな、聖盾の騎士様!」
「っ⁉」
俺の攻撃を受け流そうとしたフレステの盾が、その言葉に動揺して一瞬だけ動きを止める。
その隙を、俺は見逃さなかった。
「隙ありっ‼」
俺は気合の声と共にフレステに向かって力強く一歩踏み出し、その体に一撃を与える事に成功した。
……成功してしまった。
「……パイセン。確かにあーし、一撃入れられたらチケットあげるとは言ったっすけど。だからって、コレはさすがに気が早すぎじゃないっすか?」
「……おっしゃる通りでございます」
そう。確かに俺はフレステに一撃を入れる事に成功した。
ただ無我夢中だったからなのか。もしくは訓練用の木製の剣とはいえ、女の子の体を傷つけてはならないという俺の中の紳士的精神が働いてしまったからなのか。
あるいは最後の最後で、やっぱりそのわがままボディが目に入ってしまったからなのかは定かではないが。
俺の右手は、がっつりとフレステのおっぱいを鷲掴みしてしまっていた。
「何か言い残したいことはあるっすか?」
「……ノリで許してくれたりとかは……」
「セクハラ、だめ絶対っす‼」
顔を真っ赤にしたフレステという珍しい光景を最後に、脳天に大盾をぶつけられた俺は久々に自分が死ぬ感覚を味わいながら意識を失った。
「……それで? いつから気がついてたんっすか? あーしが聖盾の騎士だって」
俺が死から復活すると、隣に座っていたフレステがおもむろにそう聞いてきた。
どうやら復活するまで待っていてくれたようだ。
「いつからもなにも。お前が最初に聖盾の騎士として俺達の前に姿を現した日から、なんとなく」
「そんなに前から……。でも、なんで? あの時、あーしは認識阻害の魔法が付与された鎧を着てたっしょ。あれは装備した人の認識を狂わせる魔法。あーしの声も男の声に変換されていていただろうし、あーしだって分からなくないっすか?」
なるほど。あのフルフェイスの鎧の奥から聞える声が男の声だったのは何故かと思っていたが、認識阻害魔法のせいだったのか。
もちろん姿や声で聖盾の騎士がフレステだと思ったわけじゃない。
重要なのは、その時の会話内容だ。
「初めて聖盾の騎士として会ったあの日。お前は『よくぞ特異種の魔物を討伐してくれた』って言っただろ? まだギルドにも報告してないのに、なんでその事を聖盾の騎士が知ってるんだろうって思った時にピンッと来たんだ。聖盾の騎士は、俺達が特異スライムを倒したことを既に知っているんじゃないのかって。そしてその事を知っていたのは、その場にいなかったフレステ。お前しかいないってな」
「………」
「そう考えたら、全ての辻褄が合ったんだ。お前が守護騎士達くらいしか知らないあの池の情報を持っていたことも。生活が苦しくて色々なバイトしてるって割には『魔神殺し』なんて酒を祝いの席に持って来たのもな。メルティナに聞いたけど、あの酒って結構高価なんだろ?」
「…………」
フレステが何も答えることなく、俺の瞳をじっと見つめる。
やがて、小さく溜息をついたかと思うと、
「……なるほど。あの僅かな会話からそこまで推理したか。実に見事だ。もしかすると貴殿は、前線よりも後方の方が活躍するかもしれないな」
そう言って、フレステがその特徴的な大きなポニーテールを解く。
髪を下したその姿からは普段のあざといとさえ思わせるギャルっぽさが消え失せ、代わりに大人びた清廉な雰囲気を漂わせている。
その佇まいは、まさに高貴な令嬢といった感じだった。
「では、改めて名乗ろう。我が名はシルディアナ=フレスティア。この地の守護を任されし貴族。シルディアナ家当主の一人娘にして、聖盾の神器使いだ」
フレステ、いや。
聖盾の神器使い・フレスティアは、どこか気品すら感じさせるような笑顔でそう言った。