第18話「最弱不死と聖盾の騎士(2)」
パチンコ。
それは、ガラス板で覆われた釘の打たれた盤面上に小さな鋼球を弾き出し、特定の入賞口に入ると、得点あるいは賞球が得られるという、庶民的ギャンブルだ。
好きな人からすれば、あの目を焼くような光の演出や、店内に響き渡る鼓膜が麻痺しそうな大音量がクセになるらしいが、ギャンブルとは縁遠い生活を送っていた俺には、その面白さはさっぱりだ。
ではなぜ俺がそんなものに思いを馳せているのかと問われれば――。
「……よしよしよし! 赤保留キタ! ここで女神演出が入れば……ってええっ⁉ 何でそこで外れるのよ⁉ 今の激熱だったじゃない! この台狂ってるんじゃないの⁉」
「…………」
目の前で怒りに任せてバシバシと筐体を叩く自称薄幸の聖女様を前にして、どんな顔をすればいいか分からないからだったりする。
「あら? リューンさん、打たないの? だったら私に残ったお金があったら貸してくれない? 今度こそ確定が来そうな予感が……」
「貸すわけねーだろ、このアホ聖女‼ ちょっとこっち来い!」
メルティナの頭を引っ掴み、台から引き剥がす。
貸すも何も、もう俺はお前のせいで小銭くらいしか持ってないっての!
「いだだだだだ⁉ 頭をぐりぐりしないで! 聖女の頭を何だと思ってるのよ!」
「やかましい! なにが私にいい考えがあるだよ! 金が無いからパチンコで儲けようとするとか、ただのダメ人間の発想じゃねーか!」
「う、うるさいわねぇ! って言うか、パチンコって何よ。これはパチンコじゃなくて、パリィンコよ。鋼玉をパリィではじき出す様子からそう呼ばれているわ」
心底どうでもいい!
というか、それが由来なら『ン』と『コ』はどっから来たんだ。
「大体、なんでこの世界にパチンコ屋なんかがあるんだよ! ここは剣と魔法のファンタジー世界じゃなかったのか⁉ ラノベとかで色々な異世界を見てきたけど、パチンコ屋がある異世界なんて聞いたことねえよ‼」
「なんでって、三千年前の英雄達が普及させた遊戯だからに決まってるじゃない」
「……マジで……?」
メルティナが言うには、この世界にパチンコという文化を持ち込んだのは、三千年前に女神達に召喚された英雄達らしい。
人々が絶望から立ち上がるには新しい遊戯が必要だからというのが理由らしいが、なんでそこでパチンコなんだよと当時の英雄達にツッコミたくなる。
しかし、この世界で本格的にパチンコ屋が流行りだしたのは割と最近らしい。
その流行った最もたる理由は、守護騎士制度だ。
守護騎士制度によって冒険者の引退が続出したせいで、それまで武器や防具に使っていた鋼の需要が激減し、このままでは鉱業が破綻すると考えた王都は、材料に鋼を多く使用するパチンコに目を付け、それを世界中に普及。
暇を持て余した元冒険者達がそれに食いついたことで、需要と供給が見事に合致し、大流行したのだそうだ。
大丈夫か、この異世界。
……まあいい。色々と言いたいことはあるが、今最も重要なのは――。
「で? 俺達の金はどうなったんだ?」
「……てへっ☆」
俺は生まれて初めて、可愛らしく微笑みながら小首を傾げる美少女に殺意を覚えた。
「『てへっ☆』じゃねえよ⁉ なにちょっと可愛い仕草で持ち金全額スったって重大事件を軽く謝ってんだよ!」
「かっ、神は仰いました。『何かを得るには、同等の対価が必要だ』と」
「絶対言ってないだろ⁉ しかもこっちは対価支払ってるのに何も得られてねえじゃねえか! 崩壊しちゃってるよ等価交換の原則! ヴェルヴィア、ナナシ。お前らからも何か言って……」
と、振り向いてみるも、俺の後ろにいたはずの二人の姿が見当たらない。
どこに行ったのかと辺りを見回してみれば……。
「おい、なんで演出に出ておるわっち……。破壊の魔神が、『この世界を破壊し尽くしてくれるわ!』とか言っとるんじゃ。わっちこんなの一言も言っておらんのじゃが⁉」
「……疑問。なぜ魔導機兵がスーパーな感じのロボットに改変されているのですか? ナナシを含め、魔導機兵は腹部からビームを出ませんし、肩から斧も出しません」
「……あの、お嬢ちゃん達。さっきから凄く打ちにくいんだけど……」
そこには少し離れた台で、演出の内容にダメ出しをしているヴェルヴィアとナナシの視線を背中に受けながら、居心地の悪そうな顔でパチンコをしている元冒険者と思われるおっさんの姿があった。
「スンマセン、ほんっとスンマセン! いますぐ連れて行きますんで! メルティナぁ! 目を離した隙に落ちてるパチンコ玉拾おうとするな! お前は仮にも聖女って呼ばれてたんだろ⁉」
「こらこら、そこのお客さん。他のお客様の迷惑になるっすから、騒ぐのもほどほどに……って、おやや? パイセン達じゃないっすか。何してんっすか? こんな所で」
大音量で麻痺しかけていた俺の鼓膜に、背後から聞き覚えのある声が響く。
その声がする方に目を向けると、そこにはこの店の制服に身を包んだ、俺のパーティーで唯一まともだと思われる仲間、フレステが立っていた。