第17話「最弱不死と聖盾の騎士(1)」
それは、とある朝のこと。
「突然だが明日の宿代が払えなくなった。各自今日は悔いが残らないようにしっかり食べて、今日中に荷物をまとめておくように」
唐突に告げられた俺の一言に、それまで和やかだった朝食の空気は一気に凍りついた。
「な、なんでじゃ⁉ 金ならばまだ一カ月は余裕で生活できるほどあったのではずじゃろう⁉」
「そ、そうよ! それなのに、私のお金が無くなったってどうゆうことよ⁉」
ヴェルヴィアとメルティナが食べる手を止めて俺に食って掛かる。
とりあえずメルティナ、お前の金ではない。
「仕方ないだろ? 誰かさんがこんだけ毎日喰いまくれば、そりゃ食費がえらい額になるっての……」
「「……あー……」」
ヴェルヴィアとメルティナが察したとばかりに、魔導機兵№774。
呼びにくいので通称ナナシに目を向ける。
その視線の先では、ブッグオフで安売りされていた女盗賊用の服に身を包んだナナシが、パッと見ただけでも十人前はありそうな料理の山を、我関せずとばかりにご機嫌で食べ進めていた。
illustration:おむ烈
普段は感情があるのかどうか疑問に感じるほど無表情なくせに、何かを食べてる時だけは表情豊かだな。
このロボっ娘が来てからというものの、嬉しくないことに俺達のパーティーのエンゲル係数は凄まじい勢いで右肩上がりになっていた。
その食事量は、かつてこの宿に宿泊した多くの冒険者達の食事を一人で支えていたと自負していた調理師が、あまりの食べっぷりに厨房でぶっ倒れるくらいである。
やがてナナシが俺達の呆れたような視線に気づくと。
「……却下。これはナナシのご飯ですので、取るのはダメです」
自分の食事を取られると勘違いしたナナシが更に食事スピードを上げるのを見て、そのポンコツぶりに俺は思わずため息をついた。
ナナシが言うには、魔導機兵である彼女が稼働し続ける為には膨大な量の魔力が必要らしく、その魔力を大量の食事を摂ることで自ら生成しているらしい。
そこまでは仕方がないと割り切れる。
だが問題は、あまりにもナナシが食べ過ぎるせいで、宿から大量の食費に対する追加料金を請求されてしまった事だ。
だったらその分を特務クエストで稼ぐしかないのだが、あの特異スライムの一件以来、特務クエストの呼び出しは無い。
俺達が初クエストを失敗したからかと思ったのだが、ライアー曰くそれは違うらしい。
なんでも、最近は魔物達の動きが異様に静かなんだそうだ。
巷じゃ何か良くない事が起こる予兆じゃないかと噂になるほどである。
『ギルドとしては嬉しいけど、そうなると君達の収入が無くなってしまうのが問題だね。そこで提案なんだけど、君達に僕の屋敷を貸してあげようかと思っているんだ。部屋は余っているし、もちろん家賃や食費を取るつもりはない。ただ、もしかしたらリューン君がお風呂に入っている時に偶然僕も入ってしまったりだとか。寝ぼけた僕が偶然リューン君の部屋の鍵をこじ開けて一緒にベッドで眠っているなんてハプニングがあるかもしれないけれど、その辺はラッキースケベと思って諦めて欲しい。どうかな? 悪い話じゃないだろう?』
……特務クエストが出されないのは、ライアーの策略じゃないだろうな。
ともあれそんな理由で収入0となった俺達の貯金が日々増え続けるナナシの食費請求に耐えられるはずもなく。
とうとう家賃すら払えなくなった今日、宿屋から退去命令が下されたのであった。
「う~む……。魔導機兵の魔力消費が、まさかこれほどとはのう。ちろっとであれば、わっちの魔力を分けてやろうかや?」
「……拒否。それは絶対にお断わるします」
ヴェルヴィアの提案に、それまで猛スピードで料理を食べていたナナシの手がビクッと止まる。
自分の魔力を与えてナナシを壊しかけたのをもう忘れたのだろうか、このアホは。
まあなんにしても、明日から俺達は異世界ホームレス生活編に突入だ。
かなり気が滅入りはするものの、考えてみればヴェルヴィアとアガレリアを目指して二人旅をしていた頃に比べれば環境はかなりマシな方だ。
あの頃はその日の寝床に食料、飲み水の確保と色々と苦労したが、ここなら雨を凌ぐ屋根はたくさんあるし公園の水や料理店の残飯もある。
次の特務クエストが発生するまでは何とか生きていけるだろう……多分。
と、俺が無理やり思考をポジティブにしようとしていた時だった。
「……ねぇ、リューンさん。あとどれくらいお金って残ってるの?」
それまで会話に入ることなく、何かを考えていた様子のメルティナがおもむろに口を開いた。
「ええっと、残ってるのは三万ミュールくらいだな。でも、それがどうしたんだ?」
「三万ミュールね……。だったらそのお金、私が預かってもいい? 私にいい考えがあるの」
そう言うと、メルティナはニヤリと笑みを浮かべた。
朝食を終えた俺達は、メルティナに連れられてアガレリアにある商店街へと足を運んでいた。
建ち並ぶ商店や露店には買い物をしに来た多くの人で賑わっているが、俺達と同じ冒険者と思わしき姿は、片手で数えられるほどしか見当たらない。
「しかし妙なものじゃな。かつてのアガレリアと言えば、英雄達が拠点にするほど血気盛んな冒険者達で溢れておった街じゃというのに。今ではそんな冒険者じゃった者達が、可愛らしいエプロンを付けて露店で料理を売っているとはのう。これも時の流れというやつか……」
隣を歩くヴェルヴィアが、それを眺めながらどこか寂しげに呟く。
どうやら三千年間もの間封印されていたヴェルヴィアにとって、冒険者がほぼ居ないこの街の光景はかなりギャップがあるらしい。
きっと浦島太郎なら卒倒してもおかしくないジェネレーションギャップだろうな。
それでも割と平然としているのは、コイツが女神だからか、それとも能天気だからか――多分、両方だな。
「ところで、メルティナ。俺達は一体どこに向かってるんだ? せめて行先くらい教えてくれてもいいだろ」
「最近私を邪神聖女だのゴリラ女だの呼んでるリューンさんには秘密です。そんなに心配しなくても、私に全部任せときなさいよ」
先頭を歩くメルティナが、その性格とは真逆の慎ましやかな胸を張る。
その手には、昨晩嫌がる俺から格闘の末に巻き上げた三万ミュール紙幣。
正直もの凄く不安だが、こう見えてメルティナは一人で教会を運営していたらしいし、何かこの世界特有の金策方法を知っていてもおかしくはない。
と、その時だった。
「さぁ、着いたわよ。ここなら運が良ければお金を何倍にもできるわ!」
「……おい。ここってまさか……」
メルティナが立ち止まった目的の場所を見て、俺は愕然とした。
そこは、他の店よりも明らかに派手な装飾が施された大きな店。
店の中ではジャラジャラと鋼がぶつかり合う音で溢れ、外には大きく『新台入れ替え』『新台・英雄伝説』と書かれたいくつもの巨大な看板。
それは、どこからどう見ても、俺の世界のパチンコ屋だった。