第16話「最弱不死と特務クエスト(4)」
「うぅ……。リューンさんが邪魔したせいでクエストは失敗するし、私達の体はネトネトになるしで今日は散々だったわ……」
「全くじゃな。わっちも主にこんな趣味があったとは思わなんだ」
「おい、俺がローションプレイ大好きみたいな言い方はやめろ。街の人が変態を見るような目で俺を見てるじゃねーか」
時刻は夕暮れ。
特務クエストを終えてアガレリアに帰って来た俺達は、一刻も早く体中のローションを落とすべく、宿屋へと向かっていた。
街には露店で買い物をする住人達の喧騒で溢れかえり、その全員が俺達を見るや否や、不審者を見るような視線を向けてきている。
その原因は、全身をローションまみれにした二人と、俺が背負っている大きなトレジャーボックスだろう。
ちなみに、その中身はあの魔導機兵少女だ。
ヴェルヴィアのおかげで再起動には成功したみたいだが、彼女曰く、エネルギー不足でまだ体は完全には動かせないらしい。
かといって服らしい服を着ていない彼女をそのまま抱えて行けば、街の人達に一発で通報されるだろうということで、こうして彼女が入っていたトレジャーボックスに入れて運んでいるのであった。
今荷物をチェックでもされたら、言い逃れは出来ないだろうな……。
と、俺達がそんな事を考えてしまったからだろうか。
「平民共よ、道を開けろ! アガレリアの守護貴族。シルディアナ家のご子息である聖盾の騎士様の巡回である!」
突如聞えてきたその声に買い物客の賑やかだった喧騒が消え、住人達がどこか苦々しい顔をしながら、時代劇の大名行列のように道を開けて頭を下げる。
開かれた道の先には数人の守護騎士達に守られるように佇んでいる、一人の騎士の姿。
身長は見たところ2m近くといったところか。
他の守護騎士が身に纏っている鎧よりも更に豪華そうな白銀の鎧に身を包み、フルフェイスの兜に覆われているせいでその顔は分からない。
だがそれよりも目を引くのは、その騎士が背にしている鏡のように輝く大盾だ。
大きさだけならフレステが持っていた大盾とあまり変わらないが、遠目から見てもその盾がなにか神秘的な物のように感じる。
「……リューンさん、こっちへ」
小声のメルティナに手を引かれ、俺達も同じように道を開ける住人達の列に加わる。
「あれが、昨日ライアーが言ってた聖盾の騎士って奴なのか?」
「そうよ。守護貴族は三千年前の英雄が遺した神より賜りし遺産。『神器』と呼ばれる強力な武具を使う資格を有しているの。その一つが、この街の管理と守護騎士達を統括するシルドラド様が持つ聖盾。そしてその聖盾を使っているのが、あそこにいるシルディアナ家のご子息。通称、聖盾の騎士よ」
なるほど。
いわゆる漫画やラノベで言うところのチート武器ってやつか。
どうりであの盾から神秘的な雰囲気がするわけだ。
「ってことは、めちゃめちゃ強いのか?」
「私達じゃ戦いにすらならないくらいね。前に守護騎士制度に反対した冒険者達が、シルドラド様に決闘を申し込んだんだけど……。複数人同時に襲い掛かったにも関わらず、盾を構えているだけで全員に勝つほどだったらしいわ」
なにそのチート⁉ 俺もそんな力が欲しかった……。
「当然じゃ。神器とは魔族との戦いに赴く三千年前の英雄達に、女神達がその体の一部を使って創り出した武装。その辺の冒険者相手に負けるわけがあるまい。特にあの神器。『鏡甲の盾』は、その盾で受けた攻撃であれば魔法じゃろうが何じゃろうが倍にして返すという、守りに徹すれば最強の神器じゃからな」
隣に立つヴェルヴィアが小声で補足する。
「ともかく、そういった経緯があって守護騎士やシルディアナ家とアガレリアの人達はかなり仲が悪いの。目を付けられたらロクな事にならないだろうから、ここは目立たないように……」
メルティナの言葉が、俺の姿を見て段々と尻すぼみになっていく。
――うん。まあ……。
「ん? おい、そこのデカいトレジャーボックスを背負っている貴様。見ない顔だな」
守護騎士団の一人がそう言いながら俺達の元に近づいてくる。
――こうなるだろうなって思ってた。
だって超目立つもん、これ。
「貴様、さてはギルドマスターが言っていた特務冒険者とかいう奴だな? 丁度良かった。お前もこの街の住人になるのであれば、守護騎士税を払ってもらわねばと思っていたからな。一月たったの8万ミュールで、安全な日常を送れるのだ。さあ、払うがいい」
ええっと、この世界では一円が一ミュールと同計算だから、守護騎士税とやらは月8万か。
いや高ッ‼
「いやその、今はちょっと手持ちが無くてですね……」
「なに? ……ッチ、貧乏人が。ならば今回はそのトレジャーボックスの中身で勘弁してやる。それだけの大きさだ。さぞ高価な物が入っているに違いない……」
「ちょっ、ちょっと! それは私達が苦労して手に入れたものです! いくら守護騎士団でも、それは横暴じゃないですかよゴラァ⁉」
「冷静になれ、メルティナ。お前の内なるゴリラが出てる!」
「きっ、貴様ら。冒険者の分際で刃向うと言うのか!」
俺達の対応を舐められていると受け取ったのか、守護騎士が怒りをあらわにする。
この流れはマズい。
いくらメルティナとヴェルヴィアでも神器なんてチート武器を持った奴がいる守護騎士団と戦って勝てるわけが無い。
かと言ってトレジャーボックスの中を見せれば、それはそれで俺が社会的に死ぬ。
どうしたものかと悩む俺をよそに両陣営に一触即発の空気が漂うなか、守護騎士が腰に差した剣に手をかけようとした、その時だった。
「下がれ。その者達に話がある」
「シルディアナ様……。わ、分かりました……」
それを制したのは、他の守護騎士達と共に遅れてやって来た聖盾の騎士。
シルドラドの低く威厳のある一声だった。
「我が部下が失礼をした。我が名は聖盾の騎士・シルディアナ。王都よりこの地の守護を任されし者である。貴殿達の事はライアー殿から聞き及んでいる。本来ならば我々が解決しなければならない特異種の魔物を、よくぞ討伐してくれた。本当に感謝している」
そう言うと、聖盾の騎士はその場に跪いた。
その様子を見ていた街の人や守護騎士達にどよめきが奔る。
「シルディアナ様! このような下賤で汚らしい冒険者に貴族である様が頭を下げるなど、何を考えておいでなのですか! そんな事をすれば、貴族としてのプライドが……」
「黙れ。我が行いを恥とする前に、自身らの職務への怠慢を恥よ。元を正せば、本来この者達が就いている特務クエストは我らシルドラド家が解決しなくてはならぬ事。だと言うのに、貴様らや我が父上が我が身可愛さに冒険者ギルドからの要請を断ったのを、我が知らぬとでも思っているのか?」
「……っ」
聖盾の騎士の言葉にぐうの音も出ないのか、守護騎士達が揃って押し黙る。
どうやらシルディアナさんは、本当にあの守護騎士達のリーダーかと疑いたくなるような良識ある人物のようだ。
その様子を見たシルディアナさんが力なくため息をつく。
「ハァ……。部下の失言、重ねて心から詫びよう。守護騎士税については心配しなくともよい。特務を請け負ってもらっているのだ。それくらいの融通は我の権限でどうにかしておこう。今日は風呂にでも入ってゆっくりと疲れを癒すといい。それは中々落とすのに苦労するだろうからな。では、これにて失礼する。貴殿達の活躍に、女神からの祝福があらん事を」
そう言うと、聖盾の騎士は俺達に向かって重厚な鎧を着ているのが嘘のように優雅にその場で一礼し、守護騎士達を率いてその場を後にした。
やがて、街がいつもの喧騒を取り戻し始めた頃。
「相っ変わらずムカつくわね、守護騎士団の奴ら。それにしても、さっきは驚いたわ。まさか聖盾の騎士様が話しかけてくるどころか、私達に助け舟まで出してくれるなんて」
街を歩きながら、メルティナが独り言ちる。
「今まで喋ったことがなかったのか?」
「シルディアナ様は貴族よ? 不用意に話しかけるなんでもしたら、周りにいる守護騎士達に不敬だ、なんて難癖付けられて牢屋行きになるもの。とはいえ、あそこまで物分かりが良い人とは思わなかったわね。おかげでトラブルにならずに済んだし、税金も免除されるみたいだし」
「うむ。まあ、たとえ騎士共がわっちの宝を盗る為に神器を持ち出してきたとしても、わっちが負ける事はあり得んのじゃがな!」
宝って言っても、お前のはただの段ボールなんだけどな。
とはいえ、免税という言葉にご機嫌になっているメルティナの言う通り、トラブルにならなかったのは不幸中の幸いだ。
……まあ、俺としてはちょっと気になることができたわけだが。
今日は初めてのクエストで疲れたし、それについてはまた今度でもいいだろう。
こうして宿屋へと戻った俺達は、冒険者生活初日の幕を閉じたのであった。