第15話「最弱不死と特務クエスト(3)」
「ゴフッ……。成し遂げ、たぜ……」
「いやああああああああーっ! 私の報酬があああああああっ‼」
数時間にも及ぶ激闘の末。
満身創痍になりながらも特異スライムの残骸を守り切った俺が地面に倒れるのと、時間経過で霧散する特異スライムの残骸を前に、メルティナの絹を裂くような悲鳴が木霊したのは、ほぼ同時の事だった。
あと少し霧散するのが遅ければ強行突破されていただろうが、どうやら運命の女神は俺の尻に微笑んでくれたらしい。
「なに満足そうに倒れてるのよ! リューンさんが邪魔したせいで、報酬金が0になっちゃったじゃない‼ 明日からどうやって生きればいいのよ⁉ 市民税と宿代は支度金の残りでなんとかなるけど、高額な守護騎士税の支払いまでしちゃったら、私達一か月も生活できないわよ⁉ 普通のクエストは守護騎士団のせいでほとんど無いし。どうしよう! ねぇ、どうしたらいい⁉ こうなったらいっそもう銀行とか襲う⁉」
相当悔しかったのか、メルティナが涙目で俺の首に掴みかかってきた。
この聖女、発想が邪悪すぎる。
お先真っ暗な未来の前に、メルティナが危険な思想に走り始めた時だった。
「主らはネトネトの状態でよくそんな元気があるのう。よく分からんが、金が足りんのであれば、アレの中身でも売り払えばよかろう」
「アレ……?」
そう言ってヴェルヴィアが指を差す方向に目を向けてみると、特異スライムが倒れていた場所に、大きな宝箱が鎮座していた。
あんなものあったっけ?
「あれって、まさかトレジャーボックス⁉ 魔物を倒すと稀に出てくると言われている、女神様からの贈り物じゃない! しかもすごく大きい! もしかしたら、中にすっごく高価な物が入ってるかも!」
それを見たメルティナが死にかけの俺を放り投げ、目を輝かせながら一目散に宝箱へと駆け出して行った。
「主よ、無事かや? なんなら一回死んどくか?」
「回復魔法感覚で殺そうとするのやめてくれない?」
まるでぼろ雑巾のように捨てられた俺の顔を覗き込みながら、ヴェルヴィアが物騒な提案をしてくる。
本来であれば、そんな状態の俺に回復魔法をかけるのは聖職者であるメルティナの役目なのだが、その瀕死にさせたのが向うで宝箱を前に涎を出してる聖職者だから質が悪い。
「にしても、モンスターを倒したら宝箱が出てくるとか……。ほんとにゲームみたいな世界だな」
「主の世界にもそういうのがあったのかや? こっちの世界のアレは、神々が魔物を倒した者への褒美にと創られた代物でのう。何が入っておるかは運次第ではあるが、運が良ければ高価な物が入っておるかもしれん」
それはつまり、運によっては全然高価でもなんでもない、ゴミ同然の物が出てくる可能性もあるってことか。
もしそんなものが出たら、期待一杯のメルティナはさぞ落胆するだろうな。
そう思いながらメルティナの様子を眺めていると……。
「……なぁ。あいつ、宝箱を開けたまま固まってないか?」
「ふむ? 言われてみれば……」
さっきまでのハイテンションとは一転して、宝箱の蓋を開けたまま微動だにしないメルティナ。
なんだ……? まさか、本当にすごく高価な物を引き当てて思考停止しているとか?
「おーい、メルティナー。中身はどうだったんだー?」
「り、リューンさん⁉」
不思議に思って近づいた俺の声にメルティナがビクッと体を震わせたかと思うと、そのまますごい勢いで俺の後ろに隠れた。
「おっ、おい。どうした?」
「なっななな中! トレジャーボックスの中に!」
そう言うメルティナの顔は青ざめ、心なしか俺の服を握る手は微かに震えている。
どう見てもお宝が入っていたって感じではない。
俺とヴェルヴィアは互いに顔を見合わせて頷くと、慎重に宝箱の蓋を開け……。
――そして閉めた。
「……ヴェ、ヴェルヴィアさん? この宝箱って、しっ、死体とかも入ってるのか?」
「し、知らん知らん知らん! そんなおっかない機能付けたとか、わっち一度も聞いた覚えないんじゃけど⁉」
「いや、でもこれはどう見ても……」
そう言って宝箱を開け、中にもう一度目を向ける。
そこには、ボロ布を纏った15~6歳くらいの女の子が入っていた。
ショートボブに切り揃えられた透き通った青白い髪に、初雪のように白い肌。
その整い過ぎた顔立ちは、この子が精巧な人形なのではないのかとすら思わせる。
これで首と体が分離していなければ、さぞ美少女だっただろう。
「ふ~む……。ん? この首にある模様……。主よ、コレは人間ではない。よく似ておるが、これは魔導機兵。つまりは人形じゃ。ほれ、ここをよく見てみるがよい。みょうちきりんな模様があるじゃろ?」
ヴェルヴィアがそう言いながら少女の頭を俺に近づけてくる。
よく見ると、確かに少女の首のあたりにはバーコードのような模様が刻まれていた。
「じゃあ、この子は人間じゃないってことか?」
「そ、そうなの……? でも、あんまり近づけないでね? 死体なんて、リューンさんのくらいでしか見慣れてないから……」
メルティナが青ざめた顔でそう言いながら、徐々に俺達から遠のいていく。
邪神系聖女のくせに、メルティナにはこういったものに対する耐性は無いのか。
俺の死体を見慣れるのもどうかと思うんだけど。
「で? その魔導機兵ってのは何なんだ?」
「魔導機兵とは、三千年前の魔族との戦いで活躍した異世界より召喚されし英雄の一人。錬金のアルケミーが造りあげた命無き兵士じゃ。その力は魔族すら手を焼き、モノによっては一体で街一つを滅ぼすほどの力を有しておったのう。じゃが妙じゃな……。あれは終戦後、この世界の均衡が崩れるとして全て破棄されたはずなんじゃが……」
ヴェルヴィアが少女のペチペチと頬を叩くも、少女の生首に反応はない。
どうやらこの生首少女は、俺の世界で言うところのアンドロイド。
つまりはロボっ娘というものらしい。
「壊れてる、とかじゃないのか? 三千年前だろ?」
「もしくは動力である魔力が切れておるのかもしれん。どれ。さっき見たエンチャントとやらの要領で、ちーとわっちの魔力を流してみるか。なぜ破棄されたはずの魔導機兵が現存しておるのかも気になるしのう」
ヴェルヴィアがそう言うと、その手が魔力を帯び始めたのか、徐々に淡い赤色の光に包まれる。
……あれ? でもちょっと待てよ?
「なぁ、ヴェルヴィア。お前の魔力って、崩壊を加速させる特性みたいなのがあるんじゃなかったっけ? そんな魔力を流しても大丈夫なのか?」
「あっ」
ヴェルヴィアがしまったという顔をすると同時に、少女の生首が赤い光に包まれた。
「アバババババババアバババアバッバアバッバッババ⁉」
その瞬間。
女の生首が突然奇声を発すると同時に、火花と煙を出しながらガクガクと揺れだした!
「ああああ主よ⁉ なんか叫び始めたんじゃけど⁉ パ、パス‼」
「ふおお⁉ おま、これをパスされて俺はどうすりゃいいんだよ⁉ ……メルティナ、パス‼」
「いやあああああっ! 生首が飛んで来たああああ⁉ こっちに来ないでええええっ‼」
パニックになったメルティナが、俺が投げた生首に向かってキックを繰り出す。
それを受けた生首は、キック力を増強するシューズで蹴られたのかというような勢いで近くの木の幹に叩きつけられると、やがてプスプスと煙を上げ始めた。
……もしかして俺は、文字通りキラーパスをしてしまったのではないだろうか。
と、俺が後悔したその時だった。
「……魔導機兵№774。起動に成功しました。状況の説明を願います」
木の幹にめり込んだ少女の生首から、そんな平坦な声が聞えてきたのは。
――数分後。
「……理解。それで起動した魔導機兵№774の頭部が木の幹にめり込んでいたのですね。とりあえず、皆さまは深く反省してください」
「「「すいませんでした‼」」」
感情が読めない眠そうな緑色の瞳を開けた美少女の生首に向かって、事情を説明し終えた俺達三人は深々と土下座していた。
傍から見ればかなりシュールな絵面である。
「して、№774とやら。なぜ魔導機兵である貴様が、トレジャーボックスに入っておったのじゃ? 全ての魔導機兵は、三千年前の大戦後に破棄されたはずじゃろう?」
「……了解。№774の記憶を確認。……№774のメモリーにエラーが発生。№774のメモリーが破損しているのが原因と思われます」
「記憶喪失、みたいなものか?」
「……同意。人間で言えばその状態に該当すると思われます。№774は困りました」
平坦な声と無表情なせいで、本当に困っているのかよく分からないな。
……というか、この№774が記憶喪失になった原因って、俺達だよな?
ヴェルヴィアのうっかり魔力供給から始まり、俺のキラーパス。
そしてメルティナの絶対犯人殺すキック。
この場に頭脳は大人な子供が居れば、きっと十秒以内に一般人男性に向かって麻酔銃を撃ち込むことだろう。
このまま放っておくわけにはいかないよな……。
「あー……。魔導機兵№774、だっけ? もしよかったらなんだけど、記憶が戻るまで俺達の所に来ないか? 記憶喪失みたいなものなら、もしかしたら生活するうちに記憶が戻るかもしれないし」
「……確認。よろしいのですか?」
「よろしいも何も、こうなった原因はもしかしなくても俺達だろうからな」
チラリとヴェルヴィアとメルティナを見ると、二人とも異論はないとばかりに頷く。
その様子を見た生首ロボっ娘が、しばらく考えるかのように俺達を見つめる。
やがて、
「……了解。それではこれより、魔導機兵№774は皆様と行動を共にします。少々不具合がある機体ですが、よろしくお願いします」
特に感情のない平坦な声でそう言った。
こうして、俺達は記憶喪失の魔導機兵という仲間を手に入れたのであった。