第12話「最弱不死と元冒険者の都(7)」
「さぁ、着いたわよ。ここがアガレリアの誇る武具ショップ。その名も『ブッグオフ』よっ!」
「……本当に店なんかや? ただのボロっちい家にしか見えんのじゃが……」
ヴェルヴィアが困惑した声を出すのも無理ない。
商人達の客引きや行き交う人達の喧騒で賑わうアガレリアの大通り。
そこから離れた路地裏に、ボロボロの外観をしたその武具店はひっそりと建っていた。
メルティナに案内されなければ、俺だってここが店だなんて気が付かなかっただろう。
「本とかの買取してくれそうな店名はさておき、本当にここで間違いないのか?」
「間違いないわよ。引退する冒険者が多すぎて、大通りにあった武具店は軒並み閉店しちゃってて、もうアガレリアにはここしか武具ショップは無いんだもの。でも、ここだって凄いのよ? なにせ三千年前の勇者の時代からある、まさに老舗中の老舗なんだから。ホラ、行くわよ!」
ズンズンと入店するメルティナに、俺とヴェルヴィアも続く。
店の中は意外と広く、薄暗い店内には剣や盾といった武器や防具がずらりと並べられていた。
「フレステ~? 清楚で可愛くて冒険者で聖女のメルティナさんが来たんだけど、居る~?」
メルティナが何やら意味の分からないことを言っているが、それに反応する声は無い。
どうやらそのフレステさんとやらは不在のようだ。
「出かけてるのかしら? まぁいいわ、先に装備を揃えちゃいましょ。と言っても、私はそんなに見る物が無いのよねぇ……。ヴェルちゃんは魔法使いのコーナー見てみる?」
「わっちは適当にアイテムでも見ておる。人の創り出した武器や防具なんぞ、わっちには不要じゃからな」
ヴェルヴィアがそう興味なさげに言う。
そういえば、前にヴェルヴィアから聞いたのだが、彼女の着ている衣服は全て竜燐を変化させた物らしい。
その防御力は桁違いらしく、神器級と言っても過言ではないくらいだとか言ってたな。
「じゃあ、二人でアイテムコーナーに行きましょうか」
「うむ。案内するがよい」
そう言うと、二人は俺を置いて店の奥へと消えて行った。
さて。戦士クラスのコーナーに来たはいいが、武器は何にしようか……?
やっぱりここは、攻撃力が高そうなロングソードか?
それとも、小回りがききそうなショートソードの方がいいのだろうか……。
と、俺が並べられた武器を見ながらしばらく悩んでいると――。
「おやや? お客さん、もしかしてこういうお店初めてっすか? よかったら、あーしが装備を見繕ってあげましょっか?」
背後からかけられた言葉に振り向くと、そこには向日葵のような笑顔をした美女が立っていた。
illustration:おむ烈
身長は180近くと俺よりも高いが、顔立ちからして歳は俺と同じか少し下くらいだろう。
モデルとして通用しそうな整った容姿と体型に、蜂蜜色の瞳。
そして彼女の動きに合わせて揺れる大きな燈色のポニーテールが、彼女が活発な人物であることを雄弁に物語っている。
だがそれよりも一際目を引くのは……。
「デカい……」
思わず口に出してしまうほどの大きさを誇る、その豊かな胸だ。
俺の目が正しければ、Eは確実にあるだろう。
胸元の開けられた服から覗くそれはあまりにも煽情的で、ここが武具ショップではなく、いかがわしいお店ではないかとすら思ってしまう。
「おややや? それって、あーしの身長のことっすか? ……そ・れ・と・も。もしかして、こっちの事ですかね?」
美少女が小悪魔のような笑みを浮かべながら、挑発的に胸を寄せる。
お世辞にも大きいとは言い難いメルティナや、ぺったんこを通り越して絶壁と言っても過言ではないヴェルヴィアには不可能な動作だ。
決めた――。
俺、この店の常連になる。
と、俺が美女から視線を外す事なく心に固く誓った、その時だった。
「やけに遅いと思って来てみれば……。何してんのよ、アンタ」
「おい主よ。貴様は装備を見に来たのではなかったのかや? あと、誰がぺったんこを通り越して絶壁なのか、その口から詳しく聞こうではないか」
その声に恐る恐る振り向くと、そこには大量のアイテムが入ったカゴを持って呆れたような顔をしているメルティナと、ブチ切れているヴェルヴィア。
……もしかして、バレてる?
「しっかりバレておるぞ。忘れたんかや? 主と初めて出会った時、わっちがテレパス魔法で会話を成り立っておったことを。ほれ、言い訳くらいは聞いてやる。言ってみるがよい」
「……小さいのも別に嫌いじゃ」
「問答無用じゃ‼ こんの色ボケ主がぁ‼」
俺がフォローを言い切る前に、ヴェルヴィアが俺の腕に噛みついてきた!
「いっつぁああああああああああああ‼ こいつ言い訳聞くとか言いながら間髪入れず噛みついて来やがったんだけど‼ しかもマジ噛みじゃねーか⁉ 牙がめっちゃ食い込む‼」
「あっはっはっは! なんっすかこの人達! めっちゃ面白いんですけど! ウケる!」
美人のお姉さんが目に涙を浮かべながら俺達を見て笑っている。
ウケてないで助けて欲しい。
「まったく。フレステもフレステよ? そんなだらしない格好してたら、こういう男に目を付けられるに決まってるじゃない」
「いやー……。あーしってホラ、大きいじゃないっすか。だからどの制服のサイズも合わないんっすよねぇ。特注で作ってもらうのは申し訳ないですし」
「……そうね。色々と大きいわよね……」
手に噛みついていたヴェルヴィアをなんとか引っぺがしていると、何故か自分の胸を見て悲しそうな顔をしているメルティナとフレステと呼ばれた美女が親し気に会話していた。
「メルティナ。もしかしてその人が?」
「……え? ああ、うん。紹介するわね。この子はフレステ。さっき話した、私の友人よ」
「どもっす! ご紹介に与りました、フレステっす! んで、どうしたんっすか? メルティーが男連れで武具ショップに来るとか、めっちゃ珍しくないっすか?」
――事情説明――。
「ふむふむ、なるほど……。あーしを冒険者パーティーにスカウトしたいと……。いいっすよ。あーしでよかったら、喜んで手伝うっす!」
俺達が買い物を終えて一通りの事情を説明し終えると、フレステは本当に考えたのかと疑いたくなるような気軽さで了承してくれた。
「えっと、ホントにいいのか? 一応確認しておくけど、俺達のクエストは……」
「特務クエストっしょ? もう全然ヨユーっす! あーし、こう見えて体力だけはあるんで、盾役くらいなら出来るっす! ぶっちゃけ、あーしも特務クエストは稼げそうって思ってたんっすけど、ソロで行くとかないなーって思ってたんっすよねー」
そういえば、フレステは生活が苦しいとかで色々なバイトをしているんだっけか。
この天真爛漫な笑顔からは想像つかないが、苦労してるんだな……。
「にしても、まさか貴方が噂のリューンさんとは……。なんか思ってたイメージと違うっすね」
そう言って、フレステが興味深そうにまじまじと俺を見つめる。
噂……?
「俺って、噂になってるのか?」
「ですです。冒険者相手に無傷で生き残った男とか、破壊の魔神と契約した男とか色々街で噂されてるんっすよ? 変わったのだと、街中で全裸になるのが趣味の男。ギルドマスターと一晩を共にして、特例で冒険者になった男ってのとかもあるっすね~……うわ、顔ヤバ」
「おおう……。主が見たことないような顔しとる」
どうやら俺の最初のクエストはスライム討伐ではなく、後半の根も葉もない噂を広めた誰かを討伐することらしい。
微妙に事実が混じっている辺り質が悪い。
「まっ、あーしはそんなに信じてないんっすけどね。そうじゃなきゃ……ねぇ?」
「……あによ?」
「べっつにー? あのメルティーが素を見せてもいい人なんだーって思っただけっすよ」
ニヨニヨと笑うフレステの言葉に、メルティナが目を逸らす。
フレステは盛大に勘違いしているたいだが、まさか俺がメルティナの教会を壊した犯人の一人だから猫被る必要が無いとまでは想像できまい。
「あっ、でも……。仲間になるのは全然いいんっすけど、ちょっと条件いいっすか?」
「条件?」
「あーし、色々なバイトを掛け持ちしてるんっすよ。なんで、他のバイトの時間になっちゃったら離脱しなきゃなんっすよねぇ……。それでもいいっすか?」
フレステが申し訳なさそうに言って顔の前で手を合わせる。
戦線離脱するのは正直勘弁してほしくはあるが、かと言ってこのまま他の仲間を探したところで、フレステのように快く受け入れてくれるような奴が運よく見つかるとは思えない。
ここは条件を飲むべきだろう。
「分かった。これからよろしくな、フレステ」
「了解っす! パーティーの前線は任せてくださいっすよ、パイセン」
「……パイセン?」
「リューンさんって、あーしからすれば冒険者の先輩っすからね! こう呼んじゃダメっすか?」
「いや、むしろそう呼んでくれ!」
巨乳後輩系バンザイ‼