第9話「最弱不死と元冒険者の都(4)」
「「「冒険者にスカウト⁉」」」
「その通り。言っておくけど、嘘じゃないからね?」
高価そうな調度品が並べられた冒険者ギルドの中にあるギルドマスタールームにて。
部屋の主であるライアーの言葉に、俺達だけでなくメルティナさんまでもが目を見開いた。
……状況を整理しよう。
俺達が捕まってからしばらくして、放心状態から回復したメルティナさんは、なんとか俺達を助けようと、このギルドの最高責任者であるライアーさんに掛け合ってくれたそうだ。
聞けばメルティナさんは冒険者ギルドの外部職員の一人だったらしく、以前からライアーさんとも懇意にしていたらしい。
そして事情を知ったライアーさんの助力もあって、俺達は無事に牢屋から出る事が出来たのであった。
そこまでは分かる。
だがそこからライアーさんが俺達を冒険者にスカウトする意味が分からない。
そもそもこの世界で冒険者になるには……。
「ラ、ライアーさん? それはお二人が無能……ギフトスキルを持っていらっしゃらない方々と知ってのお言葉ですか? 冒険者になるにはギフトスキルを持っている事が必須条件だという事は、ギルドマスターである貴方が一番ご存知のはずですよね?」
そう。メルティナさんが言うように、この世界で冒険者になる為には、ギフトスキルを持っていなければならない。
そのせいで俺は、始めの街で冒険者になるのを断られたわけだしな。
今でこそヴェルヴィアというギフトスキルを獲得しているものの、一般的には無能者として判定されるのだから、俺達は条件を満たせていないと言っていい。
だが……。
「無論、それについては理解しているよ。その上で、僕は彼らを冒険者にスカウトしているんだ。メルティナ君も、今この街が冒険者不足なせいで、特異種の魔物による被害が後を絶たないのは知っているだろう?」
「それは、そうですけど……」
ライアーさんの言葉にメルティナさんの表情が曇る。
「……えっと、聞いてもいいですか? アガレリアって、冒険者の都って呼ばれているほど冒険者が多い街なんですよね? なのに、冒険者が不足してるんです?」
「……冒険者の都、か。確かに、守護騎士制度が制定される前までは、そう呼ばれるに相応しい街だったよ。でも今のアガレリアは、正しくは『元冒険者の都』と言った方がいいだろうね」
「元冒険者の都……? それに、守護騎士制度って?」
「守護騎士制度というのは、アガレリア等の主要となる街を英雄の血族である守護貴族と、彼らが有する騎士団によって警備しようという制度の事です。これには街の治安維持や周辺のモンスター退治も含まれていて……。その制度が適用されてから冒険者の需要が少なくなってしまったのが原因で、アガレリアでは冒険者を引退する人が相次いでしまったんです」
それで元冒険者の都ということか。
「しかも肝心の守護騎士達も、リーダーである聖盾の騎士以外は貴族であるプライドからか、あまり職務に真面目ではなくてね。困ったものだよ」
ライアーさんがヤレヤレといった感じで肩を落とす。
たしかに、人相だけで俺を犯人と決めつけて捕縛するような奴らだったしな。
「人間同士の問題なんぞどうでもよい。それよりも、特異種の魔物というのはなんじゃ?」
魔物を創り出した張本人として気になるのか、ヴェルヴィアが身を乗り出す。
どう見ても子供にしか見えないヴェルヴィアからのタメ口に、けれども不快そうにすることなく、ライアーさんは丁寧に説明し始めた。
「特異種というのは、従来の魔物とは異なる特性や習性を持つ個体や、それまで存在を確認されていなかった未確認の魔物の呼称だね。これらの調査や討伐を目的としたクエストを、ギルドでは『特務クエスト』と呼んで請け負っていたんだけれども……。さっきも言ったった通り、守護騎士制度で引退者が続出してしまった今の冒険者ギルドじゃ人手が足りなくてね。ただでさえ危険度が高くて引き受け手が少なかったというのに、これには僕もお手上げ状態だったよ。……メルティナ君から君達の話を聞くまではね」
……ここまで言われれば、さすがに俺でも分かってきた。
「つまり、その特務クエストってのをさせる為に、俺達を冒険者にスカウトしたいってことか。一応聞いてみるけど、その守護騎士団ってのに頼めないんですか?」
「本来ならそうするべきなんだけどね。アガレリアの守護を任されているシルドラド家の当主様からは、『そのような危険な任務に、英雄の血を引く聖盾の騎士や守護騎士団を動かすわけにはいかない』と、彼らは何の為にいるのか覚えているのだろうかと頭を抱えたくなるようなお言葉を頂いたよ」
役立たずにも程がある。
「それと、これは完全に僕の勘だけど。君達はその辺のギフトスキル持ちより、よっぽど冒険者として即戦力だと思っている。なにしろ二人とも無能者であるにも関わらず、戦闘経験豊富な冒険者を相手にして無傷で生き残る規格外な生存能力に、メルティナ君の教会を破壊してしまうほどの力の持ち主なんだからね。それを無能者だからと言ってスカウトしないだなんて勿体ないと思うだろう? それに、個人的にも君が欲しいと思っているしね」
ライアーの細い目が薄っすらと開き、まるで獲物を見るかのような視線を俺に向けてくる。
なんか今、最後の辺りに物凄く聞き捨てならない言葉が聞えた気が……。
「おっと、これじゃ言い方が悪かったね。訂正しよう。……リューン君、君を僕のモノにしたい。正直に話すと、どうやら僕は君に一目惚れしてしまったみたいなんだ。これは本当だよ」
ライアーさんは、そう言って爽やかな笑顔を俺に向けてきた。
「勘違いじゃなかったあああああ! なに笑顔でトンデモ発言してんのアンタ⁉」
「こらこら、大声で鳴くのはベッドの上だけにして欲しいな。……興奮してきちゃうだろ?」
「何勝手に興奮してくれちゃってんの⁉ 待て待て待て! 一旦落ち着こう? 気持ちは嬉しいけど、俺はノーマルだから!」
「初めは皆そう言うんだ。でも大丈夫! 恋に障害はつきものだからね!」
「何このポジティブな変態! メルティナさんも頬染めてないで止めて⁉」
「わ、私は……その……。か、神は言いました。『アリかナシかで言えば、アリ』と……」
「一体何の神の祀ってたんですかあの教会! 邪神でも祀ってたのか⁉」
と、俺達の会話が予想外の方向に脱線し始めたその時だった。
「して、主よ。どう返事するんじゃ? わっちとしては特異種なるものが気になるし、引き受けても良いと思っておるんじゃが。主はどうじゃ?」
ヴェルヴィアの言葉に、俺は頭を悩ませた。
う~ん……冒険者かぁ……。
ぶっちゃけてしまうと、異世界に来た当初なら手放しで喜んだだろうが、今は安全で安定した職業に就きたいと思っていたりする。
旅の途中で魔物の恐ろしさは嫌というほど味わったし、他の冒険者達ですら受けたがらない事から考えて、特務クエストとやらは相当危険なんだろう。
……よし、決めた。
「すみません。せっかくのお話なんですけど、今回の件は……」
「おっと。そう言えば、報酬金の話をするのを忘れていたね」
その言葉に、俺の耳がピクリと動いた。
「……いや、俺はお断りしようとですね……。いくらぐらい貰えるんです?」
「そうだね……。とりあえず、これくらいは固いかな」
ライアーさんが懐から紙とペンを取り出し、サラサラと金額を書いて俺に渡してくる。
……渡されても、俺とヴェルヴィアは金に縁が無かったせいで、これが多いのか少ないのか分からないんだよなぁ。
「メルティナさん、ちょっと、これ見てもらってもいいです?」
「えっ? は、はい。……はぁ⁉ こっ、ここ、こんなに貰えるんですか⁉ 一般的なクエスト報酬の数倍の額ですよ⁉」
紙に書かれた数字を目にしたメルティナさんの目が大きく見開かれる。
どうやらあの紙に書かれていた金額は、この世界では相当な金額のようだ。
「確かに一般的なクエストに比べて割高だけど、そんなに驚く額かな? 僕としては、むしろ少ないくらいだよ。戦いにおいて、敵の情報ほど持っておいて得にしかならない物は無いからね。今なら更に、ボーナスも付けちゃうよ」
そう言うと、ライアーさんは俺にウィンクして見せた。
…………。
「俺、今日から冒険者になります! 好きなように使って下さい!」
「完全に金額見て手のひら返しおったな」
「君ならそう言ってくれると信じていたよ。じゃあ、さっそく僕の家に行こう。大丈夫、初めては優しくしてあげるからね」
「違う違う違う! 冒険者として使えって意味だから! 手を放せええええええええええええ‼」