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第七話:魔物使いとの約束

 

「ど、どうして私たちまで連れてこられちゃったんだろう……?」


 日も昇り、雲一つない空。

 まさに絶好のお出かけ日和の中、馬車に揺られるミラが困惑ぎみに疑問を口にする。

 すると隣に座っていたリリィが目を擦りながら言う。


「分からない。今朝、わたしの家まで迎えにきたと思ったら、馬車に乗せられてた」


「わ、私は庭のお散歩をしていたら突然……」


 二人はお互いにその時のことを話すと、今度は真向かいに座る人物の方を見る。

 言葉はなくとも、その二つの視線が現在の状況の説明を求めているということは誰だって分かるだろう。


 しかし件の人物――アリサは窓の外の流れていく景色を見ているばかりで、二人とは決して目を合わせようとしない。


 だがそれでも二人がじーっと抗議の視線をぶつけ続けていると、さすがに耐えられずに「あーっ!」と叫ぶ。


「私だってどうして二人がここにいるのか何にも聞いてないのよ!」


 嘘は何もついていない。

 アリサが用意された馬車に乗った時には、既に二人が席に座っていたのだ。


 そして二人を連れてきた張本人であるグランは今、暢気にも鼻歌を歌いながら御者を務めている。

 因みにその間にも、二人を連れてきた理由などには一切触れられていない。


「もしかしなくてもアリサちゃんたちの今日の予定って、この前話してたレッドドラゴンの退治ですよね……?」


 キッとグランを睨むアリサに、おずおずとミラが尋ねる。


「わ、私たちがついて来ても大丈夫なんでしょうか? と、というよりも本当にレッドドラゴンを退治なんて出来るんですか……?」


「こんなことを言うのはちょっと癪だけど、グランがあなた達を連れてきたってことはたぶん大丈夫だと思う。それにあいつが言うには『図体がデカいだけの蜥蜴トカゲなんかに負けるかよ』らしいわ」


「と、蜥蜴……」


 ドラゴンを蜥蜴呼ばわりする輩なんて恐らく世界中を探してもグランくらいだろう。

 その言葉を聞いた者は皆等しく、そう思ったことだろう。


 だが少なくともアリサは自分で言ったように、今回のレッドドラゴンの退治について、それほど心配はしていない。

 何となく、グランが問題はないと言うのなら本当に何も問題はないのだろう、という気持ちになってくるのだ。


 もちろんグランを調子に乗らせないように、そんなことはおくびにも出さないが……。


「…………」


 しかし、それ以前にグランが魔王であるということすら知らない二人にとっては、やはりレッドドラゴンという存在のインパクトの方が強いらしく、その表情は不安げだ。


 それならせめてグランが魔王だったことだけでも二人に教えてあげればいいと思うかもしれないが、そう簡単な話ではない。


 というのも、グランがかつての”魔王”だということは出来るだけ内密にするように学園長であるルルアナから言われているのだ。

 聞くところによれば、今の段階で魔王が復活したというのはルルアナやジャルベドを含めても、ごく一部の関係者しか知らないような情報らしい。


 それをいくら友人である二人だからとはいえ、アリサの一存で教えるわけにはいかなかった。


「で、でもこんな風にどこかに出かけるのってピクニックみたいで楽しいんじゃない?」


「確かに。わたし、こんな豪華な馬車に乗ったの初めて」


 せめて気分くらいは紛らわせようと話題を変えてみると、リリィも珍しく楽しそうに窓の外を眺める。

 それに釣られてミラも少しずつ気分が晴れてきたようだ。


 まさかグランはこれも見越して……とも思ったが、さすがにそれは買いかぶり過ぎだろうとアリサは首を振る。


 すると偶然か、そのタイミングで馬車が止まった。


「おーい。水場があったから、ちょっと休憩するぞー」


 どうしたのだろうかと三人揃って首を傾げていると、グランの声が外から聞こえてくる。

 三人は顔を見合わせると、勢いよく外へ飛び出す。


 そして目の前に広がる光景に、三人が全員とも目を輝かせた。


「王都から少し離れたところに、こんな綺麗なところがあったなんて知りませんでした!」


「これって湖?」


「実際、結構な大きさもあるわね! それに何といっても水が綺麗!」


 アリサの言う通り、その湖は底まではっきり見えてしまうほどに水が透き通っていた。


「こんなところがあるって知ってたら、水着くらい持ってきたのに」


 季節的にはまだ少し肌寒いかもしれないが、これだけ綺麗な湖なら泳がない方が損というものだろう。


 アリサが残念そうに呟くと、他の二人も同意するように頷く。


「まあ誰もお前の水着なんかは期待していないがな」


「……何ですって?」


 するとそれまで馬に水分補給をさせていたグランがぽつりと呟いたのを、アリサは聞き逃さなかった。

 いや、もしかしたらグランはからかうために、あえてアリサに聞こえるように言ったのかもしれない。


 どちらにせよ、アリサは物凄い形相でグランに向かっていく。


「あんたね、私だって別にあんたに見せるために水着を着るわけじゃないから! 勘違いしないでくれる?」


「おぉ、それは悪かったな。でも大丈夫だ、安心してくれ。俺もお前の貧相な水着姿なんて全く興味ないから」


「——ッ!?」


「まあ強いて言えば、ミラの水着姿ならそれなりに期待できそうだな。あ、リリィの水着姿も一部には人気が出そうだ」


 アリサがもはや髪が逆立つほどに怒りに震えているというのにも拘らず、グランは思案顔で言う。


 ミラは恥ずかしそうにその大きめの二つの膨らみを腕で隠し、リリィは「一部に」と言われたことを不服そうに口を尖らせる。

 

 全員が全員、異なる反応を見せていたその時――。



『          』



 ————巨大な咆哮が聞こえてきた。


「な、なによ今の!?」


「も、もしかしてドラゴン……!?」


「っ……」


 三人の顔にそれぞれ焦りの色が濃くなっていく中で、グランだけが相変わらず口の端を吊り上げていた。


「何ともありがたいことに、どうやらあちらさんからやって来てくれたみたいだ」


 その言葉の直後、あたりが影に包まれる。

 雲なんてなかったはずなのにと三人が空を見上げた先には、一匹の竜がいた。


 体表を覆う真っ赤な鱗に、口元では炎がゆらゆら燃えている。

 その深紅の瞳は、遥か下にいる弱者たちを真っすぐに見つめていた。


「グ、グラン、本当に大丈夫なのよね?」


「何だ? びびるのは良いが粗相はするなよ。さすがにフォロー出来ん」


「なっ……!?」


 緊迫した状況にあまりに相応しくないグランの態度に、アリサも少しずつ余裕が戻って来る。


 そしてそんないつもの二人のやりとりに、他の二人も初めに比べたら随分と落ち着いてきた方だろう。

 まあそれでも、空から見下ろしてくるレッドドラゴンの恐怖が全てなくなったわけではないようだが……。


「おい、リリィ」


 すると突然、グランが呆然と空を見上げるリリィに声をかける。


「……なに?」


 振り返るリリィの表情は普段よりも幾ばくか強張っているが、それも仕方ないだろう。

 何たって、空にはあのレッドドラゴンがいるのだから。


 しかし、グランの次の言葉はさすがに理解できなかった。


「今からレッドドラゴンを倒すから、一緒に来い」


「……は?」


 リリィだけじゃない、他の二人も同じように意味が分からないといった表情を浮かべている。

 空にはレッドドラゴンがいるということなどすっかり忘れて、ただグランの意味不明な言葉に困惑している。


 百歩譲ってレッドドラゴンとの戦いに誰かを同行させるにしても、普通に考えてそれはご主人様であるアリサだろう。

 間違ってもリリィではない。


 そもそもグランとリリィの繋がりなど、ほとんどないに等しい。

 少なくともこんな状況になるような間柄では決してないはずだ。


 しかしグランはあくまでリリィを同行者に選んだのか、手を差し伸べてくる。


 それに対してどう応えればいいのか、リリィには分からない。

 縋るような思いで他の二人を見ても、あまりに唐突な展開に二人とも動けずにいる。


 結局いくら考えても答えは出ない。

 最後にリリィは目の前に手を差し伸べてくるグランに視線を向ける。


 するとグランはまるで子供のような無邪気な笑みで、こう言った。


「良いものが見れるぞ」


 ……気付いたら、リリィは目の前に差し伸べられた手を取っていた。


「リ、リリィ!?」


 アリサの驚く声が聞こえてくるが、あっという間にグランに引き寄せられたかと思うと、あっという間に抱きかかえられる。

 すると再びアリサの叫び声のようなものが聞こえてくるが、グランが手をかざすとそれも聞こえなくなった。


「念の為にお前らに魔力結界を張っておいた! 大人しくそこで見てろ!」


 向こうの声はこちらに聞こえないのに、こちらから向こうには声が届くのかアリサが中から結界をバンバン叩いている。


 しかしその時点でグランはもうアリサたちに意識は向いていないのか、その笑みを遥か上空のレッドドラゴンに向けていた。


「落ちないようにちゃんと掴まってろよ?」


「……わ、分かった」


 グランの指示に従って、とりあえず首あたりに手を回す。


「じゃあ、行くぞ?」


「ぇ……――っ!?」


 グランの言葉が聞こえてきた次の瞬間、気付けばリリィの目と鼻の先にレッドドラゴンがいた。

 何が何だか分からない状況で、リリィは遥か下の方で小さくなったアリサたちを視界の端に捉えた。


 そこでようやくリリィは、グランがここまで飛んできたのだということを理解した。

 先ほどの「行くぞ?」という言葉は、つまり「ジャンプするぞ」ということだったのだろう。


 とはいえ、あまりに非現実感あふれる光景に、リリィはもはや「どうにでもなれ」という諦めにも似たような達観をしていた。


 だがグランがレッドドラゴンを文字通り蹴り落した(・・・・・)のには、さすがのリリィも度肝を抜かれた。


 空の王者とも称されることがあるドラゴンが、今や地面に叩きつけられている。

 リリィには、それらの光景をただ呆然と眺めることしか出来なかった。


 しかし、その程度で死ぬようなレッドドラゴンではない。

 グランが華麗な着地を決めてみせた瞬間、お返しとばかりに炎のブレスを吐いてきたのだ。


 レッドドラゴンの炎のブレス。

 これもまた普通に考えれば絶体絶命のピンチに間違いないだろう。


 だが不思議と、リリィは不安や恐怖といったものは一切感じなかった。


 案の定グランは先ほどアリサたちに使ったものと同じ魔力結界なるものを前方に張ることで、容易くブレスを防ぐ。

 ただ、グランたちの周りの草木たちは炎のブレスによって一瞬の内に消し炭にされてしまった。


「なあ、リリィ。どうして俺がお前を呼んだのか分かるか?」


 その時、レッドドラゴンと対峙しているにも拘らず、不意にグランが聞いてくる。

 リリィも恐らくこれには何かしらの意図が隠されているのだろうというところまでは予想できる。

 しかしそれが何なのかまでは分からず、首を振る。


 するとグランは「今回は特別サービスだぞ?」と前置きすると、やけに真面目ぶった顔で話しだす。


「お前は”魔物使い(テイマー)”の端くれ。そうだよな?」


「うん、合ってる」


「じゃああれ(・・)は何だ?」


「……ドラゴン?」


 レッドドラゴンを指差すグランの質問に、リリィが首を傾げながら答える。

 しかしそれはグランの求める答えではなかったらしく、グランは難しい顔をしている。


「それなら、ドラゴンは何だ?」


「ドラゴンは何か……? ドラゴンは――――魔物モンスター ?」


「正解!」


 その瞬間、グランはニッと笑う。

 もしリリィを抱きかかえてさえいなければ、指をパチンと鳴らしていたことだろう。


「ドラゴンはすべての魔物たちの頂点に君臨する、正真正銘の魔物(・・)だ」


「……?」


 しかし、そこまで言われてもリリィにはピンとこない。

 ドラゴンが魔物だということは当然と言われれば当然だし、それがどうしたという話だ。


 そんなリリィに、グランは小さくため息をこぼしたかと思うと「まあ、普段の扱われ方を考えたら、すぐには難しいか」などとよく分からないことを呟く。

 そして首を傾げるリリィに、今日一の決め顔で告げた。


「”魔物使い(テイマー)”のお前なら、ドラゴンだって使役できる」


「え……」


 その言葉に、リリィは全くの予想外とばかりに固まる。

 そんなリリィに、グランは「ただし……」と付け足す。


「もちろんそんなすぐに誰でもドラゴンを使役できるわけじゃない。それなりの経験を積んでからじゃないと、ドラゴンなんてまず無理だろうな」


 グランは簡単そうに言ってのけるが、それまでの道のりは一体どれほどのものなのか想像するだけでも眩暈がしそうだった。


 でも、そんなことリリィには関係なかった。

 ドラゴンを使役できるかもしれないという可能性がある。

 それだけで、これまでずっと心の中で感じていた”魔物使い”という適正職業に対する劣等感が綺麗さっぱりなくなっていた。


「良いか? お前が思っているよりも数千倍は”魔物使い(テイマー)”は強い。まさかとは思うが否定なんてしないよな?」


「しない。するわけない」


 間髪入れずに即答するリリィに、グランは満足げに頷く。


「こんだけサービスしてやったんだ。いつかお前の使役するドラゴンの背中に乗せてくれよ?」


「分かった。約束する」


 普段よりも随分と嬉しそうな顔で頷くリリィだったが、ふと何かを思い出したような表情を浮かべる。


「いつか絶対わたしのドラゴンに乗せてあげるから、一つだけお願い聞いてほしい」


「なんだ? 遠慮せず言ってみろ」


 リリィはそれから少しだけ逡巡するような素振りを見せた後、覚悟を決めたのかグランをじっと見つめてくる。


「……初めて魔物をテイムする時は、一緒にいてほしい。……だめ?」


 僅かに瞳を潤ませながら、上目遣いで聞いてくるリリィ。

 狙ってやっているとしたら相当な策士だな、と思わずグランは苦笑いを浮かべつつ、予想よりもお願いが大したことなかったことに拍子抜けしていた。


「何だそんなことか。それくらいなら全然構わないぞ」


「ほんとっ? 絶対、約束だからね」


 何度も何度も「絶対だよ? 約束だからね?」と確認してくるリリィは何とも微笑ましい。

 うちのご主人様にもぜひこの素直さを見倣ってほしいところだ、とグランは肩を竦める。


「まあでも、今のところはとりあえず目の前の相手をどうにかしないといけないな」


「そ、そうだった」


 グランと話していたせいで、今がレッドドラゴンの退治の途中だということをリリィもすっかり忘れてしまっていた。

 ずっと無視されていたからか、何となくレッドドラゴンの口から零れる炎の勢いも増しているような気がする。


 だがグランはというと、何やら気まずそうな表情を浮かべている。


「あー……、今回リリィを呼んだのは”魔物使い”のことをもう少し知ってほしかったからなんだが、これから見せることはあまり気にしないでいいからな? レッドドラゴンって普通ならかなり強い部類だからな?」


「大丈夫。グランが強いことはもう分かってるから」


「そ、そうか」


 意外な返しに、グランも思わずたじろぐ。


 というのも、これからリリィが見るのは魔物の頂点に君臨するドラゴンがただ一方的に蹂躙されるだけの姿だ。

 少なくとも魔物使いが見て気持ちのいいものではないだろう、とグランは思ったのである。


 しかし、そう言ってくれるのであればグランだって遠慮はしない。


「……そういえば言い忘れてたんだが、”魔物使い(テイマー)”にとって大事なことは自分を過信しすぎないことだ。一個の油断がいつ命取りに繋がってもおかしくないからな」


「自分を、過信しすぎないこと」


 グランの言葉を忘れないようにもう一度呟くリリィは、いつか自分が使役するかもしれないレッドドラゴンを見つめる。


 深紅の瞳でこちらを睨んでくるレッドドラゴンは、今にも襲いかかってきそうだ。

 しかし、その命の灯がもうすぐ消えてしまうのだということをリリィは何となく察することができた。


 だから聞くなら今しかない、とリリィは思い切って聞いてみた。


「グランは、どれくらい強いの?」


 先日の決闘を見てからというもの、ずっと気になっていた。

 ある程度強いのだろうということはリリィも分かっていたが、何とあのレッドドラゴンでさえグランには敵わないらしい。

 ともなれば、グランの強さの底は一体どこにあるのか、リリィは知りたかった。


「——俺は、世界最強だ」


 やはりそう簡単に教えてはくれないだろうかと思っていたリリィだったが、グランは隠すことなく教えてくれる。

 だが、それは――。


「……それは過信(・・)じゃないの?」


「いいや、違うね」


 その返しに、グランは僅かに驚いたような表情を浮かべて首を振る。


「これは、確信(・・)だ」


 そう断言するグランの顔には、やはり不敵な笑みが浮かんでいた。

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