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第六話:告げられる処罰


「ド、ドラゴン退治ですか……?」


 決闘から一夜明けた朝、再び学園長室にやって来たアリサたち。

 アリサの処罰についての話があるはずだということで、昨日の時点で呼ばれていたのである。


 しかし告げられた処罰の内容に、アリサは思わず聞き返さずにはいられなかった。

 だが、非情にもその首は縦に振られる。


「すみません。私も出来る限り何とかしようとは思ったんですが、どうしても先方に聞き入れてもらえず、このような形になってしまいました」


「い、いえそんな……」


 頭を下げてこようとするルルアナに、アリサは慌てて止めに入る。


 あくまで社交辞令的なものだったとしても、学園長にそんなことをさせるわけにはいかない。

 しかしよく見てみれば、ルルアナの表情は暗く心から申し訳ないと思っているのがひしひしと伝わって来る。


 ただアリサは何となく、その謝罪の意が自分に向けられたものというようには感じなかった。

 その意が向いているのは恐らく――グラン。


 アリサの隣に立つグランは重苦しい雰囲気の他の二人とは異なり、ただ一人いつも通りに不遜な態度をとっている。


「ね、ねえグランって――」


「因みにドラゴンっていうのは何ドラゴンなんだ? まさかとは思うが、古龍なんてことはないよな?」


 ————ドラゴンを倒せるの? というアリサの質問は、グラン本人によってかき消されてしまった。


 そもそも世間一般でドラゴンといえば、恐怖の対象としてのイメージが強い。


 もちろんドラゴンにも弱い個体から強い個体がおり、そこにはかなりの幅があると言われている。


 だが、それはあくまでドラゴンたちの中での話だ。

 人間たちからすれば、たとえどんなドラゴンだったとしても脅威には変わりない。


 もしドラゴンを倒せる人間がいるとするならば、それは英雄と呼ばれるだけに値する人物だろう。

 もちろん英雄と呼ばれるような実力者だったとしても、倒すことが出来るのはせいぜいドラゴンたちの中でいう下位の存在なのだが。


 因みにグランの言った「古龍」というのは、ドラゴンの中でも最上位に位置する存在だ。

 ドラゴンの中で最上位ということは、つまり全生物の中で最上位に位置すると言っても過言ではない。


 それこそ数千年の時を生き、噂によれば人間の言葉すらも自在に話すことが出来るとまで言われている伝説の存在だ。

 国や地方によっては古龍を文字通り「神」として崇め、信仰しているところもあるらしい。


 そこまで来ると、もはや人間にどうこう出来るような相手ではない。


 さすがのグランも……と、アリサが思ったタイミングで、ルルアナが僅かに顔を暗くして言う。


「今回アリサさんに課されたのは『レッドドラゴン』の討伐です」


「レ、レッド……っ!?」


 それを聞いたアリサは先ほどの反応を遥かに凌ぐ驚きを見せる。


 レッドドラゴンは、その名の通り炎を司るドラゴンだ。

 ドラゴンの中でも中位以上の実力はあるとされるレッドドラゴンだが、恐らく歴戦の英雄と呼ばれるような学園長でも敵う相手ではないだろう。


 しかしそれ以上に問題なのは、その凶暴性である。


 そもそも中位以上の実力を持つと言われているドラゴンは、ほとんど人里には降りてこない。

 故に、それらの生態についてはほとんどが謎に包まれている。


 だがレッドドラゴンは、稀に人里へ降りてくることがある。

 だからアリサもそのドラゴンについては少しだけ知っていた。


 レッドドラゴンに目を付けられた村や街は、半日もせずにその全てを燃やし尽くされ、後には何も残らない。

 その圧倒的な力を前に抗うことは許されず、人々に出来るのはただ財を捨てて身一つで逃げ出すことのみ。


 まさに――――天災。


 レッドドラゴンが吐く炎を想像しただけで、アリサは冷や汗が流れるのを禁じ得なかった。


 そしてそれは歴戦の英雄と称されるルルアナも同じだった。

 グランが眠っていた墓地を管理しているネクロマンサーには、アリサの処罰について「出来るだけ情状酌量するように」と伝えたはずで、それで十分だと思っていた。


 しかし予想に反し、ネクロマンサーたちは「レッドドラゴンの討伐」という無謀とも思える罰をアリサへ課してきたのである。


 もちろんルルアナもこれはあんまりだと異論を唱えたのだが、ついぞアリサへの処罰が変更されることはなかった。


 これではアリサたちがレッドドラゴンに殺されてしまうよりも前に、自分がグランに殺されてしまうのではないか。

 その可能性は十分にあるだろう、とルルアナは気が気でなかった。


 二人は恐る恐る、グランに視線を向ける。


 アリサは、レッドドラゴンなんて倒せるのか不安で。

 ルルアナは、グランが怒りで我を忘れないかと心配で。


 そんな二人の複雑な視線を一身に受けるグランはというと……。


「……今日の昼飯は、やっぱり肉だな」


 物憂げな表情を浮かべていたかと思うと、ふいにキメ顔でそう言ってのけた。


「ん、二人ともそんな間抜けな顔してどうしたんだ?」


 そこでようやく自分が見られていることに気付いたグランは、口を開けたまま呆ける二人の表情に首を傾げる。


 するといち早く我に返ったルルアナが、おずおずといった風に尋ねる。


「も、もしかしてあなた――グランさんは、レッドドラゴンを倒せるんですか……?」


 その質問に対し、グランは一瞬だけポカンとした表情を浮かべた後に、今度は声をあげて笑い出した。


 あまりに突然のことで、呆気にとられる二人。

 そんな二人にグランは何とか笑いを堪えながら、目の端に涙を浮かべて言う。


「すまんすまん。まさかお前たちがそんなアホな心配をしているとは思ってなくてな」


「なっ……!?」


 これにはさすがのアリサも目を見開く。

 そして自分がどんな心配をしていたのかも知らずに、よくぬけぬけとそんなことが言えるな、と憎々しげにグランを睨む。

 しかしアリサの視線を意にも介さず、グランはあくまで飄々とした態度を崩さない。


 そんなグランの態度に業を煮やしたアリサは、思わず我を忘れて叫ぶ。


「そ、そんなに言うんだったら、もちろんレッドドラゴンなんて余裕で倒せるんでしょうねっ!?」


 その言葉を受けたグランは大仰にため息をこぼす。

 しかしすぐに、いつものあの(・・)笑みを浮かべると不敵にも口の端をニッと吊り上げた。


「図体がデカいだけの蜥蜴トカゲなんかに負けるかよ」




 ◇   ◇




 無駄とも思えるほど広い学園の敷地には、幾つかの訓練場がある。


 アリサたちのクラスは今その内の一つに集合して、午後の実習授業の真っ最中だった。

 とはいえ指導員が誰かいるわけでもなく、あくまでそれぞれが自主訓練に励む時間という認識の方が正しいだろう。


 その中でネクロマンサーのアリサは特に何か出来るわけでもなく、いつもの三人で固まって駄弁っていた。


「そういえばアリサちゃん、今日は朝からやけにご機嫌ですよね?」


「えっ、そ、そうかしら?」


 話の途中で思い出したように指摘してくるミラに、思わずドキッとするアリサ。


 確かに二人の言う通り、アリサは今日一日ずっと落ち着きがなかった。

 普段は人一倍真剣に授業に臨むアリサが今日は何やらそわそわしていて、ろくに授業を聞いていなかったように見えた。


「今日のアリサ、授業中とかもずっとにやにやしてて気持ち悪かった」


「えぇっ!?」


 ばっさりと真実を告げるリリィに、アリサはショックを受けたように声をあげる。

 そ、そんなことないわよね!? とミラに救いを求める視線を送るが、ミラは苦笑いを浮かべて顔を逸らす。


 もはや明確な肯定よりも残酷なミラの反応に、アリサはがっくりと肩を落とすと「に、にやにやなんてしてない……」と虚ろげに呟く。


「そ、それでアリサちゃんは何か良いことでもあったんですか?」


 すっかり逸れてしまっていた話を慌てて戻そうとするミラは、重たい雰囲気を払拭するためにいつもより声のトーンをあげてから言う。


「それは……」


 するとアリサは俯けていた顔を僅かに上げると、ふと視線を遠くの方へ向ける。


 そんなアリサに当然他の二人も釣られてそちらを見てみると、そこには訓練場の端の方で壁にもたれかかりながら静かに眠るグランの姿があった。

 午前中は図書館に籠っていたようだが、「本を読むのも疲れたな」と午後からはすっかりこのありさまである。


 使い魔のだらしない姿に思わず恥ずかしくなるが、普段の生意気なグランからは想像できないような穏やかな寝顔に何となく叩き起こすのは憚られた。


 アリサはそんなグランから視線を逸らすと、今度は二人を近くに呼び、注意していなければ聞こえないような小さな声で囁く。


「……ここだけの話なんだけど、実はもうすぐ”レッドドラゴンの死体”が手に入る予定なのよね」


「レ――っ!?」


 囁かれた言葉に、ミラが驚きのあまり一瞬だけ声をあげてしまう。

 慌てて口を閉ざしたミラだったが、やはりクラスメイトたちからの視線は少なからず向けられる。

 しかしすぐに口を閉ざしたことが功を奏したのか、その視線もすぐに霧散する。


 ミラはホッと息を吐くと、静かにアリサに謝る。


 だが普通に考えれば、ミラの反応は当然だ。

 レッドドラゴンの死体が手に入るなどと聞けば誰だって驚かずにはいられないだろう。

 むしろあれだけの反応に止めたことを褒めてもいいくらいだ。


 普段からほとんど感情の起伏を見せないあのリリィでさえ、にわかには信じられないと眉を顰めている。


「冗談、じゃない?」


「さすがの私だって、そこまで酷い冗談は言わないつもりよ?」


 思わず正気を疑ってしまいそうな内容だが、どうにもアリサに嘘を吐いている気配は見えない。

 至って真面目な表情で頷いている。


「で、でもそんな、レッドドラゴンの死体なんて一体どうやって……」


「もしかして、グラン?」


 未だに信じられないといった風に呟くミラとは対照的に、リリィは僅かな時間で一つの結論を出す。


「昨日の決闘、グランはびっくりするくらいに強かった。しかもあれは全然本気じゃないみたいだったし、グランならレッドドラゴンを倒してもおかしくはない……かも」


 とはいえ、さすがに自分の言っていることの非現実さを十分に理解しているのか、あまり自信はないようだ。

 だが今の話を聞く限りでは、少なくともリリィにはそれ以外の可能性は思い付かなかった。


「ま、まあ、そんなところかな」


 ただ、アリサはそれに対して明確な解答をしないまま曖昧に頷く。


 自分から話を振ったわりには変な反応をするアリサに、リリィが首を傾げる。

 しかし、そこでミラがハッと何かに気付く。


「アリサちゃんはネクロマンサーですから、レッドドラゴンの死体を使い魔に出来るんじゃないんですか……!?」


「ふふふ、実はそうなのよ!」


 その言葉を待ってましたとばかりに目を輝かせるアリサに、二人はようやく諸々の事情を察する。


 ネクロマンサーがアンデッドを使役するのは、誰だって知っているような一般常識だ。

 そんな彼らネクロマンサーたちにとってレッドドラゴンの死体が喉から手が出るほどに欲しいものだということは、素人の二人にだって容易に想像できる。


 それがどういう方法かは今のところ分からないにせよ、手に入れる算段が何かしらあるとするならば、常日頃まじめに授業を受けているアリサが浮ついてしまうのも仕方ないだろう。


「でも、もしレッドドラゴンを使い魔にできたら、相当すごいことなんじゃないんですか!?」


「いくら”ネクロマンサー”だからって、レッドドラゴンを従えてたら他の人たちも無視できなそう」


「無視どころか、今のフェルマの国力を考えたら、かなりの好待遇で重用されても不思議じゃないですよ!」


 まだレッドドラゴンを使い魔にもしていない内から興奮ぎみに話すミラたちだったが、当の本人であるアリサもなかなかに満更ではなさそうだ。


 これまでずっと何かしらの功績を残したり、国の運営に携わったりすることが目標だったアリサ。

 そのチャンスが突然やって来たと言っても過言ではないのだから、今はこれ以上にないくらいに気分が高揚しているのだろう。


「ん? お前らこんなところで固まって何をしてるんだ?」


 そんな時、不意に声が降って来る。

 驚いて振り返ると、そこにはさっきまで訓練場の端の方で眠っていたはずのグランが、いつの間にかすぐ近くまでやって来ていた。


「実はですね――」


「な、何でもないわよ!」


 話の内容を教えようとしたミラだったが、不意にアリサがそれを遮る。

 乱暴とも思えるその口調だが、グランにこれ以上足元を見せたくなかったアリサは、出来れば自分がレッドドラゴンの死体を欲しがっているということをグランに知られたくなかった。


「そ、そんなことより急に話しかけてきたりして一体どうしたのよ?」


「起きたらお前たち三人が駄弁ってるのが見えたからな。というより、確か今って午後の実習訓練のはずだろ? そんなに堂々とサボっていていいのか?」


「べ、別にサボってるわけじゃ……」


「いや、誰がどう見たってサボってただろ」


 グランの指摘にアリサが唸っていると、そこでリリィから助け船が出された。


「一般的にクラス分けは同じ傾向の適正職業の生徒たちが多くなるようになっている。ひきかえ、わたしたちのクラスには色んな、それも不遇とされている適正職業の生徒たちが集められる。でもそうなると一クラスに振り分けられた予算的に、生徒一人一人に指導教員をつけるわけにもいかないから、結果的にこういう感じになる」


 そう言いながら訓練場の中を見渡すリリィの視線を後を追うと、それぞれ親しい者同士で駄弁っている者がほとんどで、まじめに実習訓練を行っている者はいない。


 なるほどとグランが頷く一方で、普段は口数が少ないリリィがいきなり饒舌になったことに他の二人は一体どうしたのかと驚いている。


 そこで不意にグランが何かを思い出したのか、指をパチンと鳴らす。


「そういえば昨日聞くの忘れてたんだが、お前たちって適正職業は何なんだ?」


「な……っ!?」


 グランの言葉に、アリサが目を見開く。


 というのも、このクラスに集められたのは何かしらの理由で不遇と嘲られている適正職業の生徒たちだ。

 そこにクラスメイトでもないグランがずけずけと適正職業の話題を出すなんて、気分を害されても仕方がない。


 昨日の時点で変なことは言わないようにと告げていたのだが、グランにとっては許容範囲の中だったということだろうか。

 それにしたって無神経すぎる。


「わたしは”魔物使い(テイマー)”」


「わ、私は”精霊使い”です」


 しかしそんなアリサの危惧に反して、二人は特に気にすることなく自分の適正職業をグランに教える。

 だが驚きの顔を見せるアリサに何かを察したのか、ミラは「大丈夫ですよ」と微笑む。


「グランさんはアリサちゃんの使い魔さんですし何も心配していません。それに昨日アリサちゃんが絡まれていた時なんかも、本当は私たちが助けないといけなかったのに、代わりに助けてくださいましたし……」


「まあ俺としては別に助けたつもりはなかったんだけどな」


 グランの言葉にミラは苦笑いを浮かべるが、それでもグランに対する評価が昨日の時点で少なからず上がっていたのは間違いないだろう。

 隣ではリリィが賛同するように頷いている。


 使い魔が友人の気分を害さなかったことに関しては一安心だ。

 しかしグランの先の発言がそれを見越してのものだったとしたらと思うと、何となく釈然としない気分のアリサは僅かに口を尖らせた。


「それにしても、”魔物使い”に”精霊使い”か……」


 どこか思案ぎみに呟くグランに、二人の顔は僅かに暗くなる。

 それは二人が二人とも、自分の適正職業が落ちこぼれているという認識が少なからずあるからだろう。


 そんな落ち込む二人を見て、グランは唐突に「よし、決めた!」と声をあげる。


「ドラゴン退治、二人も一緒に連れていく!」


「は、はあっ!?」


 何を言ってるんだと叫ぶアリサに、いまいち状況が把握できない二人。

 他のクラスメイトたちも何事かと視線を向けてくる中で、唯一グランだけがいつもの不敵な笑みを浮かべていた。

【ご報告】お世話になってます、きなこ軍曹です。先日連載開始した『新米ネクロマンサー、魔王を蘇生する。』ですが、この度書籍化が決定しました。まだ詳しい情報などは公開できませんが、とりあえずのご報告とお礼を。本当にありがとうございますm(__)m

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