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第五話:緊急会議


 夜も更け、いつも屋敷の中を忙しなく行き来している使用人たちの足音は既に一つも聞こえない。

 そんな中でグランが僅かに頬を朱に染めながら、廊下を歩いていた。


 こんな夜中まで一体何をしているのかというと、ジャルベドと約束していた通り、色々なワインを飲み交わしていたのである。

 とはいえ最後の方ではすっかり酔いつぶれてしまったジャルベドを置いて、グラン一人で用意されたワインを飲み干してしまったのだが……。


「さすが貴族、高いワインが飲み放題だ」


 陽気に呟きながら、自室へ向かう途中のグラン。

 因みに酔いつぶれてしまったジャルベドは途中でベッドに放り投げてきた。


「…………ん?」


 自室の前までやって来たグランだったが、扉に手を伸ばしたところでふと動きを止める。

 部屋の中に誰かの気配を感じたのだ。


 初めに確認しておくと、グランは誰かと相部屋をしていたりするわけではない。

 一人で無駄に広い部屋を使わせてもらっている。


 そしてもちろん、こんな時間に誰かを呼び出したりした記憶はグランにはない。


「ただ、刺客にしては随分とお粗末な感じもするが……」


 部屋の中に感じる気配に、グランは訝し気に呟く。

 しかしすぐに「ま、どちらにせよ俺には些細なことか」と不敵な笑みを浮かべると、欠伸をしながら部屋の扉を開いた。


 だが、そんなグランも部屋の中にいた人物の姿に思わず一瞬固まった。


「……夜這いか?」


「ち、違うわよ!」


 部屋にある大きなベッドに腰かけていたのは、ネグリジェ姿のアリサ。

 しかも随分と生地が薄いのか、かなり透けてしまっている。


 グランの発言に顔を真っ赤にしながら強く否定するアリサだったが、普通ならそれ以外に考えられない状況であることは間違いないだろう。

 しかし夜中にこれ以上騒がれるのも憚られたため、グランも一旦スルーする。


「こんな遅くまで起きてていいのか? 明日も授業はあるんだろ?」


「そ、それはそうだけど……」


 グランの指摘に顔を俯かせるアリサだが、それからも一向に部屋から出て行く気配は見えない。

 これはまた面倒だと思いつつ、グランはとりあえず用件を聞くことにした。


「何か用があるんだったら聞くぞ。出来れば手短に頼むが」


 と言いつつ、グランはアリサなど無視してベッドに倒れ込む。


 たくさん酒を飲んでもはや立っていられない、というわけではない。

 酔っていないわけではないが、あくまでほろ酔い程度だ。


「話す気がないなら俺は寝るぞ。睡眠は大事だからな」


「べ、別に話す気がないわけじゃ」


「つまり何か用があるんだろ?」


「うっ……」


 そこでようやく鎌をかけられたことに気付いたアリサは気まずそうに視線を逸らすが、時すでに遅し。

 その反応をしてしまった時点で、もはや言い逃れは出来ない。


「じゃああと十秒で用件を言わないと、問答無用で部屋から追い出すからな。はい十ぅー、九ぅー、八ぃー」


「わ、分かったわよ! 言えばいいんでしょ言えば!」


 本当にカウントダウンを始めるグランに、アリサがやけくそ気味に叫ぶ。

 そしてそれこそが狙いだったグランは、その口の端を大きく釣り上げる。


 それを見たアリサの顔がますます真っ赤に染まるが、遂に諦めたのか、大きなため息を零した。


「……きょ、今日はいろいろと助けてもらったから。そ、そのお礼をしようと思って」


 顔を背けながら蚊の鳴くような声で呟くアリサだったが、対するグランはというとベッドに横になりながら小首を傾げている。


「そんなお礼を言われるようなことをしたつもりは無いんだが」


 今日一日の出来事を思い返しながらグランが不思議そうに言う。


「そ、そんなこと無いわよっ。セミールに絡まれていた時も助けてもらったし。そ、それに学園長と話をした時も、罰が軽くなるように口添えしてくれたみたいだし……」


「セ、セミー……? ま、まあそんな細かいことは置いといて、それはお前の勘違いだ。俺はあくまで自分のやりたいことをやっただけだし、まるで俺が蘇ったことが悪みたいに言ってるのが気に食わなかっただけだ」


 すっかり決闘した相手の名前を忘れてしまったらしいグランが再び「お礼を言ってもらうようなことをしてない」と伝えるが、アリサは首を振る。


「た、確かにあんたには助けたつもりはなかったのかもしれないけれど、結果的に私はあんたに助けられたの!」


「そ、そうなのか。そういうことなら素直に受け取っとくか」


 やけに押しが強いアリサに、さすがのグランも若干たじろぎながら頷く。


「は、初めから素直に受け取っておけばいいのよ!」


 何はともあれ、お礼を伝えるという目的を果たしたアリサはというと「ふんっ」と顔を逸らす。

 そして――――そのまま動かない。


 てっきり話はこれで終わりだと思ったのだが、どういうわけかアリサはベッドに腰を下ろしたままだ。

 部屋を出て行く素振りも無ければ部屋に居座り続けている。


「もう用件は済んだんじゃないのか?」


 疑問に思ったグランが尋ねると、アリサは一瞬だけびくっと肩を揺らしたものの、やはりベッドから立ち上がろうとはしない。


 今度は一体どうしたんだ、とグランも眉を顰める。

 大分遅い時間にもなってきたので、さすがにそろそろ寝ろと注意するか否かで迷っていると、だんまりを決め込んでいたアリサがふと口を開く。


「あ、あのさ、学園長が言ってたのって本当なの? そ、その――”魔王”って」


 振り返ったアリサの瞳には、僅かに揺らいでいる。

 そこには未だに自分の言葉をにわかには信じられないといった複雑な感情が見て取れた。


 それに対するグランだが「こいつは何を言ってるんだ?」と呆れたような表情を浮かべている。


「まさかお前は俺が嘘を言ってるとでも思ってるのか?」


 グランの気分を害してしまったかと思ったアリサは慌てて首を振る。


「そ、そういうわけじゃないけど、やっぱりすぐに全部を信じるのは難しいっていうか……」


「じゃあ聞くが。終始お前がびびっていた学園長とやらを、終始びびらせていたのはどこのどいつだ?」


「そ、それは……」


 あの場に居合わせたアリサにとっては、そんなこと考えるまでもない。

 自分の初めての使い魔――グランだ。


 だがやはり、かつての魔王を蘇らせてしまった張本人であるからには聞かずにはいられなかった。


「…………じゃあ、グランは強いの?」


「いいや、違うね」


 アリサの疑問に答えるまでに要した時間は、一秒ともかからなかった。

 まさに即答という言葉がしっくりくる。


 だが、それはアリサが期待していた肯定ではなく、否定だった。


 困惑を隠せないアリサに、グランは間違いを指摘するように言う。


「俺は強い(・・)んじゃない。最強(・・)なんだよ」


 その表情に浮かぶ不敵な笑みからは、一切の不安も疑いも感じられない。

 少なくとも本人はその言葉に絶対の確信を持っているようだった。


 そしてアリサには、それで十分だった。


「……私とあんたって、あくまで仮の使い魔契約をしているだけの関係よね?」


「ん? まあそうだな。俺は情報収集がとりあえずの目的だし、それが終われば俺たちの使い魔契約も終わりだ」


 突然話題が変わったことにグランも一瞬だけ反応が遅れたが、すぐに頷く。

 しかしそれは初めから言っていたことであり、どうして今のタイミングで改めて聞きなおしてきたのか、グランは少なからず疑問に思った。


 だがアリサの次の行動を見て、ようやくその意図を察することが出来たのだった。


「も、もしあんたが、ずっと私の使い魔でいてくれるなら、その……」


 顔を真っ赤に染めながら、ネグリジェの肩紐を少しずつずらしていく。


 それだけでも、徐々に聞こえなくなっていったアリサの言葉の続きを想像するのは難しいことではなかった。


 つまりアリサは、グランという力を手に入れるために、自分という対価を払おうとしているのである。


 これにはさすがのグランも思わず目をぱちくりさせる。

 そして数秒後にアリサの意図するところをしっかり察すると、呆れたことを隠そうともせずに大きなため息を漏らす。


「お前、やっぱり夜這いに来たんじゃねえか……」


「なっ!? ち、ちが……っ!」


 グランのため息交じりの言葉に、慌てて否定しようとするアリサだったが結局は顔を俯かせるだけにとどまる。

 きっと今の自分の行動を鑑みて、確かにその通りかもしれないと思ったのだろう。


「……はぁ。どいつもこいつも、どんだけ心配性なんだか」


 そんな姿に、今日のジャルベドとのやり取りを思い出したグランは呆れながら言う。


「そんなに心配しなくても、しばらくはここを離れるつもりはない。情報を集めるのだって時間はかかるだろうし、何よりここならワインがたくさん飲めるからな」


 今日のワインは美味しかった、と満足げに呟くグランに嘘を言っているような感じはしない。


 しかしアリサだってここへ来るのに相応の覚悟を要したわけで、そう易々と自室へ帰るわけにはいかない。

 せっかく覚悟を決めたからには、何か少しくらいは成果がないと。


 そう思っていたアリサだったが……。


「それ以前に、夜這いするならせめてもう少し色んなところを成長させてから来てくれないか? そんなんじゃ裸で来られたって欲情しないぞ」


「も、もう二度と来ないわよばかッ!」


 グランの一言で、あっさりと部屋を飛び出したのだった。




 ◇   ◇




 薄暗い大広間の中で、十人ほどの男たちが一つの机を囲んでいる。

 あくまで見た目の話をすれば、下は三十から、上は八十という何とも幅の広い世代の男たちだが、実は彼らには共通点があった。


 男たちは全員、”死霊使い(ネクロマンサー)”だった。


 その証拠に、彼らの傍らにはアンデッドの使い魔がそれぞれ一体ずつ控えている。


 そんなネクロマンサーたちが一堂に集まったのは他でもない。

 緊急の会議を要する案件が発生したためだ。


「それで、どこの馬鹿が”魔王”を復活させたのじゃ」


 一番の年長者である男、ディルが掠れた声で本題に入る。


「……アシュレイ家の末女、との情報です」


 すると事前に情報を調べていた一人の若い男、ザシュが報告書のページを捲りながら告げる。

 その報告を聞いたディルは眉を顰めると、大きく舌打ちする。


「二人の姉の影に隠れているだけの小娘が余計なことをしおって……!」


 もしこの場にジャルベドがいれば即刻で斬り殺されてしまいそうな発言だが、それを諫めるような者は誰もいない。

 というよりも、ディルのその言葉は今この場にいる全ての者の気持ちを代弁したようなものだったのである。


 するとディルの向かいの席に座っていた、いかにも厳つそうな男、アグが声を大にして言う。


「とりあえずは永い眠りから目覚めた”魔王”様に、もう一度眠ってもらうしかねえだろ!」


 その言葉に他の男たちも頷く中で、ザシュがまた報告書を見ながら遠慮がちに手を挙げた。


「……恐らくですが、それは厳しいかと」


「何が厳しいんだよ。使い魔なんだから、蘇生した張本人が命じればそれまでじゃねえか。まさかとは思うが、そいつが言うことを聞きそうにないなんてことを言うんじゃねえだろうなぁ?」


 しかし、ザシュは首を振る。


「何でも既に使い魔契約は切れているらしく、現在は仮の使い魔契約という名目で行動を共にしているようです」


「なっ……!?」


 報告に対して、その場にいるネクロマンサーたちは誰一人の例外なく目を見開く。


 そして広間に緊張が走る中で、アグがその大きな拳を勢いよく机に叩きつけた。


「あり得ねえッ! 契約を破棄(・・・・・)された使い魔の末路(・・・・・・・・・)なんて、一つだけだろッ!?」


 そう叫んだアグは、今度は自分の傍に控えていた白骨スケルトンに掌を向けて命じた。


契約を破棄する(・・・・・・・)!」


 次の瞬間、スケルトンはカラカラという音を立てながら崩れ落ちる。

 そこに命の灯がないということは、誰の目が見ても明らかだった。


「契約が切れれば、使い魔は死に至る。それが俺たちネクロマンサーにとっての揺るがない常識だったはずだッ!」


 使い魔は、あくまで使い魔。

 ネクロマンサーたちによって仮初の命を与えられるアンデッドたちは、その繋がりが無くなれば当然、再び死体へと戻る。


 しかし”魔王”はその常識をいとも容易く覆してしまった。

 その事実に、ネクロマンサーとして生きる彼らは戦慄せずにはいられなかった。


「……魔王がそれだけ規格外の存在、ということか」


 重苦しい空気が漂う中で、ディルが苦々しく呟く。

 その言葉を否定する者はどこにもいない。


「チッ! そもそもどうして落ちこぼれた小娘なんかが厳重に管理されているはずの場所に入れたり、魔王を蘇らせることが出来んだよ!」


「それについてですが、確か魔王が蘇ったとされる日は他国からの諜報員の姿が確認されてます。そちらに人員が割かれてしまったために普段よりかなり少ない人数で警備にあたっていたそうです。そこに偶然、アシュレイ家の末女が訪れたのだと思われます」


「それで偶然(・・)、魔王を蘇らせることが出来たってか!? そんな偶然があってたまるかよ!」


「しかし、少なくとも現状ではそういう結論しか出せません」


 苛立ちを隠そうとしないアグに、淡々と事実だけを告げていくザシュ。


 一触即発の二人の雰囲気に周りで見ていた者たちの肩にも力が入るが、寸でのところで最年長のディルが止めに入る。


「今はそんなことで争っている場合ではない! かつての”魔王”を復活させたなどということが世に知れ渡りでもしたら、ネクロマンサーの名は今度こそ地に落ちるぞ! その前に何かしらの対策を考じなければ……」


「いえ、この際むしろ”魔王”を利用するというのはいかがでしょうか」


「利用……?」


 ディルの言葉に、ザシュが口を挟む。


「我々ネクロマンサーにはまだまだ可能性があるということを”魔王”を旗印として世に知らしめるのです。それに魔王がいれば、これまで手に入らなかった強力なモンスターたちの死体が手に入る機会も増えるのではないでしょうか」


「……なるほど。そういうことか」


 ザシュの提案に、それまで暗い雰囲気だった広間にも微かに光が差したような気がした。

 ディルを始めとした他の者たち、加えて先ほど一触即発の雰囲気だったアグも今回の提案には反対の意思は見えない。


 だが、ふいにディルが思い出したように言う。


「しかし、”魔王”がそんな簡単に我々に手を貸してくれるだろうか?」


「確かにそれはありますね。でも少なくとも一回はモンスターの死体を提供してくれると思いますよ」


「む? どうしてそう言い切れる?」


「簡単ですよ。”魔王”は今、仮の使い魔契約とはいえアシュレイ家の末女と行動を共にしています。であれば、彼女の方に頼めば必然的に”魔王”も手伝わざるを得ない。幸いにして彼女には立ち入り禁止区域への侵入という明らかな罪があるわけですから、この機を逃すわけにはいきません」


 その言葉を聞いて盛り上がる他のネクロマンサーの者たちに、ザシュが「ただ……」と小さく呟く。


「どういうわけか学園長から直々に『今回の処罰については出来る限り情状酌量していただきたい』という言伝があります。ですので、あまりにも無理な罰を与えるのは控えるべきかもしれません」


 学園長の「歴戦の英雄」としての活躍は、ここにいる者たちもよく知っている。

 だからこそ、その言伝の影響力は小さくはなかった。


 しかしその中でただ一人、アグだけが「ふんっ」と大きく鼻で笑った。


「歴戦の英雄だか何だか知らねえが、ずっと昔に現役を引退したババアじゃねえか。そんなやつの言うことを何でもペコペコしながら聞いてたら、こっちが舐められるってもんだろ」


 その言葉一つで、他のネクロマンサーたちも再び勢いづく。

 そんな場の雰囲気を敏感に察したザシュは小さく息を吐くと、まとめに入る。


「確かここ最近、王都の近くでドラゴンの姿が確認されたという情報があります。今回はそれでいかがでしょう?」


「異論はない」


 ディルを皮切りに、他のネクロマンサーたちもそれぞれ頷く。


「では、他に何か話すこともないな。ザシュは今日の話を学園長に伝えてくれ」


 ディルがそう言い終わると、その場の全員がおもむろに立ち上がる。

 それから握りこぶしを一つ作ると自分の胸に押し当てた。


「ネクロマンサーに栄光を」


「「「ネクロマンサーに栄光を!」」」


 最年長であるディルに続き、他の者たちの声が広間に響き渡る。

 そして長かったネクロマンサーたちによる緊急会議は終わった。

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