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第三話:学園長からの呼び出し


「し、失礼します」


 学園長室に連れてこられたアリサは緊張の面持ちで、扉をくぐる。

 そんなアリサとは対照的に、グランは相変わらずの傲岸不遜な態度のままだ。


 その余裕の一欠片だけでも自分に寄越せとアリサは思わず睨むが、その僅かにだが緊張が解けたような気がした。

 ただ、それがグランのお陰であるなどということは決して認めるつもりはなかったが。


「あなたはアシュレイ家の……」


「……は、はい。ア、アリサと申します」


「知ってはいるかもしれませんが、私はこのフェルマ国立学園の学園長を務めているルルアナ=ミューズです」


 だがそんな僅かな余裕も、部屋の主に声をかけられればすぐに失われてしまう。

 アリサは慌てて姿勢を正し、しどろもどろになりながら答える。

 普段の勝気なアリサの姿を知る者が見れば、驚きを禁じ得ないだろう。


 しかしアリサがそんな風に縮こまってしまうのも無理はない。


 なぜならアリサたちをこんなところにまで呼び出した張本人である学園長、ルルアナ=ミューズは、歴戦の英雄として諸外国にまでその名を轟かせるほどの実力者だ。

 そして更には実力に驕らない人格者としても知られている。


 フェルマに住む者でルルアナ=ミューズの名を知らない者はいないと言っても過言ではないだろう。

 かつていくつもの戦場を救った英雄は、まさに皆の憧れだった。


 そんな存在が、今目の前にいる。

 その状況に一介の生徒でしかないアリサは緊張せずにはいられなかった。


 そもそもアリサはこれまでルルアナの姿を遠目でしか見たことがなく、詳しい容姿などについては人づてにしか聞いたことがなかった。


 だが今目の前で椅子に座るルルアナを見て一番最初に思ったのは、何より若いということだ。

 否、若いなどというレベルでは済まないくらいに若すぎる。


 ルルアナが前線で活躍したのは、今からざっと三、四十年前。

 それ以来、引退して学園長職に就いたと聞いていたのだが……。


 今アリサの目の前にいるのは、どう見ても二十代半ばほどにしか見えない美人だ。

 正直なところ、ここまで案内してくれた教師たちよりも若く見える。


 しかしそれでは辻褄が合わない。

 普通に考えればルルアナは学園長ではないということになってしまう。

 だがそれ以上に、ルルアナが身に纏う威厳やら風格やらの雰囲気が、彼女が学園の長であるということを何より証明していた。


「ま、この世の存在の全てが見た目通りの年月しか生きていない、というわけではないということさ」


 アリサの胸中を察したのか、グランがふっと息を吐きながら言う。

 思わず「なんて失礼なことを言ってるのこいつ!?」と目を見開くが、それを聞いたルルアナに気分を害した様子はない。


「若作りも楽じゃないんですよ?」


 そう言って肩を竦めるルルアナは、やはり人格者として広く知られているだけある。


 しかしすぐに真剣な表情に戻ったかと思うと、今度はその視線をグラン(・・・)へと向けた。


「単刀直入に言います。あなたは《魔王》ですね?」


「っ……!」


 その言葉に一番反応したのは他の誰でもない、アリサだった。


「まあ当然と言えば当然ですが、アリサさんはそのことを知っていたんですね」


 そう言いながらもどこか意外そうに呟くルルアナに、アリサはどう答えればいいか分からず視線を彷徨わせる。

 するとどういうわけかそんなアリサを庇うように、グランが一歩前に出る。


「いや、こいつは間違いなく俺のことは知らなかった。ついさっき、決闘が終わった後にこっそり教えるまではな」


「そうだったんですか。それは良かったです」


 そう言って安心したように微笑むルルアナだが、当事者であるアリサには何が何だか分からない。


 自分がグランのことを知らないことの、一体何が良かったのか。

 そしてそもそもグランは本当に魔王なのか。


 聞きたいことは山ほどあったが、学園長であるルルアナに対しておいそれと話しかけるのは何となく気が引けた。


「そういえばアリサさんはつい最近、ネクロマンサーになったんですよね?」


「そ、そうです」


 性格にはネクロマンサーになったというか適正職業として診断されただけなのだが、今はそんな細かいことを指摘する必要はないだろう。

 それに実際に一人目の使い魔としてグランを蘇らせたのだから、ネクロマンサーとしてデビューしたと言っても間違いではないのかもしれない。


「聞くところによると彼はあなたの使い魔ということらしいですが、本当ですか? まあ見るからに間違いではなさそうですけど」


「は、はい。グランって言います」


「じゃああなたは、そのグランさんをどこで蘇生させたんですか?」


「ま、街外れにある墓地です」


「普通の墓地でしたか?」


「えっと、何かやけに装飾が凝ってるなとは思いましたけど」


「……やっぱりそうですか」


 ルルアナはどこか難しそうな表情で頷く。

 そんなルルアナに、アリサも次第に自分がまずいことをしたのではないかと心配になって来る。

 

 そしてアリサの心配を裏付けるように、ルルアナは苦笑いを浮かべながら言った。


「何でもあの墓地はネクロマンサーたちの間で厳重に管理されている場所で、立ち入り禁止区域にも指定されているようなんです。……理由はもちろん、魔王であるグランさんを蘇らせないためです」


「えぇ!? 立ち入り禁止!?」


 告げられた事実に、アリサは驚愕を隠せない。

 まさか自分がそんな場所に入っていたとは思ってもみなかったのだ。

 それにグランを蘇生させた日には二人以外誰もいなかった。

 とても厳重に管理されていたようには見えないのだが……。


「あ、あの私、まさかあそこがそんな場所だなんて知らなくて」


「それは分かっています。グランさんが魔王だということも知らなかったみたいですし」


 先ほどの会話はそういうことだったのか、とアリサはようやく納得できた。

 だがそれでも問題が解決したわけでは決してない。


「恐らくアリサさんは何らかの偶然が重なって墓地に入れたんだと思います。確かあの日は他国の諜報員が見つかったなどと騒がれていましたし。警備の者の手がそちらに割かれていたのでしょう」


「ぐ、偶然……」


 思わず呆然としたようにアリサが呟く。

 そこでようやく、自分のしてしまった行動を理解したのだ。


 立ち入り禁止区域への侵入。

 それに加えて魔王と呼ばれる存在の蘇生。


 改めて並べてみると、頭を抱えたくなるような所業だ。

 いくら偶然だったからとは言え、そう簡単に許されるようなことではないことは容易に想像できた。


 そんなアリサの青ざめた表情から胸中を察したのだろう。

 ルルアナが「それについては心配しないでください」と優しく告げる。


「アリサさんは私の学園の生徒です。きちんと墓地を管理していなかったあちら側にも責任があるでしょうし、いくらでも情状酌量の余地はあるはずですから」


「が、学園長……」


 一介の生徒からしたら天上人のような存在であるルルアナから、そこまで言って貰えたことにアリサは感極まったように頬を上気させる。

 しかしそれも次の言葉を耳にするまでの短い間のことだった。


「それに、今回のことについては何より簡単な解決策があるんです」


「簡単な解決策、ですか?」


「知人のネクロマンサーに聞いた話なんですが、ネクロマンサーには使い魔にどんな命令を下すことも出来るんですよね? まあ、この点については使い魔を使役する職業なら大抵そうだと思うんですが」


 だからですね――と、ルルアナは少しだけ勿体ぶりながら言う。


「グランさんに命令して、もう一度お墓に入ってもらえばいいんです!」


「…………」


 このアイディア完璧でしょっ、とばかりにドヤ顔を浮かべるルルアナとは対照的に、アリサは頬が僅かに引き攣っている。

 よく見れば、その額には冷や汗が流れている。


 さすがにルルアナも様子がおかしいことに気付くが、事情を知らない者にとってはどうしてアリサに元気がないのか理解するのは難しいだろう。

 アリサはアリサで出来れば話したくないという気持ちで一杯だ。


 しかしいつかは事情を説明しなければいけないのだから、とようやく覚悟を決める。


「す、すみません。実は、使い魔とはいっても仮の使い魔というか……」


「仮の使い魔? アリサさんが蘇生させたんじゃないんですか?」


「そ、それはそうなんですけど。使い魔の契約をこいつ――グランが自分で破棄してしまいまして」


「…………はい?」


 そこで初めて、ルルアナが意味が分からないといった風に固まる。


「使い魔契約を破棄、ですか? 主側であるアリサさんが破棄するならまだしも、使い魔側のグランさんが?」


 確認するようなルルアナの言葉に、アリサが苦い顔をしながら頷く。


「そ、そんなことが出来るものなんですか? 使い魔が自ら契約を破棄するなんて」


 常識的に考えてもそんなことがあり得ないということくらいは、歴戦の英雄として知られるルルアナも当然分かっていた。

 しかし目の前でそんなことを言われれば、聞かずにはいられなかったのである。


「……無理だと思います」


 そして予想通り、アリサも首を振る。


 アリサはふとその時、以前のグランの言葉を思い出した。


『俺なら出来る』


 今なら、その言葉の意味がよく分かる。

 確かにかつて魔王などと呼ばれたような存在なら、どんな理不尽でも納得できてしまうかもしれない。

 それこそ使い魔契約の破棄なんかも。


「今でこそ行動を共にしていますが、グランは今の世の中の情報を集めるためと言っていますし」


 だから今の二人の関係は、あくまで仮の使い魔契約に過ぎない。

 アリサの命令には強制力もなければ、グランが使い魔として言うことを聞く義理すらない。

 もしアリサがご主人様として強制力のある命令を出来たのなら、そもそも先ほどの決闘だって止めることが出来ただろう。


「つ、つまり魔王であるグランさんにもう一度お墓に入ってもらうということは出来ない、と……?」


 無言のまま申し訳なさそうに頷くアリサを見て、ルルアナが頭を抱える。

 どこか虚ろげに「学園の生徒から魔王を復活させてしまったなんて……」と呟く姿には、先ほどまで感じられた威厳などは一切感じられない。


 その姿はまさに問題児に悩まされているような、どこぞの新任女教師のようである。

 いや、学園長であるルルアナからしたら立ち入り禁止区域に入って魔王を蘇らせたりしたアリサなんてのは紛うことなき問題児なのだろうが。


 因みにだが当事者であるグランは「ま、さすが俺ってことだな」と満面のどや顔を浮かべている。

 アリサは思わずその足を踏みつけてやろうとしたのだが、あっさりと避けられてしまった。


 よほど途方に暮れているのか、ルルアナはそんな二人の様子に全く気付く気配がない。


「アリサさん、申し訳ありません。先ほど心配しないで大丈夫と言ったばかりなのですが、こういう状況になってしまった以上、何かしらの処罰は免れないかと……」


 恐らく先ほどの案が、ルルアナにとっての切り札のようなものだったのだろう。

 もしかしたらそれでアリサの処罰や、学園の評判をどうにかしようと考えていたのかもしれない。


 しかし、歴戦の英雄であり学園長であるにも関わらず頭を下げてくるルルアナに、今度はアリサが慌てる。


 アリサは自分自身で既に自分の行動がまずかったことを理解していたし、何らかの処罰を受けることになっても仕方ないと納得していた。

 むしろ今の時点で厳罰を貰っていないことを感謝すべきだろう、と。

 だからこそこれ以上、学園長に頭を下げさせるにはいかなかった。


 だが、そんな二人の雰囲気を知ろうともしない者が一人。


「おいおい。俺を復活させたことが褒められこそすれ、責められるとはおかしいな。仮にも俺のご主人様に向かって」


「なっ!?」


 アリサが「こいつ何言ってるんだ!?」と目を見開き何かを叫びかけるが、それよりも前にグランがその口を無理やり手でふさぐ。

 そして必死に抵抗するアリサを無視しつつ、今度はその視線をルルアナへと向ける。


「なあ、そこ辺りどういう考えてるんだ?」


「そ、それは……。いや、でも今回のことを考えたら処罰が下るのは避けられないですし……」


 何せアリサが蘇生させたのは魔王。

 しかも使い魔契約が破棄されているせいで、再び墓地に入らせることも出来ない。

 つまり今回のアリサの行動は、かつての魔王を世へ放ったことと同じなのである。


 例えルルアナが学園長として処罰をしなかったところで、別方面から処罰が下るのは時間の問題だろう。


 蘇った魔王をもう一度死なすことで、それらの処罰を何とか軽減しようと思っていたルルアナの計画は、使い魔契約をグランが破棄してしまったことで破綻してしまった。


「――っ!?」


 だから最早、処罰は免れない――――そう言おうとした時、ルルアナは背筋が凍るような感覚に思わず目を見開いた。




「二度は言わない。喧嘩を売る相手を間違えるなって言ったんだ」




 そこにはいつもの不敵な笑みの一切を消したグランがいた。

 その真っ黒な瞳は、ただじっとルルアナだけを射抜いている。


 たったそれだけで、ルルアナはこれまでに何度も潜り抜けてきた窮地より何倍も濃い死の気配を感じずにはいられなかった。


 しかし、それを感じたのは一瞬だけ。

 グランは既にいつもの不敵な笑みを浮かべている。

 その表情からは今自分が感じていた死の気配はとても感じられず、今のはもしかして幻覚だったのではないかと疑ってしまったほどだ。


 アリサに至っては、口を塞ぐグランに抵抗するのが必死でそもそも今のことに気付いてすらいないらしい。

 そうなればますます幻覚なのではと思ってしまいそうになる。


 だが、それが幻覚などでないということはルルアナ自身が一番よく分かっていた。

 そして間近に感じた死の気配が決して偽りなどではないということも。


「……処罰については、出来る限り最低限のものになるように尽力させていただきます」


「もごっ!?」


 何かを悟ったように突然頭を下げるルルアナに、相変わらず口を塞がれたままのアリサの驚きの声が学園長室に響き渡った。

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