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第二話:グラン、決闘する

本日2話目です。


 午前の授業も終わり、アリサたち三人は購買へと向かっていた。


「ネクロマンサーの使い魔って、勝手にアンデッドとかかと思ってました」


「分かる。ここだけの話、匂いとかもきついのかと思ってた」


 意外そうに言うミラとリリィに、アリサが苦笑いを浮かべる。


「大丈夫よ。私も蘇生させたときはゾンビが出てくるとばっかり思ってたから。というか普通はアンデッドが大半だと思う」


 まあ他のネクロマンサーのことを詳しくは知らないので正確なことは言えないが、世間一般で言うネクロマンサーのイメージがアンデッドを使役することなのは間違いない。


「でもついこの前、適正職業を調べてもらったばかりなのに、もう使い魔がいるなんてさすがアリサちゃんです!」


「そ、そうかしら。でもいずれ国政にも携われるようにするためには、このくらいは当然よ!」


 ミラの率直な誉め言葉にアリサは謙遜したように言うが、その表情を見る限りでは満更でもなさそうだ。


 しかし、そんな和やかな三人の雰囲気に横槍を入れるものが一人。


「ネクロマンサーである君が国政に携わる、だって? それは一体どんな冗談だい?」


「……セミール」


 声のした方を振り返ったアリサが憎らしげに睨む。

 男が極端に苦手というミラはいつの間にかアリサの背後に回っており、リリィなんかは我関せずとばかりにそっぽを向いている。


 確かにセミールが絡んできた原因はアリサだがもう少しくらいは友人として心配してくれてもいいのではないだろうか、と思わなくもない。

 しかし二人がそういう性格だということはアリサも既に承知済みだ。


 だから結局は自分自身で解決するしかないのだが、セミールに関してはアリサも正直あまり関わりたくない。


 以前から苦手なタイプではあったのだが、適正職業が調べ終わったあたりから、事あるごとに絡んでくるようになったのだ。


 何でも、セミールの適正職業は「魔法使い」だったらしい。

 魔法使いと言えば、数ある適正職業の中でもかなりの人気を誇る。


 それに引き換え、アリサは底辺職業だとか落ちこぼれだとか言われるネクロマンサー。


 まさに絡む相手としてこれ以上ないくらいに絶好の的だったのだろう。


「君みたいな落ちこぼれが万が一にでも国政に関与できるわけがないだろう? 今この国が求めているのは僕みたいな優秀な人材であって、君みたいな落ちこぼれじゃ決してないんだ」


「それを決めるのはあなたじゃなくて国でしょ。それとも実際に国が『ネクロマンサーはいりません』なんて言ったのかしら。もしそうじゃなくて個人の意見でそんなことを言ったのなら、私を含む全ネクロマンサーを敵に回すことになるわよ?」


「べ、別にそこまでのつもりで言ったわけじゃない。勝手な誤解をしないでもらえるかな」


 アリサの反論に僅かに焦りの色を見せるセミールだったが、それも無理はない。


 アリサがそうだったように、適正職業がネクロマンサーだった者は少なからずいる。

 いくら適正職業が魔法使いのセミールとはいえ、それをたった一人でどうこうしようなんてあまりに非現実的な話だ。


 しかしそんなことを話している間にも、次第に人目が集まって来る。

 購買に行く途中の廊下のど真ん中だったのがまずかった。


「それじゃあ話が済んだのなら、私たちは行くわね」


 今朝のこともあるし、これ以上の人目を集めたくはない。


 そう思ったアリサが踵を返した時だった。


「姉二人は優秀なのに、アシュレイ家も可哀想だな」


「……何ですって?」


 聞こえてきた言葉に思わず足を止める。

 振り返ったアリサはこれまでにないくらい感情をあらわにしており、セミールを強く睨んでいる。


「ア、アリサさん」


「アリサ」


 そこで初めて周りの二人が心配そうに声をかけるが、既にアリサの意識にはセミールしかいない。

 セミールはそんなアリサの眼力に一瞬だけたじろぐが、すぐにいつもの余裕そうな笑みを浮かべる。


「別に間違いじゃないだろ? 君のお姉さんたちと言えば、諸外国でも噂になるくらいの有名人じゃないか。それこそ君が言う国政の最深部にまで関与できるようなエリートだ。それなのに君と来たら」




「————あなたにはそんなこと関係ないでしょッ!」




 アリサが、セミールの言葉を遮った。


 突然の叫び声に、これまで二人の会話に気付いていなかった生徒たちの視線も集まり始める。

 近くの教室からは何人もの生徒たちが何事かと顔を覗かせたりもしていた。


 そこでようやく自分が大きな声を出してしまったことに気が付いたアリサが、思わず顔を俯かせる。


 完全に我を忘れていた。

 だが、アリサにはどうしてもセミールの言葉を看過することは出来なかったのである。

 ただやはり、場所が悪すぎた。


「……っ」


 周りからの視線は時が経つにつれて更に増えていく。

 その視線はもはや、何十などでは足りないほどだ。

 いくら俯いているとはいえ、アリサだって当然その視線の数々には気付いている。


 あまりの居心地の悪さに、アリサは顔を上げることが出来ない。

 というかその場から離れることすら出来ないほどに、身体が固まってしまっている。


 どうやらそれはセミールの方も同じようで、まさかこんなことになるとは思っていなかったのか、その額には冷や汗のようなものが浮かんでいる。

 まあセミールの場合、たくさんの視線というよりはアリサの叫び声の方に驚いてしまっているだけという可能性もあるが……。


「あ、こんなところにいたのかよ。教室からいなくなるなら、昼飯のこととか教えてからにしてくれよなぁ。こっちは腹が減って死にそうなんだ」


 しかし、そんな状況を全く意に介さない者が一人。


 あまりに今の雰囲気に似合わない間延びした声に、皆の視線が一瞬でそちらに集まる。


 思わずアリサも顔を上げて、声のした方を振り返る。

 そこにはどこか不満そうな表情のグランが、こちらに向かって歩いてきていた。


 これまでアリサを苦しめていた視線の数々を受けても、全く気にした様子がない。

 それほどの胆力を持っているのか、もしくはとんでもなく鈍感なだけなのか。

 今のところどちらが正解なのかは分からないが、とりあえず助かった。


「わ、悪かったわね。でも今、購買であなたの分の昼ご飯を買おうと思ってたのよ」


「そうなのか? でもそれにしたって随分と時間がかかってるような気がするが……」


「そ、それはこいつがまた絡んできて……」


 アリサは未だに固まっているセミールを指さしながら言うと、グランが訝しげに睨む。

 するとアリサに「こいつ」呼ばわりされたからか、ようやくセミールが我に返る。


「ぼ、僕は別に絡んだわけじゃない。ただ、ゴミはゴミらしく底辺を這いつくばっていればいい、とアドバイスしてあげただけだ」


「ゴ、ゴミはゴミらしく……っ!?」


 あまりに端的な言葉に、再び声を荒げそうになったアリサだったが、何とか堪える。

 これ以上また視線が増えるのは、さすがに勘弁したい。

 ミラとリリィも居心地が悪そうにしている。


 しかし、その言葉を聞いたグランはどういうわけか感心したような表情を浮かべる。


「嫌そうな奴だと思っていたが、お前も意外に良いこと言うんだな!」


 そして、何とそんなことを言ってのけた。


 嫌そうな奴と言われて口の端をひくひくさせるセミールと、「あんた何言ってるの!?」と驚愕の表情を見せるアリサ。

 しかしグランは相変わらずそんなことを気にした様子は全くない。


「お前の意見には俺も大いに賛成なんだが、一つだけ聞いて良いか?」


 まだ何か言いたいことがあるのか、と思わず身構える二人。

 アリサに至っては、その言葉の内容次第ではグランの足を思いっきり踏んでやる用意が既に出来ている。


 そんな状況で、グランはふてぶてしいほど満面の笑みを浮かべながら言った。


「じゃあどうしてお前みたいなゴミ代表が這いつくばっていないんだ?」






 セミール=イヴォ=アンドリヒのこれまでの人生を一言で説明するならば「順風満帆」だった。


 貴族の家の長男に生まれ、大事に育てられた。

 容姿も決して悪くはなく、特に何もしているというわけではないのに勉強も運動もそこなりに出来た。

 更に最近では数ある職業の中でも人気の「魔法使い」の適正があることが分かった。


 まさに、順風満帆。

 そしてきっとこれからもそうなのだろう、と本人は疑わなかった。


 だからそれ(・・)を言われた時、すぐには理解できなかった。


「……誰が、ゴミだって?」


 セミールの額には青筋が浮かんでいる。

 しかしそんなことグランは気付かない。

 否、気付いているのかもしれないが、そもそも興味が無いのだろう。


「お前だよお前。あー……何だっけ。確か名前を聞いた気もするけど、ゴミの名前なんていちいち覚えてる方がおかしいだろうし別に普通だよな?」


「セミールだ!! セミール=イヴォ=アンドリヒ!」


「いや、そんなご丁寧に教えてもらっても数分後には忘れてると思うぞ?」


「……ッ!」


 どんどん加速していくグランの煽りに、セミールがついに限界を迎えた。


「――決闘だッ!」


 セミールが一際大きな声で叫ぶ。

 その言葉にアリサたちだけでなく、様子を窺っていた生徒たちも驚きの表情を見せる。

 ただ一人、グランだけが人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているが……。


「ゴミと決闘するつもりなんて全くないんだけどなぁ」


「逃げるのか!?」


「……とか言われそうだから、決闘してやってもいいぞ」


「ッ――!」


 煽られる耐性がついていないのか、セミールの顔は既に真っ赤だ。


「十分後、訓練場に来い」


 しかし、これ以上ここで騒ぐのはやめた方が良いと悟ったのか、セミールはそれだけを言い残すとどこかへ行ってしまった。


 それに釣られてその場にいた何人もの生徒たちがグランの後を追う。

 もしかしたらセミールの向かった方が訓練場とやらで、後を追っていった生徒たちは決闘を見物する気なのかもしれない。


 そんな中でグランはというと、アリサに話しかけようとしている。

 もちろん購買の場所を聞くためだ。

 グランにとっては決闘なんかよりも空腹を満たすことの方が大事だった。


 だが、アリサにとってはそういうわけにもいかなかったらしい。

 もの凄い勢いで、グランの胸倉に掴みかかった。


「な、何やってるのよこの馬鹿!!」


「ば、馬鹿とは何だ。藪から棒に」


「馬鹿って言ったら馬鹿でしょ! 何でいきなり現れたあんたが、あいつと決闘することになってんのよ!」


 声を張り上げるアリサ。

 その声に少なからず視線が集まるが、先ほどと違ってアリサは全く気にしていない。

 というかそれを気にする余裕がないと言った方が正しいだろうか。


「別に俺から提案したわけじゃない。決闘しようって言いだしたのはあいつだ」


「あんたが煽ったからでしょ!」


 しかしグランは「俺は本当のことを伝えたまでだ」と言って、自分に非があると認める様子はない。

 そんな姿にこれ以上何かを言うのは諦めたのか、アリサが大きな溜息を吐く。


「……とりあえず決闘だけは何とかして避けて」


 ふと真剣な顔に戻ったアリサが、強く言う。


「いや、無理だろ。見物に行った生徒もかなりいたみたいだし、決闘をばっくれようもんなら、そいつらの反感を買ってもしかたないぞ?」


「そ、それはそうかもしれないけど……。あ、あんたがセミールに謝れば――」


「俺に謝る気などない」


 決め顔でそう言ってのけるグランの頬を思いきり殴りつけてしまいそうになるが、何とか堪える。


 しかしこのままではグランとセミールが本当に決闘することになってしまう。

 それだけは何としてでも避けなければならなかった。


「適正職業が『魔法使い』っていうのは――」


「なあ、訓練場がどこか教えてくれないか?」


「……あっち」


「お、サンキュ」


 アリサが話しているのを無視して、グランは隣に立つリリィに尋ねる。

 相変わらずの無表情だったが指さして教えてくれさえすれば、今はそれで十分だった。


「あっ、グラン!」


 制止の声も無視して訓練場の方へと走っていくグラン。

 アリサは思わず、訓練場の場所を教えたリリィへ不満の意を込めた視線を向ける。

 が、リリィに責任があるわけではないと思いなおすと、自身もすぐに訓練場へと走った。






 しかしそんな苦労も空しくアリサたちが訓練場に着いた時、既にグランとセミールは対峙していた。

 どうやら一足遅かったらしい。


 決闘を見物する生徒たちは、どういうわけか廊下で騒いでいた時よりも遥かに多い。

 恐らくたった十分の間で学園中に決闘のことが広まったのだろう。


 これだけの衆人環視の中では、今さら二人の下へも行けない。

 そこでようやくアリサは、もはや決闘を止めることは出来ないということを悟った。


「逃げずに来たことは褒めてやる。だから今謝るなら許してやらないこともないぞ」


 訓練場で待っていたセミールは初め、グランは決闘には来ないだろうと思っていた。

 グランが口だけの男にせよ、そうでないにせよ、少なからずアリサが命じてでも決闘に行かせないようにすると思っていたのだ。


 何故ならアリサは、セミールが「魔法使い」であるということを知っている。

 そして「魔法使い」というのが一体どんな存在であるか、よく知っているからだ。


「何寝ぼけたこと言ってるんだ、お前。というより出来れば早くしてくれないか? こっちは昼飯食ってなくて腹減ってるんだ」


「……君はどうやら僕を本気で怒らせたいようだね」


 しかしその予想はどうやら外れたようだ。


 グランは訓練場に来た。

 そしてあまつさえ決闘を続ける気でいるらしい。


「もう、止められないからな」


 既にかなりの人目もある。

 今更、決闘は中止ですなどとは言えない。

 最後の譲歩だった謝罪の言葉についても断られた。


 のであれば、もはや躊躇する必要はない。

 魔法使いとして全力で潰す、ただそれだけだ。


「あ、そういえば決闘ってからには何かしら賭けたりするのか?」


 しかしグランは相変わらず不遜な態度のまま。

 思わず顔を顰めるが、セミールは素直に答える。


「こういう私闘での賭け事は禁止されている」


「何だよそれー、つまらなすぎるだろ」


「つまらないとか言われても、それがルールだ。……ただ、そうは言っても小さい賭け事程度なら、個人の采配ということで黙認されている」


 それでも不満そうなグランに、セミールは溜息を吐きながら妥協案を伝える。

 するとそこで初めてグランが目を輝かせた。


「それなら俺が勝ったら今度昼飯でも奢ってくれよ」


「ま、まあそれくらいなら全然構わない。もし僕に勝てれば、の話だけどね」


「とびっきり高い奴を奢らせてやるぜ。……それで万が一にでもお前が勝ったらどうするんだ?」


「……僕は自分の強さを誇示できればそれでいい。幸い、見物人も多いようだしアピールするには絶好の機会だからね」


 万が一、という言葉に一瞬だけ顔を曇らせたセミールだったがすぐに余裕そうな笑みを浮かべる。

 それに引き換えグランときたら、既に豪華な昼食を期待しているのか涎が垂れそうになっている。


「……そろそろ始めようか」


「俺はいつでも構わないぞ? お前の好きなタイミングで初めてくれ」


「……じゃあこのコインを投げてから、地面に落ちたら開始の合図だ」


 そう言って、セミールは勢いよくコインを空へ投げる。


 綺麗な螺旋を描きながら落ちてくるコインを眺めながら、セミールは気を引き締めた。


 魔法使いにとって唯一の弱点といえば、開幕速攻に弱い、ということくらいだ。

 何故なら魔法を発動するのに少なからず時間を要するため、機動力抜群の近接タイプの開幕での速攻への対応は難しいのだ


 逆に言えば、それさえ凌いでしまえば後は魔法使いが圧倒的に有利ということである。


 それが魔法使いと決闘する際の、世間一般で言う常識。

 さすがにそれくらいはグランでも知っているはず。


 だからこそ、セミールはコインが地面に落ちたその瞬間――真横に飛んだ。

 やって来るであろう開幕速攻の手から逃れるためである。

 もちろん、その間にも魔法の準備は怠っていない。


 しかし、そんなセミールの予想は大きく外れることになった。


「……ふわぁ」


 コインが落ちるのと同時に突撃してくると思っていたグランは今、暢気のんきに大きな欠伸をしていたのである。


 あまり暢気っぷりに、魔法を放とうとしていたセミールまでもが発動を止めてしまった。


「な、なんのつもりだっ!?」


 決闘の最中とは思えない行動に、セミールが叫ぶ。


「いや、日差しが良い感じに温かいから絶好のお昼寝日和だな、と思って」


 そう言うグランの表情はいたって真面目なものである。

 しかしそれがかえってセミールを苛立たせた。


「……もう容赦しない」


 グランを強く睨むセミールの頭上に、小さな火の玉が生まれる。

 それは次第に大きくなっていき、遂にはグランを包み込めそうなほど巨大な炎の玉が出来上がった。


 硬直していた決闘に大きな動きがあったことで、見物に来ていた生徒たちは大いに盛り上がる。


「なっ!? セミール!?」


 しかし端の方で決闘を見ていたアリサは、セミールの使おうとしている魔法に思わず目を見開いた。

 だがその声は周りの歓声によって打ち消され、二人の下には届かない。

 仮にその声が届いていたところで、もうセミールには止まる気は無かった。


「せいぜい死なないように努力することだね」


 セミールは目を細めてそう言うと、その炎の玉をグランへと放った。


 対するグランはというと、迫りくる炎の玉をぼうっと眺めながら――――欠伸をしていた。


「っ……!?」


 これにはさすがのセミールも度肝を抜かれた。

 相殺することは出来ないにせよ、避けるなりすると思ったのだ。


 しかし今のグランには何かする気配もなければ、避ける気配すら見受けられない。

 正真正銘、棒立ちなのだ。


 このままでは本当に死んでしまうかもしれない。

 というかあの魔法を生身で受けたりすれば、十中八九そうなるだろう。

 それだけの魔法を、セミールは使ったのだ。


 そして決闘を見守るアリサも、それだけの魔法をセミールが使えることが分かっていた。

「魔法使い」という存在が、それだけの力を持っているということを知っていたからこそ、何としてでも決闘を止めさせたかったのである。


 しかし、結果として決闘を止めることは出来なかった。


 そして今、もはやセミール本人でさえ止めることが出来ない巨大な炎が、グランへ襲いかかった。


 グランを包むと同時に大きく弾ける炎の玉。

 決闘を見守る生徒たちは、爆発の余波に思わず目を細める。

 視界が真っ赤に染まる中で、場内は歓声と悲鳴に包まれた。


「……っ!」


 グランを使い魔として蘇生させた新米ネクロマンサーであるアリサは目の前の光景に、ただ立ち尽くすことしか出来ない。


 さすがのアリサも、まさかこんなことで自分の初めての使い魔を失ってしまうなんて思ってもみなかった。


 もしあの時、セミールに絡まれていなければ。

 教室でグランを待っていれば、どうにかして二人のやりとりを止めていれば。


 アリサの胸中は今、後悔で埋め尽くされていた。


 そして魔法の残り火を呆然と眺める者がもう一人。


 決闘の当事者であるセミールも、自分が引き起こした事態に息を呑んだ。


 結局、グランは最後の最後まで避けたりする気配は見られなかった。

 それどころか炎がぶつかる直前、グランが口の端を釣り上げたようにさえ見えた。


 しかし何はどうあれ、あの魔法をもろに喰らって無事でいられるはずがない。

 いくら頭に血がのぼっていたとはいえ、さすがにやりすぎてしまった。


 未だに燃え続ける炎を眺めながら、セミールは人知れず自分の行動を後悔していた。




「確かにそこそこの威力はあったな。まあ、あれだけ自信たっぷりに豪語できるだけのものかって考えたら微妙なところだけど」




「…………は?」


 だから炎の中から傷一つないグランが現れた時、その場にいる誰一人として、自分の見ている光景を理解することが出来なかった。


「な、どうして……」


 グランと対峙した時もあれだけ余裕そうだったセミールでさえ、その姿に思わず後退る。

 そしてそれはアリサも同じで、あれだけ後悔していたにも関わらず、今では使い魔が生きていてくれたことに対する感動も忘れて、目の前の光景に混乱していた。


 しかし当の本人であるグランは皆の視線を一身に受けながらも、相変わらず不敵な笑みを絶やさない。


「今だからもう一度言うが、俺はお前の言っていた『ゴミはゴミらしく』ってのは本当にいい意見だと思っている。でもな、それを俺が言うわけにはいかないんだ。どうしてだか分かるか?」


 ————つまらないからだよ、とグランが告げる。


「つま、らない……?」


「あぁ、つまらないね。つまらなすぎる」


 大仰に首を振ってみせるグラン。

 そして、言った。




「だって俺は世界最強なんだから」




 ――――と。


 その不敵な笑みからは自分の言葉に疑いなど一切持っていないことが容易に窺える。

 つまりグランは正真正銘、心から確信をもって、そう言ってのけたのである。


「俺はお前のことをゴミって言ったけど、それは別に恥じることじゃない。だって世界最強の俺からしたら、ここにいない奴らも含めて、俺以外の奴なんて全員ゴミみたいなもんだからな」


「なっ……!?」


 何を馬鹿な――というセミールの言葉は、それ以上紡がれることは無かった。

 突然の重圧が、セミールを襲ったのである。


 到底耐えられるはずがないほどの重圧に思わずセミールは這いつくばる。


 決闘を見守るだけの者からすれば、一体何が何だか分からないだろう。

 しかしアリサを含む数人は、それがグランによって引き起こされたことを瞬時に理解した。

 そしてもちろん当事者であるセミールも。


「これは……空間、魔法ッ!?」


 魔法使いであるセミールは、その魔法のことを少なからず知っていた。

 今の世の中でも数えられる程度の魔法使いしか使うことが出来ないと言われている空間魔法。

 それをいとも容易くグランはやってのけたのである。


 地面に這いつくばりながら、セミールは遠くで立ち尽くすアリサを睨む。


「お前は、一体どんな化け物を蘇らせたんだ……ッ」


 当然その声はアリサまでは届かない。

 しかしグランの耳には届いた。


「化け物、か。お前らはいつだって同じような反応しかしないよな。だから、つまらない(・・・・・)んだよ」


 そう言った時初めてグランの表情に僅かに影が差したように見えたが、すぐにいつもの不敵な笑みに戻ると、惜しげもなく空間魔法を解除する。


「俺の勝ちでいいよな?」


 勝負の行方は誰が見ても明らかだった。

 地面に這いつくばるセミールにはもはや戦う意思が全く感じられなかったのである。


「じゃあ今度昼飯奢ってくれよな。もちろん高いやつ」


 そう言ってグランはセミールの下を離れる。

 向かう先にいるのはご主人様、アリサだ。


 色々と理解できないことがあったにせよ、二人の決着に訓練場が歓声に包まれそうになった時――。


「止まりなさい!」


 突然、声が響いた。


 グランが振り返ってみれば、セミールを守るように一人の女が立っていた。

 よく見れば、その他にもグランを囲むようにして何人もの男女が油断なく剣や杖を構えている。


「せ、先生!?」


 そんな彼らを見て、アリサが驚いたように声をあげる。

 グランは知らないが、その反応を見るにどうやらこの学園の教師陣の面々がほとんど揃っているらしい。


 何とも遅い登場だとグランは呆れずにはいられないが、とりあえず今はアリサの隣で大人しくしている。

 するとセミールの前に立っていた女教師が代表で用件を告げた。


「あなたたちに学園長からの呼び出しがかかっています」


「が、学園長から!?」


 その言葉にアリサがこれまでに見たことがないくらい驚いた表情を見せる。


「あー……、俺まだ昼飯食ってないから腹が減ってるんだが……」


 そんなグランの要望を聞く者は誰もいない。

 どうやらすぐに学園長とやらに会いに行かなければいけないらしい。


「学園長に呼ばれるなんて、あなた一体何者なの……?」


 女教師に先導されながら訓練場から出て行く途中で、アリサがぽつりと呟く。


 それだけ今の状況は異常だったのである。

 そしてもちろん、決闘についても色々と聞きたいことがあった。


 たくさんの生徒たちから視線を受け、これだけ緊迫した空気の中でも不敵な笑みを浮かべるグランは、アリサの隣を歩きながらそっと耳打ちした。




「俺は――――魔王なんて呼ばれたりするような存在だよ」

いつもありがとうございますm(__)m

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