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第十五話:月下の魔王


「せ、戦争を潰しに行くって……」


 グランは一体何を馬鹿なことを言っているのだろうか。


 当然のようにそう思うアリサ。

 しかし、ふてぶてしく瞳を光らせるグランが冗談を言っているようには、どうしても見えなかった。


 だが現実的に考えると、どうしたってすぐには信じがたい。


 なぜならグランの言葉はまるで自分一人で今回の戦争を止められるかのような発言だったからだ。

 否、もしかしたらグランはまさにそういうつもりで言ったのかもしれない。


 しかし、そうだとしたらやはりにわか(・・・)に信じるわけにはいかない。


 アリサはふと先日のルルアナの言葉を思い出した。


『個は軍に敵わない、敵ってはいけない』


 歴戦の英雄としての言葉だからこそ、他の者のそれとは比較できない重みがある。

 もし今後ルルアナがそれを公言するようなことがあれば、世間一般の常識として普及したとしても何も不思議ではない。


 だがグランは今、そんなルルアナの言葉をあっさりと否定したのである。

 本人にそんな気はさらさらないとしても、アリサからすれば、つまりはそういうことだった。


 明らかに動揺を見せるアリサに、グランは少しだけ眉をひそめながら首を傾げる。


「まさかとは思うが、俺にそんなことが出来るはずないとか思ってるのか?」


「そ、それは……」


 図星を突かれ、思わずアリサは反応に困る。


 下手な反応をすればグランの気分を害してしまうかもしれないし、かと言って先の発言を信じるというのも早計すぎるような気がしてならない。


 すると、そんなアリサの反応により深く眉をひそめながら、グランは言う。


「よく考えてみろ。世界最強の俺からしたら、周りのやつらなんて全員ごみ虫みたいなもんだ」


 随分な物言いだが、確かにこれまでに何度かグランの並々ならない力を目の当たりにしてきたアリサとしては安易に否定できない。


 まあそれでも、ごみ虫というのはさすがに酷すぎるような気もするが……。


 そんなアリサの内心も知らずに、グランは説明口調で続ける。


「ごみ虫がいくら群れたところで最強種なんて呼ばれているドラゴン、ましてや古龍には到底敵わないだろ?俺が言いたいのは、つまりはそういうことだ」


「そ、そんなの……」


 あまりに暴論すぎる。


 しかしグランの言葉の中にある違和感に気が付いたアリサは、不意にその言葉を飲み込んだ。


 そもそも古龍を引き合いに出したりすること自体が前提としておかしいのは言うまでもない。

 でももし本当に伝説上の存在とも思われている古龍が現れたとして、虫どころか、人間が束になっても敵う相手かどうか怪しいだろう。


 だが、今のグランの言葉を要約すると、


「ごみ虫がいくら群れたところで古龍には敵わないんだから、人間がいくら群れたところで俺の相手になるはずがないだろう」


 ということになってしまう。


 これは、明らかにおかしい。

 何がおかしいのかというと、順番(・・)がおかしいのである。


 もしグランの発言が次の通りだったら、アリサも何も不思議に思うことはなかった。


「『人間』がいくら群れたところで『古龍』には敵わないんだから、『ごみ虫』がいくら群れたところで『俺』の相手になるはずがないだろう」


 これなら『人間』と『古龍』の間にある実力差と、『ごみ虫』と『グラン』の実力差が等しいということになる。


 しかし今のグランの発言のままだと、『ごみ虫』と『古龍』、そして『人間』と『グラン』の間にそれぞれある実力差が同じということになる。


 つまり何が言いたいかというと、グランは「自分は古龍よりも強い」と言外に示していたのだ。

 しかも本人はそもそもそんなことは歯牙にもかけるつもりすらないと来ている。


「…………」


 さすがにそれはあり得ないだろうとアリサは自分の考えを否定する。

 なぜならもしその言葉が本当だったとしたら、一体どうしてそんな世界最強のグランが死んでしまったのかという矛盾が生じてしまう。。

 そう考えてもやはりグランの言葉を鵜呑みにするわけにはいかない、とアリサは人知れず心の中で思っていた。


 しかしその頭の隅では「もしかして自分はグランが常日頃から喧伝している『世界最強』という言葉の意味をちゃんと理解していなかったのではないだろうか」という囁きが響いてやまない。


 あまりに非現実的な可能性が、その頭を悩ませていた。


 だがグランが話を続けていることに気が付いたアリサは、今はそんなことを考えても仕方がないと(かぶり)を振ると、再び話に集中する。


「――言っておくが、仮に今からウェスカ国に協力を求めに行ったとしても、どちらにせよ今回の戦争には間に合わないと思うぞ?俺の予想じゃ、まず間違いなく明日の朝には戦いが始まってるな」


「ど、どうしてそう言い切れるのよ」


「まあ強いて言うなら、魔王の勘ってやつだ」


 ニッと口の端を吊り上げるグランに、アリサは軽く眩暈を覚える。

 グランの話はどれも感覚的な話で、論理性に欠ける。


 しかし、もしグランの言うことが本当なら、確かに今からウェスカ国に協力を求めたところで間に合わないだろう。


 グランの言う「魔王の勘」とやらを信じるべきか、それとも与えられた任務を続行してウェスカ国に使者として向かうのか。

 アリサは選択を迫られる。


「戦争を止めるなら、今夜が最後のチャンスだぞ」


「っ……!」


 その言葉がきっかけだったのだろう。

 アリサは覚悟を決めたのか、大きく息を吐く。


「私たちで、戦争を止めるわよ」


 グランは当然だとばかりに頷くと、思い出したように一つ提案をする。


「数千以上もいる敵と戦える機会なんてそうそうあるものでもないし、ここは少し経験だと思ってアンデットたちに戦わせてみるか?」


「なっ…!?」


 お前は正気か、とアリサは目を見開く。


 確かに、今回のようにネクロマンサーとしての実力を発揮できる機会は少ない。

 しかしこれから国が一つ滅んでしまうかもしれないという状況で、どうしてそんなことが思いつくのか、アリサは不思議で仕方なかった。


 とはいえ逆に考えれば、戦場を練習場として見れるだけの実力や胆力がグランにはあるということなのかもしれない。


 ただもしグランの言う通り、ネクロマンサーの訓練には絶好の機会だったとして、一つ問題がある。


「数千の兵士たちに対して、アンデッド百体っていうのはさすがに無理があるんじゃないの?」


 少なくとも数百体はアンデッドを用意しなければ、そもそもの練習にだってならないだろう。

 百体程度じゃ、すぐに数の暴力に押しつぶされて終わりだ。


 そんなことはグランも分かっているはずだろうと見てみると、どういうわけかグランは不思議そうに首を傾げている。


「あれ、確か数百体のアンデッドを使役してるんじゃなかったのか?」


「あ、あれは適当に言った嘘よ! 私が契約してるのは、あんたが用意してくれた分だけだし」


「いやまあ、そもそもお前の魔力量がそんなに多くないことは最初から知ってるんだがな?」


「っ――!?」


 そこでようやく、からかわれていたことに気が付いたアリサは恥ずかしさか怒りかで顔を赤くしながら拳を震わせる。


 しかしグランはそんなアリサに含みのある笑みを浮かべながら言う。


「それじゃあ仮に数百体のアンデッドと契約できたら、どうする?」


「そ、それは……」


 突然始まった仮定の話に、アリサは困惑しながらも想像してみる。


「……も、もし私が数百体のアンデッドを使役できるなら、今回の戦いでネクロマンサーとして特訓してみたい気持ちも無くはないわ」


 それが考えに考えた末のアリサの本心だった。

 なんだかんだ言ってアリサもネクロマンサーとして成長したいという気持ちは人一倍に強いのである。


「で、でも数百体のアンデッドの素材なんて、すぐに集まるようなものじゃないし……」


 あのグランでさえ百体の魔物の死体を持って帰ってくるのに数時間は要していた。

 本人がまじめにやっていたのかどうかは置いておくにしても、数百体の魔物の死体なんて今から用意しようと思ってすぐに用意できるものではない。


 しかしグランは首を振ると、アリサの後ろの方を指差す。


「……!?」


 不審に思いながらも振り返ってみたアリサは、目の前の光景に目を見開く。


 今までどうして気付かなかったのかは分からないが、そこには魔物の死体が数えきれないほど転がっていたのだ。


「きっと、さっきのジスタニア軍の奴らが安全に待ち伏せするために、ここら一帯の魔物たちを倒してまわったんだろ」


 状況を飲み込めていないアリサに、グランが説明する。


「まあ少なく見積もっても数百体のアンデッドの素材はあるだろうし、これで数の問題は解決したな」


「……そ、それはそうかもしれないけど、数百体のアンデッドと契約するには魔力が足りないっていう問題は相変わらず残ってるじゃない」


 にやにやするグランにせめてもの反撃とばかりに、アリサがもう一つの問題点を挙げる。

 結局、いくらアンデッドの素材が集まったところでネクロマンサーの魔力が足りなければ何の意味もないのだ。


 しかしそれを理解しているはずのグランは、アリサの指摘に焦る気配などは一切ない。

 それどころか相変わらずの余裕そうな表情を浮かべている。


「そうか、魔力が足りないのか。それなら……増やすしかないな」


「は、はぁ!?」


 訳の分からないことを言うグランの言葉に、アリサが声を荒げる。


 この一週間程度の間、意識が遠のくような特訓の末に、何とか今の魔力量まで増やしたのだ。

 それをまるで苦労が分かっていない風にそんなことを言われ、遂にアリサの堪忍袋の尾が切れた。


「たった一日や二日で、そんなに魔力が増えるなら――――」


 ——苦労はしないっ!


 そんなアリサの叫びはしかし、それ以上紡がれることはなかった。


 あまりにも不意に、グランがその唇でアリサの口を塞いだのである。

 真っ赤な前髪を指で優しく払いながら、まるで日課の一つであるかのような何気ない仕草で口付けを果たしたグランはすっと顔を離す。


 時間にして、わずか数秒。

 しかし、月明かりに照らされる二人の影は確かに繋がっていた。


「え、ぁ……」


 案の定、何が起こったのか分かっていないアリサは呆けた顔のまま固まっている。

 だが少ししてさすがに状況を理解し始めたのか、その顔が見る見るうちに赤く染まり始めていく。


「な、なにしてくれてんのよ!?」


 これまでに見たことがないくらい真っ赤に茹で上がった顔のアリサが、口元を押さえながら叫ぶ。

 しかし対するグランはどこか他人事のような表情を浮かべている。


「どうした、その歳でまさかキスもしたことがないなんてことはないだろ?」


「そ、そんなことあんたに関係ないでしょ!? そ、それよりも何で急にこんなことしたのか聞いてるのよ!」


 図星だったのか一瞬だけ目を泳がせるアリサだったが、すぐに我に返ったようにグランに問い詰める。

 だが先ほどのことを考慮してか、手が届く距離には決して近づこうとしない。


「ま、まさかどさくさに紛れて私を……っ!?」


 自分の身体を抱きしめながら悲鳴のような声をあげるアリサを、グランが鼻で笑う。


「誰がお前みたいなガキを相手にするかよ。今のは魔力の譲渡をしただけだ」


「ま、魔力の譲渡……?」


 油断なくグランを警戒していたアリサは、そこでようやく身体の内から溢れてくるような不思議な感覚があることに気が付いた。


「今のお前は、俺の魔力を少しだけ含んでいる状態にある。つまり今のお前なら、数百体のアンデッドと契約して使役することが出来るっていうわけだ」


「っ……!」


 グランのその言葉には、さすがのアリサも怒りを忘れて目を見開く。

 まさかそんな裏技のようなことがあるとは夢にも思っていなかったのである。


 思わず浮かれそうになるアリサに、グランが「ただし……」と付け足す。


「魔力の譲渡はあくまで一時的なものでしかなく、そう何度も使えるような手じゃない。それにお前の中から俺の魔力がなくなれば、その間に契約した使い魔たちとの契約もなかったことになる」


 告げられた内容にアリサは少しだけ逡巡するような素振りを見せた後、グランを見つめ返す。


「……その効果は大体どれくらい持つの?」


「短くても一日は心配しなくていい」


「それなら、訓練する分には大丈夫そうね」


 てっきり「それだったら意味ないじゃない!」と文句を言われるだろうと予想していたグランはその反応を意外に思いながらも、良い意味で予想を裏切られたと口の端を吊り上げる。


「そうと決まれば、さっさと契約していくわよ!」


 早速、魔物の死体たちの方へ向かうアリサだったが、不意に振り返ったかと思うとグランをジト目で睨みつける。


「……さ、さっきのことは忘れたわけじゃないから」


「さっきのこと? あぁ、ファーストキスのことか」


「っ……! あ、あとで憶えておきなさいよ!?」


 顔を真っ赤に染めながら走って契約しに向かうアリサに対し、グランは傲岸不遜とも思えるような不敵な笑みを浮かべている。


「――さぁ、反撃といこうか」


 静かに呟くグランの瞳は、月明かりのせいか一段と悪戯っぽく光っていた。




 ◇   ◇




 フェルマ国より数キロ離れた位置で野営をするジスタニア軍の前線部隊――その数、約八千――は、勝ち戦ということもあって、かなりの盛り上がりを見せていた。


 というのも、大国ジスタニアに比べる以前にフェルマ国は弱小国家として有名だ。

 兵士たちを集めるにしても、せいぜい一万やそこらが限界だろう。

 対するジスタニア国は前線部隊の他、明日の早朝には前線部隊よりも規模の大きい後続部隊が到着する予定となっている。


 そうなればもはやジスタニア国の勝利は約束されたものと同じだ。

 野営を楽しむ兵士たちも、まさか自分たちが負けるなどと思っている者は誰一人としていない。


 だから、そんな折に届いた報告に兵士たちは訝しげに眉を顰めた。


「て、敵襲です! アンデッドの大群、約五百体が着実と迫ってきています!」


「ご、五百体だと!? そんな影はなかったはずだが……」


「そ、それが報告によりますと魔法陣と共に突然現れたらしく、恐らくはネクロマンサーによる仕業かと思われます」


 何の前触れもなく五百体のアンデッドが現れたと聞いて何かの天変地異かと慌てた兵士たちだったが、ネクロマンサーという単語を聞いてホッとしたように息を吐く。

 フェルマ国で不遇職とされる”死霊使い(ネクロマンサー)”だが、それは大国ジスタニアでも同様だったのである。


「ネクロマンサーの使役するアンデッドなど、恐るるに足らず! ジスタニアの兵士たちよ、今こそ剣を掲げるのだ!」


 一人の指揮官らしき男が自らをも奮い立たせるように叫ぶと、周りの兵士たちは一斉に大きく声をあげた。




 一方その頃、アンデッドたちの遥か上空(・・・・)では、グランが腕の中にアリサを抱えながら空を浮いている。


「どうだ。見晴らしもいいだろ」


「た、確かにここからなら全体が一望できるし良いのかもしれないけど……」


 何気ない口調で話しかけてくるグランに、アリサが戸惑いがちに頷く。

 というのも、グランがあまりに自然な様子で空中を歩き出すので、ろくに心の準備も出来ていなかったアリサは驚くに驚けなかったのである。

 今もなお非現実的な状況をうまく呑み込めてはいないが、遥か下の方に見えるアンデッドや兵士たちは紛れもなく本物だということはアリサにも理解できた。


 そこでアリサは不意に、先日のレッドドラゴン退治の時のことを思い出す。


 そういえばあの時もグランは空高く飛んで、悠然と翼をはためかせていたレッドドラゴンを地に落としていた。

 あの時半ば強引に連れられていったリリィも、もしかしたら今と同じような光景を見たのだろうかと思うと、少しだけ緊張が解れたような気がするのと同時に何とも言い難い妙な気持ちが胸の中にふと浮かんだ。


 その気持ちが何なのか、アリサにはまだよく分からない。


 しかし、もうすぐアンデッドと兵士たちの戦いが始まりそうな雰囲気に慌てて気を引き締める。


「ほ、本当にアンデッドたちを分けたりしなくていいのよね?」


 そう言うアリサの視線の先では、今契約している全てのアンデッドたちが一か所に固まっている。

 初め、五百体のアンデッドたちを幾つかの隊に分けようとしていたアリサだったが、グランの指示によって今の形になった。


「あぁ。今回は相手の数的にも負けは見えてるからな。あくまで練習として出来る限りのことをしよう」


 それに、とグランがどこか小馬鹿にするような表情で言う。


「そもそも新米ネクロマンサーのお前に、複数の指示を同時に出すなんてことが出来るわけないだろ」


「そ、そんなの実際にやってみなきゃ分からないじゃない」


「じゃあ実際に試してみるか? 俺はどっちでも構わないぞ?」


「そ、それは……」


 そう言われれば、さすがのアリサも言葉に詰まる。

 実際、今のアリサは呂律がうまく回らなくなりそうな程度には緊張しているのだ。


 それなのにわざわざ難しそうなことをして、ろくな練習さえ出来ないなどということになれば元も子もない。

 そう判断したアリサは不承不承という感じではあるものの、今回はグランの考えに納得することにした。


「お、そろそろ始まるっぽいぞ」


 どこか楽しげな声色のグランに釣られてアリサが下の方を見てみると、ちょうどアンデッドと兵士たちが戦いを始めたタイミングだった。


「ど、どれくらい持つと思う?」


「んー……、まあ十分でも持てば良い方じゃないか?」


 緊張の色を含んだアリサの質問に、グランがあっさりと答える。


「……十分」


 十分という時間が短いのか長いのか、アリサには分からない。

 しかしグランが言うのであれば少なくとも十分は持たせようと、アリサは心の中で静かに決意した。


 だが、それは決して容易なことではない。

 数合わせのためだけに用意したと言っても過言ではないアンデッドたちは、日々の厳しい訓練に勤しむ兵士たちの前に次々と斬り伏せられていく。


 そんな光景に少なからず焦りを見せ始めるアリサに、不意にグランが尋ねる。


「アンデッドたちを使役するうえでの利点が何か分かるか?」


「…………?」


 しかしアンデッドたちの攻防に気を取られてばかりのアリサは、いつものように上手く考えが纏まらない。


 アンデッドとして蘇った人や魔物たちは基本的に生前よりも身体的能力が落ちる。

 それを考えれば、適正職業などでもなければ自らアンデッドを使役するような輩はいないだろう。


 その点を踏まえてもやはり、アンデッドを使役するうえでの利点というのは思い付かなかった。


 すると珍しくグランが出し惜しみせずに答えを教えてくれる。


「アンデッドたちは魔力という仮の命はあれども、実際に命があるわけじゃない。つまりあいつらには”死に対する恐怖”ってのがないんだよ」


「っ……!」


 そこまで言われて、その意味が分からないアリサではない。


 戦場に立つ者にとって、死の恐怖というのは何よりも捨てがたいものだ。

 それはつい先ほどまで殿を務めていたアリサも十分に理解している。


 しかしアンデッドたちにはそれがない。

 つまりアンデッドたち一体一体が常に自らの出せる最大限の力を発揮できるということだ。


 それが分かった時、アリサは興奮のあまり喉を鳴らしてしまった。


 そこでアリサは、そういえば……と先日のグランの言葉を思い出す。


『アンデッドたちをどれだけ使えるか、それがネクロマンサーにとっての最大の課題である』


 だとすれば、今やるべきことは一つだろう。


 アリサは確認の意味も込めて、グランを見上げる。

 するとその意図を察したグランは「やりたいようにやればいい」と言って頷く。


 背中を押してもらったアリサは、遥か下の方で兵士たちと戦う自分の使い魔たちに向かって命じる。


「全員、私のために死になさい(・・・・・・・・・・)!」


 その瞬間、それまで動きの鈍かったアンデッドたちがまるで何かに囚われるように兵士たちに向かいだした。

 自らが死ぬことをも厭わない物凄い勢いで攻め込んでくるアンデッドたちに、兵士たちは僅かにたじろぎながらもすぐに態勢を立て直し、見事に応戦していく。


 そしてそれから約十分後、アンデッドたちの猛攻によって荒れていた戦況はようやく決着を見せようとしていた。


 ついに痺れを切らした数千に及ぶ兵士たちが、アンデッドたちを取り囲もうと動き出したのである。

 そもそも戦力差が激しい今回の戦いで、数の劣るアンデッド側が囲まれれば一網打尽になってしまうのは避けられない。


 しかし既にアンデッドたちを半分以上も囲み切っている兵士たちを相手に、今更何か指示を出したところで間に合わないだろう。


 それは上空から戦況を見守るアリサもすぐに理解できた。


 とはいえ、その顔に焦りは見えない。

 目標にしていた十分じゅっぷんという時間は何とか達成することも出来たし、アンデッドだからこその戦い方があることも学べた。

 たった一回きりの練習としては十分じゅうぶんな成果と言っても過言ではないだろう。


 そしてそれ以上に、今のアリサは……。


「お、さすがに色々と指示を出したりして疲れたか?」


「べ、別にそんなんじゃ……」


 そうは言うものの、アリサの表情には疲労感がありありと浮かんでいる。


「別に恥ずかしがることじゃないだろ。ネクロマンサーは命令を出すのに魔力を使うし、いつもより全然多いアンデッドを使役したんだから、そうなるのは仕方ないさ」


 疲労感で今にも瞳を閉じてしまいそうなアリサに、グランは苦笑いを浮かべながら珍しく優しい口調で言う。


「あとは俺が適当に何とかしておくから、ご主人様はゆっくり休んでな」


 そしてその言葉を聞いたのを最後に、アリサはグランの腕の中で意識を失う。

 それを見届けたグランは、どこか悪戯っぽく呟いた。


「今回の魔力があればレッドドラゴンだって契約できたなんて知ったら、こいつどんな顔するだろうな」


 本来、ネクロマンサーは今回のような数百体の大群をたった一人で率いることなんて出来ない。

 もしそれが当たり前に出来るのであれば、ネクロマンサーが不遇職と蔑まれたりすることはなかっただろう。


 あくまで数百体のアンデッドを同時に使役するなんて芸当が出来るのはネクロマンサーの中でも限られた存在だけだ。

 もちろんそれが才能によるものなのか、それとも地道な努力で魔力量を増やした者なのかはさて置くとして、ジスタニア軍の兵士たちも敵のネクロマンサーがまさか一人だとは夢にも思っていないだろう。


 しかしレッドドラゴンと契約できるだけの魔力量をとりあえずの目標にしていたアリサが、一時的なものとはいえ自分にそれだけの魔力があったと知れば、その時の反応はきっとこれまでに見たことがないようなものになるだろう。


 その時のことを考えたグランは思わずといった風に吹きだし、ひとしきり笑ったかと思うと、少しだけ真剣そうな表情を浮かべる。


「……まあ冗談もこのくらいにして、そろそろ本番といきますか」


 そして、グランはふいに指をパチンと鳴らした。




 ――その瞬間だった。




 戦場がまるで時が止まったかのように、しんと静まり返る。

 それまで勇猛果敢に剣を振るっていた兵士たちも、自らの意思など持つはずがないアンデッドたちでさえも、皆等しくその動きを止めていた。


 そして戦場にいる全ての者の視線は、ただの一か所に集まっていた。


 それは空に浮かぶ一人の男(グラン)

 その腕の中には、一人の少(アリサ)女が抱きかかえられている。


 どうして空に浮いていられるのか。


 そんな些細なことは、頭の中にはなかった。


 今、兵士たちの頭の中を埋め尽くしているのは、空に浮かぶたった一人の男の存在のみ。

 もはや言葉にすることなど出来ない圧倒的な存在感が、彼らの視線を釘づけにしていた。


 満月による逆光で、せいぜい見えるものといったらシルエットだけ。

 にも拘わらず、その時彼らには空に浮かぶ男がニッと口の端を吊り上げたような気がした。


 そしてそんな彼らを遥か上空から見下ろしながら、グランは声高に叫んだ。




「俺は――――魔王だッ!!」

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