第十一話:休日の過ごし方
日差しが容赦なく人々を照らしている。
今日は約一週間ぶりの休日。
商店街には人が溢れ、活気に満ち溢れていた。
そんな中で噴水の前に佇む一人の少女がどこか気難しそうな表情で口を尖らせている。
その少女――アリサは、燃えるような真っ赤な髪を風になびかせている。
だが最近のアリサとしては珍しく、使い魔のグランも連れていない。
さらにその素振りから察するに、どうやらアリサは人を待っているようだ。
しかしその表情を見れば、アリサがあまり気乗りしていないことは容易に窺えた。
というのもアリサは今日の休日を、最近の日課でもある魔力量を増やす特訓のために使おうと思っていたのである。
ではアリサは今どうして、こんなところで人を待っているのか。
それを説明するには少しだけ時間を遡る必要がある。
◇ ◇
「グランにプレゼントぉ!?」
午後の授業中、訓練場にアリサの叫び声が響き渡る。
クラスメイトたちの多くがこの授業は基本的に駄弁ったりする時間というような認識を持っているが、さすがに叫び声をあげれば視線も集まる。
しかしアリサはそんな些細なことに気付いているのかすらどうか分からない勢いで、問題の発言をしたミラに詰め寄る。
「ど、どうしてミラがあいつなんかに!?」
全く意味が分からない! というアリサの考えが表情全体から伝わってくる。
だが対するミラはというと、意外にもアリサの言葉をさほど意に介しているような表情には見えない。
「この子と契約できたのは、グランさんのお陰なんですよ?」
そう言うミラの肩には綺麗な水色の鳥がとまっている。
どう見ても鳥が肩で羽を休めているようにしか見えないが、何でもそれが”精霊”というやつらしい。
ただ、今の状態が精霊本来の姿ではないらしく、今はあくまで鳥の姿に擬態してもらっているとのことだった。
更に聞くところによれば、その色と同じく、水系統の魔法を操ることが出来るらしい。
一度アリサも実際に精霊が魔法を使うところを見せてもらったが、正直そこらの魔法使いに比べてもほとんど遜色ないレベルだとアリサは感じた。
ミラ本人曰く「精霊の気分がかなり良かったみたいです!」とのことだったが、精霊使いでもないアリサにはさっぱりだった。
因みにこの水精霊、何を隠そうレッドドラゴンを退治しに行った日に契約した精霊だ。
あの後、例のエスティナとかいう闇精霊が、この水精霊を連れてきてくれたのだ。
そしてその他にも色々とグランに手助けしてもらった結果、どうにか無事に契約を交わすことが出来たのである。
「もしグランさんが手助けしてくれていなかったら、たぶん私はこれからもずっと精霊と契約できなかったと思います。それだけでもグランさんに何かお礼をするのは当然ではないでしょうか」
「そ、それは……」
珍しく自分の意思をはっきりと言うミラに、アリサは思わず言葉に詰まる。
実際、ミラの言っていることは間違ってはいないだろう。
むしろそれが一番の選択肢であることは、アリサも分かっている。
ただ頭では理解しているのに、どうしてかアリサはあまり賛同する気にはなれなかった。
「そ、それよりグランは男だけど大丈夫なの? 前からずっと男は苦手だって言ってたじゃない」
「も、もちろん今でも男の人は苦手です。グランさんも初めは他の男の人たちと同じように苦手だったんですけど、アリサちゃんの使い魔さんだからと思ってる内に、何となく慣れてきちゃったみたいです」
「な、なるほどね」
確かにレッドドラゴンを退治した日の帰りの馬車では、ミラはしきりに窓をあけて御者を務めるグランに話しかけていた。
あれは既にグランに慣れていたのだろう、とアリサはその時のことを思い浮かべながら納得したように頷く。
しかしあの時の話をするのであれば、正直ミラ以上にも気になったのが……。
「なに話してるの?」
その時、アリサたちの下に抑揚のない声が聞こえてくる。
見てみると、ちょうどリリィが二人に近付いてきているところだった。
「実はグランさんに色々とお世話になったお礼に、何かプレゼントでも差し上げようかと思っていまして」
アリサが思わず「厄介なタイミングで来た」と思うと同時に、話していた内容をミラがあっさりとバラす。
するとアリサの嫌な予感が的中し、リリィが途端に目を輝かせる。
とはいえそれはあくまで親しい間柄であるアリサだからこそ分かるような僅かな変化なのだが。
嫌な予感というのは、どうにもレッドドラゴンの一件以来、リリィのグランに対する態度がやけに怪しいのだ。
それを初めに感じたのはミラと同じく、帰りの馬車の時だ。
というのも、リリィは帰りの馬車の中にはそもそもいなかった。
ではどこにいたのかというと、御者を務めるグランの膝の上である。
普段のグランならあり得なかっただろうが、リリィが小柄だったことが幸いしたのか特に邪険にすることもなかった。
しかしリリィが一体どういう思惑でそんなことをしたのかは、未だに分かっていない。
恐らくレッドドラゴン退治の時に二人で何かを話したのだろうが、たったそれだけのことでそこまで懐くものだろうかとアリサは訝しげに首を傾げた。
だが今、少なくともグランへのプレゼントなどと聞いて、リリィが黙って見ているはずがないということは容易に想像できた。
「わたしもグランにプレゼントする」
案の定、リリィは話に乗っかってきた。
思わず眉を顰めるアリサだったが、ミラの方はむしろ歓迎ムードだ。
「それなら次の休日にでも二人で一緒にプレゼントを買いに行きませんか?」
「えっ……、ふ、二人?」
ミラの提案に一番驚いたのはアリサだった。
するとミラは不思議そうに首を傾げる。
「あれ、アリサちゃんもグランさんに何かプレゼントするんですか? さっきはあんなに言ってたのに」
「た、たまにはご褒美をあげるのもご主人様の務めよね!」
慌てたように言うアリサに首を傾げるミラだったが、一緒にプレゼント選びが出来るなら、と特にそれ以上は気にしなかった。
◇ ◇
というのが先日のやり取りの一部である。
つまり今アリサが待っているのは、ミラとリリィの二人だ。
それから色々と予定を立てて、最初は噴水のところで待ち合わせをするのが一番分かりやすいだろうということになったのである。
「アリサちゃーん、おはようございますー」
「……おはよ。待った?」
するとどういうわけか同じタイミングで二人がやってくる。
恐らくここに来る道中で偶然一緒になったのだろうとアリサは予想しながら、手を振り返す。
「二人ともおはよう。私も今来たところよ」
それから少し噴水のところで談笑していると、ふと思い出したようにミラが聞いてくる。
「今日はグランさんは大丈夫だったんですか? 何となく最近は一緒にいるイメージが強かったんですけど」
「それが何かあいつ『今日はちょっと用事がある』とか言って、どこかへ行っちゃったのよね。まあきっとろくなことじゃないんでしょうけど」
今朝のことを思い出しながら、アリサが肩を竦めて言う。
「で、でもそれなら今日はちょうど良かったかもしれませんね。せっかくのプレゼントですし」
「確かに。少しくらいはサプライズ感があった方がいい」
ミラの言葉に同意するリリィ。
しかし三人の頭の中では等しく「グランの用事とは何だろう……」と密かに気になっていた。
「それで、今日はどんなプレゼントを買う予定なの?」
アリサの言葉に、二人はそれぞれ思案顔を浮かべる。
「わ、私はお二人と一緒に考えようかと思っていたんですが……」
「何を買うかは決めてないけど、あまり高いのは無理」
二人の言葉にアリサが頷く。
「それじゃあ手頃な値段で良さそうなのがないか、とりあえずぶらっと商店街を見て回ってみましょうか」
そう言って、三人は活気あふれる商店街の方へとその足を向けた。
「……なかなか良いプレゼントがありませんね」
それからしばらく商店街を見て回った三人だったが、プレゼントに良さそうなものを見つけた者は誰もいなかった。
「ネックレスとかのアクセサリーは、どう考えてもあいつの柄じゃないしね」
アリサの言葉に他の二人が「確かに」と言わんばかりに苦笑いを浮かべる。
しかし実際、いつも真っ黒な服装に身を包むグランが何かアクセサリーをつけている姿は想像しにくい。
物によっては意外に似合うのかもしれないが、それでもグランがいない状態で似合うかどうかも分からないアクセサリーを選ぶのはあまり良い手とは思えなかった。
「……ワイン、とかどうかしら?」
その時、不意にアリサが思い出したように呟く。
「グランさんってワインを飲むんですか?」
ミラの質問にアリサが頷く。
「二日に一度は、うちのお父さんと夜中一緒に飲んでるわ」
「そ、そうなんですか」
アリサの父ということはつまりアシュレイ家の当主ということだろう。
意外な組み合わせに驚かされるも、とりあえずグランが喜びそうなプレゼントの手がかりになったのは間違いない。
「ワインなら手頃なものもあるでしょうから、とりあえずお店に行ってみましょうか」
そう言ってワインを売っている店までやって来た三人だったが、ここで再び問題が発生した。
「ど、どのワインを買うのがいいんでしょうか」
「わ、私は飲んだこともないから分からないわ」
「……同じく」
店の中に数多くあるワインの中から、一体どれを選べばいいのかという知識が三人にはこれっぽっちも無かった。
店主に頼ろうとも当然考えたが、何やらカウンターのところで忙しそうに作業をしている姿を見ると、何となく声をかけるのも憚られた。
「でも、出来れば自分で選んだのをあげたい」
それに、リリィのそういう意見もある。
アリサとミラはお互いに顔を見合わせると、覚悟を決めたように頷きあう。
「それじゃあ十分後に、それぞれ良さそうなやつを一本選んで集合するということで良いわね?」
「はい、それで構いません」
「私も大丈夫」
そして三人はどこか緊張した面持ちで、ワイン選びを始めた。