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第九話:下級精霊と大精霊


 ミラは今、湖に足をつけるという何とものんびりとした時間を送っていた。


 透き通るように綺麗な水。

 そして心地いい水の冷たさが裸足を包み込む。


 しかし、これ以上ないくらいに優雅な時間であるにも拘らず、ミラはどこか物憂げな表情を浮かべながら青空をぼんやり見上げている。


 つい先ほどまで、そこには一匹のレッドドラゴンが飛んでいた。

 だがそのレッドドラゴンも、既に息絶えて地に臥している。


 倒したのはアリサの使い魔、グランだ。


 レッドドラゴンを歯牙にもかけないような圧倒的な実力。

 最後の最後までレッドドラゴンにろくな反撃を許さないようなその戦いぶりは、見ていて圧巻だった。


 ただ一つよく分からないのが、グランはレッドドラゴンとの戦いに際して、ほぼ無関係と言っても過言ではないはずのリリィを共に連れて行ったのである。

 それも、ご主人様であるアリサを差し置いて、だ。


 しかしそれも今考えてみれば、何かしらの思惑があっての行動だったのだろうとミラは思う。


 リリィはずっと”魔物使い”という自分の適正職業について表情にこそ出さないにしろ、真剣に悩んでいたことをミラは知っている。

 何故なら、ミラも同じように自分の適正職業について悩んでいたからだ。


 だがレッドドラゴンとの戦いから戻ってきたリリィは、まるで憑き物が落ちたように穏やかな表情をしていた。

 普段から一緒にいるミラだからこそ分かるような変化ではあるものの、リリィはまるでこれからの未来が楽しみで仕方がないとばかりに目を輝かせていた。


 恐らくレッドドラゴンとの戦いの間に、グランから何かを聞いたのだろう。

 そしてきっとその言葉は、リリィの悩みを解決するには十分だったのだ。


 ……もし自分が連れて行かれていたら、同じように悩みを綺麗さっぱり解決してもらえたのだろうか。


 そう考えると、ミラは少しだけ自分の友人を羨ましく思った。


「……でも、それならどうして私は今日呼ばれたんでしょうか」


 水の中の足を揺らしながら、ミラはぽつりと呟く。

 それはどちらかといえば疑問というより愚痴に近かった。


 しかし、そんなミラの呟きはただの独白では終わらなかった。


「そりゃあ、お前のバカな勘違いを正してやるためさ」


「っ……!?」


 突然降ってきた声に驚いて振り返ると、そこには仁王立ちするグランがいた。

 確かグランはアリサと話していたはずだが……と見てみると、アリサはリリィと楽しげに談笑している。


 いつの間にか近くにやって来ていたグランに、ミラは反射的に距離を取ってしまう。

 失礼に思われるかもしれないと慌てて後悔するが、時間を巻き戻すことは出来ず、ミラはただ申し訳なさそうに顔を俯かせた。


 そこでグランは以前アリサに言われたことを思い出す。


「そういえばお前は男が極端に苦手なんだってな。何か理由でもあるのか?」


「……ち、父親が厳しい人で。き、気付いたら男の人たちを怖く感じるようになっていて」


「それじゃあやっぱり俺と話すのも難しいか? それだったらまあ別の方法を考えるんだが」


 どうしたものかとグランが頭を掻いていると、ミラは不意に立ち上がるとグランの前までやって来る。


「グ、グランさんはアリサちゃんの使い魔ですから。だ、大丈夫です」


 緊張してたどたどしい口調ではあるものの、しっかりと自分の意思を伝えるミラ。


 しかしその言葉は、半分は本当だが残りの半分は別の理由だ。


 グランにはリリィの悩みを解決した実績がある。

 だからミラは多少無理をしたとしても、グランの話を聞くべきだと思ったのだ。


 とはいえグランにとっては、そんなことは大して重要ではない。

 ミラに聞く意思があるのなら、それ以外のことには興味がなかった。


「それじゃあ早速一つ聞きたいことがあるんだが、”精霊使い(シャーマン)”はどうして不遇職なんだ?」


 一体何を言われるのだろうと身構えていたミラだったが、妙なことを聞いてくるグランに首を傾げる。

 しかしそれでも聞かれたことには真面目に答えようと、精霊使いが不遇職たる理由を考え始めた。


「……精霊使いは、精霊を使役して攻撃や支援を行います。ただ、そのどちらも”魔法使い”の方々と役割が被ってしまっているんです。しかも精霊使いの攻撃や支援は不発に終わることも多いらしく、そのせいで”魔法使い”の下位互換職として有名なんです」


「ふむふむ。……あ、もう一個聞きたいんだけど、精霊使いの数って極端に少なかったりするか?」


「は、はい。一般的に不遇職と言われるような適正職業の中でも、かなり少ない方だと思います」


「なるほどなるほど。やっぱりそうか」


 一般常識といっても差し支えないだろう知識を答えると、グランは何かを納得したのか何度も頷く。


 未だにその真意が分からないミラは、戸惑いつつも続きの言葉を待つ。

 するとグランは真面目ぶった表情を浮かべると、人差し指を一本ピンと立てる。


「まず最初に言っておくが、少なくとも数百年前まで”精霊使い(シャーマン)”といえば皆の憧れ(・・)の存在だった」


 確かにグランがこの時代の人間ではないことは、ミラもアリサから聞いている。

 だから恐らくグランはその時代の話をしているのだろうが……。


「せ、精霊使いが憧れ、ですか……?」


 もちろんミラもグランが嘘を吐いているとは思っていない。

 しかし今の世の中を考えれば、精霊使いが皆の憧れの存在だったというのは、にわかには信じられない。


 そんなミラの反応を半ば予想していたのだろう。

 グランはミラの疑問を一度流すと、説明を続けた。


「ミラは精霊に階級があることくらいは知ってるか?」


「……し、知らないです」


 恐らくグランからしたらそれは基本中の基本なのだろう。

 だがそれさえも知らなかったミラは恥ずかしさに頬を僅かに赤く染める。


「いや、こっちの聞き方が悪かったな。たぶん他の精霊使いたちも知らないだろうから、お前が気にしすぎることじゃないぞ」


「そ、そうですか」


 グランの言葉に、ミラはホッと息を吐く。

 とはいえ、ミラが精霊使いについての知識がないことは確かだ。

 それならせめて教えてもらうことくらいは全部覚えるくらいの気概でいるべきだろう、とミラは心の中で拳を握る。


「精霊には主に二つの階級がある。それが”下級精霊”と”大精霊”だ。因みに世間一般でいう精霊は”下級精霊”の方な」


「は、はぁ」


 当然といえば当然だが、やはりミラにとっては初めて聞く知識だった。

 下級精霊はともかくとして、世間一般ではない方の”大精霊”とは一体何なのか。

 ミラは思わず聞きたくなるのをぐっと堪えて、グランの続きの言葉を待った。


「大精霊はそれぞれの属性に一体ずつしかいない、特別な精霊のことだ」


「そ、そんな精霊がいるんですか?」


「あぁ。因みに大精霊ともなると天変地異だって起こせるくらいの力はあるぞ」


「て、天……っ!?」


 想像を遥かに超えた事実に、ミラは目を見開く。

 そして同時に少しばかり期待してしまった。


「そ、その大精霊と契約することは出来るんでしょうか?」


 そんな天変地異すら起こせるような精霊が本当にいたとして、もし契約することが出来たらと思うと心が躍る。


 しかしそんなミラの期待に反して、グランは難しそうな表情を浮かべる。


「大精霊と契約できるかどうかは、正直のところ分からない。というのも大精霊に気に入られるかどうかは、ほとんど運みたいなところがあるからな」


「き、気に入られる……?」


 そこでまたミラには分からない発言が出てきた。

 そんな反応にグランは「そうか、そこもちゃんと説明しないといけないのか」と思い出したように言う。


「いいか? これだけは絶対に忘れたらいけないことなんだが、精霊使いが精霊の力を引き出したり使役しているわけじゃない。あくまで精霊たちに力を貸してもらってるんだ」


「ち、力を貸してもらってる……?」


「精霊は気まぐれだからな。力を貸すも貸さないも、その時の気分次第だ。気分が乗ればできるかぎりの力を貸してくれるし、逆に気分が乗らなければ全然貸してくれない」


「つ、つまり精霊に気に入られれば気に入られるだけ力も貸してくれるようになる、っていうことでしょうか」


 何となくそういうことだろうか、というミラの考えにグランが頷く。


「どうやら最近の精霊使いは、精霊に力を貸してもらっているっていう前提条件を忘れているらしい。自分が精霊を使役してるんだっていう考えが、精霊たちにも伝わってるんだろうな」


「だ、だから攻撃や支援が不発で終わることが多いんですね……」


 グランの説明に納得したように頷くミラ。

 しかし、ミラには一つだけ気になることがあった。


「で、でも結局、凄いっていう大精霊と契約できるかどうかは運なんですよね?」


 それならやっぱり不遇職と言われても仕方ないのではないか、とミラは思った。

 しかしグランは首を振る。


「何を勘違いしているのかは知らんが、下位精霊がその気になれば、そんじょそこらの魔法使いに負けたりしないからな? むしろ数人を相手しても余裕で蹴散らせる」


「……っ!」


 グランの言葉にミラは目を見開く。


 魔法使いといえば、それこそ今の世の中で皆の憧れる適正職業の一つである。

 そんな魔法使いたちを余裕で蹴散らせるなどと聞けば、誰だって驚くだろう。


「……ど、どうすれば精霊と契約できるんでしょうか」


 興奮を隠せないミラは、思い切って聞いてみた。


 これまでミラは”精霊使い”として何もしてこなかった。

 というよりも何も出来なかった。


 それは、そもそもミラが精霊と契約していなかったからである。


 誰に聞くことも出来ず色々と試したりもしたが、結局は精霊の姿を見ることすら出来ていない。

 これからもそういう状況が続くのであれば、ここでせっかく教えてもらった知識も宝の持ち腐れになってしまう。


 それはミラの望むところではなかった。


 ここまで色んな知識を披露してくれたグランなら、精霊と契約する方法を知っているかもしれない。

 ミラはその可能性に賭けた。


「……グ、グランさん?」


「ん、んー……」


 しかし当のグランはというと、これまでに見たことがないような微妙そうな表情を浮かべていた。

 これにはさすがのミラもぎょっとする。

 何か変なことを聞いたりしただろうかと言動を顧みるが、やはりグランにそんな変な顔をさせるほどのことはしていないはずだ。


「手っ取り早く精霊と契約できるかもしれない方法は……あるにはある」


 だが、ミラが心配の声をかけるよりも先に、グランはいつになく苦々しそうに呟く。


「も、もしかして危険だったりするんでしょうか?」


「い、いや、特に危険はないんだが……」


 危険はないと言いながらも何かを危惧するような素振りを見せる姿は、とてもレッドドラゴンを一方的に蹂躙したグランと同一人物には思えない。


 しかしそんなグランもついに覚悟を決めたのか、大きなため息と共に目を細める。


来い(・・)————エスティナ」


 その瞬間、グランの影が不自然な動きを見せる。

 思わずミラが自分の目を疑っていると、今度はその影の中から何かが飛び出してきた。




「グランさまぁぁぁぁ――――っ!!」


 


 影から出てきた何かが目で追えぬ速さでグランに飛び掛かる。

 思わずびっくりしたミラだったが、そこでようやくその姿を認識することが出来た。


 そこには一人の二十代前半くらいに見える女が立っていた。


 整った容姿に腰まで伸びた艶のある黒髪は、何となくグランを彷彿とさせる。

 というよりも、ちょうどグランが女だったら本当にこういう感じだったのかもしれない、とミラは想像する。


 ただ唯一違うところを挙げるとすれば、グランの引き込まれるような漆黒の瞳に対して、女はどこか妖艶とも思える金色の瞳を煌かせている。


 グランの首に腕を回して抱き着く女は、どこか恍惚とした表情でグランの胸板に頬を擦り合わせている。

 一方で、その豊満な胸を押し付けられているグランはというと、げんなりとした表情を隠そうともしていない。


 それだけで二人の関係性が何となく察することが出来た。


「おい、エスティナもいい加減にしろ」


「えぇっ!? わたくしはずっとグラン様から呼ばれるのを心待ちにしていたんですよっ。それなのにグラン様ときたら、全然呼んでくださらなくて……」


 引き剥がそうとするグランに、「私、絶対離したくありません!」と泣き縋る女――エスティナ。

 何とも美人が台無しである。


「あー……、それについては悪かったと思ってるよ。でもこっちも色々と忙しくて、呼ぶ機会がなかったんだ。それに今日はエスティナに頼みたいことがあってな」


「わ、私に頼みたいことですかっ!?」


 途端に目を輝かせるエスティナ。

 因みに「こんなにちょろい女は他にいない」というのはグランの談である。


「エスティナには近くにいる精霊を適当に一匹連れてきて欲しいんだ」


「え? まさかグランは私以外の精霊と契約するおつもりですか……?」


 目の光が徐々に消えていくエスティナに、ミラは背筋が凍るが、グランは特に意に介した様子もなく淡々と否定する。


「違えよ。精霊と契約するのはこいつだ」


 そう言いながら、視線でミラを示すグラン。

 するとそこでようやくエスティナは、グランの隣に立つミラに視線を向ける。


「……誰ですか、こいつ? というより何時いつからいたんですか?」


「馬鹿か。最初からいたわ」


 どうやらエスティナは冗談抜きでミラの存在に気付いていなかったらしく、訝しげに首を傾げる。


「まあ俺の知り合いだよ。精霊使いなのに今まで一匹も精霊と契約したことないらしくてな。精霊のことならエスティナに任せた方が良いだろうと思ったんだが……だめか?」


「今すぐ捕ま――連れてきますっ!」


 そう言って、脱兎のごとく精霊を探しに行ったエスティナ。

 グランは「ようやく解放された……」とため息をこぼしている。


「とりあえずこれで精霊は連れてきてもらえるだろうけど、精霊に気に入られるかはお前次第だからな?」


「が、頑張ります」


 せっかく掴んだチャンスを逃すまいと意気込むミラに、グランは「あともう一つ」と指を立てる。


「あくまで精霊たちは”精霊使い”の魔力を使って、魔法を行使する。つまりお前の魔力量が多ければ多いだけ、精霊は本来の力を発揮できる」


「じゃ、じゃあ魔力量を増やす特訓とかもしないといけないってことですか?」


「そういうことだ。その方法については後でアリサと一緒に教えてやるから安心していい」


「アリサちゃんと一緒に、ですか?」


 ミラとしても誰かと一緒に頑張れるのであれば、そちらの方が良かったので特に文句などはない。

 それよりも今ミラが聞きたいのは、エスティナとかいう女の方だ。


 ミラとしては二人の関係性も気にならなくはないが、それ以上に影の中から飛び出してきたりするような個人の方が衝撃が大きかった。


 それにエスティナの「私以外の精霊」という言葉についても引っかかる。

 その言葉通りの意味で考えるのであれば、エスティナは精霊ということになるのだが、人型の精霊なんて見たことがなければ聞いたこともなかった。


「あ、あの、さっきのエスティナって人は一体どういう方なんですか……?」


 この場に本人がいたら睨まれていたかもしれないが、ミラが思い切って聞いてみると、グランは意外にもあっさりとエスティナの正体を教えてくれた。


「あいつは闇を司る大精霊だ」


「……ぇ、えええええええええええっ!?」


 一瞬の沈黙の後、ミラの絶叫が湖に響き渡った。

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