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太陽は照らす

作者: 清兄

先日投稿した「太陽に手を伸ばす」の続編となります。

一目惚れだった。

なるだけ表に出さないように振る舞ったけれど、どうだろう、バレてないだろうか?

もしかしたら口元がにやけちゃっているかもしれない。

耳や頬が赤く染まっているかもしれない。

そうなるくらい、ドラマティックな一目惚れだった。

頭の中に直接その姿を焼き付けられるような感覚と、

胸が締め付けられるようなこの感覚は間違いようもなく恋だった。

ちらりちらりと彼の姿を横目で見る。

陰のある雰囲気を纏い、どこか泣きだしそうな不安さを持った彼。

守ってあげたい、癒してあげたい。ずっと側にいたい。

母性本能のような、けれどそれとは別の溢れんばかりの好きがそこにはある。

そして、私の幸運が彼を救ってくれはしないだろうか、なんてことを考えた。



それをなんとなく自覚したのは小学生の頃だった。

今までもなんとなくそう感じることは多くあった。

くじ引きやじゃんけん、果てはテストで鉛筆を転がした時。

簡潔に言えば私は運が良かった。

そう気付いたのは、修学旅行に行っている間に私の学校で火事が起きた時だ。

幸い、誰一人死者もけが人も出なかったのは奇跡だったが、実は修学旅行に行くのは1日遅い予定だったのだ。

それがたまたま天候の予定で1日繰り上がった。

偶然だと思うだろう。けれど偶然も積もり積もれば必然になるのだ。

この瞬間私は確信した。私は幸運なのだと。

その通り、自覚してからはその運の良さも凄まじかった。

どのくらいかと言えば、商店街の福引きでこれまで五度度一等を当てたことがあるくらい。

あの安物のベルの音はもう聞きなれた。ついでに上気したおじちゃんの顔も慣れた。

ただただ運が良いだけの私は、正直に言うなら少々飽きていた。

どんな幸運もそう何度も起きてしまえば食傷気味にもなるし、

私がとった席は別の誰かが座る席かもしれなかったと思うと素直には喜べないものだから。

気づけば人と深く関わるのを避けるようになっていた。

私の運の良さがその友達を不幸にしてしまうのではないかと恐れたから。

皮肉なことに、多少人を避けつつも上手な付き合いができたいたのはまさしく『幸い』と言うやつだろう。

唯一私にとって不幸だったのは仮面をかぶるような生活もまた、望ましいものではなかったことだけ。

こんな幸運ならいらないと何度も思ったが、どれだけ願ってもそれが消えることはなかった。

まるで、幸運と不幸で打ち消しあうかのように。



ふらりと彼の体が揺れる。貧血を起こしたような仕草だ。

彼をチラチラ見ていたからそれに気づけた私は、咄嗟に彼に声をかける。

「大丈夫?」

少し驚いた表情をして、一瞬だけ苦々しい顔を浮かべた彼はどこかぎこちない笑顔で笑う。

まるで私のような笑顔だと、背筋が凍った。

「大丈夫、心配してくれてありがとう」

でも、彼が大丈夫だとわかった途端不安は消し飛んで、良かったという安堵がこみ上げる。

「良かった」

思わずそれを声に出してしまっていた。

変な奴だと思われてしまってないだろうかと、私が彼の方を恐る恐る見ると、

彼はプイとそっぽを向いてしまっていた。

いきなりやってしまったという後悔が私の胸を襲う。

これは、なんとかして今のうちに挽回しておかなければ!

こんなに人との関わりに一生懸命になるのはいつぶりだろう、なんてことを考えながら私は彼にたくさんの言葉をぶつけた。

うざがられるかも、と考えついた時にはもう止まれなくなっていたけど。

いつも通り、運良く彼は少し戸惑った様子を見せただけで、私と話してくれた。

その時にちょっとだけ見せた、自然に溢れたような笑みはとても胸にくるものだった。

……鼻血が出るかと思うくらい。

そして、かれこれ10分ほど経った時、私は彼に自己紹介していないことを思い出してハッとした。

「あ、そうだ。私、大空陽乃!よろしくね!」

「僕は星野輝。こちらこそ、よろしく」

この頃には彼の緊張のようなものも解れていて随分と親しい顔を向けてくれるようになった。

やがて先生が入ってきて細々長々とした説明を聞き流していく。

顔は正面を向いて聞いてる風だけど、実際は彼の顔を横から見ているだけ。

そして席替えの時間がやってくる。

彼と隣同士の席が離れ離れになるのは少し悲しいことだけど、同時に多分、ううん間違いなくまた隣の席になるという確信もあった。だって運が良いから。

幸運に感謝するのはなんだかちょっと釈然としないけど、それでも少しだけ幸運で良かったと思う。

そして、席替えの後。

案の定、私と星野君は隣同士の席になった。まさに予定調和。これぞノストラダムス!

なんて変なテンションになっちゃうくらい、半分分かっていたことだけどこれは嬉しかった。

彼の方はというと少し驚いたような表情をしている。

まあ、こうなるなんて思わないよね、普通。

それでも、私は少し舞い上がった気持ちのまま彼に話しかける。

「やった!隣同士だね、星野くん!」

「う、うん。よろしく、大空さん」

彼の笑みは少しぎこちなかったけど、それでも嫌がってる様子ではなかった。

もしかして、女性が苦手だったりするのだろうか?

なんにせよ、これから半年は彼といっぱい話すことができる。

まずはケータイの番号交換で距離を詰めていこう!

「ねえ、せっかくだからケータイの番号交換しようよ!」

そう言うと、彼は少し迷ってケータイを取り出した。

私の電話帳に彼の名前が追加される。ああ、名前を見るだけで顔がにやけてしまいそう。

私は高ぶった気持ちそのままに彼にたくさん話しかけた。

もう、彼のこと以外考えられなかった。

その日の夜。彼に送ったメールについ下の名前で書いてしまったのは、半分確信犯だった。

ちょっとでも意識して欲しかったから。



輝君との日々は本当に楽しかった。

一緒に授業を受けて、一緒にしょうもない話をして、一緒にご飯を食べて。

入学する前はこんな楽しい日常を送れるなんて考えてなかった分、私はまさに幸せの真っ只中にあった。

ただ、輝君が時折めまいのようなものを起こすのが、私にとって数少ない不安の種だった。

それでも、私が話しかけると笑顔で応えてくれる彼に私はますます恋心を深めていく。

学校にいる時間の大半を彼と過ごしているのだから当たり前と言えば当たり前か。

あれもこれも、輝君と一緒でなければ楽しめなくなってしまったのだから、彼には是非責任を取ってもらわないと。

……こんなこと言ったら困らせちゃうかな?



それから7月の半ば、とある日の夜。

私が一世一代の大勝負!といった気持ちで誘った天体観測。

今までも星の話で盛り上がったことは何回かあったし、彼との中は十分に深まったと思っていた。

ただ、彼はどうしてか私との間に一線を引こうとしているように思った。

それは少しずつ薄れてきていたけど、それでもまだ消えてはないなかった。

断られちゃうかな。

静かなケータイをじっと見つめる。返事が返ってきて欲しいような、欲しくないような。

けれど、それは杞憂だった。

メールを送ってすぐに彼からの返事が来た。

「わかった。じゃあ5時に駅前で」

思わずベッドから飛び上がり、勢い余って転がり落ちた私は床に頭を打ち付けた。

「〜〜〜っ」

鈍痛に悶絶しながらも、私の心の中は喜びでいっぱいだった。

安堵と幸福が胸の中で溢れかえって、隠す気もなく口元がにやけてしまう。

ただただ、私は幸せの中にいたのだ。



そして、あの日がやってくる。

とっておきのばっちり決めたコーデは彼から「似合ってるよ」と言葉をもらえたので大成功だろう。

私はいつも以上にウキウキとした気分で、電車に乗り込んだ。

けれど、輝君はどこか吹っ切れたような空気をまとっていたことが、少し不安だった。

慣れた手つきで望遠鏡をセットする輝君を手伝って、ものの数分で準備は整った。

あとは夜になるのを待つだけだ。けれど、その前に。

「ね、輝君。晩御飯まだだよね?ちょっとした軽食作ってきたんだけど、食べる?」

今日の昼から頑張って作ったサンドイッチ。簡単なものだけどその分気持ちというか愛情は込めたつもりだ。

彼は少しキョトンとした後、本当に嬉しそうに笑った。

「それじゃあ、ありがたく」

ひょいと一切れつまんだ彼は、パッと目を輝かせる。

「美味しい!」

その一言で私は物凄く幸せな気持ちになる。

「本当!?……良かったあ」

一応味見はしたけど、もしも口に合わなかったらどうしようと思っていたから本当に良かった。

彼は次々にサンドイッチを口に運んでいく。

いつになく積極的で、幾分か子供っぽいその仕草は、彼のいつもは隠されている素の部分を見せているようだ。

そうやってサンドイッチをつまんでいると、いつの間にかあたりは暗くなって星が夜空に輝いていた。

二人で交互に望遠鏡を覗いてはいろんな星座の名前を言い合って盛り上がる。

はしゃぎすぎた私たちは、そのまま草の上に寝転がる。

空いっぱいに散りばめられた星が本当に綺麗で、私はつい

「綺麗だねえ」

と呟いてしまった。

輝君は夜空を見上げたまま口を開く。

「こんなに晴れるなんて思ってもなかったよ。天気予報は雨だったのに」

確かにそうだ。天気予報では昨日から明日にかけて雨のはずだったのに、なぜか今日だけは晴れ。

でも、私にとってはある意味当然だった。

あれだけ疎ましかった幸運も今となっては、彼との中をつなぐ天使のように思える。

「私は信じてたよ?きっと晴れるって」

彼と一緒にこの綺麗な星空を見れることが嬉しくなって、私は彼に笑いかけた。

気持ちが昂りすぎてなんだか、顔が熱いなあ。

彼も同じように私を見つめていた。お互いの熱っぽい視線が交差する。

誰もいない丘の上、星以外に私たちを見ている人はいない。

風の音すらしない静かな、時間が止まったかのような世界が続く。

意を決したように輝君が口を開いた。

「……陽乃」

どきりとする。期待せずにはいられない、だってこんなにも好きだから。

「うん」

バクンバクンと心臓が爆発しそうなくらい高鳴っている。

「好きです。付き合ってください」

お願い、時間よ止まって。

この人生で一番幸せな時間を切り取って額縁に入れてしまいたいの。

この一瞬を永遠に感じていたいの。

彼の口から発せられた言葉は私の胸を貫いて、この恋心を簡単に掴み取った。

「私も、輝が、好き」

ぎこちないけど、それでも確かに気持ちを声に出す。

何を言えばいいかわからない。ううん、何も言うことはないの。

だって好き以外にいう言葉なんてあるわけがないんだから。

私と輝君の顔が近づいて、静かに重なった。



帰り道、あの瞬間が忘れられる訳もなく私たちの間にほとんど会話はなかった。

だってしょうがないわ。輝君の声を聞くたびにあの告白と、き、キスを思い出してしまうんだから。

それでも体は正直で輝君と手を繋ぎたいと、彼の手を無意識に探してはすれ違うのを繰り返す。

その度一層私たちの顔は赤くなった。

幸せな時間だった。今までにないくらいに幸せな時間。他のどんな幸運よりも幸福。

青に切り替わった横断歩道を渡るとき、彼が一瞬だけ立ち止まった。

どうしたの?声をかけるよりも早く私は彼に突き飛ばされる。

そして、私の視界には、今まさに彼にぶつかろうとするトラックと、

「さよなら」

そう言って笑みを浮かべる彼の姿があった。

手を繋ぎたくて伸ばした手は、虚しく宙を掴んだ。



神様、どうして?

そう思わずにはいられない。

どうして私からこの幸福を奪ったの?幸運なら彼がどうしてこうなったの?

病院の一室。たくさんの機械の繋がれて眠り続ける彼の前で涙を流す。

幸いというべきか、何とか一命を取り留めた彼は未だ目を覚まさない。

あれからもう半年たった。季節は夏から冬に変わり、刺すような寒さが襲いかかる。

けれど、そんなのはどうでもよかった。

毎日彼の姿を見に行っては、変わらず眠り続ける彼に痛む心よりは全然平気だった。

手を握っても、頬を撫でても冷たい彼は返事をしてくれない。

これでは死んでいるのと変わらないではないか。

あの日、私は生まれて初めて不運というものを経験した。

目の前で血を流し冷たくなっていく彼に私は絶望を知った。

幸運な私にとって、一番お幸福が失われるという不運は耐えきれるものではない。

手術室から出てきた医者から一命を取り留めたと聞いた瞬間、私は力が抜けてその場にへたり込んでしまったくらいだ。

けれども、それだけ。彼はまだ起きてはくれない。

あの日の笑顔が私の中で生きる彼の最後になってしまっている。

色褪せていく思い出が怖くて、私はまた涙を流す。

ああ、私がこんなに弱いだなんて知らなかった。

今まで幸運に守られていた弱さが露出し暴かれていく。

「会いたい……会いたいよ、輝君」

止め処なく溢れ出る涙は滝のように私の頬を伝い、握った彼の手に落ちていく。

「神様。神様、どうかお願い。幸運はもういらない。一生不運でもいい、だから輝君を助けて」

そう零れ落ちた言葉は、

ーーー奇跡を呼んだ。

ピクリと握り締めた手に感覚が伝わる。

勘違い?ううん、違う。確かに、今。

私は彼に顔を近づけて呼びかける。

「輝君!?ねえ、輝君聞こえてる!?」

必死に。必死に呼びかける。

「起きて、輝君!お願い!私もっとあなたと一緒にいたいの!まだ全然足りてないの!だから、お願い、起きて、輝君!」

どうか神様、この声を輝君に。届けと願い発した声が病室に響く。

そして、呼びかけに、彼の瞼が弱々しく震え

ーー目を開いた。

「輝、くん……」

「ん……あれ?おはよう、陽乃。ここどこ?って、うわっ」

堪えきれずに彼に抱きついた。細くなってしまった体はそれでも確かに暖かく、

彼がそこにいる、生きているということを私に伝えてくれる。

「輝君……輝君輝君輝君っ!」

只管に彼の名前を呼び続ける。

戸惑いを浮かべた彼はすぐに優しい笑みを浮かべ、

「ただいま、陽乃」

私を抱きしめた。



あれから、私の幸運はすっかりなりを潜め、私は普通の生活をしている。

ちょっとだけ不便なこともあったが、これはこれで全然楽しいものだ。

こんなことを言うと普通は羨ましがれるのだろうが、過ぎた幸運は日々を退屈にしてしまう。

それくらいなら、多少辛くても普通の生き方が一番いいのだろう。

それに、私には、

「陽乃、どうかした?」

こうやって隣を一緒に歩いてくれる人がいる。それなら何も恐れることはない。

きっと、私達の行く道は太陽が照らしてくれるだろうから。




ー輝視点ー


暗い。真っ暗闇の中、僕はぼんやりとそこを浮遊していた。

なぜ僕はここにいるのか。何があったのか。何も思い出せない。

ただ、今に納得していたような気はする。

だから、ふわふわと何をするでもなく虚空の海を泳ぎ続ける。

ふと、声が聞こえた気がした。

周りを見渡してみるけれど、誰もいない。それなのに、どこからか声が聞こえてくる。

「……君、輝君」

寂しそうな、泣きそうな声だ。この声を聞くたびに胸が締め付けられるように痛い。

けれど、こう真っ暗な夜の海では僕にはどうしようもないことだ。

そうやって浮かんでいると、今度は水に浸かり冷え切った右手が熱くなった。

熱くて熱くて頭の奥が焼ききれそうで、すると今度は海の向こうがわずかに明るくなる。

声を出そうとしてみるが、掠れた喉からはヒューヒューと音が出るだけ。

やがて、明かりは次第に強くなり、声もよりはっきり聞こえるようになった。

「会いたい……会いたいよ、輝君」

その言葉に意識が覚醒する。そうだ!僕はまだ納得できない!

僕にはまだ残してきた人がいる!その人が今こうやって悲しんでるのなら、僕は戻らなくちゃいけないんだ!

必死に重い手を動かして明かりの方へ泳いでいく。

明かりは今や海の上で光輝く太陽になっていた。

あと少し、あと少し。そして、太陽に手が届いた瞬間ーー。



それからの話をしよう。

あれ以来、あの不思議な声は聞こえなくなった。

単純に空白期間の可能性もあるけど、僕は完全に消え去ったと確信していた。

あの事故で清算した以上もう終わりということだろうか。

散々人を引っ張り回しておいてずいぶん勝手なものだとは思う。

けれど、一度捨てた人との関わりはなかなか戻ってこなくて、今まさに別の意味で僕は苦労をしている。

置いてきたものを拾いに戻る道のりは思っていた以上に辛く険しい道だった。

ともすれば暗闇に足を踏み外してしまいそうな。

でも、きっと大丈夫だろうと僕は信じている。

だって、どんな暗闇の中にいても、僕には行き先を照らしてくれる暖かな太陽がいてくれるから。

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