第一話 俺が訪ねた相談所
支度をし、家を出て、ボーッと空を見上げる。
「はぁ、普通に学校しんどいなぁ」
溜め息に続けて、独り言を漏らしながらも、足は動く。静かな住宅街の空は雲に覆われ、気分は重くなっていくばかり。
重い身体を引きずるように動かして、ベージュのチェック柄ズボンに青っぽいブレザーという、学校の制服に身を包んでいるのは、この俺、
『水華 蓮』
特技や秀でた物などは持っていない、平凡過ぎる高校生だ。見た目にも特徴は無く、黒い瞳に黒髪だ。
そんな平凡過ぎる俺には、一つの悩み事がある。それは「平凡な日常過ぎて困る」といった、少々贅沢でもある悩みだった。これまでの人生、才能も無く、逆に不得意な物も無く生きてきた。それ故に、大きな困難にぶつかった事は無い。だから、俺からしては退屈としか思えない人生を送っているわけだ。何度日常を刺激的に変えたいと願ったか。
しかし、日常なんてそう簡単に変えられるわけは無い。俺だってそんな事は分かっている。だからこそ、せめて「無事に今日を終えよう」と、いつも心掛けているのだ。
心掛けつつも新しい「何か」を求めてしまうのはしょうがない事ではあるのだが。
――歩くだけでは退屈だ――
バッグからスマートフォンを取り出してみる。気を紛らわす為に、インターネットで調べ事をしようと、
『悩み 解決』
と検索する。画面にはいくつかのURLやサイト名が並ぶ。その中から、特に意味は無いが一番上に表示されたものをタップした。すると、広告のみが存在するサイトが開かれた。こんなサイトは見た事が無い。違和感を覚えて、つい、声に出して読んでしまった。
「どんなお悩みも、お聞きいたしましょう……悩み相談は、地図の相談所へ。だって?」
画面の端には店を示す地図が開かれていた。
「あ、結構学校に近いんだな」
胡散臭さを感じ、インターネットを全て閉じると、何も考えずに学校へ向かう他なかった。
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学校は授業中。窓際の席だった俺は外を眺めて、ボーッとしていた。いったい何が好きで学校なんて来ているんだろう。対処出来ないほどの困難でも良い。とにかく何かが起こればいいのに。
と、なんとなく過ごしているうちに学校は終わり、今度は家に向けて足を動かす。
しかし、校門まで来たところで俺は足を止めた。朝見た広告の相談所が、頭に引っかかる。日常に変化を求めていた俺は、つい相談所に行ってみたくなってしまったのだ。
スマートフォンに表示された相談所の地図を頼りに、表記されている場所へ来てみた。来るだけ来るのはいいが、予想外にも目の前にあるのは、ここら辺の町並みには合わない場違いな扉だった。
綺麗な装飾が施してあり、ファンタジー世界にでも出てきそうな見た目だ。正直、怖いくらいに怪しいが、ここまで来ればもう行くしかないだろう。
金で作られた様な取っ手に手をかけ、ゆっくりと下ろした。軽く引くと、扉は開かれ、
チリンチリン
とベルの音が響いた。そしてすぐに、俺は室内を伺った。
「そんな警戒はしなくていいさ。見た目程怪しい所じゃないよ」
と、女性……と言うよりかは少女の声が聞こえた。
「し、失礼します」
扉を閉じ、建物内を見る。扉と同じく、内装もファンタジー世界から出てきた様な西洋風の壁や床、ソファーやらテーブルやらがある。そして、そこそこ暗い部屋だ。
恐る恐る部屋を歩く俺に、また声はかけられた。
「じゃあ、そこのソファーにでも座っていてくれ。リラックスしてくれて構わない」
言われた通り、ソファーに座っていると部屋の奥の暗闇から、声の主が現れた。
見惚れる程の美しさ持った人物だった。金色の瞳と、綺麗な純白の長髪も兼ね備えている。大人びた雰囲気を感じるにも関わらず、見た目は中学生くらいの少女。服装は、ラノベなどに出てくるメイドが着ていそうな、メルヘンチックな白黒のドレスだ。
いつの間にか紅茶の置かれたテーブルを挟んで、驚き気味の俺の正面に少女は座った。すると完全に場が整ったのか、話し合いは始まった。
「それでは。お悩み、お聞きいたしましょう」
そう言うと、座る少女は俺を面白がる様な笑みを浮かべて、真正面から見つめていた。謎のプレッシャーは感じているのに、どうしても敵意は持てない。不思議な相手だった。
「えっと……。悩みって程の事なのかは分かりませんが、『日常が平凡』なのが悩みです」
意外と簡単に言えてしまうものだと思いつつ、相手の反応を待ってみると、思っていたものとは随分違う結果になった。
「いやー! やっぱり人間は面白いね!」
「ん?」
少女は急に笑い出した。よく状況が掴めなくなってきた。真剣に悩んだり、冷静に解決法を伝えるならともかく。人の悩みを聞いてとても面白そうに笑っているのだ。
「ふー! いやぁ、悪かったね。急に笑ったりして」
「いえ、それはいいですけど……」
不思議には思ったが、別に笑われた事に腹が立ったりはしない。俺みたいな悩みを持つ人なんて、滅多にいないだろうから。
「よし! そのお悩み、解決しましょう!」
すると少女は、自信満々に宣言した。朝も思ったが、日常はそう簡単に変えられるものでは無い。しかも、それが他人のとなれば、更に難しくなる。それをできると言うのだろうか。
「君は、日常に刺激が欲しいわけだ。新しい『何か』が」
「はい、そうですね」
「なら、君の人生で味わうことの出来ないはずの刺激を、与えて上げよう」
少女は興奮気味の微笑みを浮かべて、俺にそう言った。普通ならば、不気味に感じるところなのだろうが、俺には、少しの期待が芽生えていた。
「何かしてくれるのではないか、何かが起こるのではないか」と言う期待が。
「では、まずは君の名前を教えてはくれないか? 名前が分からない事には何も出来ないからね」
微笑みながら名前を聞いてきた。どうやら、相手の名前を知らなければ出来ないような事らしい。
何故か不信感を抱けなかった俺は、なんの躊躇いもなく名乗った。
「俺は、蓮と言います。水華 蓮」
「なるほど、実に素晴らしい名だ。ついでに、私も名乗っておこうか」
そう言うと、少女は紅茶を啜ってからテーブル上の皿の上にカップを静かに置いてから、名乗った。
「私は、この相談所を営んでいるユリエールだ。この世界の人のように、名前に名字は無い」
少女の物言いに違和感を覚えるが、まぁ気にしないでおこう。これから何をするのかは、全く分かっていないのだから知らなくても良い。
「で、名前を聞いて、どうするんですか?」
「いや、準備は整ったからね。もうすぐ分かるはずだよ」
会話を終えると、少女は急に手を伸ばし、俺の頭に人差し指のみで触れた。
「お悩みは解決致しました。本日は相談所をご利用頂き、ありがとうございました」
「解決しました」と言うようなセリフを並べられて、訳が分からない。俺の相談は『日常が平凡である事』だ。簡単に解決出来ない事とは分かっていたが、少しでも期待をして損した。何も変わっていないじゃないか。
文句を言おうと、口を開こうとする。しかし、頭の中を音にする前に、少女から最後の言葉が発せられた。
「君……蓮が、味わえなかったはずの刺激を苦労して、堪能して、生きてくれたまえ!」
「え……?」
「異世界へ! いってらっしゃい! 私は君を歓迎する!」
その瞬間、目の前が白い光に包まれた。
まだ最初なので、次から異世界ですね! つまらないですすいません!




