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理解されにくい精神疾患・後日談

作者: 三島 至

上司にばれるような事態になったら非表示にするかもしれません。

 

 一ヶ月休職した。


 今の気持ちのままでは、仕事を続けられない。

 辞めようかとも思ったが、まずは少し落ち着きたい。

 暫くお休みさせてほしい。


 電話で、そういった内容を、泣きながら話して、取り合えず一週間休ませてもらった。

 休職するには、診断書が必要になる。

 本当は半年くらい会社に行きたくなかったが、あまりにも行かないと、改善が進んでルールが変わったり、新人が増えたり、ラインが変わったりと、浦島太郎状態になってしまい戸惑うのが目に見えていたので、一ヶ月にした。

 休む期間が長引く程、復帰が難しくなるような気がした。

 それに、一ヶ月以上になると、会社に定期的に連絡を入れなければならない。電話するのが死ぬほど憂鬱だったのも、理由の一つだった。


 手続きの前に、上司と話をした。この上司というのは、私が苦手としている人とは別の人で、もっと偉い人だ。

 この状態になった経緯を、直接会って話すことになり、近所のファミレスで会う約束だった。

 誰も味方はいないような気持ちで、酷く緊張していた。早めに行って、車の中でじっと、上司が来るのを待つ。否定的な事を言われるのではないかと、呆れられるのでは無いかと、恐ろしく、このまま帰ってしまいたかった。そしてそのまま事故にでも遭って、二度と目覚めなければ、何も嫌なことを考えなくてすむんじゃないか……そんなことばかり頭に浮かんだ。

 ファミレスに入り、話し始めると、冷静に説明するのは無理だった。煩く泣きながら、あの上司が怖くて怖くて仕方がないのだと言った。他の人とも、泣いてしまって、まともに話せない。会社に行こうとすると体が震える。酷い時だと運転も出来ない。毎日気持ちが沈んで、本当に辛い。もう働けない。兎に角今は休みたい。

 不満が爆発して、ファミレスだというのに、声が大きくなってしまい、何度か宥められた。


 上司は、自分の経験も話してくれた。自分も昔、入社三年目くらいは、もう辞めようかと思って、会社に内緒で面接を受けた。でも上手くいかなかった。自分とよく似ている。人前で話すのは苦手だし、失敗も沢山した。やっと慣れて、使えるようになったと思ったら、また慣れないところに異動になって……。


 辞めろだなんて思わないし、三年目くらいの私に戻ってほしいだけ、辞めたいという気持ちが無くなればいいと思う、と言っていた。


 もっと頑張れとか、辞めたいなら辞めればいい、とは言われなかった。


 随分、長い間話しこんだ。

 午後七時から会って、目蓋が段々重たくなってきたので、ふと時計を見ると、もう十一時を過ぎていた。もうすぐ十二時になってしまう。

 私は次の日も休みだが、上司は仕事だ。申し訳無く、謝ったが、上司は最後まで急かすこともなく、きちんと話を聞いてくれた。




 休職は認められたが、手続きは少し億劫だった。予約した日より早めに病院へ行き、診断書をもらわなければいけない。

 復職届の事もあり、結局何度も連絡をとる必要があった。出来れば何も考えたくないので、全部先に終わらせたいが、そういうわけにもいかない。


 病院で医師に、一ヶ月って本当にすぐですよ、と言われて、分かってはいるが、休みすぎると二度と行く気が無くなるから、一ヶ月で書いてほしいとお願いした。

 今思えば、本気で就職活動するなら、三ヶ月くらい休んだ方が良かったのかもしれないが、一ヶ月休んだだけで経済的に厳しかったので、どちらにせよ難しかったかもしれない。



 休職手続きの後数日間は、開放的な気分だった。会社に行かなくていい、打ち合わせも報告もしなくていい、毎朝朝礼しなくてもいい。

 人前で話さなくていいのは、なんて気が楽なのか。早速資格を取ろうかと、資料請求をして、転職サイトに登録した。


 そして、小説を書いた。

 毎日、飽きるまで書いた。話を考えるのも、書くのも打つのも遅いので、沢山は書けなかったが、次の日に会社に行かなくていいと思うと、書くのが楽しい。

 あまりにも楽しいので、うっかり、二、三週間は小説に費やしてしまった。


 馬鹿だ。


 届いた資料を見て落ち込む。資格を取るのって、結構お金がかかるのだ。

 それに、今すぐなら意欲もあるが、仕事を再開したら、憂鬱過ぎて勉強なんて出来ないのではないか。小説さえ、書けないくらいだったのだから。

 一ヶ月や三ヶ月後の試験に落ちたら、何万も無駄になるのではないか。

 問題はまだある。資格を取るのに、新しいパソコンが必要だった。小説を書くのは古くても問題なかったが、半分壊れかけのパソコンでは、DVDも見ることが出来ないので、どうやっても対応できなかった。

 パソコンはこの先も使えるので、休職中の出費は痛いが購入する。こだわりはなく、そもそも機械音痴で使いこなせないので、中古にした。

 店員が、動画は見れるけど動画をあげるのは出来ないくらいのスペックだとか、色々言っていたが、教材のDVDさえ見れれば良かったので、買って、ちゃんとDVDが再生出来ることを確認したあとは、使っていない。

 しかし何だかんだとやっているうちに、日が無くなってきた。教材の申し込みの期限が過ぎて、休職中に資格を取ることは出来なかった。

 出勤の日が近づくにつれて、思考が後ろ向きになり、小説も書けなくなってくる。

 夢の時間は終わった。


 本当にあっという間だ。

 何も出来ていないじゃないか。


 情けない話、絶対就活しようと意気込んでいたというのに、無為に時間を過ごしてしまった。

 休職して症状が良くなったかといえば、そうでもない。家にいる時は元気でも、会社に行けば元の状態だ。


 良かった事と言えば、なろうに投稿した長編を完結出来たくらいか。

 多分休職しなかったら、今後も小説は書けていなかったとは思う。






 休職明け。

 最初の一週間は、早出は免除になった。

 一日目は、もう記憶も無い。緊張していたのは確かだが、何事もなかったのだと思う。

 二日目以降は、ムラがあった。

 張り切ったり、沈んだり、特に、朝現場に入る時が辛い。

 人と会う前から、勝手に涙が出てきて、それもちょっとではなく、ぼたぼた大量に流しながら、ぐずぐずしてしまう。


 おかしい、別に会話していないのに。


 横に人が立っただけでもう駄目だ。

 頼むから顔を見ないでくれと、泣き止もうとしても、悪化する。

 段々震えてくるので、これはヤバイわ……と思い、薬を飲みに引き返す事が数回あった。

 その時に人に見つかり、薬でも落ち着くことが出来なくて、早退することも何度かあった。


 これは……良くなっているどころか、悪化しているのではないか。

 上司以外の、苦手意識のない人でも、居合わせると震えてくる。


 次の一週間は、さらに酷かった。

 仕事の準備をしながら、いつまでたっても涙が止まらない。作業に入って、会話が無くなれば平気かと思ったが、引きずるときは引きずる。

 明らかに周りも気が付いているのがわかる。どう思われているのか不安になって、もっと考え込んでしまう、悪循環だった。

 私もどうしていいか分からなかったし、周りも、どう接していいか分からなかったと思う。どうしても話すとき、何か聞いたとき、相手の言葉に刺がある気がした。そう思う事が増えて、朝から体が重たい日々が戻ってきてしまった。


 やっぱり無理なんだ。

 これ以上休んだら、もっと悪く思われる。

 でも、どうしよう。こんな状態で、次の仕事が見つかるだろうか。

 面接なんて絶対無理だ。


 早退した日、明日話を聞いてほしいと上司に説明して帰った。

 辞めたいというより、まともに出勤出来ないのは、迷惑以外のなにものでもないから、早く辞めようと思った。



 翌日は面談だった。上司の上司も同席して、大事になってしまったかと後悔したが、聞かれるまま、今の状態を話した。


 どういうとき、どんな状態になるのか。休職させてもらったが、復職しても、まともに出勤出来ない日が多い。

 来るなら来る、辞めるなら辞めるではっきりした方がいいと思い、面談を希望した。


 それを聞いた上司に、辞める辞めないは置いておいて、まず、その状態が良くなる事が大事だ、と言われた。

 会社としては、出来る限りの手助けをする、もしその気があれば、会社で契約している産業医と面談することも出来る、とも言われた。


 治せるものなら治したい。

 駄目元で、産業医と面談させてもらう事にした。



 面談する日が決まり、前日に同僚に話したところ、ああ、あの先生ね、私も会ったことあるよ、と言う。

 どうやらお世話になった事があるらしいが、どうも反応は良くない。

 何が嫌なの? と聞かれて、そんなの全部だよ! と思った、何も改善されない、時間の無駄だった、等……結構辛辣な言い方をする。

 明日面談の私は、どう言えばいいのか分からず、ただ、期待はしない方がいいだろうな、と心に留めておいた。



 上司が、上司の上司が、と言ってもどれが誰だか分かりづらいので、今ここで新しく出てくる上司は、仮に部長としておく。

 部長に付き添われて、医療大学に行った。


 産業医と聞いて、これは勝手なイメージなのだが、くたびれたおじいさんかな、そうだと話しやすくていいな、と考えていた。

 しかし出てきたのは、スーツをビシッと着ている、がっしりとした男性。

 ……あ、怖い。

 立派に見える人は、それだけで若干怖い。目の前にすると自分が惨めに感じる。

 ああはいはい、このパターンね、最近若い人に多いんだよね、自分可哀相って被害妄想の甘ったれが……

 なんて思われないだろうか。

 またネガティブに考えすぎだとか、分かりきっているアドバイスをされるのだろうか。言いたいことも言えずに、はいと返事して終わるのだろうか。



 小学生の頃から、人前で話すのが怖いとか、苦手なの? と聞かれて、昔はそうでもなかったと答える。

 社交不安障害は、ある日突然なるのではなく、段々悪化するとか、元々なりやすい人がなるものだから、もしそうでないなら、こういう状態になった、何か明確な原因があるはずだ、それによって治す方法も変わってくる……よく覚えていないが、大体こんなことを言われた。

 正直、入社してから嫌なことが多すぎて、どれが原因だか分からない。上司のメールで心が折れたのは確かだが、その時だけが原因ではないと思ったので、精神科に通い始めたきっかけと、休職したときの状況、復職後、この面談に至るまでの経緯を話した。


 話を聞き終えた産業医は言う。

 緊張や不安もあるが、それだけじゃないね。

 大分、怒っているよね。


 悪い意味だろうか? と続きを待つと、私の場合は、原因がはっきりしているから、ほぼ間違いなく、良くなるとのこと。


 言われたのは、これも一言一句同じではないが、大体こんなところ。


 きちんと喋れるじゃない。

 まず、お父さんの事だけど。精神科に行くのはおかしい、内科に行けと言われた、意味が分からない、と言っていたけど、これ、あなたが正しいよね。もしこれで、あなたにお父さんがいなくて、全部妄想だったら、病気として深いけど、実際あったことだから。

 それに上司。薬を飲まなくてもいいんじゃないかと、無神経な事を言われて、あなたは傷ついている。でも、誤解は与えたかもしれない。きちんと否定しなかったから、大丈夫だと思われたかもしれない。


 あなたは色んなことに傷ついて、納得していないことでも、自分が我慢してしまう。

 あなたの話にはきちんと筋が通っていて、原因も明確だから、病気、とまではいかないと思う。原因を取り除いて、相手に自分の気持ちを伝える練習をすれば、良くなる。その手伝いをしたいと思う。


 あなたは我慢強い人だと思う。僕だったら上司からそんなメールがきたら、話が通ってないじゃないかと、すぐ直談判してしまうと思う。あなたは何も間違っていないのに、結果は、あなたの心が折れた。これっておかしいよね。




 直談判なんて、そんなこと、出来るわけない!

 それに、私は強くない。波風立てたくないだけだ。人に怒られたり、嫌われたくないだけだ。

 慌てた。まるで上司が悪いようになってしまったが、上司を悪者にしたい訳ではないのだ。自分の意見を言えないで、勝手に溜め込む私が悪いのだから、私の方に問題がある。

 だから、一応メールの話は他の上司がしてくれて、誤解していました、と言っていたと、人伝に聞きました。そう付け加えた。

 あの上司が本当のところどう思っていたのかは分からないから、それで納得したわけではなかったけれど、取り合えず、私の居ない所で話はあったのだと。


 すると産業医は、一応後日談があったんだね、と言って、理解していた様子だった。



 まとめると、産業医の協力のもと、話す練習をしていけば良くなっていくこと、その気があれば、また面談の手続きをとること。

 会社に行けば、嫌な事が一日何十個もあると思う、我慢して悪化するかもしれない、しかしその間給料は出るし、話す訓練にもなるから、メリットもある。働きながら治すか、休職して治すかは、メリット、デメリット半々だということ。これは、本人がよく考えて決めた方がいいということ。

 そして、自分が職を失った時の、家族の心配だとか、休む時の、会社の人間への迷惑だとか、そういうことは考えないで、自分の事を考えて決めるということ。








 嫌な事があっても、それを表に出すのは大人げない、怒りが先に出るような人は、みっともないと思う。

 物事の内容より、本人の機嫌の良し悪しで態度が変わる上司を見ていて、優しかったり怖かったり面倒だと思っていた。

 我慢するのが当たり前。

 内心腹立たしくても、社会人なら態度に出すなと、自分も戒めていた。

 それが、良くなかった。

 自分を追い詰めていた。



 面談は、受けて良かったと思う。

 緊張や不安が根本的な原因ではなくて、理不尽に思う事に対する怒りが根底にあったのだ。

 それが分かっただけでも良かった。

 もう人前で話せないのではないかと思っていたから。




 でも、やっぱり次の日は会社に行けなかった。

 私のせいで、あの上司の立場が悪くなったり、会社で問題になったりしないだろうか……

 眠る前は相変わらず不安で、朝の目覚めも気分が悪かった。

 免除される訳ではないから、朝礼はやらなくてはならない、皆の前に立ちたくない、また社員が集まる場で、ぐずぐず鼻をすすりたくない。


 泣きながら会社に電話をするのは何度目か。どう思われているのか、もう考えたくない。



 すぐには無理でも、ちゃんと治せるはずだ。

 症状は変わらないけど、悲観しすぎないようにしようと思う。

 克服して、いつか私のような後輩がいたら、味方になってやるのだ。

 それくらいの気持ちで。


 時間はかかるけど、諦めないでいよう。

 人に誇れる事があるような、立派な人を目指そう。


 ネガティブな私も、それくらいは前向きでいたいのだ。




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― 新着の感想 ―
[一言]  貴重な体験として拝読させていただきました。私も、循環器の問題で休職、それが原因で、気を失い転倒し、半身麻痺と難病発覚で退職。身につまされる思いでした。産業医は最後まで寄り添っていただきまし…
[良い点] 弱者にめっぽう厳しいネットの世界に生の声を発信していること。 [気になる点] 介護福祉士の観点から。 お薬代に関しては総合支援法の医療費助成制度が利用できるはずですので主治医に申請したい…
2017/06/17 19:46 退会済み
管理
[一言] はじめまして。  収入のことで、アドバイスを。健康保険に加入していらっしゃると思いますので、傷病手当金の申請してください。この申請をすると、休んだ日数分の手当が支給されます。大体、給料の3…
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