前編
とても久し振りなので温かい目で見守って頂けたらうれしいです。
“何かが違う”
物心ついた頃からずっと心の中で呟いていた言葉。何が違うかなんて分からないけれども何度も何度も呟いている。
池に映る自分の姿はいつもと何ら変わりはしない。垂れ目な大きな赤い目も、気の弱そうな下がった眉毛も、ふわりふわりまとまってくれない真っ白な髪も、兎人族特有の長くて大きい兎の耳はいつも通りぺしゃんと倒れてしまっている。
いつもと何ら変わりないのに感じてしまう違和感。
「おお、なんて美しい白。あの方の好きな白い兎族なら喜んでもらえるだろう!」
その声が後ろから聞こえた瞬間、破裂音と足に燃えるような痛みが走った。
(な……に……?)
痛む足を見れば目と同じ色の赤い液体がこぼれ、土に吸い取られていた。少し後からその液体は血だと気付く。
声の聞こえた方に目を向けると銃を構えた男が立っていた。にやりと私の“生”を嗤う姿にゾクリと悪寒が走った。
あの目は私の命を何とも思っていない。ただ、“獲物”を狙っている目だった。、
(これはヤバイやつだ!!)
その名の通り脱兎のごとく逃げようと足に力を込めたのに、力が入らない。まるで傷口から血と一緒に力までこぼれてしまってるようだ。───いや、血が流れ出るよりも早く足の感覚が無くなっている。違和感に気付いた頃には意識まで血液と一緒に傷口から出て行ってしまったようだ。
☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆・☆
「ほう……。まるで雪のような白さだな。顔は……寝ているから分からない、か。兎人族なのだから美形なのには変わりはないだろう。
で、幾ら欲しい?」
ざらりとしたハスキーで低くて太い声が頭上から聞こえた。
初めて聞く声なのに、酷くなつかしくて胸が熱い……。声の主の咽を掻き切ってしまいたいと思うのはきっと───激しい憎悪。
目をゆっくりと開ければさっきとは違場所にいた。
天井には大きなキラキラと光を放つシャンデリア、壁には大きな絵画があった。金色に輝くさらさらな髪を後ろで緩く縛っている優しげに笑う男は誰もがイケメンと思うだろう。その隣には男と同じ黄金に輝く髪を緩く巻き、勝ち気な笑顔を浮かべた女がよりそっていた。
絵画と同じ顔の男がこちらを見ていた。その顔はよく知っていたものだった。そしてその瞬間私の感じていた“違和感”の正体が分かった。
遠くまで聞こえる耳と愛らしい顔だけが取り柄の兎族の娘、それが私。
ルビーのような赤い目と影を落とす程長い睫毛。小さなちょこんと小さい淡いピンク色の鼻も、形の良いふっくらとした唇もバランス良く顔にのっている。そしてまるで雪のような白い重さを感じさせないふわふわした髪は雪兎を連想させる。それが私、クロワ=ブランシュ。
絶望さえ吸い込んでしまいそうなほどと言われた黒い目と髪。
日本から異世界に召喚され、勇者という過酷なタダ働きを強いられた西丸優紀。それが私だった。
勇者として社畜もびっくりな勇者業をこなした後、魔王を倒して疲労困憊な所に追い討ちをかけるように裏切った仲間によって殺された。
西丸優紀だった私を殺した張本人が目の前にいる。
ドロドロとしたマグマのような熱い液体が胸からお腹の方へぽとりぽとりと落ちているのが感じられる。
これは西丸優紀の感情。私だったものが私になっていくのが分かった。
(私はこの国に尽くしたのに、殺された。私は使い捨て?)
「2300万クルゥです」
「ほう、随分とふっかけてくるな。兎族の奴隷は1500万クルゥ位のはずだが?」
「これだけ美しい白なので」
「分かった」
使用人に目配せすると、使用人は浅くお辞儀をして部屋を出て行った。しばらくたつと、大きなバッグを抱えて使用人が戻ってきた。
さすがに2300万クルゥだとかなり重いらしい。使用人はいつも通り無表情を心がけているのだろうが顔を強張らせてしまっている。
「私、私は今度は奴隷になるの?」
西丸優紀であった自分を思い出さなければこんな感情を抱くことは無かっただろう。でも、私は後悔などしていない。
これが自分だと、この憎しみを抱えていてこそ自分自身だと胸を張って答えられるだろう。
「ほう、いかにも気の弱そうな顔をしたお前がそんな憎しみのこもった愛で睨むとは面白いことだ。だが、お前は兎族だ。最弱の兎族が私を倒せるはずはないがな」
あはははははと馬鹿にして嗤う姿に過去のこの男の姿とかぶる。
《魔王と闘ったのにまだ行きいているとはしぶといな、お前。いきてもらうと困るんだ。私には金が必要なんだ。懸賞金はきっとほとんどがお前に振り当てられるだろう。だから死ね》
この世で最強と呼ばれていた男を西丸優紀が倒したのだ、それもたった1人で。仲間は魔王と闘っているときにはいなかった。闘っているときは必死で何も気付かなかったけれど、今思えば死にたくなかったから逃げていたのだろう。私だけに押し付けて。
魔王は倒せたが、左腕を無くし、太股を大きく斬られ、疲労と出血多量から意識は朦朧としていた。そこに、仲間が現れた。
西丸優紀はお人好しの馬鹿だった。あんな仲間でも姿を見れて嬉しかった。無事で良かったって思った。それなのに仲間は私をまるで虫を潰すかのように躊躇無く殺したのだ。
嗚呼、この男を早く早く殺したい。残虐な方法で早く殺してしまいたいと願ってしまうほどの。
身体の中をうねる熱い熱い液体。
懐かしい。これは私の魔力。私の力。
(嗚呼、良かった。私は簡単に殺せる力を持っていた)
あまりにも嬉しくて、にっこりと口角があがった。
この胸の高鳴りは興奮。
あまりの興奮で身体が熱い、頬が紅潮しているはずだ。
「宜しくお願いしますご主人様」
「聞き分けの良いこは嫌いじゃない」
満足気な笑みを浮かべていった。
「お前にやってもらいたいのは“勇者のストレス発散”だ」
にやりと口を歪める。そしてお前に拒否権など無いからな、と続けた。
「勇者のストレス発散……?」
全く想像がつかない。私が勇者だった時にはそんな存在はいなかった。何の役にも立たなかった口だけ達者な騎士と魔物が苦しんでいる様をゲラゲラと楽しそうに笑って穢れを浄化する聖職者。私の近くにいたのはその2人だけだった。2人の仕事ぶりは最悪だったが。
「性欲処理だ」
(ふふふふふ、確かに奴隷だ。人権なんてないだね)
「畏まりました。ご主人様」
どんな復讐がいいかなぁ。
あっ、良いこと思いついた────。