感情は獣の如く
力の差、というものがはっきりとしていた。
頼人は懸命に戦ったが、パーソナルを使えないという大きすぎるハンデが重くのしかかっていた。僅かな抵抗をした後、笹本のハンマーで吹き飛ばされて壁に衝突した。
また倒れ伏す頼人だったが、すぐに笹本が近寄ってきて無理矢理立ち上がらされた。胸ぐらを掴んだまま、壁に擦り付けるようにして頼人を立たせ、笹本は声を震わせて言う。
「そうか、そうだよな。何も間違っちゃいないんだ。俺が勘違いしてただけだ。お前はまだ最強じゃない。最強の一歩手前。だから、俺が最強に仕立て上げてやんなきゃいけないんだ」
笹本はハンマーを放り投げ、空いた手で頼人の腕を掴んだ。その腕を頼人の背後にある壁に打ち付けるようにして貼り付けた。
頼人は拘束されている自分の腕に視線を移す。それを見て、笹本の行動の意味は推し量ることが出来なかったが、おかしな点に気付くことが出来た。自分の背後にある壁は校舎か何かの物だと思っていたが、違っていた。手に残る感触は滑らかで少し柔らかい、まるで粘土のような壁だった。
それを認識した矢先、自分の腕が見る見るうちに壁の中にめり込んでいき、肘まですっかり飲み込まれてしまった。
「イカれ粘土ってのは、是枝が付けてくれた名前だ。意味は良く分かんねえけど、カッコいいだろ? これが俺のパーソナルだ」
笹本が話す間も頼人は自分の腕から目を離せなかった。その粘土の中は頼人の腕を弄るかのように蠢いていて、正気でいられなかった。
「この能力もすげえんだ。このでっけえ粘土に触れながら、武器をイメージすると、その武器の形をした粘土が出てくるんだ。しかもその形作られた粘土はしっかり固まってくれるから、変形はしないし、殺す力もバツグン。まさに最強のパーソナルってことだ。しかも、この力を使えるのは俺だけじゃない。この粘土に触れさえすれば、誰であろうと武器を作れる、最強の力を手にすることができるんだ」
笹本の説明を聞いて、頼人は現状と彼が自分に何を求めているのかを理解できた。しかし、彼がどういった目的でそれをさせようとしているのかが理解不能だった、彼が自分にさせようとしていることは自殺行為に他ならないからだ。それでも、笹本は頼人の思っていた通りのことを口にした。
「さあ、もう分かっただろ? 早く武器を作れよ。お前の考える最強の武器をな。それでちゃんと最強になって、俺に殺されろ」
「……なんで最強に拘るんだ? 最強だってことが、君たちの言う正義に必要なことなのか?」
「うるせえな、正義がどうとかは俺にはどうでもいいんだよ。俺が世界最強だってことを証明できれば、それでいい。正義って肩書があれば、動きやすかった。ただそれだけだ」
「じゃあ君は、自分が正しいことをしてるって……」
「正しいことはしてるぜ。自分が正しいと思うこと、つまり強い奴らをぶっ殺して、世界で一番強くなるってこと。それが俺にとっての正義だ」
笹本の言葉で頼人の中の何かが切れた。今まで彼とは和解に至る道があると思っていたが、そんなものは始めから存在しなかったのだ。彼の自分勝手な動機で他者を傷つける行為は許しがたく、頼人は沸き上がる怒りを押さえ込むことが出来なかった。
「正義を騙って……自分の欲望を満たすためにそれを利用して……人を傷付けるだけで! そんな奴らに、俺たちの学校をめちゃくちゃにされてたまるか!」
頼人は粘土から腕を引き抜いた。その手には石灰色の剣が握られていた。その剣を笹本に目掛けて振り下ろす。しかし、笹本は素早くそれを回避し、ハンマーを拾いながら頼人と距離を取った。
「剣! 最強に相応しい武器じゃん。それをへし折ってやれば、俺が最強になれる!」
笹本は興奮気味に言った。ハンマーを担ぎ上げ、笑みを浮かべながら突進してくる。一方の頼人は怒りを滲ませ、剣を強く握りしめて笹本を迎え撃つ。
金属がぶつかりあうような、鈍い音が響く。互いの得物がそれぞれの攻撃を弾いた。大きな隙が出来たのは笹本の方で、その間に頼人は追い打ちをかけようと剣をもう一度振る。しかし、笹本は剣の腹を素早く蹴って追撃をいなした。その後、ハンマーを担ぎ直して一歩下がると、大きく屈伸してから跳躍した。
高い跳躍から急降下をし、その勢いのままにハンマーを頼人に叩きつけた。頼人は剣でそれを防いでハンマー諸共、笹本を弾き飛ばしたが、剣は亀裂が何本も走って悲鳴を上げていた。
飛ばされて膝をついていた笹本は、余裕を見せながら立ち上がる。彼の顔からは笑みが消えていなかった。
「こんなもんじゃないだろ? 最強の力、もっと見せてくれよ!」
安い挑発だったが、今の頼人はそれにすら乗ってしまうほど、冷静ではなかった。壊れかけの剣を振りかざし、笹本に走り寄る。頼人の叫びと共に、剣が振り下ろされた。




