殺すためだけの力
額に向けて放たれた並木の銃弾を花凛は何の苦もなく回避した。それがまた、花凛の怒りを増長させる原因となり、結果として判断能力を鈍らせることになった。
花凛は回避した後、一直線に並木へ特攻した。並木は既に2発目、3発目と銃弾を放っていた。
如意棒でそれらを振り払うが、矢継ぎ早に銃弾は飛んできた。避けるのも煩わしくなり、被弾覚悟で攻め一辺倒の構えを取り、勝負を急いだ。しかし、花凛の無謀な突撃を見計らったかのように、花凛の目の前に巨大な土壁が立ちはだかり、花凛の突撃を止めた。
「まったく、どうしてそうも何も疑わずに突っ込めてしまうのでしょう。貴女の思考は短絡が過ぎますわ」
土壁に額をぶつけて痛がる花凛の背後に、呆れた顔をした杏樹が立っていた。
「杏樹がやったのね。なんで邪魔するのよ」
「助けてもらっておいて、その言い草はないのではなくて? あのまま考えなしに突っ込んでたら、花凛さんがやられるのは目に見えていましたわ」
花凛は土壁に軽い蹴りを1発入れてから、杏樹の方に完全に向き直った。
「へえ、やられてた? あんなおもちゃであたしが? あたしを見くびりすぎなんじゃないの?」
「見くびっているのは花凛さんですわ。相手のパーソナルも分かっていないのに、なぜあれをおもちゃだと断定するんですの? 少しは考えてくださいまし。相手は自信をもって、死を宣告してきたのですよ? あの水鉄砲には死を与えるほどの力があると考えるのは当然のことですわ」
「それがただの考え過ぎだってこともあるでしょ。死ぬだなんだって言葉に怯えすぎて、ぐずぐずしてたってしょうがないじゃん。それに、死ぬって言葉で恐怖を煽って躊躇わせてる隙に、自分に有利な状況を作ろうって作戦かもしれないし」
「それも一理あります。ですけれど、だからといって無防備に攻めるのは、何も考えていないのと同じですわ。相手の言葉がはったりであろうとなかろうと、それをケアしつつ勝機を見出さなくてはなりませんわ。最悪な結果……死というものが訪れてからでは遅いのです。花凛さん、貴女がいくら強かろうと、自分の力に絶対的な自信があろうと、自らの命を軽んじるのはやめてくださいまし」
「……分かってるわよ。ごめん」
杏樹に止められ、言葉を交わしたことで冷静さを取り戻した花凛は、不貞腐れながらも自分の愚直な行動を詫びた。
「謝れるなら大丈夫ですわね。それでは、用心して2人がかりであの方を懲らしめてさしあげましょう」
「うん……って、いやいや、もう1人いるじゃん。そいつはどうすんの? ていうか、そいつ何して……」
花凛は辺りを見回すと、綺麗なドレスを着た西洋人形のような何かが、もう1人の女、鈴星と戦っているのを見つけた。
「あちらはわたくしの下僕がなんとかしていますのでご安心を」
「杏樹のパーソナル、見る度に人間っぽくなってるわね……まあ、とにかく、あたしたちはあのヤローに集中できるってわけね」
「人数差で有利なのですから、無理はしなくて良いということですわ。安全に勝つ策は、あの水鉄砲を回避することに尽きます。回避に専念して撃たせ続けて、空になったところで攻勢に移りましょう」
「オッケー。そんじゃ、行きますか!」
花凛が土壁を拳で砕き、戦闘再開の合図となった。壁の向こうでは並木が水鉄砲を構えて待っていた。
連射される水弾を花凛と杏樹は躱すと、花凛は並木に向かっていき、杏樹は射出で反撃を開始した。
並木は杏樹の攻撃を避けながら迫りくる花凛を正確に捉えて撃ち続けた。2人を相手にして冷静な判断をし、それを的確に実行できる並木の戦闘力には目を瞠るものがあった。
花凛は水弾を如意棒で払い落としながらある程度の距離まで詰めて、そこから並木の攻撃を誘った。あわよくば、注意を此方に完全に向けさせて杏樹の攻撃を当てさせようと考え、体だけでなく口も動かして揺さぶりを掛けた。
「あんたたち、自分たちがどんだけヤバいことやってるか分かってる? 学校に襲撃かけるなんて、ただのテロリストよ。犯罪に手を染めてまで、あたしたちを殺す意味、あるの?」
「黙れ! 俺たちは正しいことをしてる。理の力に溺れた悪を裁けるのは俺たちだけだ」
「ずいぶん思い上がった思考をしてるのね。あんた、独裁者になれるよ。それもとびっきり最悪の。花凛ちゃんのお墨付きだ。良かったね、自信持っていいよ」
並木はそれ以上、口を利くことはなかったが、明らかな苛立ちを見せていた。銃口は執拗に花凛を見つめ、絶え間なく水弾が吐き出された。花凛の囮としての役目は十二分に果たされていた。
怒りに囚われ、花凛しか眼中になくなった並木の隙を杏樹は見逃さなかった。人差し指からソフトボール大の石を発現させ、並木の側頭部に狙いを定めて射出した。石は並木に向かって一直線に飛んでいき、狙い通りに当たるかに思えたが、当たる直前に並木が気付き、僅かにずれた位置に命中した。
杏樹の攻撃は決定打にならなかったが、好機は続いていた。怯む並木に、花凛は遂に攻め込んでいった。思惑通り、水鉄砲も空になっていて、勝負は此処で決まると考えた。
花凛は拳を大きく引き、雄叫びを上げながら突っ込んだ。並木が俯いた顔を上げて、花凛を見る。苦痛と屈辱で顔をしかめて、迫る花凛を睨む。避ける気力がないのだろうか、一歩も動かず、後退りさえしなかった。勝敗は決したかに見えた。
花凛の拳が並木の顔に目掛けて繰り出されようとする寸前、並木の表情が一変した。それに気付いた時には異変が花凛の身に起きていた。拳が並木の顔の前で止まり、全く動かなくなってしまった。それだけではない。花凛の体がその体勢を保ったまま固まってしまったのだ。
「え? なにこれ?」
混乱を口に表すと、今度は背後に何者かの気配を感じた。振り向こうにも振り向けないが、声でそれが誰か分かった。
「あんな人形で私を殺せると思った?」
鈴星は嫌味っぽい口調で囁いた。
何をされているかを知る術はなかった。だが、この状況を一刻も早く抜け出す必要があった。目の前で並木は水の源石を取り出し、水鉄砲に水が貯まっていった。
「罪深き悪の権化に相応しい死を与えてやる。そしてその死を志半ばで逝った同士に捧げる」
「花凛さん!」
杏樹は鈴星を狙って理を射出した。鈴星は一瞬、並木に視線を向けた後、花凛の背後から退いて、杏樹の攻撃を避けた。鈴星が動くと、花凛の体は重石が消えたかのように自由になった。しかし、勢いをなくしたままで前傾姿勢になっていたので、瞬時に身を翻すことなど出来なかった。水鉄砲の銃口が花凛の口にねじ込まれる。
「死ね、悪魔」
躊躇いなく引き金は引かれた。理の水が放出され、口内を満たし、喉を無理矢理通っていった。
花凛は息を詰まらせながらも、並木に頭突きをかまし、水鉄砲を吐き出した。同時に、口に残る水も吐き捨てたが、殆どは体内に侵入して対処が出来なかった。
「ぺっぺっ、キモチワルイしてくれたわね……そんで、死ねって言う割にあたしピンピンしてるんですけ……ど……?」
並木は冷ややかな目で膝をつく花凛を見下ろした。
「花凛さん?! 貴様、花凛さんに何をしたのです!」
「俺の水は神経を破壊していく。徐々に体の自由を奪い、内蔵を侵し、最後は脳に侵入して死を与える。一度体内に入ってしまえばそれは防ぎようがない。この女はもう全身に苦痛を覚えながら死ぬだけだ」
「そんな……くっ……」
杏樹は花凛の下に駆け寄ろうとしたが、鈴星が立ち塞がった。
「どきなさい!」
「イヤ。あなたは此処であいつが死ぬ姿を見届けることね」
我を失い冷静ではなくなった杏樹は、乱暴に鈴星を退けようとするが、簡単に躱されてしまった。鈴星が杏樹の横に回り込むと、杏樹はピタリと動きが止まってしまった。
「体が……どうして?」
正体不明の縛りを解くことも出来ず、杏樹は花凛の姿を見させ続けられた。花凛は苦しそうに荒い呼吸をし、体を支える腕も崩れそうに震えていた。それでも、如意棒だけは離さまいと力強く握っていた。
「痛みは死ぬまで続く。それはお前の罪の重さだ」
「罪……? 罪、ねえ……そんなもの……」
花凛は顔を上げて並木を見た。もはや両腕をぶら下げ、花凛の死を傍観しているだけだった。その冷淡な表情に、正義の面影など微塵も見えなかった。それが実に馬鹿らしくて、花凛は笑いが込み上げた。
「……なんで笑っていられるんだ?」
「そりゃ、笑うわ。あんたは間違ってるから」
「間違ってる? 俺の何が間違っているというんだ」
「くっくっくっ……全部だよ、全部!」
花凛は突如飛び上がり、並木の胸ぐらを掴んだ。そのまま身を翻し、片腕だけで並木を背負い投げた。その力強さは、とても死にかけた人間の持つものではなかった。
アスファルトに打ち付けられた並木は痛みに悶えていた。それを今度は花凛が見下ろしていた。
「ふふーん、どうして『毒』が効いてないか気になるでしょ?」
「お前、俺のパーソナルを……」
花凛は得意気な顔をして如意棒を並木に見せびらかした。
「あんたの水鉄砲、このピーちゃんが防いでくれてたんだけどさ、ピーちゃんの中に染み込んできた水を解析してくれてたのよね。それで、あんたのパーソナルが神経系に作用する毒だってことが分かったの。ただ、毒とは言っても理は理。それが水の理だってんなら、それに強い土の理で対応できる。そういうわけで、戦ってる間にピーちゃんには毒を打ち消せる土の理を準備してもらって、万が一に備えてもらってたのよ」
「ハッハー、僕って超有能! どうだ、参ったか、テロリスト。花凛ちゃんの口にエモノ突っ込んだ罪は大きいぞ。たっぷりみっちり償ってもらうからな、ばーか、変態!」
やいのやいのと煩い如意棒に花凛は眉をひそめた。
「そうか、それはやはり自律理源か。その力に勝つには、骨が折れるということだ」
「まだやる気? 今までのあたしの攻撃、結構響いてるんじゃない?」
「覚悟してるんだ。あの時から……」
並木はよろめきながらも立ち上がり、花凛に水鉄砲を向けた。
「殺す。悪い奴は全員、殺してやる!」
花凛は並木を哀れに感じた。如意棒を構え、再び戦いに臨む。これほど虚しい戦いは後にも先にも存在しなかった。




