最強の証明
頼人は黒煙が薄くなっていることに気付いた。視界が戻り、進む道が徐々に明らかになり始める。その先にうっすらと人影が見え、その人物と惨劇が目の当たりになった時、頼人の足は止まった。
血に染まったスレッジハンマーを片手に、少年が頭から血を流す教師を見下ろしていた。少年は教師を足蹴にしながら、ぶつぶつと呟いていた。
「ザコがよお、図に乗るなよな。俺を止められるのは俺だけなんだよ。分かったか?」
返事はなかった。教師は既に虫の息になっていた。
「やめろ!」
頼人は大声を上げると、少年の視線が此方に向いた。少年は教師への攻撃を止め、口を歪ませながら近付いてきた。
「敵だ……金髪女でもデカブツの化物でもない。じゃあ、お前はなんだ? そうか、あいつらのボスだな。あいつらよりも強い、まさに最強最悪のラスボス! くっひひひ、やったぜ、これでようやく証明できる。この俺が世界で一番強いってことが!」
少年の支離滅裂な話に返す言葉が見つからなかった。とにかく彼が敵であることは明らかであり、被害を増やさないためにも此処で戦うしか選択肢がなかった。頼人はストーンホルダーを弄り、源石を手に取った。
先手を取ったのは頼人だった。4つの理を代わる代わる射出していき、少年を牽制する。しかし、少年は頼人の攻撃を受けながらも、怯むことなく突っ込んできた。身の丈ほどの長さのハンマーを軽々と担いで一瞬にして頼人の目の前に来ると、ハンマーを横に打ち振るった。
重たい一撃が頼人の脇腹に入り、そのまま横にふっ飛ばされた。窓ガラスを破り、外に放り出される。地面に全身を打ち付けた頼人は立ち上がれずにその場で呻くことしかできなかった。
割れた窓から少年が追ってきた。地に伏せ喘ぎ苦しむ頼人を見て、少年は顔をしかめた。
「ふざけんなよ。ラスボスがなんで1発でやられてんだよ。違うだろ? お前は強いんだ。おら、さっさと本気を見せろ!」
少年は凄んでみせたが、頼人はおよそ彼の望みに応えられる状態ではなかった。
それは少年の痛打で戦闘不能になったとか戦意喪失したとか、彼に起因する問題ではなくて、頼人自身の問題だった。本気というものを見せるならば、パーソナルしかない。だが、そのパーソナルは今、使える状態にないのだ。少年の望みに応えようというつもりはなかったにせよ、パーソナルが使えないという事実に無理矢理向き合わされたことで、頼人は自分の無力さに喪心してしまった。
一方、少年、笹本卓は待てども立ち上がりもしない頼人に苛立ちを募らせていた。ハンマーを握る手は震えだし、我慢が利かなくなってきていた。
「なんでだよ。なんでだんまりなんだよ。早く最強の力を見せろよ」
「最強だなんて……俺は全然強くない。ただ、自分の持ってる力に胡座をかいてただけだ」
「はあ? ふざけたこと、言ってんじゃねえ!」
笹本は怒りに任せて頼人を蹴った。何度も蹴って踏んでを繰り返し、吠える。
「お前が、最強、なんだよ! 最強の、お前を倒して、俺が、最強になるんだよ、クソがっ!」
笹本は足を大きく上げて頼人の顔を踏みつけようとした。しかし、寸前で笹本の足を頼人が受け止めた。
「あ?」
頼人は笹本の足を押し返した。笹本がよろめき後退している間に、ゆっくりと立ち上がり、源石を構える。
「強くなくても戦うんだ……戦わなくちゃ、ダメなんだ」
自分に言い聞かせるように呟き、雑念を消そうとした。手に宿した炎は風もないのに激しく揺れていた。




