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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
正義の使者

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臆病者の襲撃者

「おい、お前、何者だ。あのガキの仲間か?」

 紅蓮は姿の見えない襲撃者に問いかけるが、反応はなかった。しかし、僅かに聞こえる荒い息遣いでおおよその居場所は判明していた。火の理を取り込み、そこへ向けて射出を試みる。

 右手に理が蓄積され、血液が熱くなる。沸騰するほどの熱を帯びて、制御が危ぶまれるほどの力が溜まると、血に滲む手のひらから火の粉が沸く。その瞬間、紅蓮は思いがけない事態に遭う。

 自分が発現した炎とは違う、異質な炎が手のひらから溢れ、暴発した。傷口を抉るように燃え盛る炎に激痛を覚え、紅蓮は溜めていた理の制御を完全に奪われて霧散させてしまった。

 声を荒げるほど悶絶する紅蓮に追い打ちが来る。黒煙に紛れ、再び刃が襲ってきた。居場所に目処が付いていたため、その奇襲は自らの巨腕を乱暴に振り回すことで凌ぎ、襲撃を回避した。

 また黒煙の中に襲撃者は消えてしまったが、今度は姿をしっかりと見ることが出来た。襲撃者は小学生か中学生くらいの少年だった。彼は襲撃者特有の鬼気迫る表情をしていたが、彼の幼さもあってか怯えたような表情にも見えた。

「やばい……また失敗だ……つ、次は、えっと……」

 少年の声が僅かに聞き取れた。明らかに震えた声だった。彼の心理に迫りたいところだが、その前に自身に起きた先の現象を突き止めるべきだ。紅蓮は血と煤に塗れた手を見た。

 自分は確かに理を発現しようとしていた。発現する直前までいつもと変わらず、何のミスもないと自信を持って言える。しかし、まさに発現しようとしたその瞬間に自分の理とは違う別の力が介入し、発現を妨げた。手のひらを焼いたその力は、理によるものと見ていい。おそらく、あの少年が理を発現するタイミングを見計らって彼の持つ力を発動させたのだろう。ただ単に手のひらに目掛けて射出、ないしは発生で攻撃してきたのか、それとも彼の持つパーソナルによるものなのか。答えを導き出すには不明瞭なことが多すぎた。

 紅蓮はもう一度、理を発現しようと試みた。変わりない手順で今度は逆の手から射出させようとする。まさに炎が発現せんとするその頃合いで、またもや自分の力とは異なる炎が手のひらに宿り、皮膚を焼いた。発現を反射的にやめると、その炎も同時に消えていった。

 手のひらをまじまじと見ていると、足音が近付いてきた。黒煙の中に影が見え、少年が姿を現す。先程同様、包丁を突き出し、紅蓮に刺そうとしてきたが、警戒を充分にしていたため、彼の攻撃を容易く回避した。

 そのまま攻撃に転じようと少年を捕まえようとするが、少年は紅蓮の一挙手一投足に過敏なまでな反応を示し、紅蓮の指先にすら触れさせずにまた煙の中に消えていった。

 一連の出来事の中で 紅蓮はカラクリをなんとなく掴んだ。どうやら理を発現しようとすると、それを阻害するために、発現させようとする部分が燃えるらしい。つまり、理を使えない状況にしていると。そして、この炎に怯まされている間に少年は攻撃を仕掛ける、という策のようだ。

 仕組みは理解したので、それをどうやって崩すかを考える。煙によって視界を奪われている以上、自分から攻撃に向かうことは難しい。とすれば、此方がわざと隙を作り、少年をおびき寄せてカウンターを御見舞するのが正解だろう。しかし、少年の異常な警戒心、というか怯えているような、そういう臆病な性格による注意力の高さの前では生半可な演技は通用しない。少年に圧倒的な好機であることを見せつける必要があった。

 紅蓮は暫く悩んだが、あることに気付き、意を決してそれを実行することにした。

「上手くいってくれよ……」

 そう呟くと、紅蓮は理を全身に駆け巡らせていき、体内を理で満たした。理が隈なく行き渡ったことを感じると、気合いの篭った雄叫びと共に、理を解放した。

 全身から理が解き放たれたことにより、紅蓮の一瞬にして火だるまになった。炎による熱と痛みでもがき苦しむが、それでも理の発現を止めようとしなかった。

 乱心したかのような様子に少年、是枝良紀は恐怖した。自分の能力の術中に嵌っているのは確かだったが、全身を焼いてまで発現させようとする気迫に恐れおののいた。

 是枝にとってこの戦いは望むものではなかった。そもそも、正義という大義名分を是枝が持つこともなかった。ただ、笹本に強制させられて行動を共にしていただけで、言わば成り行きでここまで来てしまったのだ。今まで正義の執行をのらりくらりと躱してきたが、とうとう自分にも役割が齎されてしまった。本当は他人を傷つけることなんてやりたくないし、逃げ出したかったが、仲間たちに、笹本に見捨てられないためにも、どれだけ怖くても、間違ったことだと分かってても、役割を全うしなければならなかった。

 是枝は汗で濡れる包丁を握り直し、大きく息を吐いた。そう、これはチャンスなんだ。攻撃のチャンスを逃すことは出来ない。異様なプレッシャーを放っていても、あの炎は確実に効いている。トドメを刺す絶好のチャンスなんだ。そう心の中で言い聞かせて、自分を奮い立たせた。

 意を決し、是枝は紅蓮に向かっていく。胸の内で沸き上がる不安や恐怖をかき消すように叫んだ。しかしその叫びの色は紅蓮を眼前にして、正反対のものとなった。

 完全に炎に覆われて苦しんでいた紅蓮が平然と是枝の腕を掴んだ。その瞬間、炎は燃え尽きたかのように消えていき、その中から煤に塗れた大男が出現した。

「残念だったな」

 紅蓮は是枝の腕を引っ張り上げ、その小さな顔を飲み込むほどの巨大な手で頬に平手打ちをした。

「どうやら、オレの推測は当たったらしい。お前のパーソナルは理の阻害。理の発現に反応し発火する。確かに熱くて死にそうにはなるが、出来るのはそこまで。発現自体に制限はかけられない」

 是枝は頬の激烈な痛みが感じなくなるほどに、恐怖と驚愕に思考が支配された。腕から伝わる力、怒気の篭った声、鋭く光る瞳。どれを取っても、子供はおろか、大人でさせ畏怖させられる容姿を紅蓮はしているため、わざわざ叩かなくても、是枝の心は折れていただろう。

「制限がないなら、無理矢理発現しちまえばいい。それを発現して、お前のパーソナルを上書きすれば、もう自由に理を使えるからな」

「う、上書き……? そんなこと出来るわけない。僕の力はずっと続くのに! この煙の中ならずっとずっと……!」

「やはり、やはり煙もお前のパーソナルだったか。要するに煙の中で発火による阻害が働く、と」

 紅蓮は是枝を放り投げた。床に打ち付けられた是枝は即座に立とうしたが、腰が抜けて動けなかった。パニックになりながら周囲を見回すと、異変に気付いた。

「煙がない! どうして?!」

「……オレのパーソナルがお前の全ての能力を打ち消した」

「なっ! そんな……そんなのズルすぎる!」

「なんでも都合よく消せはしない。それに制約もあるからズルじゃねえ。実際、発現するまでお前の能力にクソほど痛めつけられたからな」

 紅蓮はわなわなと震える是枝に詰め寄り、胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「まだお返しは終わってねえぞ。たっぷり痛めつけてから、お前のこと調べさせてもらおうか」

「やめて! やめてください! もう、ヤダよ……」

 是枝は女々しく泣き出した。こうなると、紅蓮も手を出しづらくなった。

「学校に襲撃かけて、オレたちを殺そうとして、それで今更メソメソしやがって。相応の覚悟と目的があって来たんじゃねえのか?」

「違います……僕はただ皆がやるって言ったから……僕もやらなきゃ、笹本君に怒られるから……」

 笹本という名に聞き覚えはあった。粘土のような物体を使う少年だ。あの生意気で傲慢な少年に怒られるということは、彼と笹本との間で友好的な関係が築かれてないのだろう。それでも笹本、または『皆』に同調しなければならない理由があるはずだと考えた。

「……犯罪の片棒を担がされたんだぞ。そこまでして、なんで皆って奴らに従う?」

「居場所、ないから……あそこにしかないから。僕を僕として見てくれるのは笹本君たちしかいないから。だから……だから、見捨てられたくないから、やりたくなくてもやるしかなかったんだよ!」

「バカヤローが!」

 紅蓮の平手打ちがまた是枝に刺さった。紅蓮は息を荒げて、言葉を続ける。

「テメエの本心は分かってたんだろ? テメエらが間違ったことしてるってことに! だったらそれを伝えろよ、オレたちが間違ってるって! 居場所がなくなるだ? 見捨てられたくないだ? ビビってんじゃねえよ! テメエが本音を伝えれば、結果は変わったかもしれねえんだ! いいか、本当に仲間を想うなら、仲間と一緒に居たいなら、黙って後ろにひょこひょこ付いてりゃいいわけじゃねえ。時には先陣切ったり、横並びで走ったり、道間違えてる奴の肩掴んで止めたりしなきゃなんねえんだ。それで失うようじゃ、そいつらは仲間なんかじゃねえ。本当の仲間も居場所も別にあるってことだよ!」

「別にある……? そんなわけ、ない……だって僕のことを……でも、僕は……」

 是枝は頭が破裂しそうになっていた。答えも分からず、同じ言葉が何度も何度も脳内を駆け回る。そして遂に、処理がしきれなくなって唸り声が漏れ、どんどん声が大きくなり叫びとなった。

「う、ああ……うわあああああ!!!!!!!!!!!」

 是枝は紅蓮の腕を振りほどき、全速力で逃げた。紅蓮は彼を追おうとはしなかった。追えるほどの体力が残っていなかったのもあったが、追ったとしても何も解決しないと思ったからだ。

 巨体を壁に凭れかけ、溜め息を吐く。

「熱くなりすぎたか……」

 自嘲気味に呟き、目を閉じた。

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