日常と非日常の境目
花凛が敵との接触を果たして数日が経った。それ以来、彼らの音沙汰はなく、如実に現れている悪意とのいたちごっこに明け暮れるだけだった。
今日も同様に、放課後は各々が見回りに付くのだが、それまでの僅かな憩いの時間の1つである昼休みをいつもの様に、誰にも邪魔されない頼人たちだけの空中庭園で過ごすことになっていた。
戸張と零子は先立って屋上に向かい、頼人は紅蓮と共に購買に寄ってから行こうとしていたが、教室を出ようとする直前、花凛に呼び止められた。
「ちょいちょい、頼人」
「ん、どうした?」
「ふふん、手、出して」
花凛はニヤニヤしながら催促した。意図が分からなかったが、言われるがままに左手を花凛の前に突き出した。
花凛は頼人の腕を引っ張り、七色に輝くビーズのブレスレットを付けた。頼人は嬉しさを表現できずに、唸るばかりだった。
「これでよし。前のよりはしっかりしてるから、そうそう壊れないわよ」
「おお……おお……」
頼人は腕を掲げ、しげしげとブレスレットを眺めた。多種多様なビーズが光に当たり、それぞれ違った輝きを放っている。少し腕を動かすだけで、その輝きはまた変化し、見ていて飽きなかった。
「……感動してくれてるのはいいんだけど、あたしに何か言うことあるんじゃない?」
「ああ、ごめんごめん。綺麗すぎてつい……ありがとう、花凛」
頼人は満面の笑みで感謝を伝えた。あまりの喜び様に花凛は呆れてしまったが、頼人の笑顔に負けて、自分も笑ってしまった。
「しかし、本当によく出来ているな。とても獅子川が作った物とは思えん」
紅蓮はブレスレットと花凛を交互に見た。
「だったら考えを改めるべきね。花凛ちゃんは繊細で器用、才色兼備、完全無欠の女の子なのよ」
「そ、そうか……とにかく、もう用事は済んだろ。早く購買に行こう。戸張たちを待たせる訳にもいかない。おい、頼人。喜びに浸るのもお終いだ」
尚もブレスレットに見惚れている頼人の肩を巨大な手が掴み、教室から引きずり出そうとした。再び教室を出ようとしたその時、紅蓮は突然立ち止まった。
「なんだ、これは?」
紅蓮の不穏な言葉に、頼人はブレスレットから目を離して、廊下を見た。一見、何もおかしなものは見えなかったが、よく目を凝らすと、薄い靄のようなものが辺りに漂っていた。
それを認識してまもなく、靄は見る見る濃くなっていき、視界を遮る黒い煙が廊下はおろか、教室にまで入り込んできた。
「なになに、火事でも起きたの?」
非常ベルがけたたましく鳴り出すと、周りにいる生徒たちは慌てふためくことなく、冷静かつ迅速に教室から出ていき、視界が遮られているにもかかわらず、足を迷わぜずに何処かを目指して逃げていった。
「避難訓練の成果ってやつ?」
「それにしても機械的すぎる動きに見えたがな。誰もパニックになるどころか、声1つ上げないとは。理事長が何か仕掛けたのか?」
「そういう推理は後にして、俺たちも避難しよう。ほら、もう煙がここまで……げほっ、げほっ」
既に黒煙が充満し、頼人たちはそれぞれの姿を認識できなくなるまで視界を奪われていた。
耳を劈く非常ベルの音に負けないよう、声を張り上げて互いの安否を確認し、頼人たちは脱出を試みるのだった。




