此処に無いもの
並木が到着して早々に、その報告が菊林からなされた。並木は全身の血が一瞬で冷えていくのを感じた。
「諸積さんが、殺された……?」
菊林の言葉を復唱した。それしか出来なかったと言っても過言ではない。並木はあまりに唐突な出来事に理解が追いついていなかった。それきり言葉を失った並木に代わり、鈴星が菊林から詳しい話を聞いた。
「本当に諸積さんは殺されちゃったの?」
「うん。敵と戦ってて、最初は押してたんだけど、最後に凄い炎を浴びて死んじゃった。それも酷くて、跡形もなく燃やされちゃって」
「そう……じゃあ、誰に殺されたの? やっぱり……あいつら?」
伏し目がちになっていた菊林は見落としてしまいそうなくらい小さな頷きをした。
「……分かった。報告ありがとうね、小雀ちゃん」
鈴星はいよいよ並木へと視線を移し、彼の判断を待たざるを得なかった。並木は菊林が話している最中に事態の理解と整理を終えた。そして、今まで彼らに抱いていた僅かな可能性、希望を完全に排他した。
「彼らを……俺たちの敵を殺す。もう一刻の猶予も与えてはいけない。彼らは悪だ。純然たる悪。絶対にこの世界から消してやる」
並木に迷いはなかった。信頼すべき仲間の死によって、それだけの覚悟と決意が生じていた。しかし、それは昂る感情に身を委ねてしまったことに相違ない。自身の愚かしさに気付くこともなく、並木は頼人たちの抹殺計画を鈴星たちに伝えた。
外も暗くなった頃、並木たちの会議は終わり、主人を失った喫茶店から次々と人がいなくなっていった。
居候の身である菊林は当然のように此処に居続けたが、何故か笹本も椅子から立たずに空のコップを弄んで帰ろうとしなかった。
「ねえ、もう帰ってくれない? 邪魔なんだけど」
菊林は棘のある言い方で笹本を追い払おうとした。しかし、笹本は一向に動く気配を見せなかった。
「聞こえてる? 帰れって……」
「お前、嘘吐いただろ」
笹本の口から予想だにしなかった言葉が放たれた。菊林は一層強く笹本を睨んだが、笹本は顔色1つ変えず、コップ越しに菊林を見ていた。
「嘘って……諸積さんが死んだのは本当。あいつらに嬲り殺されて……」
「違う。やったのはあいつらじゃない」
確信しているかのような口ぶりだった。菊林は根拠は不明であれ、笹本が嘘を見抜いたことに驚き、初めて彼を褒め称えようとさえ思えた。
「へえ……まあ、誰がやったとしても変わらない。諸積さんは死んだ。そして、諸積さんが死んだことでやっと前に進める」
菊林は開き直って話した。それは自分が嘘を吐いた弁明とも取れるものだった。
「並木さん、あいつらを殺すの躊躇ってるみたいだったから。いい理由付けをしてあげたの。仲間を殺されたとなったら、憎しみに迷いはなくなるでしょ? だからあいつらに罪を擦り付けた。ふふふ、そしたら思った通り。もうすぐあいつら、殺せるんだ。やっと、やっと鬱陶しい小蝿を駆除できる。くふふふ……」
菊林は邪な感情を隠すことなく、不気味に笑った。それを見ていた笹本は抑揚のない声で問う。
「……なんで笑ってられるんだ? お前、誠さん死んだんだぞ? 兄貴みたいなもんじゃなかったのか?」
その問は尚のこと笑いを誘ったが、必死に堪えながら答えた。
「兄貴だなんて思ったことないけど。ただ利用させてもらってだけ。おかげさまで快適な生活を送れたけど、度を超えたシスコンっぷりだけは苦痛だったなあ。思い出すだけで鳥肌が立つ」
笹本はコップを下げて直接、菊林を睨んだ。
「クソヤローだ」
「それは私に向けて言ってるの? それとも諸積さん?」
「皆だよ。皆、クソヤローだ」
そう吐き捨てて、笹本は店を出ていった。
笹本はいなくなった後、菊林は1人ぼっちの店内で笑い声を上げた。何がおかしいのか自分でも分からなかったが、笑いしか出てこなくなっていた。




