信じるべきもの
諸積の喫茶店に向かう道すがら、並木は俯きがちになり考えに耽る。
彼らを悪と見做すに足る材料がなかった。今まで裁きを下した人間は全て、あの人の判断と裏付けがあった。彼らに関しては、あの人に従った当初から存在は知らされていて、彼らが理を使って悪行を重ねていること、白い少女の力によって世界を大きく変革させようとしていることを聞かされていた。
しかし、実際彼らの内の1人を自分の目で確かめてみると、悪人とは思えない、寧ろお人好しに感じる部分が大いに見られた。それにより生じた、彼らへの疑念。その疑念がより強くなったのが、大和駅前での彼女の行動だった。
真に悪と呼ばれる人間なら、人を救おうとはしない。我関せずでその場を去るのが定石だろう。しかし、彼女は悪意とその被害者の両方を助けようとした。
この2つの行動を目の当たりにして、並木は彼らを純粋に敵として見ることが出来なくなってしまった。彼らは本当に悪なる者なのか。あの人が、自分に進むべき道を示してくれたあの人が嘘を言うだろうか。もしや、あの人が言う敵と彼らは違うのではないか。色々な思考が並木の中を駆け巡ったが、結論は出るはずもなかった。
意味のない堂々巡りに没頭しながら歩いていたが、突然背後から肩を叩かれて我に返った。振り向くと、そこには控えめな笑みを浮かべた鈴星がいた。
「鈴星さん……」
「途中で会えるなんて珍しいね」
並行して歩きながら、2人は言葉を交わした。
「そうだね。あんまりこっちの道から行かないから」
「じゃあ今日は運が良かったかな……なんてね」
鈴星の笑みに並木は精一杯の微笑みを返した。しかし、鈴星の顔は一変して曇ってしまった。
「どうしたの? なんか、元気がないみたい」
並木の心は簡単に見透かされてしまった。誤魔化しきれないことを悟り、並木は白状することにした。
「ちょっと考え事をしてた」
「……あいつらのこと?」
「うん。本当は悪い人たちじゃないのかもって思えてきて。もしそうだったら、俺はどうすればいいんだろう? 何をするのが正しいんだろう?」
並木は心の叫びがそのまま口に出たような気がしていた。それを恥ずかしく思ったが、鈴星はそんな並木を寛大に受け止めた。
「1人で思いつめなくてもいいんだよ。諸積さんや、小雀ちゃん、笹本君に是枝君、それに私もいる。皆でいっぱい考えて、それで正しいことをやろ? それが間違ったことでも、始めからやり直せばいいんだよ。誰かに蔑まれても、愛想を尽かされても、裏切られても、私だけは絶対に付いて行くから。絶対、並木君の味方でいるから」
鈴星の慈しみに並木の感情に絡みついていた思考の鎖が解けていった。自分が愚かだった。前に進もうとせず、1人で悩むことこそ間違いなのだ。為すべきことを為し、真実を確かめて、それで答えを出せば良い。こんなにも頼りになる仲間がいるのだから、心配はいらない。並木は覚悟が蘇り、勇気が芽生えた気がした。
「ありがとう、鈴星さん。本当にありがとう」
感謝を言葉にしても足りないくらいだった。それでも鈴星は並木の言葉に頬を赤らめて、喜んだ。
「ううん。私の方こそ、ありがとう。並木君と出会えて、並木君と一緒に戦えて、並木君の隣にいられて私、嬉しい。これからもずっと一緒にいたいな」
並木は鈴星の言葉に自然と微笑みで返した。もうすぐ、諸積の喫茶店に着く。そこで皆に自分の考えを話そう。そして、これから彼らとどう向き合うか決めよう。
並木の足取りは軽やかになっていた。




