魔女と奇妙な2人組
昼下がりのカフェテラス。ウィッチはコーヒーを片手に新聞を広げる。
三面記事の隅に掲載されていたのは昨日の事件、彩角市のとある工事中の道路橋が荒らされていた事件だ。工事用の車両がなぎ倒されていたり、路面が割れていたりしていたのだが、その原因は不明であるという。
近隣で起きた事件として、ウィッチの注意を引きつけた記事だった。しかし、特段それについて考察したり推理するということはなく、2、3回ほど読み直した後、新聞をしまい、代わりにボロボロのノートを取り出した。
そのノートをペラペラと捲っては、余白が僅かにしかないページに小さな文字で書き足していく。ペンが止まるとコーヒーに手を出し、暫く考えてまた書く。それの繰り返しだった。
ウィッチの有意義なアフタヌーンと言ったところだろうが、突然その時間に横槍を入れてくる者が現れた。
「真面目にお勉強か? 似合わねえな」
ノートに夢中になっていたウィッチはその声で顔を上げた。知っている人間かと思ったが、そうではなかった。被っていたキャスケット帽のツバを深く下げた。
「誰? キミたち」
彼らは断りもなく向かいの席に座った。かなり目立つ2人組だ。
1人は髪が派手だった。ピンクやら青やら紫やらとキツい色がいくつも混ざったベリーショートの髪で、全体的にパンクな装いをした女だ。もう1人はとにかくデブ。何もしてないのに汗を垂れ流し、荒い呼吸を繰り返すデブ男だ。こんな意味不明で異質な2人に絡まれ、ウィッチは不快極まりなかった。
「あんまり警戒しなさんな、守銭奴の魔女さん」
「へえ、わたしのこと知ってるんだねー。なら尚更キミたちの正体が気になるなー」
ウィッチはノートで口元を隠しながら、軽い調子で聞いた。
「何者でも関係ないだろ? カネさえ払えばなんでもする。それがあんたの流儀じゃねえか」
「雇い主を知る権利もあるんだよ。ましてや、それでこの前失敗したんだから」
「なんだ? 三福のこと知らなかったのか?」
ウィッチの前の仕事を知る人物は限られているはずだ。なぜこの女が知っているのだろうか。もしかしたら、謎のまま未遂に終わった三福の目的を知ることができるかもしれない。その疑問を解決しようと話を続ける。
「そこまで知ってるんだね。もしかして三福に雇われたとか? それでまた強盗みたいなことさせるつもりなんでしょ」
「ちげえよ。それに三福は死んだ。あいつはもう用済みなのさ」
「……キミ、色々知ってるみたいだね」
「そりゃな。まあ、そんなことはいい。今はあたしたちと契約するかどうかってのが大事だ」
「さっきも言ったよね? 知る権利があるって。わたしが知らないこと、全部教えてくれなきゃ、仕事には乗らないよ。なんで三福が死んだのか。なんで用済みなのか。はっきりと説明してよ」
「イヤに拘るな。あー、どうすっかなあ……」
女の言う通り、ウィッチは一介の、既に終わった仕事に固執していた。何故と問うならば、あの仕事で金と同等、いや、それ以上のものを失っていたからだ。
ウィッチが注文した特大パンケーキをデブ男が勝手に食べていたが、気にもしなかった。この女から真相を聞き出すことが最優先だった。
「しょうがない、ちょっとだけ教えてやるか。一応機密事項なんだからな。おい、いいよな? 倉内?」
デブ男に向けられた言葉だった。倉内はパンケーキにがっつきながら応えた。
「いいんじゃない?」
「いいって言ったな。責任取れよ」
「うん、取る取る」
適当な相槌にしか聞こえなかったが、倉内の許可により話は進んだ。
「じゃあ、話してやるよ。まずは三福の正体からだ。あいつはあたしたちの同志だ、ある目的のために裏で色々やってもらってたのさ」
「目的って?」
「それは言えない。ただ、とんでもなくヤバくてワクワクすることさ。で、あいつが何をやってたかっていうと、あたしたちの活動資金の調達と、自律理源の収集、そして1番重要な仕事だったのが悪意の存在を世に知らしめることだ。そのために、悪意の飲まれた奴に理源を渡して暴れさせたり、あんたみたいに1つの欲望に塗れた悪意連中を統率して、資金調達や自律理源の収集ついでにデカい事件起こさせたりしてたんだ」
「……わたしたちに銀行強盗させたのも、悪意による犯行だと世間に認知させるためだったんだ。でも、それ上手く言ってるかな? 結局ただの強盗事件として話題になっただけで、悪意なんてものが知られることにはならなかったみたいだけど」
「その通り。そもそも悪意は人間に内在する病気みたいなもんだから、形として見えない以上、世間様の前には現れない。だから今度……おっと、これは言っちゃダメだな。とにかく、三福はあたしたちの活動の援助をやってたってことだ」
聞きたいことを上手く躱されたが、それを追求したい気持ちを抑え、女の話を黙って聞いた。
「それじゃあ、なんで三福が死んだか。まあ、用済みって言ったから分かると思うが、殺したのはあたしたち。殺した理由は簡単だ。あいつが尽く失敗したから、資金調達も失敗、自律理源の収集も警察に捕まったことで没収、悪意の存在を広めるのも言わずもがな。1つも満足にこなせないで、のうのうとシャバに出てこられても、要らない不安をこっちが抱えることになる。だから、殺した」
女は不敵に笑い恐れを抱かそうとしているようだったが、ウィッチには無意味だった。寧ろ、それが問い質される隙となった。
「要らない不安っていうのは、あの子たちのことかな?」
「そうだ。さんざん三福の、あたしたちの邪魔をしてくれた子供たち。正義心に駆られた世間知らずのガキにしか思えないが、用心するに越したことはないらしい。厄介だよな、同じ力を持つ対抗勢力ってのは。戦うことを避けられないんだ」
「わたしに何をさせたいか、なんとなく分かった。あの子たちを殺してほしいんでしょ」
ウィッチは女の返答を待った。
「……あんたにしてほしいのは殺しじゃない、強盗でもない。ただ、あたしについて来い。それだけだ」
「はあ? 意味が分からないんだけど」
女は躊躇いがちに言った。
「ちょっとした実験に付き合ってほしいんだよ。悪意に飲まれた人間で、それを制御しきれてる奴なんて珍しいからな」
「わたしをモルモットにしようっていうの? キツい冗談だね」
「大丈夫だよ。そんなヤバい感じの実験はしないって言ってたから。報酬はきっちり払うから、頼むよ」
何を言われようと答えは決まっていた。命あっての物種、保証がない実験に付き合うほど理性を失ってはいなかった。ウィッチはノートに目を移しながら、考えている素振りをした。
「……おい、どうなんだ」
女は煮え切らない様子に痺れを切らした。しかし、ウィッチは彼女には目もくれずにノートを見ていた。
「さっさと答えろよ。イエスでもノーでも、どっちでもいいからさ」
「……若人は行き急ぐ。己に課せられた運命を求めて。若人は駆ける。彼方地平にある、眩い光を求めて。若人は腕を伸ばす。駆けても届かぬ光を求めて。光は空に昇り、若人を嘲笑う。大地に別れを告げ、若人は飛ぶ。彼の背に羽はない。彼の腕は翼にはならない。彼を後押しするのは穏やかな風。若人は飛ぶ。彼の旅路を支えた、慎ましい風と共に」
「どうした、いきなり。頭おかしくなったか?」
怪訝な顔で女は問う。
「わたしの詩。素敵でしょ?」
「あ、ああ、まあ悪くはないと思うが……」
ウィッチは不敵に笑い、ノートの紙面を女に見せびらかした。それを見た瞬間、女は声を上げたが、その声はウィッチの一声で彼方へ飛んだ。
「いってらっしゃい、『旅人の順風』」
女の足元から強烈な突風が発生し、一瞬にして女を空へと運んだ。女は空の青に飲まれるほど小さくなっていき、帰ってくることはなかった。
「下調べ、足りないんじゃない? こんな簡単に詠唱させてもらえたの初めてだよ」
ノートにはウィッチが読み上げた詩の1編が書いてあり、ノートを持つ指にはメダルが挟んであった。
人が吹き飛ぶという怪異が起きたことで、周囲の人間の視線がウィッチたちに集まった。居心地を悪く感じたウィッチは、そそくさとその場を退散した。デブ男が追いかけてくるかと思ったが、まだパンケーキを貪るのに夢中になっていて、何にも気付いていないようだった。
上手くその場を脱したウィッチは人通りの多い繁華街へ逃げていった。姿を眩ませるために人々の波に乗る。流れに身を任せながら、落ち着ける場所を探した。あの女から得た情報を整理するために。




