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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
正義の使者

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空に散る花

 怪鳥を追う内に、郊外へと来てしまっていた。上空を見ながら走る花凛は、自分が何処にいるかも知らず、それと気付いたのは工事中の道路橋に侵入してからだった。

 怪鳥は今まで、花凛が視認できる距離にいたが、橋に着いた途端に速度を急激に上げて消えていこうとしていた。花凛も離されないように速度を上げたが、追いつくことは叶わず、見る見るうちに怪鳥は米粒のように小さくなっていった。

「あー、なんで急に速くなるのよ! 待ちなさいって!」

 花凛は空に向かって叫ぶが、それは虚しく響くだけで、遂に鳥は見えなくなってしまった。

「くっそお、逃げられた……」

「うーん、なーんか腑に落ちないなあ」

 如意棒が呟くと、花凛はわざわざ如意棒を手に取り、握れる大きさにして対面した。

「なに? あたしが追いつけなかったのが気に食わないの?」

「そうじゃないよ。なんか、都合よく逃げられたなあって思ってさ。上手く言えないんだけど……まるでこの場所に誘い込まれたような……」

「はあ? 誘い込まれたって……」

 突如、空が暗くなった。見上げると、頭の上に大きな立方体の塊が浮いていた。いや、浮いてはいなかった。その塊は花凛を押しつぶそうととして落下していたのだ。

 それに気付くや否や、花凛は自分の膂力を最大限に発揮させ、空を覆う塊から逃げた。橋を大きく揺らし、辺りに散在していた工事用の大型車を横転させるほどの衝撃が走るのを、塊を間一髪で避けて地べたに這いつくばる花凛は直に感じた。

「ほら、やっぱり! これ罠だったんだよ! 我ながら勘が冴えてるなあ」

「人が殺されかけてんのにウキウキしないでよ。もう、何なのよこれ」

 花凛は立ち上がり、目の前に佇む塊を眺めた。土塊のような立方体の塊。これに心当たりがあった。紅蓮から聞いていた、謎の少年が使っていた塊の特徴と類似していたのだ。

「あ? なんだよ、生きてんじゃねえか」

 塊の上から幼さの残る少年が顔を出した。花凛はその少年で間違いないと思った。

「お生憎、この程度の奇襲でやられるほど、あたしは弱くないのよ」

「へえ、じゃあお前かなり強いってことだな。強い奴は、しっかりきっちり殺さないとなあ!」

 少年は花凛に目掛けて飛び降りてきた。その手には塊と同色の槍が握られ、切っ先は迷いなく花凛の胸を狙っていた。

 花凛は如意棒を突き出した。そして高らかに叫んだ。

「伸びろ、ピーちゃん!」

 声に呼応し、如意棒が伸びる。不意打ちに近い形で迫りくる少年の鳩尾を突き、彼の渾身の攻撃を無様な落下へと変貌させた。

「あーあ、威勢良く突っ込んだのが仇になったわね。痛そー」

「くっ……殺す、絶対殺す!」

 少年は槍を杖代わりにして立ち上がると、そのまま振りかぶって突進してきた。しかし、あまりに愚直すぎるその行動は花凛には脅威にならなかった。適当に如意棒を振り回すだけで少年は槍を弾き落とされ、自身にも痛烈な一撃がお見舞いされた。

 花凛は膝を突く少年に詰め寄り、胸ぐらを掴んで顔を近付けた。

「ねえ、聞きたいこといっぱいあるんだけど、答えてくれるよね?」

 少年は威嚇するように花凛を睨みながら罵声を浴びせた。

「なんも言うわけないだろ、バーカ。顔近付けんな、キモいんだよ!」

 小学生レベルの悪口に少々苛ついた花凛は、少年の腹にキツめのパンチを食らわせた。

「吐かないなら吐かせるだけなのよー? あたし、優しくできない女の子だから」

「うぇっ……ぐっ、ゴリラ女……」

「悪口言ってる暇あるなら、質問に答えてよね。じゃあ、最初はクソガキでも答えられる簡単なやつから。クソガキ君のお名前を聞いちゃおうかな」

 少年の胸ぐらを掴む手が強くなった。少年は歯ぎしりをするほどに怒りを覚えているようだったが、観念して答え始めた。

「……笹本……卓……」

「そう、笹本ね。ちゃんと答えられて偉いねー。それじゃあ次。笹本君の目的を教えてほしいなー」

 笹本はこの質問には口を割らなかった。唇を震わせながらも、必死に噤んでいたため、花凛は再び強行手段に出ようとした。しかしその時、横槍が入った。

 花凛と笹本の間を火球が横切った。花凛がそれに気を取られている隙に、笹本は花凛を突き飛ばして逃走した。

「あっ、こんにゃろ!」

「へっ、バカがよ! 俺1人だと思ったか?」

 土塊の上に逃げた笹本は花凛を見下ろし、嘲笑した。

「バカはあんたよ。わざわざ、もう1人いること教えてくれたんだから」

 花凛は辺りを見回した。横転した車が所々にあるだけで、人の姿はなかった。恐らくその車たちを隠れ蓑にしているのだろう、ということは容易に想像できた。

 しかし、そちらにばかり気を取られる訳にもいかなかった。笹本は土塊から2つの剣を取り出し、再び花凛に襲い掛かってきた。

「あの粘土みたいな塊から武器を作り出せるみたいだね」

「面白いパーソナル。でも、あたしの武器には負けるわね。行くよ、ピーちゃん!」

 花凛は闇雲に振るわれる剣戟を如意棒で巧みに往なす。力の差は歴然だったが、それを埋める役割がいた。

 何処からともなく放たれる火球に、花凛は動きを制限され、その隙を笹本に狙われる。花凛の首を両断しようと振るわれる剣を間一髪で避けるが、体勢を崩してしまい、2撃目を許そうとしていた。

 体を大きく仰け反らせた無理な体勢ではあったが、左足に踏ん張りを利かせて、右足で器用に剣を蹴り落とした。そのまま倒れそうになったところで、如意棒を笹本の顔面に投げつけて怯ませ、左足だけで地面を蹴り、後方に転回した。

「いってえなあ、クソヤロー!」

「ピーちゃん、カムバック!」

 痛がる笹本を無視し、彼の足元に転がる如意棒を呼んだ。如意棒に伸びてもらい、自分の手元に戻そうと考えていたのだが、全く反応しなかった。

「ちょっとピーちゃん、こっち来てよ」

「無理だよ。花凛ちゃんの力がないと自由に伸び縮み出来ないんだ」

「はあ? それもっと早くに言ってくんない?」

「ごめんね。テヘッ」

 花凛は舌打ちしつつ、如意棒を自力で取りに行こうとした。しかし、横から連射される火球に進路を阻まれてしまった。

「もう、隠れてないで出てきなさいよ!」

「へっ、バカが。そんな挑発で誠さんが出て来るわけないだろ」

 笹本は隠れている者の名を口にした。油断しているのか、戦いに夢中になっているのか、どちらにせよ笹本の弱さが露呈する言動だった。そして、それは更に加速する。

「このヘンテコな棒さえなけりゃ、戦えないだろ? へへっ、折角だから俺が使ってやるよ」

「あっ、ダメ! ピーちゃんはあたしの!」

 花凛の制止を聞くはずもなく、笹本は如意棒を拾い上げようとした。しっかりと掴み、持ち上げようとするが、何故か如意棒は微動だにしなかった。

「はあ? なんだこれ、重すぎるっ……クソっ!」

「……なにやってんの?」

「これまた新事実。僕って花凛ちゃん以外は持てませーん。持ち上げようとしても、断固拒否しちゃうよ。良かったね、花凛ちゃん」

「まあ、良かったけども……そういう機能、全部言っておいてよね」

「ああ、もういらねえよ、こんなの! どっちにしろ、武器は奪ったんだ。おまけに2対1。勝ったも同然」

「かすり傷一つ付けられないくせによく言うわ」

 劣勢になったとは思っていなかった。如意棒がなくとも、勝つ算段は付いていた。花凛はストーンホルダーに手を掛け、その策を講じた。

 笹本に背を向け、近場のトラックに飛び乗った。それから様々な物陰を注意深く見て、もう1人の敵を探した。見つけられなかったら、場所を替え、高台になる物の上に乗り、また探す。それを繰り返した。

「おい、逃げんなよ!」

 笹本が追いかけてくるが、源石を使って適当な理を射出するだけで撒くことが出来た。

 笹本が取るに足らない雑魚であるのは充分に分かった。最優先に倒すべきはコソコソと隠れて攻撃してくるもう1人の方だけだ。表に出て来ないのは、近距離の戦闘では勝ち目がないと見てだろう。

 しかし、中々に隠れるのが上手い。花凛が自分を探していることに気付いたらしく、位置を気取られないように攻撃を止めていた。そのため、虱潰しに隠れられる場所を探すしかない。ただそれでも消えていなくなったわけではないから、見つかるのは時間の問題だ。

 隠れているだけなのが悪足掻きだということに気付いたのか、とうとう花凛に攻撃を仕掛けてきた。繰り出される火球を躱し、軌跡を辿ると、そこには車の影から半身を出した男がいた。花凛は条件反射で持っていた源石を投げつけた。高速回転する源石は男の額に的確に命中した。

「おー当たった。こりゃエースピッチャーも夢じゃないわね」

 などと自画自賛をしていたら、気の緩んだ隙を突いて、笹本が背後から奇襲を仕掛けてきた。しかし、気配を感じていた花凛は苦もなくそれをあしらい、裏拳を顔面に1発、怯んだ所に鳩尾に2発目、最後は回し蹴りで笹本を吹っ飛ばした。蹴り飛ばした方向が良かったらしく、笹本は道路橋から落ちていった。

「おっ、ラッキー。これでタイマンになるわね。それと……」

 花凛は寂しく転がっている如意棒を拾いに行った。

「よっし、ピーちゃんカムバック」

「また会えて嬉しいよー、花凛ちゃん」

 如意棒を拾い上げ、手に馴染ませるようにくるくると回した。それが済む頃に、隠れていた男が目の前に現れた。

「どうも、かくれんぼ上手さん」

 男は無言のまま、火の源石をかざして理を発現した。男の周りに小さな火球が1つ、2つと次々に現れ、男を中心にゆっくりと公転していた。

 それが男の持つパーソナルであるのは自明だった。そして、それが発揮されるのを悠長に待つほど花凛はお人好しではない。如意棒から上質な土の理を引き出し、身体能力を高めて、瞬きも許さぬ速さで男に詰め寄った。

「くらえっ、おりゃあ!」

 如意棒を力の限りに振った。男の脇腹を抉るように命中すると、男は吹き飛ばされてトラックに体を打った。

「決まった。あたし強すぎ?」

「ほんと強いね、花凛ちゃん。強くて可愛い、惚れる要素しかないよ」

「ピーちゃんに惚れられても、全然嬉しくないけどね。それにしても、楽勝すぎだなあ。せっかく必殺技考えたのに。ね?」

「あれねえ……使う機会あるといいね」

「なきゃ困る。なくても作るくらいの気持ちで行こう」

 勝利の余韻に浸っている花凛と如意棒だったが、遠くから迫ってくる轟音に気付き、音のする方を向いた。そこには舗装しきっていない道路をふらつきながら走ってくる大型のトラックがあった。

「あっ、やば。誰か来ちゃったみたい……って、あいつ!」

 フロントガラスから見えた運転手に驚愕した。脱落させたはずの笹本がトラックを運転していたのだ。笹本は血相を変え、興奮した様子で花凛に突っ込んできていた。

「信じらんない。どこまでバカなの」

「始めから殺す気で来てたとはいえ、ここまで躍起になるなんて。異常だよ、あいつ」

 アクセル全開でトラックを走らせる笹本は、スピードを緩めるどころかますます加速させて迫っていた。花凛は逃げることなく、真っ直ぐ笹本を見据えた。

「あっちが本気ならあたしだって本気で行くわ。ピーちゃん、早速やるわよ、必殺技」

「やるっきゃないよね。目に物見せてやろう!」

 花凛は右足を引き、腰を少し落とした。両拳を強く握りしめて、深く息を吐く。迫ってくるトラックは巨大な壁のようで、常人なら恐怖を覚えただろう。しかし、花凛には恐怖も躊躇もなかった。

 眼前まで来てぶつかる寸前、一瞬の空白と呼べる反撃の余地に、花凛は精密に対応した。バンパーを全力で蹴り上げると、トラックは突っ込んできたエネルギーを全て失い、空高く跳ねた。回転しながら宙に舞い、落ちる様子もなく昇っていく。

 第1撃を終えた花凛はすかさず2撃目に移る。如意棒をアスファルトに突き立て、気合いを込めて、叫んだ。

「花凛流奥義、『空の桜花』!」

 如意棒が凄まじい勢いで伸びていく。天を穿たんとする如意棒はやがてトラックのドアガラスを突き破り、笹本を突いた。

 尚も伸び続けて、反対側のドアをこじ開けて笹本を外気に晒すと、花凛はアスファルトを割るほどに重量と圧力の加わった如意棒を引き抜いた。花凛と言えど僅かに浮かせることしか出来なかったが、アスファルトと如意棒の隙間に足を入れ、その重みが伝わる前に全理力をもって蹴り上げた。

 如意棒にその力が伝わり、笹本へと収束していった。あまりにも重すぎる打撃を花凛は推し量ることが出来なかっただろう。

 高く打ち上がった如意棒もやがて力をなくし、縮みながら落ちていく。トラックと笹本も同様に落ちてきていた。

 トラックが花凛の横に落ち、その少し後に如意棒が落ちてきた。それを華麗に掴むと、最後は意識を失っている笹本を捕まえる準備に入る。

 しかし、笹本は落ちてこなかった。空を見上げていた花凛は不意の出来事に呆然としてしまった。

何処からか巨大な鳥のような物体が現れ、笹本を嘴で捕らえ飛び去っていった。その鳥が巻き起こした風圧は地上にまで届き、花凛をよろめかせた。

「な、何よ、あの化物!」

 その姿は一瞬しか確認できなかったが、花凛が追っていた怪鳥とは比べ物にならないほどの大きさだった。目測でもゾウと同じほどの大きさだと感じられた。

「分かんないけど、笹本とかいう子の仲間のパーソナルなんじゃないかな」

「じゃあ上手く逃げられたってわけ?」

「そうだね。それに、もう1人の方もいなくなってる。完璧な撤退だ」

 そう言われて男が倒れていた場所を見ると、確かに男は消えていた。

「やられた。あいつらから聞き出したいこといっぱいあったのに」

「でも収穫はあったでしょ? 花凛ちゃんたちを狙っているのは1人だけじゃない。何人かが徒党を組んで襲ってきているってこと」

「うーん……」

 花凛は逃げられた悔しさで頭が働かなくなっていた。色々と考えるのは後回しにし、学校に帰ることにした。しかし、働かない頭の中に1点だけ、反省の念があった。

「派手にやりすぎたなあ……」

 背後に残る数多の残骸を見て呟いた。

 残骸の1つ、笹本の土塊はあぶくのように消えていった。

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