正しいと思うこと
電車を待つ駅のホームで、並木はベンチに座って通話をしていた。
「そう。やっぱり来たんだね」
「1人だけだけど。金髪の不良っぽい子。でも作戦通り、こっちに気付いて追いかけてきてる」
「……じゃあ、そのまま処理をお願いするよ。とりあえずお疲れ様、菊林さん」
「うん」
並木は電話を切り、大きな溜め息を吐いて項垂れた。
彼らが来ることは予想していた。行動を探っている内に、彼らが悪意を追っているということが分かったからだ。そして、その悪意を自らの手で鎮圧していることも知った。
『災厄の白い少女』を匿いながら、なぜ災いを断っていくのか理解できなかった。そして、それが並木の小さな疑念を生じさせてしまった。
並木は携帯の電話帳を開き、『あの人』へ電話を掛けようとした。電話番号が表示され、ボタンを押そうとしたその時、ホームに悲鳴が木霊した。
視線を上げると、向かいのホームの線路で老婆が伏していた。人々がざわめく中、電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。並木は携帯を投げ捨て、線路に飛び込んだ。
動けない老婆を抱え起こす。ホームに上がる猶予はなく、電車は警笛を鳴らし、キリキリと音を立て近付いてきていた。
死を感じ取り、心臓だけでなく全身が脈打つ。死への恐怖が精神を侵食し、意識を奪い、視界を遮った。全てが無へと帰依したかに見えたが、本能だけがそれに抗った。
並木は気付くと、老婆と共に反対の線路にいた。電車は自分たちがいた場所で止まっていて、ホーム上には多くの人が様々な感情の視線を向けていた。
胸元で震える老婆の存在を思い出し、互いが生きていることを確認するかのように声を掛けた。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
老婆は何度も頷き、「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。落ち着きを取り戻したところで2人は立ち上がると、老婆が何かに気付き、並木に報せた。
「あ、あの男! あいつが私を落としたんだ!」
並木は老婆の指す方を見た。人集りで誰を指しているのか分からなかった。しかし、その中に、此方に注目せずに去っていく人影を見た。
その男を見つけるも、人の群に紛れてしまって顔を確認することは出来なかった。ただ1つ、並木の脳裏に男の特徴が焼き付いた。
左の手の甲に赤く爛れた火傷の痕。並木はそれを忘れることはなかった。男の正体を知るまで。




