追跡
大和駅の前まで到着した花凛は雑踏の中、それらしき人物を探していた。
「どこにいるのかなー。やっぱり見た目だけじゃ判断できないのは面倒ね」
「悪意だったら必ず見つかるよ。絶対、ヘンなことしでかすから。でもまあ、こんな人混みの中でしでかし始めたら、ただ事じゃ済まないかもね」
如意棒は他人事のように言った。しかし実際に、悪意にしろ何にしろ、こんな往来の激しい場所のど真ん中で凶行が起きたら、怪我人も出るし、それ以上の被害が出る可能性も充分にある。なので、花凛は迅速にその人物を探して、何かを起こされる前に鎮めなければならなかった。
そうしてキョロキョロと辺りを見回していたが、視覚よりも先に聴覚でそれを見つけてしまった。誰かの叫び声に視線を吸い寄せられ、花凛は人混みを交わしながら声の元に走った。
その場所には既にギャラリーが集まっていた。人々の厚い壁に阻まれ、状況を確認できなかったので、僅かな隙間を縫って騒動の中心に迫っていった。
「助けて! 誰か、誰かー!」
壁を抜けた先には、口から大量の血を流して意識を失っている男性と、彼を抱きかかえて叫ぶ女性がいた。女性の衣服は彼が流す血に塗れていたが、赤く染まったシャツの胸元が不自然に開かれていて、髪も髪飾りが取れかけていて、異様に乱れていた。
花凛はすぐに2人の傍に駆け寄り、泣き叫ぶ女性を落ち着かせようとした。
「大丈夫。今、救急車呼ぶから」
花凛は携帯で119番に通報し、冷静に用件を伝えた。
「そうです。男の人が血を流してて、意識もないです。場所は大和駅の前の広場です。何があったかは分からないんですけど、事情を知ってそうな女の人がいて……」
通話をしながら、女性を見た。女性は落ち着いてきていたが、さめざめと泣き出し、嘆きの言葉を呟いていた。
「どうして……乱暴なことする人じゃなかったのに……優しい人だったのに……」
女性はこの男性に襲われたらしい、と推測できた。悪意によるものであることも容易に想像できたが、なぜ彼は血を吐き倒れたのかは分からなかった。
通話を終えたタイミングで、警官がやってきた。男性への応急処置を任せて、花凛はその場で彼が倒れた理由を考え込んだ。しかし、どうしても納得のいく結論は出なかった。
渋い顔をしていると、頭頂部に軽い感触が伝わってきた。手で確かめてると、それは二つ折りにされた紙切れだった。怪しく思いながらも、花凛は開いて中を見た。
――悪を抱きし者、悪に飲まれし者、悪を企てる者に死の裁きを――
印刷文字で書かれた言葉に、花凛は憤りを覚えた。この悪意に飲まれた男性は明確な殺意を持つ何者かの手により、瀕死にさせられたのだ。
「どこの誰がこんなふざけたことを……」
「花凛ちゃん、上見てよ。なんか変な鳥、いない?」
如意棒に言われて空を見上げると、遥か上空に鳥らしき影を確認した。しかし、それが如意棒の言う『変な』に当てはまる鳥とは思えなかった。
「あれのどこが変なのよ?」
「分かんない? ここらへんにあんな野性味溢れるデカい鳥いるはずないんだよ。明らかに変だって」
「なーる。じゃあ、追いかけよう」
花凛は逃げるように飛び去る鳥の後を追った。自分が誘われているなど露にも思わず、必死に追い縋った。




