緊急指令
日光の強さも大人しくなり、夏から秋へと季節が移り変わる時期。屋上で昼休みを過ごすのが快適になりつつあったが、それとは無縁な様子で酷く落ち込んでいる男子学生が1人いた。
「あーもう、最悪だ。最悪……」
「うっさいわねー。さっきからそればっかり」
「だって花凛……花凛……」
泣きそうな声で頼人は幼馴染の名を連呼した。テーブルを間にして対面に座っている花凛は煩わしそうにしながら頼人を宥めて、ビーズをちまちまと摘んで細い糸に通していた。
「ブレスレット壊れたくらいでビービー言うなっての。材料なんていくらでもあるんだから」
「でも、花凛がせっかく作ってくれたものなのに……俺の不注意で……」
「あたしのプレゼントを大事にしてくれてるのは嬉しいけど、女々しすぎ。そんなんだから、パーソナルが使えなくなるのよ」
鎌鼬と遭遇して以来、頼人は光の剣を発現させることが出来なくなっていた。それが頼人を更に落ち込ませる原因となっているのだ。
「うう……俺はもう皆の足を引っ張ることしか出来ないのか……」
「心配いりませんわ。頼人くんのことはこのわたくしが守りますから、何も恐れずに、ただわたくしを見ていてくだされば良いのです」
「御門、お前そりゃあ頼人に戦力外だって言ってるようなもんだぞ。そんなんで頼人が喜ぶと思ってんのか? 頼人、安心しろ。オレがお前のパーソナルを取り戻す手助けをしてやる。オレなら絶対にお前の力になってやれる」
「何を……頼人くん、こんな木偶の坊なんかに頼らずとも、わたくしが頼人くんのお世話を隅々までいたしますわ。だから、是非わたくしと共に……」
「いーや、オレとだ。な、頼人?」
「いーえ、わたくしとです」
杏樹と紅蓮は頼人そっちのけで盛り上がりだした。当の本人は彼らのすぐ横にいたのに、自分の殻に閉じこもりっぱなしで騒ぎに気付かず俯くばかりだった。
1番被害を被ったのは作業を続ける花凛だった。あまりにも煩くて、作業の手が全く進まなくなってしまった。
「だー! さっきから邪魔ばっかり! あんたたち、もうどっか行きなさいよ!」
「……というか、家でやればいいじゃん」
「戸張、黙りなさい。正論は今のあたしには逆効果よ」
「意味が分からないな」
戸張は小さな声で呟いて、花凛から目を逸らした。一方、花凛に怒声を浴びせられた杏樹と紅蓮だったが、2人は花凛を無視して言い争いを続けているのだった。
「こんにゃろ……力尽くで分からせてあげなきゃいけないみたいね」
「あー、花凛ちゃん。水を差すようで申し訳ないんだけど……」
「何よ。ピーちゃんまで邪魔すんの?」
「まあ、そうっちゃそうなんだけど。あれ、見てよ。なんか見覚えのあるのがいるよ」
「あれ? あれってどこ?」
花凛はキョロキョロと辺りを見回すが、特にそれらしきものは見つからなかった。
「何にもないじゃない。あたしの気を逸らそうとしただけ? これはお仕置きが必要ね」
「やめて! 噛むのはだけは、お願いだから!」
「あっ、式神だー!」
零子の叫び声に一同は静まった。彼女が指差す先に目を凝らすと、色とりどりの花々を左右に並べたコンクリートの通路の先に、必死になって走ってくる式神が見えた。
式神は1番近くにいた戸張と零子のベンチの下まで来て、足を止めた。息を切らしたような仕草をして休憩している間に頼人たちは式神の周りに集まった。
「なんかすごい慌ててるみたいね」
「少なくとも良い報せを持ってきた、という様には見えませんわ。おや、落ち着いてきたみたいですわ」
式神は額を拭うと、全身を使って身振り手振りを始めた。頼人たちにはそれが奇妙な踊りにしか見えなかった。
「……何を伝えたいんだ、コイツは」
「話す能力くらい持っていただきたいものです。花凛さん、書くものと書かれるものを……」
「うんうん、そうなんだ。大変だね」
皆の視線が零子に集まった。零子は式神に顔を近付けて、その一挙手一投足に何度も頷いて、相槌をしていた。
「わー、どうしようね。みんな、どうする?」
零子は無邪気な笑みで頼人たちを眺め回した。誰もがそれに驚いた表情で返すだけだった。
「……ぜろ子、式神の伝えたいこと、分かるの?」
「へ? 分かるよ。だって、喋ってるもん」
「俺は何も聞こえないだけど。花凛は聞こえるか? いつも幻聴と会話してるだろ?」
「幻聴じゃなくてピーちゃんと! でもあたしにもこいつが喋ってるのなんて聞こえない。なんでぜろ子には聞こえるの?」
花凛は答えを求めるように戸張を見たが、戸張は肩をすくめるだけだった。
「はな婆から特別な訓練を受けてるから分かるんじゃない? あの人が零子に何を教えてるのかは知らないけど、この式神の素になってる『言』の理を学んでるなら出来そうなことだよ」
「『言』の理……わたくしたちに教えてくださらないのに。依怙贔屓を感じてしまいますわ」
「グチグチ言っても仕方ねえだろ。それよりコイツが何を言ってるのかが大事だ。おい、ぜろ子。コイツが言ってることを翻訳してくれ」
「うん。えーっとね……」
零子は踊っている式神をじっと見つめた。
「ヤバそうな人見つけた。でも、はな婆いない。だからお前たち、なんとかしろ。だって」
「はな婆いないって、どこ行ったのよ?」
「知るか、バカ。いいからなんとかしろ、バカ。だって」
「……ねえ、ぜろ子。コイツの言ってること、そのまんま口にしなくていいのよ? かいつまんで言ってくれればいいから」
「かいつまんで……?」
「気になさらなくて良いのですよ。ぜろ子さんはただ翻訳してくれれば問題ありません。それで、ヤバそうな人、というのは何処にいらっしゃるのですか?」
「大和駅の近く。分かったらさっさと行け。だって」
「大和駅か。急いで行けば10分くらいで着くな。パパっと解決すれば、午後の授業には間に合うかな」
頼人の目論見に戸張が鋭く反論した。
「甘いよ。ヤバそうな人っていうのが、ただの悪意とは限らない。僕たちを襲ってきた奴の可能性だってある。もしそうだったら、一筋縄ではいかないだろうし、捕まえて聞き出したいことも山ほどある。残念だけど、授業は捨てるしかないね」
「うーん……まあ、仕方ないか。1回サボったくらいじゃ成績に影響は出ないと信じて、皆で大和駅に……」
頼人が言いかけたところで花凛がそれを阻んだ。
「ダメよ。おサボりなんて親不孝なことは。頼人はしこしこ勉強に励んでなさい。みんな、ここはあたし1人でなんとかするから、学生の本分を全うしてて」
「獅子川、君は僕の話聞いてなかったの?」
「聞いてた。でも大丈夫よ。紅蓮ちゃんはそいつを1人でやっつけたんでしょ? だったらあたしだってヨユー。ソッコーでとっちめてやるわ」
「だからって1人で行くのは……」
「もう、ごちゃごちゃうっさいわねー。ほら、式神、案内頼むわよ」
花凛は話を無理矢理切り上げ、式神を肩に乗せて屋上を後にした。頼人たちは呆気にとられながら、花凛を見送っていた。
「花凛さん、なんだか嬉しそうでしたわ」
「サボりたくて仕方なかったんだろうけど、それでも俺たちを置いていくなんて……」
「きっとあれだな。オレがあのガキを1人で撃退したことに対抗心を燃やしてるんだ」
「うーん、そうなんですかね? ですがまあ、花凛さんなら難なくやり遂げてくれるでしょう」
頼人たちが花凛の真意を知ることはなかった。
予鈴が鳴り、花凛に言われた通りに教室に戻ろうとする。1人、また1人と屋上を去る中、零子はフェンス越しに景色を眺めていた。
「どうしたの?」
支度を終えた戸張が零子に歩み寄る。
「花凛ちゃん、大丈夫かなーって思ってた」
「……大丈夫だよ。零子が心配することじゃない」
「カズくんがそう言うなら、大丈夫なのかな?」
振り向いた零子の表情に陰りがあった。しかし、それは瞬きの間に塗り替わり、いつもの屈託のない笑顔に戻っていた。
「早く教室行かなきゃ。次の授業は……英語! えーいーごー!」
「ちょ、待って零子! お弁当、忘れてる!」
ベンチに置きっぱなしの弁当を急いで取り、零子の後を追いかける。戸張の頭にはもう、先程の零子の表情が残っていなかった。




