少し違う少女
喫茶店に帰ってきた笹本を迎えたのは是枝だった。
「笹本君、だ、大丈夫?」
額から血を流す笹本を気遣って声を掛けたが、笹本はそれを無視して奥のカウンター席に座った。
「笹本君?」
「黙れ、役立たず」
近寄ってきた是枝を牽制するように、罵声を浴びせた。是枝は何も言えなくなり、俯いてしまったが、しばらくすると菊林がやってきて淡々とした口調でこう言った。
「目的は果たしたみたいだけど、余計なことしすぎ。ロキに感謝してよ」
「助けてくれなんて頼んでない」
「……あそこで死んでくれたって良かったんだけど? 自分勝手な行動する奴なんていても、私達が迷惑被るだけだもの」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
笹本は怒鳴り散らすが迫力はなく、菊林を退かせることは出来なかった。
「本当、ガキみたい。あーあ、疲れちゃった。バカの尻拭いで体力使いすぎたなあ、是枝、ジュース持ってきて」
「う、うん」
一瞥をくれることもなく是枝に注文し、笹本から3つ離れた席に着いて飲み物を待った。その間もねちねちと嫌味を言い続けていたが、笹本は言い返す気力もなくなり、カウンターに伏せてしまった。
オレンジジュースが菊林の前に置かれると嫌味は止まり、グラスを唇にあてがいながら携帯を見始めた。
笹本から送られてきた写真を1枚ずつ流し見していたが、白い少女の写真に目を奪われて暫く凝視していた。
間近で撮られたその写真は、少女の姿が鮮明に映っていた。自分が見ていたよりも遥かに白く、その純白の中に2つ狂気的な真紅の眼が光り、少女の無表情さも相まって不気味さが際立っていた。
「怖い……」
思わず小さく呟いた。この白い少女が普通の人間ではないことは明白だった。だが、一体何者なのかを計るには情報が足りなかった。
諸積はこの白い少女について知っているような様子だった。いや、諸積というより『あの人』が知っているのだろう。
理のこと、パーソナルのこと、悪意のことを教えてくれた『あの人』。正しい者が正しく生き、悪しき者は例外なく裁かれる真に正しい世界を作る。その目的を指し示し、実現のための道標をくれるその人物は、自分たちには欠かせない存在である。ただ、あまり顔を合わせることはなく、連絡を頻繁に取っているのは諸積と並木だけだった。
この白い少女についてはきっと諸積の口から話されることになるだろう。もし何も言わなくても、妹のフリをしながら聞けば簡単に話してくれる。彼は気色悪いが扱いやすい。そういう人間は嫌いではない。横で不貞腐れてるバカより遥かに好感が持てる。
白い少女の正体を予想しながら、次の指示を持ってくるであろう諸積や並木たちの帰りを待つ。自分たちの存在を彼らに匂わせることになった今、行動の猶予は少なく、小細工も通用しなくなってくる。
菊林はただ安寧を求めていた。それは彼女自身の心の平穏であり、人類の繁栄の否定であり、傲慢で幼稚な欲望だった。




