始動
偵察の目的は敵か否かの判断材料を手に入れること。それ以外に求められるものはなく、過剰な接触は絶対に行うな、と並木や諸積に釘を刺されていた。
その時は生返事をしていた笹本だったが、実行当日にも諸積からくどいほど注意を聞かされ、嫌気が増していた。
「……お前は血の気が多いから、すぐに自分でなんとかしようとするんだ。頭に血が上りそうになったら、深呼吸して心を落ち着かせて、目的を小さい声で復唱してみろ。そうすれば、きっと失敗せずに無事にやり遂げられるから」
指示を待つために待機している喫茶店。カウンターに座らされ、嫌でも諸積の無駄話を聞く羽目に遭っていた。飲み干したミルクティーのグラスの氷を掻き回して気を紛らわせながら、店の奥から菊林が現れるのを待っていた。
「菊林の奴、おっせえなあ。あんだけ鳥いて見つけられないのかよ」
「時間がかかるのは仕方ない。いくら目立つ見た目をしてても、手がかりが少ないからどこにいるかなんてはっきりしないんだ。虱潰しに探していくしかないだろう」
笹本はわざとらしくため息を吐き、項垂れた。
「これじゃ、いつまでたっても偵察に行けないじゃん。あいつ本当に仕事してんの? サボってんじゃねえだろうな」
「ちゃんとやってるはずだ。たぶん」
「なんだよ、たぶんって。やっぱり、ちゃんとやってるか見に行った方がいいぜ。あいつの部屋、どこ?」
待ちくたびれた笹本が立ち上がったちょうどその時、店の奥から眠たげな表情をした菊林が現れた。菊林は欠伸をしながら手近な席に着き、諸積にオレンジジュースを注文した。
「やっと来たか。ちゃんと見つけてきたんだろうな?」
笹本の問いかけに答える様子もなく、諸積が持ってきたオレンジジュースをちまちまと飲みながら、まどろむように瞼を浮き沈みさせていた。
「おまっ、無視して寝ようとすんな!」
笹本は怒鳴りながら菊林に近付き、机を思い切り叩いた。
「うるさいな。こっちは疲れてるんだから、少しくらい休ませてよ」
「居場所教えるくらいすぐだろ。俺はもう偵察行きたくてうずうずしてんだ。おら、どこにいんだよ、あいつらは」
「……諸積さん、地図持ってきて」
菊林が気怠そうにそう言うと、諸積はすぐに彩角市の地図を持ってきて、菊林の前に広げた。
「こことここ。はい、いってらっしゃい」
菊林は人差し指で流れるように2つの場所を示して報告を終えた。
「おい、そんだけかよ! もっとなんか情報ねえのか」
「そんなのサル並みの知能しかないお前に教えても意味ないと思うけど」
「なんだと!」
「あー、やめやめ。2人とも落ち着け?」
喧嘩に発展しそうな空気を、諸積が鎮めた。笹本も菊林も口撃は止めたが、互いに鋭い視線を送り合い火花を散らした。
「まあ、とにかく場所は分かったわけだ。それで、2つ居場所があるってことは、前と同じ2つのグループを見つけたってことであってるか?」
菊林は諸積の方を向くことなく応える。
「ちょっと違う。何人かのメンバーが入れ替わってる。それと、知らない人もいる。白髪、っていうか、すごく白い女の子。それが、こっちにいる」
再び指で指し示す。トントンと何度も叩いて強調させていた。
「白い女の子……」
諸積はそう呟いたきり、何かを考え込むようにして黙ってしまった。沈黙によって停滞する状況に耐えられなかった笹本は、遂に痺れを切らして唸った。
「場所は分かった! とりあえず近い方に行ってくる! それで、あれだ、写メかなんか送るから、それで色々判断してくれよ。じゃあな!」
笹本は返事も待たずに勢い良く店を出ていった。激しく鳴るドアベルを、諸積と菊林は唖然としながら見ていたが、音が鳴り止むと、諸積が穏やかな声で菊林に話しかけた。
「少し心配だが、後は卓に任せておこう。小雀は……ああ、そうか、サポート役が残ってるんだったな。大丈夫? 疲れてない?」
「……もう疲れることはしない。あいつの面倒はあの子たちのご機嫌次第だから。それより、諸積さんの方は……」
「小雀」
諸積は菊林の言葉を遮るように、強い口調で名を呼んだ。菊林は目を閉じ細い息を吐くと、言い直して言葉を続けた。
「お兄ちゃんの方は、行かなくていいの? あの人に呼ばれたんでしょ?」
「ああ、もう行くよ。留守番は出来るね?」
コクリと頷くと、諸積は愛おしそうに菊林の頭を撫でてから、店の入り口に向かっていった。
「じゃあ行ってくるよ、小雀」
「……いってらっしゃい、お兄ちゃん」
ドアベルの音を残して、諸積は店を出ていった。菊林は優しくチリンチリンと鳴る音から逃げるようにして、自室に戻っていった。




