彼らと彼ら
秘密の集会所となっている諸積の喫茶店に、次々とメンバーが入ってきた。
最初に来たのは鈴星保香。彼女は田中に襲われていた子で、助けられた恩からだろうか、正義を為す仲間になってくれた。いつも優しく笑顔で接してくれる上に、挫けそうになった時や迷いが生まれた時に傍で支えてくれて、前に進む勇気をくれる。俺にとって女神のような子だ。
鈴星が俺の座っているソファの隣に腰掛けようとするタイミングで、次の仲間がやってきた。
「あー、もう皆来てんじゃん! 今日こそは1番乗りだと思ったのに」
「……まだ全員集まってないよ。ほら、菊林さんがいない」
「うっせえ! そんなことどうでもいいんだよ。お前がノロノロしてるから1番になれなかったんだぞ」
「うう、ご、ごめん……」
生意気で尊大な少年と気弱そうな少年。前者が笹本卓、後者は是枝良紀という。2人は同い年ということもあって、仲が良いようだが、笹本は是枝に対して、少し過ぎたことをするので仲間たちから諌められることが多い。とはいえ、正義を為すことに関しては人一倍強い信念があり、行動力もあるので、それだけは見習わなければいけないと思う。
一方で是枝は非常に小心者かつ臆病者で、まだ戦線に立ったことはない。自分を過小評価しすぎているのが足枷となっているので、自信を付けさせてあげれば、大いに活躍できるだろう。今後に期待がかかる少年と言ったところだ。
「ったくよ……で、後は小雀が来るの待つんだろ? あいつまたお散歩か?」
「いや。あの子は2階にいるよ。もうすぐ下りてくるはずだ」
笹本に応えたのは、諸積誠。この喫茶店の店主でありながら、俺たちの仲間である。店主と言っても年は若く20代で、まあそれでもここにいるメンバーでは年長者だから、皆の世話をしたり相談役になってくれたりする兄貴肌な人物である。この喫茶店は彼の物なのだが、此処に居候している人物が1人いた。それが先で話題に出ている菊林小雀という女の子だ。
諸積の預言通り、店の奥から気怠そうな様子で菊林が現れた。年齢は笹本や是枝と同じだが、さして彼らと仲が良いわけでもない。というより、誰とも親しく接することはなく、いつも1人でどこかへ行ってしまうので、友好な関係を築くのが困難な子だ。辛うじて同性の鈴星や、同居している諸積とは心が通っているように見えた。
「いっつもビリだな、お前」
「黙れクソガキ。殺すぞ」
辛辣だがこれが笹本と菊林の挨拶だった。こればかりはお互いを注意しても治らなかったので黙認している。彼らがこれ以上の罵詈雑言を続けないように、さっさと話を始めるべきだ。
「じゃあ全員集まったから、本題に入ろう。菊林さん、ここからはお願い」
「遅刻した奴が仕切るのかよ。納得いかねえなあ」
嫌味を言う笹本に、菊林は露骨な舌打ちをしたが、彼を無視して話を進める。
「昨日、アレクトーたちが変な人たちを見つけた。街の中をウロウロして、誰かを探してるみたいだった。そんなのがそれぞれ別の場所で2組。男女のが1組と、男2人、女1人のが1組。2組とも同じ制服を来ていて、その中の3人は似たような大きいポーチを付けてた。それで、そのポーチからちらっと見えたんだけど、中に源石が入ってた」
「源石だって? それは間違いないのか?」
諸積の問いかけに菊林は小さく頷いた。
「おいおいおい、遂に来たじゃん! そいつらがあの人が言ってた『敵』ってやつじゃねえの?」
「決めつけるのはまだ早いよ。ただ単に理の力を持ってるだけって可能性もあるし。もしかしたら、私たちの仲間になってくれるかもしれないよ」
「そんな都合の良いことあるかよ。絶対に敵だから。そう思うよね、慎平君?」
笹本は俺の顔を伺ってきたが、彼の意見に同意することは出来なかった。此処までの情報だけで敵か味方かの判断をするべきではないと思った。
「どっちとも言えない。もう少し、その人たちの情報が欲しい」
「小雀ちゃん、他に何か分かることなかった?」
菊林は虚ろげに天井を眺め、まるで魂だけをどこか遠くへ飛ばしているかのように、記憶を探っていた。笹本が急かす声だけが聞こえる店内で、じっと反応を待っていると、鳩時計が鳴り始めた瞬間に、菊林の魂が返ってきた。
「……金髪と赤髪がいたってことくらい?」
「金髪……それは男と女どっちだ?」
「女。両方の女が金髪だった」
「金髪の女が2人……慎平、これって……」
諸積の言葉を遮るようにして、俺は返事をした。
「充分な情報です。可能性は高くなりました。ただ、100パーセントとは言い切れませんから、もう少し探っていかなくてはいけません」
「引き続き小雀に偵察させるか?」
「それも必要ですが、直で見たほうが早いかもしれません。誰かに彼らを追わせてみましょう」
「そうすると、小雀にそいつらの居場所を見つけさせて、そこに偵察係を向かわせるっていうのが良さそうだな。誰がその役をやる?」
「そうですね……能力を考えると、鈴星さんか是枝でしょうか。個人的には是枝に任せたいですが」
「ひぃっ、ぼ、僕ですか……」
今まで沈黙を守り、影に隠れていた是枝が、裏返った声で言った。
「君ならやれると思うんだ。どう、頑張ってみない?」
是枝は怯えて、目も合わせてくれなかった。ただ口をパクパクと開くだけで、返答はなかった。
「ちょっと待ってくれよ、慎平君!」
まごつく是枝を押しのけて、笹本が前に出てきた。
「こいつにそんな大役任せなくていいよ。偵察は俺がやってやる」
「……是枝が出来ないなら、鈴星さんにやってもらうつもりだけど」
「いいじゃん。俺でもやれるよ。そんな難しくないだろ?」
「自分で大役って言ったばかりなのに……」
鈴星の冷静なツッコミに笹本も閉口したが、それでも無理に話を続けようと口を開いた。
「頼むよ、慎平君。絶対ちゃんと偵察してくるからさ。お願いお願い!」
必死に懇願する笹本を無下にできなかった。どうしたものかと、諸積に視線を送ると、彼も困ったような顔をしていたが、渋々と頷いていた。
「……分かった。笹本に任せる。でもやるのは偵察だ。それ以上のこと、例えば接触を試みたりしないでほしい。それは守れるね?」
「大丈夫オッケー、ノープロブレム!」
不安の残る返事だ。今更撤回したい気になってきたが、決定を覆してしまっては彼の不満が募るだけだった。
「菊林さん、悪いけどもしもの時はフォローしてあげて」
「気分次第ね」
こちらも不安があったが、いくら犬猿の仲とはいえ共通の目的を持つ仲間であるから、助けてくれるはずだ。そう信じるしかなかった。
懸念すべきことばかりで頭痛がしてきたが、こうして『あの人』が言っていた『敵』を見つける真の作戦が開始した。果たして、彼らが正義を脅かし、世を悪に染めんとする者なのか。その答えを知る時はゆっくりだが、着実に迫っていた。




