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ブルーフレア  作者: 氷見山流々
正義の使者

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心踊る戦い

 2人は道場と思わしき場所を探すため、辺りを駆け回った。住宅街の中にあるため、それは意外と早く見つかった。

 平屋の古めかしい建物で、入り口に木製の看板があり、そこに道場の名が刻まれていた。

「此処っぽいな。空手の道場なのか?」

 しげしげと看板を眺める頼人を余所に、花凛は近くの窓から中を覗いた。

道場の中では、思っていた通りのことが起きていた。短髪の小柄な女と師範と思わしき壮年の男が相対している。女性の背後にはこの道場の門下生だろうか、逞しい男たちが何人も倒れていた。

「やっば、もう終盤戦じゃん。頼人、入るよ!」

 頼人に声を掛けると、花凛は入り口の扉を勢い良く開けて中に入った。

「待て待てーい!」

 道場中の視線が一気に花凛に集まった。今まさに戦わんとしている2人も、動きを止めて、花凛を見た。

「なんだなんだ?」

「あの女の仲間か?」

「どうすんだよ、流石に2人が相手じゃ先生でも……」

 どよめきが起こり、場内の空気が不穏になってきた。しかし、甲高い一喝により一瞬にして静寂が訪れた。

「戦いの邪魔は誰にも許さない。黙っていろ、弱者共」

 女は花凛を睨みながら高圧的な声色で言った。花凛は突き刺すような視線を受け流すように、周囲を見回す。

 倒れている男たちは酷い有様だった。重篤な怪我が1点に留まらず、複数にある者が殆どで中には腕や足がおかしな方向に曲がっている者もいて、危害を与えた者の容赦のなさ、非道さを物語っていた。

「武道ってのは戦う相手も敬って、共に力を磨き合うもんだと思ってたけど、あんたのそれは残虐行為そのものよ。これ以上、その拳は振るわせないわ」

「言っただろ? 戦いの邪魔は誰にもさせないって。終わるまでそこで黙って待ってろ。こいつをぶっ倒して、この道場の看板頂いたら相手してやるよ」

 女は翻り、師範へと向き直って拳を構えた。師範も顔を強張らせながらも、それに応じて戦いの姿勢を取っていた。

 無意味に怪我人を増やしたくない花凛は、なんとしても2人の戦いを止めなければならなかった。どうすれば女性の矛先を此方に向けられるかを深く考える時間はなかったので、咄嗟に思いついたでまかせを口にした。

「先生と戦うのはまだよ。この道場最強にして最高のスーパーファイター、獅子川花凛ちゃんを倒してから先生に挑むことね」

「君は一体何を……」

 口を挟みそうになった師範を眼力で黙らせて、花凛は続ける。

「もしかして、もう疲れちゃったから早く先生倒して看板頂きたいのかな? 流石に道場破りって言っても、か弱い女の子ねー。体力もそれなりってかんじ? あ、それとも、あたしに怖気づいちゃった? しょうがないわよねー。只者じゃないオーラ出しまくってるもんなーあたしー。出来るなら戦わずに終わらせたいわよねー」

「なんだと?」

 花凛の煽りは効き目があったようで、女はすぐに振り向き、花凛に早足で迫ってきた。

「お前みたいなチャラついた奴が最強だとは微塵も思わないがな、そう名乗るなら相手しないわけにはいかない。アタシの拳が最強だってこと、証明してやるよ!」

 被害拡大を防ぐことには成功したようだ。女はその拳を花凛に向けた。花凛もいざ戦わんと、腰を落として構えたところで背後に控えていた頼人が隣に並び立った。

「……ちょっと頼人クン?」

「なんだよ、変な顔して。ほら、余所見してるとやられるぞ」

 頼人は源石を手にして、今まさに理を発現しようとする寸前で、花凛が頼人の手を弾いた。

「おわっ! 何すんだよ。遊んでる場合じゃないだろ?」

「空気読みなさいよ。これ一対一で戦うところでしょ。それに周り見て。こんだけ人いて、しかも室内で派手な理使ったら、色々面倒起こるわよ」

 はな婆から記憶改鼠の札を支給されているが、それを使うのは最終手段であり、なるべく理や悪意の存在を知られずに問題を解決するのが頼人たちの役目だ。だからといって、悪意相手に正々堂々、1人で戦おうとするのは的外れな対応に見える。

 とどの詰まり、花凛のエゴなのだ。悪意に飲まれていようと、相手は格闘家で、しかも自分と同じ女。喧嘩で生きてきた花凛が熱くならないわけがない。その戦闘欲が使命に勝ってしまい、頼人の手助けを拒んだのだ。

 先程の花凛の言い訳の中には、しっかりと正当性のある答えがあったわけだから、頼人も渋々ながらそれを認めざるを得なかった。邪魔にならないように壁際に向かう際、花凛の背中を軽く叩き、全てを託した。微弱な応援ながらも、気合が一層入った花凛はストーンホルダーを外して、隅へ放り投げた。

「花凛ちゃん、まさかとは思うけど……」

 今度、口出ししてきたのは定位置に潜んでいる如意棒だった。

「察しがいいわね。ピーちゃんも特等席で見ててちょうだい」

「いやいやいや、頭おかしくなっちゃった? 理なしじゃどう頑張ったって勝てっこないよ」

「うっさいわね。ご主人を信じられないっていうの?」

「主従関係なんてないでしょ! って、今はそんなことどうでもいいから、ほら、僕の理使いなよ」

 耳の裏から温かな力を感じたが、花凛はそれを無視しつづけた。尚も説得を続ける如意棒だったがそれも虚しく花凛の脳内に響くだけで、ついに戦いの火蓋が切られてしまった。

 先手を打ったのは女の方だった。華奢ながらも、引き締まった腕から繰り出された掌底が花凛の顎を打とうとする。

 花凛は体を仰け反らせてそれを躱すと、その腕を取り、強引に投げ飛ばそうとする。しかし女も腕を思い切り引いて、無理矢理振りほどくと、すぐさま足蹴をがら空きの鳩尾に叩き込み、痛打を与えてきた。

 最初のダメージはかなり痛烈なものだった。息が止まり倒れそうになるも、気合で踏ん張った。その後、花凛は牽制気味にハイキックを放ち、間合いを取ろうと試みた。しかし、女のこめかみを狙った蹴撃は簡単にいなされてしまい、強烈な反撃を1発、2発、3発と続けざまに食らってしまった。

 なんとか反撃の手を止めさせようとして、闇雲に腕を振るうと、女はまぐれ当たりを嫌い、距離を取ってくれた。その間に花凛は呼吸と体勢を整えた。

 女はきわめて冷静だった。攻め時と退き時を心得ている。経験上、悪意はとにかく攻撃を押し付けて倒しきろうとする者がほとんどだったので、女の戦い方に違和感があった。

「うーん、やっぱり『深い』相手には太刀打ちできないよ。意地張ってないでさ、僕を使いなって」

 気になる言葉が耳に残ったが、反応するのも癪なので無視した。目の前の敵だけを見て、雑音を気にしないまでに集中する。

 一呼吸置いてからのせめぎ合いは花凛の攻撃から始まった。女に反撃の隙を与えないように、素早くコンパクトな連撃を与えていく。こうなると確かに防戦一方にすることは出来るのだが、決め手に欠けてしまう。相手に与えるダメージ以上に、攻撃しつづける自分の体力の方が減りが大きく、その後の反撃に対応できなくなってしまいそうだった。

 しかし、それが勝ち筋に繋がる策の一端でもあった。相手の攻撃するタイミングを自分の手が緩む瞬間に合わせること。それさえ出来れば、あとは容易い。

 花凛は余力を保った状態で攻撃を止めた。すると案の定、女が仕掛けてくる。おあつらえ向きの右の拳での上段突きが顔面に飛んできた。

 その攻撃に合わせて片足を踏み込み、余力全てを込めた右ストレートを打ち込んだ。相打ち上等で放った攻撃は左頬に直撃して十二分な手応えを感じさせてくれた。同時に正面から受けた女の正拳が自分の鼻っ柱に鈍重な痛みを与えてくれた。

 花凛は目眩を覚えながらも、気力で立ち続けた。対して、女の方はというと、吹き飛ばされるようにして倒れて、動かなくなった。花凛は覚束ない足取りで女に近付き、つま先で女を小突いた。どうやら気絶してしまったらしい。

「ふう……あたしの勝ちね」

 辺りから野太い歓声が上がった。脳を揺さぶる低音に嫌気が差したが、その中に1つ、妙な歓声が聞こえてきて、花凛の勝利の余韻を飛び切り妨げた。

「アイヤー、オジョーチャン強いネー。ナイスなファイトだったヨー」

 その声の出処をすぐに探った。見回すと隅で座っている頼人の隣に、あのナンパ老人がいたのだ。花凛は思わず声を荒げた。

「スケベジジイ! なんでこんなところに……いや、そんなことはどうでもいいわ。あたしの前に現れたってことは、分かってるでしょうね?」

 ゆっくりと老人に向かっていく花凛。視界の中心に捉えて、今度こそ逃げられないようにと慎重ににじり寄る。

 一切の神経を老人につぎ込んでいた花凛は自分の身に訪れようとしている災難に気付くことが出来なかった。師範や門下生がその危機を叫んでも耳に入らなかったが、ただ1人、頼人の声だけは鮮明に聞き取れた。

「花凛、後ろだ!」

 我に返って振り向くと、気絶していたはずの女が背後に立っていた。既に攻撃の体勢に入っていて、どう足掻いてもそれに対処する余裕はなかったし、呆気に取られてしまって指先1つ動かすことが出来なかった。

 花凛を含める誰もが、悲劇を予知してやまなかった。しかし、その未来を突っぱねた奇人が1人、絶対窮地の花凛を救った。

 何が起きたかを理解できる人間はこの場にいなかった。ただ事実として皆の目に焼き付いたのは、宙に舞い、受け身も取れずに落ちる女と、花凛の前に1人の老人が立っていたことだけだった。

 花凛はその一瞬の出来事を僅かに視認できた。突然、老人が目の前に躍り出たかと思うと、女の攻撃を片手で受け止めて、そのまま空中に放り投げたのだ。だが、それ以上の理解は出来ていなかった。

 唖然とする一同の前で老人は飄々と身を翻して、花凛に好々爺らしい笑顔を向けた。

「ちょっと爪が甘かったネ。でも、合格点ヨ。あなた……カリンちゃんだっけカ? カリンちゃん、素質ある。ワタシの弟子にしてあげるヨ!」

「弟子? あんた、いったい何者なの?」

 得体の知れなさにたじろぐ花凛。その僅かに出来た距離さえ逃さまいと、老人は一歩詰め寄った。

「そうネ。こういう時は自己紹介が必要だったネ。ワタシ、中国で武術教えてる王武虎ワンウーフー虎虎フーフーちゃんって呼んでほしいヨ」

「フ、フーフーちゃん……」

「そうそう! ジェーケーに呼ばれると、とても興奮する!」

 花凛は煩わしさを感じたが、それを口にはせず、話を進めようとした。

「あんたがあの子をぶっ飛ばしたのも、その武術の力ってわけ?」

「その通り。古来から伝わる秘密の武術、『竜爪拳』の技が炸裂したのヨ。カリンちゃんにも、竜爪拳教えてあげたくて、弟子にしてあげるって言ったアル」

 竜爪拳という聞きなれない拳法に花凛だけでなく、同じ武術家である道場の皆も首を傾げた。ただ、虎虎の実力を目の当たりにした以上、その拳法があることを信じざるを得なかった。

「ワタシ、竜爪拳を伝える人探して、ニポンに来た。色んなとこ行って、強い人見てきたけど、誰も微妙だったヨ。でもカリンちゃんはスゴイ。戦いの才能てんこ盛り! だから、一緒に中国来てほしい。ワタシの、竜爪拳の後継者になってほしい」

「えー……」

 全く乗り気にはなれなかった。虎虎の人格も然ることながら、高校生の身分で留学めいたことはできないし、悪意からこの街を守るという使命もあったし、更に言うならば中国拳法を学びたいとも思わなかった。つまり、この誘いに頷く道理がなかったのだ。

「遠慮しとくわ」

「なんで!? 強くなりたくないの?」

「そりゃ、強くはなりたいけど、誰かの手を借りて強くなろうとは思わない。あたしはあたしなりのやり方で強くなる。いわば、『花凛道』ってやつよ」

「また適当なこと言って……」

 頼人がぼそっと呟いた。しかし、地獄耳を発動させた花凛にははっきりと聞こえていて、余計なことを言うなとばかりに睨んできた。

「むう……どうしても弟子になってくれない?」

「うん。やだ。」

「うむむ……」

 虎虎が初めて顔を歪ませた。花凛は自然としたり顔になっていた。

「……仕方ない。今は諦めてあげるネ。でも、絶対にカリンちゃんもっと強くなりたいって思う時来る。その時までこの街で待ってるから」

「そんな時、未来永劫来ないと思うけどなー。まあ、どうぞお好きにしてちょうだいな」

 花凛は気絶している女を抱えて、道場を去ろうとする。頼人はヘラヘラと笑いながらお騒がせしましたと言わんばかりに会釈を繰り返し、花凛に追従していった。


 頼人と花凛は女の悪意を取り除いた後、、公園のベンチに放置して帰路に着いた。透き通るような青い空もいつしか、落ちる太陽のオレンジに滲んでいた。

「あーあ、なんか今日はすごい疲れちゃった」

 両手を大きく空に上げて伸びをしながら、花凛は言った。

「あのおじいさんの追いかけっこからの悪意だもんな。本当にタフだよ、花凛は」

「頼人と比べたらね。あのジジイも言ってたけど、自分でも合格点ギリギリの戦いだって思ったもん。もっと自分を磨かなきゃ」

 花凛は一瞬、拳を強く握りしめた後、腕を下ろすと同時にゆったりと手を開いた。

 少しの間、沈黙が流れた。二人とも、どこを見るでもなく呆然と歩いていたが、ふと頼人が話を蒸し返してきた。

「強くなりたいなら、おじいさんについていけば良いのに」

「諸々の事情があるでしょ。それとも、あたしにいなくなってほしいとか?」

「まさか。でも、なんか勿体無いなあって思ってさ。竜爪拳だっけ? それを覚えたら強そうじゃんか」

 終わったことを話されるのは苦痛でしかなかった。花凛は首を振って、投げやり気味に言った。

「もういいでしょ。いらないものはいらないんだって。あたしは1人で強くなれる。それだけの力と覚悟があんのよ」

「ふーん。そうか」

 頼人は羨ましいと思った。花凛の根拠のない自信が、眩しく見えた。自分もそれだけ自分を信じられたら、迷うことも立ち止まることもないだろうに、と。

「俺も強くなれるかなあ」

 溜め息のような言葉に花凛は鼻で笑って返した。

「大丈夫よ。きっと強くなれる。あたしが保証する」

 慰めの言葉が沁みた。やっぱり花凛がいないと駄目だなあと思いつつ、それを口には出すまいと必死に堪えると、自然と歩く速さが増していった。

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