力を望むのみ
自分が連れていかれる場所になんとなく察しがついた。回廊を進んで、見えてきた建物は自分の記憶に微かに残っていたものだった。紅蓮は目的地だった寺の中にいることに気付いていた。そして、向かう建物は夢で何かがいた寺の本堂である。いよいよ、夢の真相が明らかとなる。
廃れた本堂の前に着き、紅蓮の心臓が高鳴りだした。じわりと脂汗がにじみ出て、息苦しくなってきた。緊張感に押しつぶされそうになりながらも、本堂に待つもののために覚悟しなければならない。
化け物は様子がおかしい紅蓮の顔を見ながらも、自らの務めを全うせんと、本堂の扉を開いた。紅蓮は扉の奥をしかと刮目した。
薄暗い板張りの空間の最奥に、小さな燭台に照らされ浮かびあがったのは、額から1本の角が伸びている人の姿をした生き物だった。目を凝らして見ると、その生き物は赤い肌に筋骨隆々の体、そして手足に鋭い爪があり、真一文字に閉じられた口からは大きな牙がはみ出していた。それはまさに鬼の姿そのものだった。
紅蓮はゆっくりと本堂の中に入っていく。近付くと、その大きさに驚かされる。ヒグマのような大きさで、紅蓮が子供のように見えるくらいだ。お互いの姿がはっきりと見える距離まで来ると、鬼は閉じていた口を開いた。
「よくぞ此処まで辿り着いた。我が息子、紅蓮よ」
息子という言葉がその存在の全てを語っていた。それを証明するように、鬼は言葉を添えた。
「私がお前の父、炎魔だ」
紅蓮は炎魔を睨んだ。親子の初対面は緊迫感に包まれていた。
「あんたが、オレを呼んでいたのか?」
「私はただ応えただけだ。力を渇望するお前の心の叫びに」
炎魔は低く唸るような声で言った。
「そうだ。オレは力が欲しい。友の隣で戦うに相応しい強さを身につけたいと思った。そのためにあんたの声に従い、今まで知りたいとも思わなかった親父のことを聞いた。親父が妖怪で、オレが半妖だってのもそれで初めて知った。驚きはしたが、好都合だと思った。オレに妖怪の血が流れてるなら、それが強くなるための足がかりになるはずだからだ。あんたがオレに応えてこの場所に呼び寄せたということは、その妖怪の力を使う術を教えてくれるってことだよな?」
炎魔の瞳に灯る炎を、紅蓮は凝視した。その炎は次第に妖しく踊り、激しく燃え盛り始めた。
「図々しさは私に似たのか、アイツに似たのか。いや、これが親子の宿命だということか。紅蓮、私はお前の全てに応えよう。お前の望む力、すなわち妖怪の力を覚醒させてやる。だが、それは一両日で叶うほど容易いものではない。全てを始めから組み立てなければならないからな」
「覚悟は出来てる」
紅蓮は短い言葉に、自分の思いを全て込めた。
「そう言うならば、遠慮は無用か。では早速、始めよう。まずはお前が、どの程度の力を持っているのか、試させてもらう」
炎魔の気迫が紅蓮を飲み込む。覚悟という言葉が真実であることを証明するため、紅蓮は立ち向かった。
この寂れた寺に風呂という気の利いた設備はなかった。寺の裏に、ちょうど滝壺があるとのことで、そこで汗を洗い流すことにした。暗闇の中、轟々と水が落ちる音を頼りに歩く。木々の間から、滝壺が見えてきたかと思うと、そこで予想外の事態に出くわしてしまった。
滝壺のほとりで、水を浴びる女がいた。艶やかな肌をむき出しにし、濡れた髪を背中に這わせる姿に、紅蓮は見とれてしまった。そのまま呆然と見ていると、女は気配に気付き、紅蓮の方を向いた。
「おっ、覗きかなー?」
声でその女の正体が分かった。ウィッチだ。紅蓮は急いで目を背けた。
「見るだけならタダなのに。勿体無いねー」
「うるせえ! そんなことより、お前今までどこにいたんだよ」
紅蓮はウィッチに完全に背中を向けた。面白がったウィッチは水辺から上がってきて、裸のまま紅蓮に近寄ってきた。
「どこって、あの寺にいたよ。ちっちゃい妖怪に捕まってたんだけど、紅蓮君の付き添いだって言ったら自由にしてくれたんだー。いやー、良かった良かった。ヘンなことされなくて」
ウィッチは紅蓮の大きな背中に体を密着させた。紅蓮は嫌な緊張感に襲われた。
「怖かったんだよー? キツく縛られて動けない状態で、化け物がニヤニヤ見てきてさー。今だってほら、こんなに心臓がバクバクしてる。聞こえるでしょ?」
「からかうのはやめてくれ!」
触れることすら躊躇い、言葉で突き放そうとした。ウィッチにそんな苦しすぎる策に、笑いを堪えきれなかった。
「くっ、ふふ、あははは! 君、意外と紳士なのかなー? ごめんねー?」
ウィッチは体を離すと水辺に戻り、岩の上に置いてあった白装束を羽織った。
「はい、もう服着たから大丈夫だよー」
「本当だろうな?」
「疑り深いなー」
ウィッチは背中を向ける紅蓮に回りこんで、姿を見せた。確かに着てはいたが、目のやり場に困るのには変わりがない衣装だった。ただ、先程よりは数倍も落ち着いて話すことができるようになった。
「で、君の方こそ今まで何してたのー?」
紅蓮は寺で目を覚ましてからの一部始終を簡潔に話した。
「へー、じゃあ、ここで修行してくんだねー。大変そうだー」
他人事のように言うウィッチに、紅蓮は釘を刺す意味でこう言った。
「お前には最後まで付き合ってもらうぞ」
「えー、飽きたら帰ろうと思ってたんだけどー。あー、分かった。私がいないと悶々とした時に欲望をぶつける……」
「違う! お前にはパーソナルを教えてもらいたいんだ」
ウィッチは訝しげな視線を紅蓮に向けた。紅蓮は間髪入れずに説明をした。
「親父からは妖怪の力の使い方を学ぶ。だが、パーソナルを教えてもらえるとは思えねえ。だから修行の合間に、パーソナルを目覚めさせるためのもう1つの修行をしたい。頼む、オレは強くなって、頼人と一緒に戦いたいんだ」
「いいよ」
ウィッチは即答で了承した。だが、その後に言葉が付け加えられた。
「でも、タダじゃ教えない。ちゃーんとレッスン料払ってもらうよー?」
「ああ、金なら払ってやる。いくらだ?」
「ふふーん、お金じゃないよー。だって君、たいして持ってないし。だから、私のお願いを聞いてくれれば良いよー」
ウィッチは目を輝かせて、紅蓮に迫った。
「私ねー、紅蓮君の……」




