表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーフレア  作者: 氷見山流々
Summer Side Story

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/253

荒嶽山、登る

 カーナビに導かれること3時間。紅蓮とウィッチは荒嶽山の麓に到着した。車を適当な場所に停めて、登山道の入り口まで歩いてきた。

「へー、名前の割にふっつーの山だねー。緑もいっぱいで、セミがうるさいなー」

 長時間の運転をしていたにもかかわらず、ウィッチは疲れている様子を見せなかった。

「この山のどこにお寺なんてあるんだろうね? 地図見たかんじだと、それっぽいのはなかったし」

 道中、ウィッチには洗いざらい話していた。隠す理由もなかったし、知られても困ることもなかった。半人半妖であることも明かしたが、さほど驚いてはなかった。むしろ、合点がいったと納得されてしまった。上手く利用されていることも分かっていただろうに、怒ることもなかった。だが、ウィッチの顔の裏で何かが蠢いているのを感じ取っていた。今のところ、それが表に出ることはなかったため、紅蓮はあまり気にせず自分の目的だけに集中することにした。

「どうする? 山道に沿って登る?」

「いや、此処からじゃない」

 紅蓮は整えられた登山道から離れた。ウィッチは言わずとも紅蓮の後に付いて来ていた。

 記憶を確かめながら登る場所を選定し、正規の登山道が視界から完全に消えたところで、記憶と合致する場所に着いた。

「間違いない。此処から登るぞ」

「えっ、道なくない?」

 獣道すら見えない、植物の生い茂った場所を登り口にしようとしていた。ウィッチが文句を言うも、紅蓮は無視して登り始める。

「待ってよー。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫だ。あの夢の映像は、はっきり覚えてる。それに従えば、寺に辿り着ける」

「不安しかないんだけど……むぅ……」

 躊躇うウィッチを紅蓮は待った。急かしてやろうと思った瞬間、ウィッチは草木を掻き分けて紅蓮のところまで登ってきた。

「遭難したら、君のせいだよー?」

 紅蓮は鼻で笑って、登山を再開した。迷いなく進む紅蓮に、ウィッチは不安がなくなったのか、諦めたのか、文句を言わずに付いていった。


 どれくらいの高さまで登ったか分からない。代わり映えしない草木の光景の中、紅蓮の記憶だけを頼りに、あちらに曲がり、こちらに進み、さりとて目的地は未だ見えず、疲労を蓄積させているだけにしか思えない行脚を続けていた。麓から一度も言葉を発していないウィッチも、とうとう堪忍できなくなり、声を荒げてこう言った。

「これ、本当に着くの? 適当に歩いてるわけじゃないよね? ね?」

「大丈夫だ、大丈夫のはずだ……」

「はずって、なんで自信なくしてるんだよー。はっきり覚えてるって言ってたよね?」

「うるせえな。大丈夫だから黙ってろ」

 実際、記憶の通りに来ていたが、これから先の道があまり思い出せなかった。あと少しで寺に着く、ということだけは確かな記憶があるが、辺りを見てもそれらしき建物はおろか、人工物や獣道でさえ存在していなかった。どこかで道を間違えたのだろうかと一抹の不安を抱いた紅蓮は、夢で見た道のりを改めて思い出そうとした。

 来た道を見ながら思い出していると、急に辺りに霧が立ち込めてきた。瞬く間に広がる霧はとても濃く、近くにいたウィッチさえ姿が見えなくなってしまった。

「うわー、いきなりなに? ねえ紅蓮くッ……?!」

 ウィッチの声が途絶えた。明らかに何かされたような声の消え方だった。紅蓮は源石を持ち、警戒した。だが、その警戒は全くの無意味だった。背後から強い衝撃を受け、紅蓮は為す術もなく気絶した。意識を完全に失う間際に、誰かが自分の体を受け止めた感触を覚えた。

 霧が晴れると、その場には紅蓮もウィッチもいなくなっていた。2人がいた痕跡は微塵も残っておらず、荒嶽山に住む生命たちが何事も無く彼らの日常を営んでいた。


 紅蓮の目覚めは最悪のものだった。顔にかかる荒い吐息で目を開けると、眼前に大きな口にいくつもの鋭い牙を生やした化け物がいた。異形の存在に眠気が一気に覚めて、腰を上げて、後退りをすると、その化け物は不気味な笑みを見せてこう言った。

「起きましたですか。良かったです。お怪我ないですか? 痛むとこないですか?」

「……ああ、ない」

 聞かれるままに答えると、化け物は安堵の溜め息を吐いた。化け物は人間のような体をしていて、浅黒い肌で細く長い腕を骨ばった膝に行儀良く置いて正座していた。

「危なかったあ。怪我でもさせてしまってたら、炎魔えんま様にお仕置きされていたです。うっかりは駄目ですね」

 化け物が言っていることに何の理解も得られなかった。とりあえず、自分が今置かれている状況を確認しようと、注目しきっていた化け物から目を逸らした。

 随分古ぼけた木造の家屋のようで、砂や小石でざらつく畳に、骨組みがむき出しの襖、オレンジ色の光が差し込む破れた障子と手入れがなされていないのが一目で分かる。自分が眠っていたのは粗末な布切れの上だった。こんな物でも、一応気遣いとして敷いてくれていたのだろうか。

 紅蓮は部屋の中をしばらく見渡していたが、化け物が再び口を開いたので視線を戻した。

「お元気なようでしたら、炎魔様のところに連れて行くです。早くしないと夜になっちゃうですから」

「おい、待て。炎魔ってのはなんなんだ? それに此処は……」

「後で説明するです。行きましょ行きましょ」

 化け物は立ち上がって、紅蓮を引っ張りあげた。紅蓮の膝下くらいの身長しかない化け物に手を引っ張られて部屋を出て行く。頭の中で整理がつかないまま、紅蓮は炎魔という人物と会うことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ