幸せ者
杏樹と紅蓮が熱戦を繰り広げている一方、図書室では頼人と花凛が彼らの到着を待っていた。
「しっかし生徒会長もここまで手の込んだことしてくれるなんてねえ。生徒も先生もみんな追っ払っちゃうしさ」
「ありがたいことではあるんだけど、迷惑かけてる気がしないでもないんだよなあ」
「気にしなくていいんじゃない? ノリノリで引き受けてくれたじゃん。案外こういうの好きなのかもね」
「なんかそれだけで済まないほど大ごとになってるような……まあ、いいか」
頼人は開き直ったかのように、不安を放棄した。
「大人しく囚われのお姫様を演じてればいいのよ。助けに来るのはおバカな王子様だけど」
「おバカって、御門さんも紅蓮も頭良いじゃないか」
「そういう意味じゃなくて、あの2人はバカなのよ」
「んー……花凛レベルになると、誰しもがバカになっちゃうかー。仕方ないなー」
「25点」
「精進します」
「期待してるよ」
慣れた掛け合いに流されたが、花凛は本当に杏樹と紅蓮がバカだと思っていた。2人が持っている頼人への好意は、当然その意味は両者で異なるはずだが、あまりにも不器用で歯痒いものだった。ただ、そういう姿を見てほくそ笑むことができるから悪くはない。あの2人が持っていないものを、自分が当たり前のように持っていることが凄いのではないかと錯覚できるくらいだった。
凄いと思えるほどこの男に価値があるのかと、しばらく頼人をじっと見つめていた。価値に関しては特に何もないように見えたが、なぜだか妙に顔がニヤけているのが目に付いた。
「その気持ち悪い笑顔は何?」
「あれ、そんな顔してるのか、俺」
「誰が見ても笑ってる」
「そうかあ。いや、仕方ない。そりゃあ、嬉しいからな」
「何が嬉しいの?」
指摘されてから頼人の表情は緩みきっていた。照れながらも、その理由を話した。
「だって、俺なんかのために御門さんと紅蓮が本気になってくれてるから。本当、友達に恵まれたなって思って」
感慨深く語る頼人に、花凛は笑いがこみ上げてきて、思わず吹き出した。
「なんだよ、笑うことか?」
「柄にもないこと言うからよ。そういうのは思ってるだけにしてよね。くっ、ふふ……」
「聞いてきたのは花凛だろ。というかそんな笑われると、こっちも恥ずかしくなってくるじゃないか」
「やっぱり頼人はお姫様だ。はあ、笑った笑った」
花凛は時計に顔を向けた。話しているだけでも相当時間が経っていたようだ。
「さてと、そんじゃあたしはぜろ子のとこに行ってくるわ」
「そうか。今日はいけなくてごめんって言っておいて」
「ほいほい。今日のことは良いみやげ話になるかな」
花凛は扉の側まで来ると、振り返った。
「あたしが出てった後、ちゃんと鍵閉めなさいよ」
「それくらい分かってるよ」
「ホントに分かってるの?」
「分かってるから、早く行けって」
「そう……じゃ、また明日」
「おう」
軽い言葉を交わして、花凛は去っていった。静かな廊下を歩きながら、頼人のニヤけ顔を思い出していた。
「あいつも幸せ者ね……」




